フィーエル
王都のメインストリートを歩く。
相変わらずの賑わいを見せる王都だが、そろそろ慣れてきた。
「今日は何するの?」
「ちょっと、知り合いとなぁー」
「知り合いぃ?」
怪訝そうなハクロの声。
コイツは俺に友人がいないとでも思っているのだろうか。
「友達くらいいるっての」
「だって、ずっと一人だったじゃん!」
うるせー、うるせー。
その原因は誰にあると思ってるんだ。ほぼ間違いなくお前だぞ。お前のことが、誰かにバレると面倒なことになるんだ。
騒ぐハクロが喧しい。
定位置となった左袖にいたはずのハクロは、今は首元から顔を覗かせていた。
「で?どんな人なの?」
「ま、会ってみればわかるさ」
そろそろ、待ち合わせ場所の噴水広場だ。
一目でわかるようにしているって言ったんだが………
「……あれ?」
「………あれかもしれない」
噴水広場。その名の通り、中央に噴水がある広場だ。広場の隅には屋台、茣蓙が広げられ、広場自体には活気があった。
その中央。噴水の周りに座るように、青年が居た。その手には、『カガチはどこ?ここ?』なんてふざけた木製の看板。
話しかけたくない。
静かにその場を去ろうとしたが、遅かった。ウォルターであろう、その男は笑みを浮かべて近寄って来る。
しくった……アバターを弄っていないのがあだとなったか。
「あ、こっちみた」
ちくしょう、捕まった。
「おひさ、カガチ。相変わらず、キャラは変えてねぇのな」
「……お前こそ。大して変わってないぞ」
まあな、と答えた男を見る。
最後に見たのは……ああ、壬生狼のイベントの時か。
……髪型が多少変わっているくらいだな。
「んじゃ、行くか」
「何処に行くんだ?」
「それは歩きながら決めればいいだろ」
「っと……」
王都から西に一時間ほどの森。
そこの森は、ビックベアの生息地らしい。ビックベア、その名の通り大きい熊。とはいえ、侮るなかれ。時速四十キロ程で走れる熊。それがより強靭に、より獰猛になったとなればその危険度は恐ろしいものだ。
とはいえ、そのビッグベア君は散々実験に付き合ってもらったお陰で動き自体は見切っている。
「グァ………」
最後にそう言い残して、光となって消えていくビックベア。こいつで五体目くらいか。
「ふうっ……いやー、二人だと楽だね」
「そうだな」
「ヘイト管理は、カガチだから考えなくていいし」
「おいこら」
「お前のその蛇?のデバフも強いしね……ていうか、なにその子?」
首元でだらんとしているハクロを指さして、ウォルターは問い掛けた。
コイツは少々どころか、かなり特殊だが……問題はないな。コイツの言葉は、俺が呪印を持っているからこそ。他の奴らには、少々特殊な蛇としか見られないのだろう。
「まあ、な。ちょっとした縁でな」
「あー、ユニークモンスターってやつか?」
「ユニークモンスター?」
「なんだよ?知らないのか。ユニークモンスターってのは───」
ユニークモンスター。
ウォルター曰く、突然変異で生まれたモンスターであるという。外見からして大きく変化しているものもいれば、大して変わらないものもいるらしい。しかし、彼らに共通しているのは、本来なら持ち合わせない能力を持っていることだ。
あるユニークモンスターはより硬く、より凶暴に。また、あるモンスターは毒を持ち、それに合わせて生態を変化している。あるモンスターは、通常使えない魔法を使えるようになるという。
そういうことならば、ハクロはユニークモンスターではないだろう。だって、ハクロは蛇帝の血族だ。鬼人たちの言葉やヤト、ハクロの話を聞く限り、ハクロには兄弟、姉妹がいるのは間違いない。決して、オンリーワンではないのだ。
まあ、その姿を見たことはないんだけどな。
「へぇー」
「もっと興味持てよ」
「良いだろ別に。まあ、それはそれとして、どうするよ?」
ここも良い狩場なのだが、どうしても俺とウォルターと言うアタッカー、ハクロと言う優秀なデバッファーが居るとどうしても楽になってしまう。安全に狩れると言う点はいいのだが、少し退屈なのだ。
「そうだな……フィーエルの方に行くか?そっちの方は行ったことないんだよな、俺」
「フィーエル……確か、帝国に近い街だよな?」
「そうそう。その感じだと、お前も行ったことがないみたいだな」
まあ、それも良いかね。
なんて言う会話を経て、ちょいちょいビックベアと戦って街道を歩く。
「そういや、カガチよー。この前、暴れたらしいじゃん?」
「暴れた?」
うん?………ああ。
「壬生狼か」
「そうそう。『蒐集家』から聞いてな。アイツから伝言。今後ともよしなに、だと」
「なんでまた?」
むー?なんやかんやお世話になっているというか、利用し合うような関係だが………それがなんで今更?
