彼岸にいるあなたへ
場所はあの森ではない。
続きは妾の部屋で話そう、という姐さんの言葉で、エバーテイルの蛇帝殿の一室。かつて、俺が招かれた部屋だ。
「主らは、ライガを封印した者らは誰だと思う?」
「それは……」
言葉が詰まったが、誰が封印したのかなんて答えは分かっている。
あの化け物のような力を持つライガだ。それを封印できるものなど、数は限られる。
たとえば、同列に語られる七帝とか。
「そうじゃ。封印したのは我ら七帝よ。あの男のあのような様は見ておられんかった。かつて、最強と呼ばれたあやつのな」
そこで、七帝ヤトは一度言葉を切った。
そして、えも知れぬ重圧と共に問う。
「汝にいま問おう。継承せし者カガチ。汝は、ライガを打倒する気はあるかや?」
それはかつての友を知るが故の言葉であり、今を知るが故の言葉。
ハクロがオロオロと、俺と姐さんの顔を右往左往するが、答えは決まっている。
「打ち倒して見せましょう」
「ほう?その矮小なる身で?驕りも大概にせるのじゃぞ?」
「……驕りと言われようとも、俺は継承者です。ならば、倒さねばならないでしょう」
ああ、そうだとも。何を継承したかなど分かりきってる。そんなもの、あの後に増えた『迅雷流』以外に何がある。
ならば、あの男は無理矢理とはいえ師匠ということになる。
「あの男、いや師匠と呼ばせて頂きましょう。この身は、迅雷流を継承した身。ならば、師匠を打ち倒すのは弟子の役目でしょう」
その言葉に、姐さんは煙管を蒸して一言。
「よかろう。ならば、今話そう。汝等が剣帝と呼び、修羅に落ちた我らが友を」
そうして、蛇帝ヤトは語り始めた。ライガという剣に人生を捧げた男の物語を。
まあ、妾の知るところからじゃがな、と前置きをして姐さんは語り始める。
「妾が彼奴と会うた時、既に彼奴の剣技は洗練され尽くされていておった。最早、彼奴それそのものが一つの剣であると思えるほどにな。それほどに凄まじかったものよ。彼奴に斬れぬ物はなかった」
言葉の端々に懐古を滲ませてたヤトの瞳は、既に此処を見ていなかった。
「彼奴が修羅に落ちたのは、妾と会って丁度十年ほど経った時じゃった。あの日も何時ものように、いつ終わるとも知らぬ戦に溺れておったよ」
待て、戦?プロローグに則るのならば、古代文明の奴らとか?
困惑する俺など知らぬとばかりに話は進む。
「当然、戦じゃ。死者は出る。無情にも。しかして、それが戦というものじゃ。じゃが、その時の妾達は人の醜さを知らなかったのじゃ」
口を歪めて、煙管を握った拳がワナワナと震える。
感情の発露に、隣にいたハクロがビクッと大きく震えた。
「……話は変わるが、彼奴の刀を覚えておるか?」
「いえ、あまり………」
「そうか。彼奴の刀は特殊な物じゃよ。アレは、この世の浄化装置とも呼べるものを納めるために作られた刀じゃ」
「浄化、装置?」
「分からんくてもよい。ただ、この世の不浄を清浄にする物のものとでも覚えておけ。……兎も角、人は確かにその刀にソレを納めた。だがのぅ、そんなことをしてしまえば、当然の如く変化は起きるもの」
何時もの調子に戻ったようで、先程の様子は何処とやら、スラスラと語り続ける姐さん。
というか、浄化装置?さっきの戦発言といい、気になるのが多すぎる。
「アレは、不浄を浄化するのではなく、溜め込むようになったのだ。ハクロ、お前ならば気付いただろう。あの刀から、噴出していた気配を」
いきなり、話を振られてビクッ!と大きく震えるハクロ。自分は聞いているだけで良いとでも思っていたのか……
「う、うん。酷く禍々しかったよ。僕たちが扱う呪詛なんて比じゃないほどに」
「戦の中で生み出される呪詛なんてものは、平時のそれと比べてはならないほどに禍々しいのが世の常。アレは、さらにそれを圧縮したような物じゃ」
「じゃ、じゃあ!ライガはそれに呑まれているってこと?」
