PART 深夜騎士団
そこは地獄であった。
見た者は正気を疑うであろう地獄。あるいは自身の目を疑う光景であった。
しかし、悲しいことにドルドルにとっては日常である。
「それで?」
低い男性の声が、ドルドルに続きを促す。
ドルドルは現在、自身の上司にダンジョンでの出来事を報告している最中だった。
上司――いや、正確には上司ではないが、クランでの立場はアチラが上だ。上下関係はあってないようなものであれど、上司であることには変わりないだろう。
上司——つまり、彼は深夜騎士団を束ねるマスターである。
「断られました」
取り付く島もなかったです、とドルドルは首を振る。
そんな彼に、クランマスターは興味なさそうに一瞥するだけだった。
彼は雑誌を読んでいた。ストレンジ・アルカディアのゲーム内にも雑誌や漫画の類はある。ファッション誌であったり、グルメ情報であったり、種類は様々であるが、プレイヤーやNPCが作成した雑誌がゲーム内にはある。
こういった雑誌には、生きた情報が載る。攻略サイトや掲示板にはない情報があることを、ドルドルは知っている。だから、ドルドルは雑誌を読むクランマスターを否定するつもりはない。
しかし――
「マスター」
「ん?」
こうして真面目に報告を行っている中で、興味なさそうに雑誌を読まれていれば頭にくるものがある。
そして、その雑誌が夜のお店をまとめた雑誌なのも頭にくる。
「コッチは真面目に報告しているんです!!話を聞け!!アンタ、うちのクランマスターでしょうが!!」
雑誌を奪い取り、たまらず怒鳴っていた。
そう端的に、ドルドルは切れていた。
「あー!お前。いいとこだったのに!?」
「なーにがいいとこですか!?コッチの話もいいとこだったんですよ!!それをマトモに聞かないで、こんな本ばっかり読んで!!」
クランマスターが立ち上がる。
上半身は何も着ておらず、下半身も身に着けているのは一つだけ。上半身には刺青が彫られており、厳めしい雰囲気を纏っている。
しかし、彼の下半身はその厳めしい雰囲気を全て変態的なものにしていた。
彼が身に着けているのは、おむつであった。
上半身裸に、下半身にはおむつ。まるで大きな赤ん坊のような風体がクランマスターの姿であり、この部屋を地獄とさせている張本人である。
「しっかり聞いてたんだが!?」
「じゃあ、言ってみてくださいよ!!聞いていたんなら!」
「あれだろ!エリアボスを一人で倒したっていうヤツ!!綺麗なねーちゃんで、甘やかしてくれそうな!!」
パァンと雑誌が机に叩きつけられる。
「そ、れ、はこの雑誌の話でしょうが!!倒したのはカガチっていう男性プレイヤーです!!」
「あ、あれ?そうだっけ??」
はぁーと長いため息を吐いて、ドルドルは額に手を当てる。
「それで?どう思いますか?」
「どう思うって?」
「そりゃあ、そのカガチっていうプレイヤーですよ。あのゴードンをPKしたかどうかとか……まあ色々とです」
あー、とクランマスター――オギャルドは少しだけ考えて云う。
「あり得る。多分、そのカガチってやつはアインセンで『刀姫』と一悶着起こしたヤツだろ。あの『刀姫』の関係者なら可能性は十分だ。『村』のヤツラといい、狂っているヤツが多いからな。
それにゴードンは、あの剣に頼りっきりでプレイヤースキルは低かったはずだ。低レベルでもドーピングして、条件を整えれば勝てるんじゃないか?このゲーム、下剋上もシステム的には可能になってるからな」
出てきた冷静な分析にドルドルは息を呑む。
この人は恰好と性癖以外は凄くマトモなのだ。それに優秀だ。優秀でなければ、深夜騎士団を束ねることはできていない。
だが、瑕疵が大きすぎて……
「兎も角、『刀姫』の関係者だ。下手に関わると火傷することもある。お前は引き下がって正解だったよ」
「そ、そうですか?」
「ああ」
それに……とオギャルドは続ける。
「ソイツなら遅かれ速かれ頭角を現すだろうよ。まあ、それがどんな形かは知らんが」
ドルドルが叩きつけた雑誌をオギャルドは再び読み始める。既に彼の中ではカガチというプレイヤーの話は終わったようだった。もうこの話は続けられないだろう。
そんな彼に呆れながらも、ドルドルは窓の景色に視線をやる。
そこにはフンブスの景色がある。活気に満ちた街だ。
次いで、彼は入り口の扉に視線をやった。
クランマスターの部屋とあって、他よりも厳めしい扉だ。その扉は開け放たれており、自分の怒声を聞きつけたメンバーが野次馬に来ていた。
「なんだなんだ?」
「まーた、マスターと副リーダーの喧嘩か」
「まあ、あの人変態だしなぁ……」
髪色、装備、性別……様々なメンバーたち。今日はオフのつもりなのか、比較的数は多い。クランハウスで雑談にでも興じていたのだろう。
それ自体は微笑ましいのだが……一部が手に持っている雑誌。それはオギャルドが読んでいる雑誌と同じ類のものだ。
類は友を呼ぶ、とでもいうのだろうか。気のいいメンバーではあるのだが、リーダーであるオギャルドが変態であるが故に、どこからか変態まで集まってきている。
不思議なのは、他のメンバーからそれに対する不満が少ないことだ。
彼、彼女たちに言わせれば、まあゲームだしとのこと。
そんな彼らに
「ハイハイ、なんでもないですから戻ってください」
「はーい」
「続きやろぜ」
返事は様々であるが、彼らは素直に帰っていった。
それを見届けて、ドルドルは新たな話題を口にする。
「マスター」
「ん?」
「概ね準備が整いました」
短い言葉であったが、オギャルドにはそれだけで伝わった。
なにせ辛酸を舐めさせられてから、それだけを目標にプレイをしてきたのだ。
「いつ行ける?」
「メンバーのスケジュール次第ですが、行こうと思えばいつでも」
ドルドルの返答にオギャルドは笑みを浮かべた。
獰猛な獣のような笑みを。
「それじゃ、メンバーを厳選しろ。攻略するぞ、このダンジョンを」
フンブスのダンジョン。
それは未だ攻略されていないダンジョンである。
徐々にモンスターが強くなっていく仕様のため、初心者から高レベルプレイヤーが挑めるようになっている。そのため、プレイヤーの中にはフンブスから離れないプレイヤーもいるほどだ。
深層の難易度は並大抵のものではない。
深夜騎士団も、深層に歯が立たなかった。
そこに彼らは再び足を踏み入れる。
誰も到達していない景色を見るために。