「さぁ?アイツのことだし、この前のイベント武器でも狙ってんじゃないの」
「あー、それもあるな」
伊達に蒐集家なんて呼ばれている訳じゃないからな、アイツは。奴はゲームでも図鑑を全て埋めることに心血注いだりするタイプの人間だ。そのために何周も周回することも厭わないのは、素直によくやるなぁと感心してしまう。
イベント武器は欲しいはず。と言うか、行方不明となったイベント武器の行き着く先がアイツのところ、と言うのが俺の見解だ。
「お?着いたな」
その言葉に、袖からハクロが顔を出した。
途中からビックベアとの戦闘にも参加していなかったが、どうも中に引き篭っていただけらしい。
「……やっぱ、王都と比べるとなぁ」
「そりゃあ、流石にな。けど、保有戦力は多いらしいぜ。何と言っても、帝国に最も近いからな」
「帝国ねぇ……」
地図によれば、王国の西にある国だ。確か、このゲームのサービス前。ゲーム内の歴史で言えば、今から四年前。帝国は王国に負けた。王国から手を出した訳ではない。帝国から宣戦布告して、結果、大敗したらしい。
面白いのが、それも一度ではないようで……何度も王国に戦争を吹っ掛けては負けるのを繰り返しているらしい。
「王国と戦争を繰り返してんだろ?」
「ん?そう言う話だな。全て敗けてるらしいが……良くやるよなぁ」
何処か関係ないように呟くウォルター。
ったく、何回も戦争する理由があるってことだろ?この大陸において、枯れている土地というのはほとんど無い。そして、飢饉なども少ないらしい。その点から考えて、食糧問題からの戦争という線はない。なら単純に野心とかだが………それが何度も繰り返されるとなぁ。
「おい」
「むぅ………やっぱり、王国に何かあるのか?」
「カガチ?」
「あるとしたらなんだ?兵器?宗教だと……聖地とかか?聖地ならありそうだ。実際、リアルだと聖地を巡った戦争ってのは起きてるし」
「おい!」
「ん?」
少々、思索に耽過ぎていたようだ。
視線を向ければ、いつの間にか衛兵が前にいた。
通行料を払って中に入る。
そして、すぐウォルターから何かを渡された。
「ほい、これお前のな」
「……メダル?」
何かの金属で作られた妙に大きいメダル。
表面には、何者かの顔と名前が彫られている。少なくとも、貨幣の類では無い。
「やっぱり聞いてなかったのな。なんでも、ここの領主の伯爵様は、異邦人、つまりプレイヤーを雇うことに御熱心らしい。それで、仕える気になったのなら屋敷に来て欲しいんだと。そのメダルが証明書みたいなものらしい」
「ふぅーん」
いまいち魅力は感じないが、伯爵がプレイヤーを雇うことに御熱心なのは理解できる。
ここは帝国に最も近い街だ。当然、戦力は欲しい訳だ。特に、プレイヤーなんて言う死なず、ほっとけば強くなる輩など喉から手が出るほど欲しいのだろう。
「まあ、士官する気なんてサラサラないがね」
「そりゃそうだ」
アイテムボックスに、使い道のないだろうメダルを仕舞う。
「やっぱ、街柄が出るよなー」
「王都は華やかだったからな」
王都が華やかな都と称するなら、フィーエルは武骨な街だ。
機能性を追い求めた結果だろうか、全体的に石で作られているため色合いは寂しく規則的な街並み。やはり、もしもの時のことを想定しているのか。
その中を、街に入ってから何人目か分からない衛兵が通る。
「………多いな」
「やっぱり、そう思うか?元々の数が多いからなのか、それとも何か起こってんのかね?」
「さぁ?」
衛兵の数は多かった。
治安を守る為なのかは知らんが、その数は姫様が失踪した時と同等かもしれない。
そういや、姫さん元気にしてんかな。アーデルハイトなる騎士に連れられて謝りに来たのが、最後だっけ?
