王都 2
「だからさ、個人的には呪殺が一番だと思うんだよね。炎蛇にみたいにさ、燃焼を呪いとして再現するんじゃなくて、こう、なんて言うの?心臓だけを潰すみたいな。痣が全身に広がったら死ぬみたいな、ね」
「うーん、全くわからん」
なんでさ!なんて言っていじけるハクロを無視して、横にした少女を眺める。
さっきは容姿まで気がいかなかったが、なるほど王女かどうかは兎も角、それなりに高貴な身分か金を持っている家なのだろう。手入れの行き届いた、輝くような黄金の髪。血色の良い肌。飾られてはいないが、高価な絹か布を使っているだろう服。
「確かにお姫様みたいだ」
あれが比喩なのか、単に事実なのかは分からないが、的を射ていると思う。
「……う」
「あ」
時代が時代だ。この少女が本当の王女かは分からないが……不敬罪で処刑という可能性も有り得なくはない。
「ねぇ……」
良く忘れてしまうが、ここにいるハクロだって身分的には王子みたいなものだ。まあ、世代交代なんてものはなさそうだからな。姐さんが死なない限り、こいつの身分は王子から変わることはないだろうが。
「ねぇ!」
「ん?」
「起きたよ」
「へ?」
見れば、周りをキョロキョロと見渡す少女がいた。
「……起きたか」
「…………!!」
声を掛けた瞬間、少女は跳ねるように距離をとった。
ふーふー、と威嚇する猫のように息を荒上げて、此方を睨む。
「落ち着いてくれ。俺たちは危害は加えんよ」
「信じられない。だってあなた方が、私を攫ったのでしょう?」
「はぁー、周りを見てくれ。俺たちが攫ったとしても、こんな路地裏でどうするってんだ」
攫った先が路地裏とは、何とも行き当たりばったりだ。もっと計画性を持てと言いたい。まあ、少女にとってはそんな間抜けな誘拐犯は俺たちなのだが。
「分からない。分かりたくもないッ。貴様らが誰の手の者かは知らんが、このマリアナ=I=レイン。王家に誓って、何も話しはせん!」
「うそぉ……」
レイン……この国の名前だ。レイン王国。それがこの国の名前で、西に帝国、東に共和国と連邦がある。それが、このストアカで分かっている国家だ。おそらく探せばもっと有るんだろうな。実際、エバーテイルがあったわけだし。
というか、ハクロさんや。嘘じゃないよ。お前さんも一応、王子様だろうに。この王女の毅然な態度を見習って欲しいね。
「ごめんなさい……」
手に白蛇を持ちながら、しなしなと頭を下げる王女様。その姿は枯れた向日葵のようだった。
あの後、説明を重ねること十分ほど。流石に色々とおかしな事に気づいたのか、彼女は現状を理解した。
「さて、アイツらは分かるか?王女様。あと、ここの場所も」
「……ここの場所も分かってなかったのか!?」
そう言って彼女はふふっと笑った。
勿論、手にはハクロを持ったまま。というか、頬擦りしようともしている。
最初は恐る恐るだったが、今ではスッカリ気に入ったようだ。
分かる、分かるよ。ハクロ、ひんやりスベスベで気持ちいいんだもん。
「ここの場所はともかく、奴らは知らん。あと、マリーと呼んで欲しいのだ」
まだ小学生程度に見える彼女が、凛とした態度で喋る。とはいえ、まだ精神はそれ相応なのだろう。口調は凛としたものであるが、緩んだ口元、目線はハクロを捉えて離さない。
全くもって……残念だった。
「じゃあ、マリー。安全かところはあるか?」
「うーんと、やっぱりお城だな。あそこにはわたしせんぞくの騎士がいるのだ」
「騎士?」
「うむ。アーデルハイトと言っての、口うるさい鬼ババなのだー」
専属の騎士様が、なんで居ないんだろうな?
「……ちなみに聞くけど、なんで城の外に居たんだ?」
「それは脱走したからなのだ!このごろは、警備がきょうか?されているみたいだが、わたしには無意味だったようだの!!!」
はぁー、大変そう。
アーデルハイトという騎士さん、今頃ブチ切れてるんじゃないかな。口振りからして初めてって訳じゃなさそうだ。日頃から市街に繰り出してたんだろう。だから、市民は顔を知ってたんじゃないか?
「まあ、それはさておき……これからの方針だ。城に行くと言いたいが、ほぼ確実に待ち伏せているだろうな。だから、他の場所に行きたいところだが……」
「だれの手の者かわからないのじゃ」
「下手な場所に行くと、返って危険だと。そうなると……やっぱり城か」
正面以外にも、もしもの時の裏道はあるだろうが……それを教えてくれるはずもないな。
「なら、正面突破か、城の中に入ってしまえば……」
「安全という訳なのだ?」
王のお膝元という以上、下手に行動できないはずだ。加えて、アーデル何某という騎士が居るなら、そちらの方が安全だろう。
「ほうびはなにがほしいのだ?」
「ほうび?」
ああ、褒美か。
「父様が、おうぞくたるもの、ろうどうにはてきしたほうしゅうを与えねばならない、と言っていたのだ!」
報酬ねぇ。正直なところ考えてなかった。王族との面識というのは得難いものだからな。
「なら……友達になってくれるだけでいい」
「へ?」
「だから、友達になってくれるだけでいいよ」
王族とのコネクション。それを持っておいて、損はない。
王族の権威を借りるつもりはないが……役に立ちそうなのも事実。
「それくらいなら、お安いごようなのだ!」
姫様は、太陽のような笑みで言ったのだった。
「おお、上からのけしきとはこのようなものなのだな!」
「大袈裟な……」
一番、大きな建物に住んでいるマリーが言うかそれ?
