黒蟻2
しつこく追及してきたウォルターを、のらりくらり躱しつつ、再び平原に戻って来た。
「だからさー、ユニークモンスターだって」
「じゃ、何で会話出来るんですかァ!」
うわっ、ヤケになってる。
まあ、それくらいならいいか。
左腕につけられている赤色の拘束具を外して、左腕を露わにする。
最後に見た時には小さな痣があるような呪印だったが、今は手首まで、痣を起点として二体の蛇が絡み合うような模様になっていた。
「コレのせいだよ。なんでも、コレでアイツ限定だが意思疎通が可能になるんだと。ま、他には身体強化と常時デバフがついて来るぞ。それに経験値も吸われる」
こう口にするとなかなかデメリットが多いな。メリットは意思疎通と身体強化。いつか、デメリットとメリットが逆転する時が来るのかね?
……ああ、そう言えば呪いの無効化なんてあったな。あれは使わないと言うか、呪いを使って来る敵がいねぇ。
「……へぇ、コレのおかげかぁ」
俺の左腕を食い入るようにウォルターは見る。
それは良いんだが……そんなことしている場合か?
「うん?」
突如として、地面が揺れ始める。
小さかった揺れは、徐々に大きくなり、視界を揺らす。
それは先程、俺たちが襲われたように。
「ほら、来たぞ」
「へ?はあ?」
いまいち状況が分かっていないようだ。
まあ、それもそうだろう。
ここは草原の隅。俺たちが襲われた場所とはかなり離れている。少なくとも、あの大群には襲われることはないと高を括っていたのだろう。
「さて、情報料を払って貰うぞ、ウォルター」
だが、俺が拘束具を外したことにより、それは無意味と化す。
元々の話、俺が拘束具をしている最も大きい理由はコレだ。常時、馬鹿みたいな量のモンスターを誘き寄せてしまうこと。平時からこの量のモンスターに襲われては、次の街に辿り着くこともできないだろう。
次点は、経験値を吸われることを防ぐことだ。やっぱり、経験値は惜しいからな。
「死地だぞ、ウォルター。此処こそ、俺らに相応しいだろ?」
きっと、今の俺の顔は酷く悪い笑顔をしていると思う。
そして、俺たちは黒蟻達に呑み込まれた。
振われた刀が、黒蟻の脚を斬り飛ばす。
「はぁはぁ」
いったいこれで何体目だろうか。
疲労感が身体全体にのし掛かって来る。少なくとも二十分は戦い続けているが………周囲に全てに気を張り詰めるのは厳しいものがある。
終わりの見えない戦闘。此方は限りが見えているのに対して、未だ、黒蟻共は絶える気配すら見えない。それどころか、一層攻勢が厳しくなって気さえする。
「ッ!?」
集中の途切れた合間。
仲間諸共、と言うように噛み付いて来た黒蟻に対応が遅れた。
辛うじてバックステップによって噛み付かれること自体は逃れられたが、そのまま吹き飛ばされてしまう。
HPの減少が大きいが……ッ!回復の暇はないか!
「ラァッ!」
吹き飛ばされた先で待ち構えていた黒蟻を、空中で無理矢理に体勢を変えて斬る。
「!!!!」
攻撃モーションに移っていた黒蟻が、斬られたことによりそれを中断した。
それを視界の端に捉えて、その蟻に突っ込む。別に意図したわけじゃない。着地に失敗しただけだ。
「ゲホッ、ゲホッ……」
当然ちゃあ当然だ。空中で無理矢理に体勢を変えたんだ。まあ、下手に死ぬよりはいい。
軽く咳き込みながら、刀で下敷きにしている黒蟻に止めを刺しながら立ち上がる。
「………終わりが見えねぇ」
相変わらず、立ち塞がる黒蟻の壁。
左腕に何かが這うような感覚を絶えず感じているが……無視だ。
「そういや……ウォルターは何処だ?」
最初の方で、離れ離れになったからな。加えて、常時蟻どもに囲まれてしまっては何処にいるかなどは分からないもの。
まあ、生きていることは確かだ。なんだかんだしぶといし、コイツらは俺しか狙ってねぇ。十中八九、呪印のせいだが……アイツが楽してんのは狡い。
「それは兎も角だ」
蟻どもの動きが変わった。我先にと襲いかかって来た奴ら。しかし、今はただ取り囲んで、じっと動かない。
……なんだ?どうして奴らは動かない?
