赤蟻
「あ、帰って来た」
デスペナで重い身体を引き摺って、ハクロの部屋へ。
デスペナとは久し振りだが、そう何度も味わいたいものではない。
そんな思いを抱えて、何か行っているハクロを尻目に横になる。
「ああ、ステータス見ないと」
そもそもの話、レベルの為に行ったのだ。多少なりとも上がっていてくれなきゃ困る。
まあ、デスペナで多少は減ってると思うが……そういや……
左腕を見る。死んだ時のまま来たので、左腕に拘束具は巻かれていない。その左腕には、変わらず呪印が刻まれている。だが、手首まで刻まれていた呪印は、今や手首の少し下にまで縮んでいた。
「……成程」
呪印は変わらず残るけど、その代わりに呪印からも経験値が引かれるよ。なんて言うことなのだろう。
呪印がどのくらいで、どの程度の経験値を含んでいるかは知らんが……少し、勿体無いな。というか、これまで以上に簡単には死ねなくなったということだろ。
「まあ、それは後からだ」
ステータスを開く。
相変わらず、酷いVITに苦笑が漏れるがどうにもならない物は仕方ない。
「ふむ……」
上がったのは、3レベほど。戦っていたのは、だいたい二時間ほどだ。とは言え、かなりの数を倒したのだ。まあ、まだ上がりやすいことを考えても良い成果じゃないだろうか。
……呪印に吸われてなければ、もう1レベくらいいけた気がするけどな。
ステ振りは後で良いや。そんな数レベで劇的に変わる訳でもあるまいし。
「うーむ……」
やはり、考えることは効率だ。流石にこれでは効率が悪く、安全性がない。
出来れば、ハクロのレベリングを行っておきたい。
「足りないのは分かってる」
ウォルターとも話したが、やはり範囲攻撃が出来ないのが痛い。ハクロも出来るのだが、一人では手が足りない。
「新たに魔法職をパーティに誘うという選択肢はある」
だが、それは取りたくない。まず、ハクロに関する情報を出したくない。それに何よりも信用が出来ないのだ。PKがお咎め無しのゲームだ。後ろから不意打ちなんてことも考えられる。
流石にこれは考えすぎかもしれないが……ハクロがいる限り最悪を想定した方が良い。
「そうなると……俺たち自身の範囲攻撃の獲得か」
無いことはないだろう。魔法職には劣るとは言え、範囲攻撃の一つくらいは近接職にもあるはずだ。
しかし、それはスキルの筈だ。もっと、取りやすい手はある。
「爆弾なんてあるか?いや、爆弾なんて言う物騒な物はなくて良い。もっとこう、使いがっての良いような。囲まれないことを、まず第一に考えれば……」
………………………………
…………………
…………
「準備オーケー」
うーむ、実に二日ぶりとなる黒蟻ども巣食う草原。
「ねぇ、死にたくないんだけど……」
「大丈夫、大丈夫!基本は、俺一人でやるからさ」
今回の相方はハクロだけだ。ウォルター?アイツはリアルが忙しいってよ。
「んじゃ、やるぞ」
「うん」
なんだかんだ、準備はしっかりして来た。ハクロ用のマジックポーションもしっかりと持って来ている。まあ、もしものためだ。
左腕の拘束具を取り外す。
そして、前と変わらない地響きと共に姿を現す黒蟻ども。
見たところ、赤蟻は居ない。やはり、最初は居ないのか?
「ま、それは良い」
アイツが居るよりも、コイツらだけの方が楽だ。
刀はまだ抜かない。ただ、その代わりと言うべきかアイテムボックスから試験管を幾つか取り出す。中身は、無色透明というわけではなく、黒に近い紫色の液体が入っている。
それを、適当に蟻に向かって投げた。
放物線を描いて黒蟻に当たり……試験管が割れ、中の液体を蟻達に浴びせる。
「おっ?」
「おおー」
蟻達は何事もなかったかのように足を進めようとするが、それは叶わない。液体の掛かった場所を中心として、石化していったからだ。
では、先頭がいきなりスピードを落としました。どうなる?
「ビンゴ!」
「うっへぇー」
答えは簡単だ。そんな物は関係ない、だ。
先頭が止まった程度で奴らは止まらない。先頭を骸にして、蟻どもは進む。
「まだ、お代わりはあるっての!」
この日のために、馬鹿みたいに作ったんだ……ハクロがな!まあ、前フィーエルで使った物とは少しばかし違う物だが、そこまでの違いはない。多少強化された程度だ。
「死に晒せやー!」
後方で蟻達が無残に踏み潰されていくのを理解しながら、逃げる。というか、これが最適解だと思う。
「よっ、ほっ!」
とは言え、それがいつまでも続くとは限らない。いつの間にか前方に迫っていた黒蟻に試験管を投げつけて跳躍していく。
当然というか、何というか……俺を追いかけて来ていた奴と正面衝突の大事故。死者多数、傷害者多数ってな。ま、全部蟻なんだけど………ッ!?
「っラァ!?」
あわやというところで、身体を捻って強引にそれを避ける。
そして、それが飛んで来た方向。奴らが来るであろう、丘陵を見る。
そして……
「来たな……!」
「えっ!?」
居た。青蟻を引き連れるようにして、赤蟻が丘陵の頂点に位置していた。やっぱり、今のは蟻酸か!