そのハクロの言葉に、的を射たというように姐さんは頷いた。そして、紫煙を一度吐き出して言葉を紡ぐ。
「そうなる。じゃが、彼奴の恐ろしいところはそれに耐え続けた所よ。彼奴はな。それに呑まれることはなかった。ただ、一度を除いてな」
まるで自分のことを語るように、ヤトは沈んだ顔をしていた。
「彼奴は……殺されたのよ。最愛の者をな。それも人間にな。殺したのが奴らであるならば、彼奴は自分の至らなさを恥じただろう。だが、自らが護ってきた人間に殺されたのじゃ。怒りに狂った彼奴は、その隙を呪いに突かれた」
奴ら?護ってきた?やっぱり、敵は他にいる。いや、古代文明と対峙していた陣営に属していただけかも知らない。だが、七帝には明確な敵がいた。そして、護るべき人間がいた。
プロローグで語られていた内容ほど、歴史は単純なものじゃないようだ。それどころか、あのプロローグはかなり怪しい。
「それからは、汝の思い描く通りじゃ。
憎悪に支配され、『呪』に憑かれた彼奴を、妾たちが封印した」
そこまで話して、姐さんは紫煙を再び蒸した。
だが、疑問がある。なぜ、ライガは封印されたんだ?七帝達であれば、ライガ一人に勝てないはずはない。言い方からして仲間ってのはあると思うが……封印するよりも殺すほうが簡単なはずだ。
「覚えておるか?妾が、『鍵』は我らの一部であると言ったのを」
「え、ええ……まあ」
「妾達は、ライガを殺そうと思えば殺せた。だがの、妾達は彼奴を態々生かしたのだ。その理由は、いずれ知る時が来よう。汝がどうするのかは知らんがの」
いずれ……知る?
やはり、鍵は歴史にあるな。
「妾達は力を認めた者に、その証として自らの一部を渡しておるのじゃ。妾は兎も角、あの双狼に龍は特にな」
双狼、龍……それはやはり狼帝と龍帝か。その二体が、実際に観測されていた七帝だったな。成程、あの二体が積極的にプレイヤーと戦っていたのか。だが……自らの一部、つまりは素材辺りだろう。それを渡したなどという話は聞いたことがない。
つまるところ、力を認められた者はいないということ。
「まあ、汝は特殊だったみたいじゃがの。まさか、ハクロが穴で立ち往生しておるとは……」
それは予想外だったらしく、呵々大笑とばかりに姐さんは笑った。
……というか、俺の場合は単に偶然だったのか。まさか、ハクロが中にいたせいで、『扉』の鍵が空いていたとは……どうりで、『穴』にはダイブする羽目になるわけだ。
「さて、少し疲れた。汝らも、情報を整理したいだろう」
そう言って、姐さんは下がっていった。いつまでも、俺たちが残っている訳にはあるまい。そうして、俺たちは部屋を出た。
──シナリオクエスト『古きともに盃を』を開始します。
自らの寝室で一人。蛇帝ヤトは、思い出に耽る。
その殆どが戦時下の記憶。当然だ。戦うために、彼女は生まれたのだから。
「のう、アイリス」
それでも、自らに色を付けてくれた人物がいた。人生に意味を付けてくれた人がいた。その名を、静かに呼んで、懐古する。
「妾は偶に思うのじゃ。あの時、主が亡くなったあの時。妾もライガと共に怒り狂うべきだったと」
それは叫びのような、されど小さく紡がれた言葉は、その声音とは別に膨大な悲しみを含んでいた。
一つ、小さな雫が彼女から零れた。
「あの愚か者どもを殺して、殺して、殺し尽くして………分かっておる。主がそれを望まないことは。だから、我らはこの道にいる」
それは決意。彼女達が交わした約束。そして、もう逃れられぬ運命。
「ライガは近いうちに主の元へ逝く。じゃからの、どうか彼奴を責めないでくれんかの?」
小さく涙を拭って、彼女は小さな慟哭を終える。
「済まんの。もう主にしか、泣き言を言えるような人は居らんのじゃ」
ただ、虚空に向かってそう言った。
その顔に、もう涙は浮かんでいなかった。