それはそうと………
「なぁ、気づいてるか?」
「もちのろん。あれじゃ、バレバレ」
後方、十メートルほどからつけられている。
見たところ男二人。装備からしてレベルは上。
「何か恨まれることでしたか?」
「まさか。そっちは?」
「むっ?」
恨まれることは………最近だとあのPKか。だが、アレはそんなタマじゃないだろ。少なくとも、尾行なんてさせるヤツじゃない。アレは直接仕返しに来るタイプだ。
だとすると……ハクロ関連か?いや、コイツの存在は公表してない。知っているとしても、ウォルターとあのPK程度だ。とは言え、せいぜいが珍しいモンスター程度のはずだ。蛇帝などという存在も公ではない七帝に辿り着けるとは思えない。
「多分ないな」
「多分……?まあ、恨み辛みじゃないでしょ。だって、アイツら街に入った瞬間から尾行して来たからな」
「だったら、何だよ?」
「プレイヤーだからじゃない?理由の方までは知らないけど、何かあるんでしょ」
「プレイヤーだからねぇ……」
そう言われて思い付くのはPKだが………俺なんかまだ初心者装備だぞ?そんなヤツらをPKして何が残るってんだ。それにPKがしたいなら、尾行なんかせずにサッサと襲ってくればいいのに。
「そういや、プレイヤーがどうかを見分ける方法ってあるのか?」
尾行云々は考えても仕方ないので置いておく。
それよりも、だ。街中で襲うなら、プレイヤーを見つける、見分ける術が必要だ。
このゲームにおいて、プレイヤーとNPCは一目では分からない。少なくとも、見た目では分からないことが多いし、頭の上に名前が表示されることもない。
「知らないとか……」
「うっせ」
「識別ってスキルがある。PKには必須のスキルだぞ?」
「PK必須スキルなのか……」
「そりゃあね。NPCを間違って攻撃でもしたら、監獄行きだからね」
そりゃあそうか。
「NPCを殺すのか……無理そうだな、俺には」
「へー、君がそれを言うんだ」
「NPCを殺すには、少し色んなNPCに関わりすぎた」
「……僕も無理そうだよ。これが定型文を繰り返すようなNPCなら兎も角、ここまでリアルと変わらないとね」
「わかるよ」
あまりにも人間と変わりのないNPCを殺すのは、良心が痛むと言うかリアルで病みかねない。こういうのがあるから、年齢制限が掛けられてんだろうなぁ……
「そういや、さ。グラーフからのメール来た?」
「ああ、来たよ。お前が教えたのか?」
「うん。簡潔に復帰するって伝えたら、理由を聞かれてね。その流れで少し」
「コイツがこのゲームやってるとはなぁ……」
「意外じゃないけど……」
正直なところ、グラーフという女は、俺とウォルターのように『壬生狼』をやってる訳じゃない。と言うか、戦闘に関してはてんでダメだ。だが、あの女の恐ろしいところは別のところに───
「む?」
「お?」
気がつけば随分と開けたところに居た。
それはいい。単に道に沿って歩いた結果だ。どうせ、広場か何かだろう。
だが、異常はそこじゃない。誰もいない。少し前から、誰ともすれ違っていない。
後ろからは、もう隠れることは無いとばかりに尾行して来ていた二人が姿を顕にしている。
「あー、こりゃ退路を防がれたってところか」
「そうだねぇー、ゾロゾロと出てきちゃって……」
広場に繋がる左右、前方の道路からゾロゾロと人が出て来る。
特に目を引くのは、前方の道路から現れた仮面を被った女だ。一人だけ仮面を被っている姿は異様だ。それゆえに、その女に視線がいってしまう。
その女が、意気揚々として手を空に掲げて言う。
「さぁ、エブリワン!今日の哀れな子羊はこの二人だ!」
沸き上がる歓声。
なるほど。ここは闘技場のようなものか。簡易的ではあるが………円形となっている広場の外周では賭けさえも始まっている。
「どうする?」
「俺は逃げたい」
「……珍しいね。いつものカガチなら積極的に戦うのに……」
「今回はハクロが居る。死なせたくない」
ああ、とウォルターは納得したように声を漏らした。
左腕をタップしておく。これで、ハクロも起きたはずだ。ったく、左腕の何処がいいのかね?