現在は、屋根の上を走っている。勿論、背中に王女様を背負ってだ。ああ、ハクロは返してもらった。流石に、コイツが動けないのはキツい。それに、そろそろ死にそうだったし……今だって袖から出てこない。
「まあ、あそこからの景色とは違うか」
「当たり前なのだ?」
まあ、兎も角、酔狂で屋根の上を走っている訳じゃない。
街中で、人混みに紛れられることを回避したかったのだ。こっちは敵の顔を知らず、敵だけがこちらを知っている。これじゃあ、分が悪い。
それだけじゃないけど。こうして目立てば騎士たちも見つけ易いだろうからな。こうしている瞬間にも、何人か騒いでいるのが見える。
「あと、もう少しか」
あと五軒も走れば、城前の通りに出られる。
城壁の前には堀が掘られているため、通りを飛び超えればすぐに城壁という訳ではない。
城の扉と城前の通りを結ぶ石橋。
そこに数多の騎士が集まっていた。
「なあ、あそこにアーデルハイトはいるか!?」
「……いたのだ!あの中心部にいる女なのだ!」
マリーが指さした先。騎士に囲まれている女性。他の騎士と比べ、華美な鎧を纏った人物。
アレか。
ふと、視線を道行く人々に姿を移す。
物珍しそうには大半は俺たちを見ているが……何人かは、明らかに敵意を剥き出しに見ている。
アイツらか……。
加えて……近くの屋根に人影が現れる。
左右、後ろ、そして前に。
「ごめん、少し痺れるぞ」
「ふぇ?」
「え?」
引きこもっていたハクロも反応する。
ちょっと待って……!?という声が聞こえた気がするが、迷わず纏雷を起動する。
瞬間、俺の身体を紫電が迸る。
後ろと袖の中から、何か悲鳴に近い声が聞こえたが幻聴だろう。
前に立つ男達が構えるはナイフ。左右はボウガン、後ろはナイフの投擲。
そいつらの顔が驚愕に染まるが……ナイフは振られ、矢は放たれる。
「遅い」
それらは全て空を切った。
最近知ったが、どうも『纏雷』による身体強化は『闘気』とは比べものにならないようだ。とはいえ、『闘気』は全体的に強化を施すものだが、『纏雷』はSTRとAGIだけを強化するものであり、スリップダメージも発生する。そのことを踏まえれば、破格ではないだろう。
当然、その俺に奴らは追いつけることなく、唖然としてその場に取り残される。
「なっ!?」
通りに出る。勿論、跳躍してだ。『跳躍』スキルによって、強化された跳躍は待ち伏せていたであろう奴らの中を通り越して、石橋に着地する。
着地と同時、石橋に集まっていた騎士たちが一斉に剣を抜いて、俺を取り囲む。
石橋に満ちる緊張感。
何か切っ掛けがあれば、すぐさま斬りかかってくるだろう。
「アーデル某さんはいるか?」
「…………アーデルハイトなのだ」
「……アーデルハイトさんは居るか?」
抱えるお姫様の言葉に従って、言い直す。
そこでやっと騎士たちはお姫様に気づいたようで、瞬く間に殺意が満ちる。
風船のように膨らむ殺意が、もう少しで弾けようとしたところで――凛とした声が響いた。
「私がアーデルハイトだが……貴殿は?」
騎士の壁が割れる。
出てきたのは、遠目に見た女騎士の姿。
だが、ゆっくりと話している時間もない。
「姫さんに聞いてくれ、まあ、任せたよ」
「ふぇ?」
少し惚けている王女様を、アーデルハイトとやらに任せて戻る。
騎士の壁を乗り越えて、石橋に立ちふさがる。
街からゾロゾロと現れる男たち。騎士と比べると見ずぼらしい服装の彼らは戸惑うように、熱に浮かされたように武器を握っている。
「おい、ハクロ」
「……何?」
少々機嫌が悪いが、俺に引っ付いているツケだ。
「少しやるぞ。そうだな……臨時収入もあったし、触媒を奢ってやるぞ?」
「任せて!」
ったく、現金なやつだ。
石橋の前で待ち構えるは二十人ほど。
再び『纏雷』を発動させて、準備を整える。
「さて、と。お縄についてくれれば嬉しいんだが……」
「誰がつくかよ!」
「チッ、折角、ツキが回って来たってのによ!」
どうも、何かの組織ではないらしい。明らかに数が減っている。コイツらは捨てられたか、それとも、最初から捨て駒だったか………
「ツキが回って来た?」
「ああ、そうだよ!」
先頭に立つ男が代表するかのように話す。いや、実際そうなのだろう。周り奴らが見る目が、リーダーを見るそれだ。
リーダーとはいうが、騎士のようではない。彼らのように高潔な志を抱いているようにも思えないし……どちらかと言えば、ごろつき共のリーダーという印象だ。
その男は自棄になったように、言葉を吐き出す。
「あの男が……ッ、俺たちに持ち掛けて来たんだ!」
あー、どうしよう?
振り返って、アーデルハイト達、騎士を見る。
そこには申し訳なさそうな顔をしながら顔を引き攣らせるという器用なことをしている王女様と爽やかな笑顔を浮かべているアーデルハイトが居た。
「なあ、お前さん。なんでお前まで捕まってんだ?」
「なんでも、不敬罪だと。ったく、成り行きで助けただけなんどけどなぁ」
「お前さんも大変なんだなぁ……」