前よりも、来る時間が早い。
条件は時間じゃないな……撃破数ってところか。
「ハクロ、出番だ」
「う、うん。……何で、赤なんだろ?」
抜けたことを言ってるが無視だ。
「取り敢えず、炎蛇であの青蟻どもをどうにかしてくれ」
「任せといて!」
なんだかんだ、ハクロもこう言った無茶に慣れて来たらしい。二日前にハクロのステータスも見たんだが……スキルに『雷耐性』が生えていたからな。もう少し無茶をしていいってことだ。
「よしっ、行くぞ!」
そこらの黒蟻を足場にして跳躍。コイツらいつも足場にされてんな。
俺を追いかける影四つ。学習したのかは知らんが、前よりも数が増えた。そして、前回の再現ように俺に追い付く。
……分かったことがある。コイツらが態々、跳躍してまで俺を追い掛けて来ていたのは、本能による行動じゃない。恐らく、あの赤蟻から命令によるところがある。
目的は、確実に俺をスナイプするため。
「だけどまぁ……」
此度も変わらず、身近に居た黒蟻を足場にして再び跳躍。狙うは赤蟻。刀を構えて、その首に狙いを定める。
瞬間、青蟻が蟻酸を発射した。避けられない。必中のタイミング。
だがね、対策はしてるんだよ。
「やれ、ハクロ!!!」
「舞え、炎の蛇よ」
何時もよりも一回りほど大きい炎蛇が、ジュッという音と共に蟻酸を払う。そしてその炎蛇は顎門を開けて、青蟻に迫った。
「貰った!」
それを尻目に、赤蟻に向けて刀を振るう。
だが、簡単にはやられてはくれないらしい。
首の節目を狙った刀は、赤蟻の前脚によって防がれていた。
どうも、この赤蟻。黒蟻の上位互換らしい。今の動きもそうだが、外骨格含め全ての格が違う。より速く、より硬い。今の攻撃で外骨格には傷すら付いていない。
「チッ、面倒な」
一撃で殺し切れなかったのと見るや、ハクロの炎蛇がとぐろを巻いて俺と赤蟻を他の蟻達と分断する。
「サンキュー、ハクロ」
「良いよ。下手に負けたら、僕が死んじゃうからね!」
「負けねぇよ。ちなみに、あとどのくらい持つ?」
「そうだね………動かさないだけなら、かなり持つよ。二十分くらいかな?」
「重畳だ」
とは言え、油断は出来ない。これは消えるまでの時間。外に出れば、青蟻と黒蟻共が待ち構えているのだ。
ならば、早く決着をつけるしかない。
「という訳で、さっさと倒させてもらう」
あちらが強くなったというのなら、此方も強化しなければなるまい。
『纏雷』を発動させて、刀を構える。
赤蟻の身体は、一回りほど大きいが、身体の構造は黒蟻とは変わらない筈だ。少なくとも、青蟻のような蟻酸は持ってはいないだろう。だが、黒蟻を単純強化というのも面倒である。とは言え、それは黒蟻と弱点は変わらないことを意味する。
「シッ!」
久しぶりに使う気がする『縮地』で、距離を詰めて……
「まずは、前脚からッ!」
前脚の節を狙って刀を振り下ろす。さほどの抵抗はなく、簡単に前脚を斬り飛ばした。
「やっぱ、弱点は変わん──ッ!?」
弱点が分かったのを喜ぶのも束の間。ワザと斬らせたかのように、斬られた直後を狙って逆脚が鉤爪のような先端突き刺さんと振られた。
それを、ギリギリと言うところで刀で受けるが……受け切れない。そう判断して、後ろに跳ぶ。支えを失った身体は簡単に浮き、横に飛ばされた。
「……っと」
「大丈夫?」
「まあ、なっ!」
着地と同時、ハクロに軽く言葉を返して、迫って来た赤蟻の噛み付きを躱す。そして、カウンター気味に、噛み付きによって突き出した形になっている頭部目掛けて振り下ろすが………それでやられるほど弱くはないらしい。
その六本足……いや、今は五本足か。それを限界まで使ってバックステップした赤蟻は、刀を容易く回避して、先程の場所へと戻った。
互いの距離は初めと変わらないほど。
「さっさと決めるか!」
『纏雷』を強める。
コイツと時間をかけて決着をつける必要はない。むしろ、ハクロのことを考えると短期決着が望ましい。
紫電が激しさを増す。距離は二十メートルもない。
「………!!」
駆ける。雷の如く。
「──────!!!」
赤蟻の前脚が迎撃のために振り上げられるが、遅い。振り下ろされた前脚は空を切って、地面に叩き付けられた。
「終わりだ」
刀を振った。手応えは殆どない。血を払うように刀を振って鞘に納める。キンッという軽快な音と同時、後ろで何が落ちる音が響いた。
「ふうっ……」
張り詰めていた緊張を抜くように息を吐いて後ろを向く。
そこでは、頭部を失った赤蟻が光となって消えるところだった。
「ハクロ、もう良いぞ」
「うん」
とぐろを巻いていた炎蛇が消え失せる。
「「うへぇ……」」
炎蛇という壁が消えたためか、向こうの景色と同時焼けた匂いが漂って来る。
見れば、黒蟻達に身体の一部が火傷を負っている奴や、現在進行で燃えている奴もいる。それでどころか、彼等の足元、先程までは炎蛇が壁となっていたところには焼け焦げた何かが光となって消えていた。
どうも、炎蛇を超えて中に入ろうとしたのか。ご愁傷様としか言えないな。
「さて、と」
「どうするの?」
「決まってんだろ?」
一匹足りとも逃すかよ。
……………援軍とか聞いてねぇよ。しかも、今度は赤蟻がダース単位で居たわ。




