黒蟻
サバイバルクラフターで、グラーフに地図を渡された翌日。俺とウォルター、ついでにハクロの姿はその地図の場所にあった。
「で、それがここだと」
目の前に広がるのは、緩やかな丘陵が幾つか見える平原。
場所としては、王都から南西に、フィーエルから南東に行った所だ。
「見たところモンスターは見えないけどな」
「でも、レベリングに最適なんだろ?他にも何人か居ても良い気がするけどなぁ」
レベリングに最適と言うことは、弱くて経験値の多い奴あたりなんだが……そう言うのは見えない。そして、狩場と言う割には過疎っている。
「え?ほんとにここ?」
「地図上ではここだよ」
うーむ……グラーフが俺たちを嵌めたと言う可能性が浮上して来た。
ここで問題なのは、グラーフならやりかねないということだ。
「やっぱり……嵌めら──ん?どうしたハクロ?」
突然、袖から顔を覗かせたハクロに戸惑う。
瞬間、何かに気付いたようにウォルターが武器を構える。
そこまで、やられればバカでも分かる。
俺も刀を構えて、その時に備える。
空気が張り詰めていく中、それは起こった。
「?」
最初は酷く小さな揺れ。
しかし、だんだんと大きくなっていく。
そして、それらは姿を現した。
「ちょっ!?」
緩やかな丘陵の影から現れたのは、無数の黒。穏やかな平原を埋め尽くさんとするような奴らは、獲物を見定めた。
その無機質な双眸が一斉に俺達に向けられる。
その敵──所謂、黒蟻と呼ばれる昆虫が一気に丘陵を下り始めた。
「来る」
「分かってるよ」
短く言葉を交わして、迫り来る黒蟻共に備える。
ハクロが袖の中に逃げようとするのを捕まえて、首に巻付ける。
「ちょっ!?」
「五月蝿い。流石に、この数だと余裕がない」
なんやかんや、腕に巻き付かれた状態で戦って来たが……戦いにくいのだ。というか、刀を振るうたび、腕に違和感があって気持ち悪い。
「………」
流石にそう言われてしまえば、反論はないのかハクロ黙り込んだ。
そして、黒蟻の大群と矮小な二人と一匹は交わる事となる。
──此処はファーレル草原。黒蟻共の巣食う地であり、ここを訪れる者はプレイヤーですら稀だ。たまに訪れる者も、一人二人では訪れることはない。
プレイヤー曰く、ここは二度と訪れたくない地である。
そこを訪れれば最後、無数の地響きとともに貪り尽くされるのだと言う。
「どりゃあ!!」
「次ぃ!」
「いやぁ!?」
ファーレル草原。そこは死屍累々であった。そこに巣食うはずの黒蟻の頭部が、脚が、腹部が舞い、焼ける匂いが辺りを漂う。
それでもなお、平原の従僕達は脚を緩めない。緩めることを知らない。
「……ヤバい。魔力切れた!」
その声と同時、後方で這いずっていた炎蛇の姿が消えた。
「チッ、休んでろ!」
首元に居たハクロに、そう返事してすぐ様刀を振るう。
その一刀は、節の合間を捉えて頭を切り飛ばした。
コイツらは数こそ多いが、一体一体の強さはそこまでじゃない。とは言え、弱いと言うことじゃない。外骨格は硬く、そこそこの速さはある。
しかし、節を狙えば簡単に斬ることが出来る。
今のようにな。ただ、如何せん数が多い。あのように、首を斬り飛ばすことが出来るのは稀なのだ。
「ウォルター!」
「ああ!分かってる!待ち合わせ場所でな!」
黒い壁の向こう側から声が聞こえて来る。
どうやらアイツも状況は分かっているらしい。
コイツら相手に、近接二人と言うのは分が悪過ぎる。
「ハクロ!」
「ん?」
「先に謝っとく、ごめん」
「へ?」
抜けた返事を了承と見做して、『纏雷』を発動させる。
そして、蟻を足場にして跳躍。
「………っ、と」
そのまま、地面を覆うような蟻達を足場にして再び跳躍。
それを繰り返して、何とか包囲網を抜けようとする。
「……ん?」
その途中。
黒が蠢く一部。そこで白煙が爆発した。
確か……あそこはウォルターがいたはず。
「まあ、今考えても仕方ないか」
どうせ、ウォルターのことだ。なんやかんや生きているだろう。
そんなことを考えながら、包囲網を抜ける。
当然、蟻達は追って来たが………どうも、奴らのテリトリーは平原だけであるらしい。平原から離れるほど、追っては少なくなっていった。
「────!!!」
「………ふうっ」
追っての最後の一体が、様々な部位がなくなった状態で光となって消える。
やっぱり、弱いな。さっきとは違い『纏雷』を発動させていたとしても弱い。
「さて………大丈夫か?ハクロ」
途中から、声が聞こえなくなっていたハクロ。それを案じてのことだったが…………返事はない。
……そんなに強くしてないよな?実際、MPもそんなに減ってないし。
「…………」
嫌な予感がして、首にいたハクロを見る。
そこにはきゅーっ、と言う効果音が似合いそうなハクロがいた。
「…………」
よかった。気絶しているだけのようだ。
一応、ポーションを飲ませておいて……
「まあ、無難に待つしかないか」
そう口にして、一人足りないことに気づく。
白煙が上がっていたことから、逃げられたんじゃないかとは思っていたんだが………死んだか?