んぁ?なんて言う寝惚けたような返答がきたが、幸いそれは首元から。ちょっと起きてろと呟いて、視線を戻す。
「さてさて、今回戦うのはこの二人!!」
「へへっ、任せて下さいよ!姉さん!」
「瞬殺で終わらせるぜ!」
女の後ろから、二人の男が現れる。
一人は大剣を、もう一人は直剣をそれぞれ手にしている。二人ともが兜は被らず、鉄鎧を着込んでいる。
「ああ、安心していいよ?君たちよりも、すこーしだけレベルが上なだけだから」
「おっと、ステータス見られたか?」
「そうっぽいな。こっちの情報は筒抜けかぁ」
ぼやく、俺とウォルター。
しかし、どうやらその声は女に聞こえていたのか、予測できていたのかは知らんが、女は言う。
「公平を期すために情報は共有してないよー?そもそも、君たちの装備を見れば大抵はわかるからねぇ」
はぁ、そうだった。未だに俺は初心者装備。ウォルターもそこから少し上のランクの装備くらいだろうしな。
「……まあ、前口上はこのくらいにして───」
女が右腕を天へと掲げる。
それに呼応して、対戦相手とも呼ぶべき二人が武器を構える。
丁度、それぞれが対面するような形。俺の前には直剣持ちの男。ウォルターには大剣の男だ。
そして、女の右腕が振り下ろされた。
「───ファイト!」
直剣持ちの男が、開幕の合図と共に距離を詰める。
顔には切羽詰まった様子はなく、余裕が見える。その余裕はレベル差から来るものだろう。それも当然だ。レベル制のMMORPGにおいて、レベルとは絶対だ。数レベル差ならまだしも、五レベともなれば勝つことは通常難しい。
だが、それは通常の場合。ステ振りによって多少は変えることが出来る。あとプレイヤースキルによっても。とは言え、それが通用するのもレベル差が十レベ以下といったところだ。それ以上は、さすがに無理だ。
男が直剣を振りかぶる。
上から下への振り下ろし。
当たれば、確実に俺を殺しきる一撃だろう。それを示すかのように、男の笑みが深くなる。
「だがまあ……」
「あぁ!?」
───流石に遅すぎる。
「あ……?」
躱して、兜のないために守られていない頭部から首筋にニードルビーの短剣を差し込む。
コイツがどれ程、レベルが離れているかは知らんが……流石にライガよりは遅い。当然、あのツバメよりもな。それなら、合わせられるというもの。まあ、呪印のせいでSTRとAGIにかなり振っているからな。VITが意味をなさないんじゃ、回避するしかない。
男は驚愕を顔に浮かべたが、すぐに余裕の笑みが戻る。
それは今の一撃が、想像以上に軽かったためだ。それでも首に刺さってるんだ。かなりのダメージを負っただろう。
「ッ……この程度、で……?」
「バカ、もう終わってるよ」
振り向こうとした男の挙動が固まる。錆び付いたブリキみたいに。
短剣が刺された首筋から石化が始まっていく。そして、ついには物を言わぬ石像となった。
「よっと……!」
それを蹴り倒して……っと。
バラバラになった石像が、光となっていく様を見届けてウォルターを見る。
「……おお、流石は双剣が得意なだけある」
負けるなんてサラサラ思ってない。特に大剣などカモだ。
何かのモンスターの素材を使って作られたであろう双剣が、鎧の隙間を縫って差し込まれていく。当然、相手の攻撃を捌きながらだ。
「……おっ、終わったな」
最後は実に呆気なかった。
大剣を大きく弾いたウォルターは、そのまま男の頭を斬り裂いて終わった。
「うーん、ここまで弱かったかぁ……」
仮面の女が、奇妙なことを呟いた。
「うん?ここは、俺達が強かったじゃないのか?」
光となって消えていく大剣使いの男を見届けずに呟いた女。
「そりゃあね。君達の方が強いさ。なんたって、バトルジャンキーのバカ二人だぜ?その戦闘力は私が誰よりも知ってるよ」
その親し気な喋り方は――どこか絡みつくような言葉は、俺とウォルターにある女を想起させる。
背筋に冷たいものが走る。
「なっ……」
「まさか……ッ」
女が仮面を取る。
中から現れたのは整った顔。
その顔を――俺達が忘れるわけが無い。
「会いたかったよ?カガチ、ウォルター?」