「……何かが変わった?」
何かが変わった気配はない。しかし、ただ奴らだけが時間が止まったように動かない。
──それはまるで一つの軍隊。
上から下への徹底された命令形態。感情などと言う無駄は入る余地のない、理想的な軍隊。死ねと言われれば死に、殺せと言われれば何としても殺す。
「全く、嫌になる」
巨大昆虫はファンタジーと言えばファンタジーだが……求めていたファンタジーではない。どうして、ドラゴンやらがいる世界で昆虫ばかりを相手にしているんだ俺は。
「ったく……」
部下が使えないからって、上が出て来るなよ。態々、巣から遠いここまで出向いちゃって……
俺の視線の先。
黒一色の蟻達の中でやけに目立つ唯一の赤蟻。その赤蟻は黒蟻と比べ、一回りほど大きかった。
あれがコマンダーってところか。こりゃ、他の色も居るのかねぇ……。
「なんて……」
現実逃避しようとした思考を戻す。
「やばい」
有象無象だった奴らが、軍隊に変わった。一言で言ってそれはやばい。それも、自分の命など顧みない軍隊。
それが動いた。
「〜〜〜ッ!」
赤蟻が、大きく鳴くような仕草をした途端、壁が崩れる。待てを言いつけられていた蟻達が、我先にと俺へと迫る。だが、本能に忠実と言うわけではない。
「チィっ!」
偶然ではなく、確実に俺の隙を作ってきやがる。しかも、それを見逃してくれない。
加えて、さっきまでは急所しか狙ってこなかった奴らが、脚だの手だのと俺の戦力を削ることに尽力している。
「必ず、狩るってことかよ!」
負けるだろうが、簡単には死んでやるか。
向かって来た蟻の脚を斬り飛ばす。首を斬り飛ばす。弾く。躱す。脚に牙がかする。腕を、脚の先端が抉る。
そして、腹を抉られた。
「はぁはぁ」
腹を抉ってきたやつを斬り飛ばして、立ち止まる。だが、攻撃が止む気配はない。
それを柳に風にと受け流す。
傍から見れば、満身創痍の悪足掻き。
「だが……」
気づいているか?赤蟻さんよ。
「随分と近くに見えるなぁ!」
跳躍と同時、『纏雷』を発動させ、紫電を纏う。
目指すは赤蟻の首。
何も闇雲に戦っていたわけではない。少しずつでも、赤蟻の方に向かっていたのだ。
紫電によって喰い潰されるか、蟻によって死ぬかは分からないが………その前に、赤蟻の命だけは獲る。
空中で、刀を構える。
狙うは奴の首のみ。
とは言え、それを逃すほど黒蟻達も馬鹿ではないらしい。
俺の後を追うように三匹ほどが跳躍してくる。どうも、俺よりも跳躍力はあるらしく、後から跳んだと言うのに俺に追い付き、あまつさえ攻撃を仕掛けてくる。
「利用させて貰うぜ?」
その内の一匹。後方から噛み付いてこようとする黒蟻の頭を利用する。
頭を足場にして、加速。
これならッ!
「……………………」
だが、赤蟻は何も動じない。迎撃体勢にすら転じることはない。静かにその場で佇むのみ。
その理由はすぐに分かることとなった。
「ぐっ………!?」
空中で何かに射られた。
そのまま体勢を崩して地面に落ちていく中、見た。
おそらく、それが飛んで来たであろう地点。そこには赤蟻でも、黒蟻でもない――青蟻がいた。それが複数。ただ、他の二匹と異なるのは色だけじゃない。その肥大化した腹部。それが突き出されて、此方に向けられていると言うのだから、何をされたのかは予想出来る。
「ったく、指揮官の次は……狙撃兵かよ」
しかも、銃弾は蟻酸ってところか。
今まで手出ししてこなかったのは……ああ、黒蟻で壁が作られていたからか。俺が跳躍したことによって、狙いやすくなったということね。
「……絶対、攻略してやる」
地面に激突と同時、既に消えかかっていた俺の身体は完全に霧散した。