「それなら、冥福を祈らないとな」
気絶しているハクロを弔うようで気が引けるが、コイツはまだ生きている。
まあ、それは兎も角、心地良い音を響かせて柏手を打つ。
一度、二度。
それから、黙祷。
「…………」
「………………何やってんの?」
ハクロではない声が聞こえた。
何というか、今しがた冥福を祈られた男のような声。
ま、まさか…………!
恐る恐る閉じていた目を開ける。
「お、お前……ッ!」
「え?なになに、怖いんですけど……」
「何で生きてんの?」
そこには、何とも変わりのないウォルターがいた。チッ、面白くない。この様子じゃ、リスポーンした訳じゃない。普通に生還して来たのだろう。
「うわっ、酷っ!死に物狂いで脱出したのに!」
「嘘つけ。絶対、余裕だったね。というか、こんなに時間掛かったのは迷ったからだろ」
うっ、と絶句するウォルター。
やっぱり、か。コイツがあの程度で死ぬはずはない。それに仮に死んだのなら、コイツは顔に出る。
「はあ、それでどうする?」
「どうするって?」
「これからだよ。続けるか、止めるか」
うーん、そうだなぁ……個人的には続けたい。あの数だ。さぞかし経験値を稼げるんだろう。
とは言え、無策のまま突っ込むのは馬鹿の所業だ。だから、最低限の対抗策の一つでもいいから欲しい。
「やっぱり、魔法か?」
「ま、そうだな。範囲攻撃があるのが良いよなぁ」
ウチにもハクロという呪術師がいるが、如何せん、その本質はデバッファーだ。たしかに、炎蛇という攻撃呪術はあるが………どうだろうな?元々、ハクロという存在自体がプレイヤーとは異なっている。それを踏まえると……案外、普通の魔法職と遜色違わないのか?むしろ、優れているのか?
いかんせん、俺は少々普通から離れているからしなぁ……まあ、魔法職なんて見たことないのだが。そろそろ普通にパーティー組んでみようかな?
まあ、兎も角……安全に攻略するにはハクロ一人じゃ足りない。
「こっちは近接二人。いくら単騎として強いとしても、数には無力だし……」
「とは言え、この無茶なレベリングに付き合わすのも気が引ける」
「そうなると、数体引きつけての繰り返しかね?」
多数を相手に出来ないとなると、それが一番効率が良さそうだ。
「……ん、んん……」
「おっ」
結論が出たあと、ハクロが起きた。
相変わらず、俺の左袖から顔を出して状況を確認している。
「起きたか」
「……カガチ、あの蟻達は?」
「今はいねぇよ。居たら、こんなにゆっくりはしてらんないっての」
「今日はもう蟻を見たくないんだけど……」
顔を歪めさせたハクロ。それは、黒いアイツを見たような顔で……まあ、色と昆虫くらいしか合ってないけども。
「あー、良いよ。俺はやることあるから、先に帰っておいてくれ」
別に止めることはしない。
今のコイツはMPがないから役立たずと言うわけではなく。実際、そうなのだが……それは休憩を取れば良い話だ。
だが、それは無茶をさせていい理由にはならない。こいつはNPCで……生き返らない存在だ。そんなハクロを、生き返る俺たちの無茶に付き合わせるわけにはいかない。
「えっ!?いいの!」
その言葉を置いて、ハクロは消えた。淡い光が後に残るように煌めく。
……こんな感じなのか。誰かの転移を見るのは、これが初めてだ。
とは言え、そんなに抱く思いはなく……久々に解放された腕を回す。
……やっぱり、軽いなぁ。動かし易い。
「さて…………ウォルター?」
振り返って、ウォルターを見たが……アイツの表情は固まっていた。なんというか、信じられないものを見たような。具体的には、突然レアアイテムが落ちた時の、現実味を感じられない時間のような。
「ウォルター?」
「な、なぁ……君さ」
「うん?」
「蛇と喋れんの?それに、なんか消えたけど?」
あ。




