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第4話 はじめてだ…


「姫様、庭園すごいですよぉ!」


「……うん」


「わー! ひっろーい!!」


「……うん」


「わっ、わっ! 見てください! 噴水ですよ、噴水!!」


「……うん」


「……姫様、お元気ないようですが、大丈夫ですか?」


「……死にたい」


 満天の青空の中、城内の庭園で、興奮する騎士と暗い表情をする姫の会話である。

 横で侍女が歩いてきて、騎士に言う。


「騎士殿。姫は久しぶりに外の空気に当たって、日光をこれだけ浴びているので苦しんでいるのです」


「……やはり、お医者様呼んできますか?」


「大丈夫です。一過性ですから」


 侍女は相変わらず表情一つ変えず、淡々と説明する。


「……無理。私、このままだと死んじゃう。一刻も早く自室へ……」


「と、姫様は仰せられていますが……」


「大丈夫です。一過性ですから。姫様部屋にいたいだけなんですよ」


「……やっぱ侍女は処刑しておこう……侍女も殺して、私も死ぬ……」


「姫様、ベンチがあります。あそこで休みましょう」


「……も、もう、無理、です。い、一刻も早く部屋に返さないと、持病の……あー……ほら……にょ、尿路結石が悪化して私は死んでしまうのでしょう……」


「尿路結石!?」


「自分の部屋に戻ったら尿路結石が静まるとかはじめて知りました。そもそも姫様、尿路結石じゃないでしょう」


「えっ、尿路結石じゃないんですか!?」


「……騎士殿は話の流れをもうちょっと読むとか、そういう訓練をしたほうがいいと思います。あと姫様も考えて出た答えが尿路結石はないと思いますよ」


 侍女はため息をついて、少し離れたところにあるベンチを指さした。


「姫様、あそこで休みましょう」


 それでも、やだと息絶え絶えにいう姫を、侍女と騎士はベンチまで連れて行った。






 姫はベンチで横になった。

 長身の姫が横になると、ベンチのサイズがぴったり入る。


 騎士と侍女に見守られながら、しばらく唸っていたが、やがて呼吸も落ち着きはじめる。


「ここでしばらく休んでいたほうがいいでしょう」


 侍女は言った。


「騎士殿はここで姫様の様子を見ていてください。私が気付けのレモネードをもってきます」


 そういうと、ささっ、と侍女は去っていく。


 庭園にいるのは、ベンチで横になる姫とその前で彼女の様子を困った表情で立っている騎士だけになった。


「……お前も立っているのがつらかろう。座れ……」


「えっ」


 騎士は姫の言葉に動揺した。

 何せベンチには座れない。ベンチの前で座れ、ということなんだろうか?


「私の頭のあたりに座れ。私は、お前の膝を枕にして寝る」


「えっ」


「いやか?」


「あっ、いえ、姫のお言葉とあれば」


 姫は少しだけ体を起こし、そこに騎士が座った。

 姫はそのまま、横たわる。騎士の膝を枕として、目をつむり、一息をついた。


 そのあとは沈黙。


 騎士にとって長い長い沈黙。


 緊張で体がこわばる。


 視線を下に向けた。


 はっとなる。改めてみる姫の美貌に驚く。


 彼女は芸術はわからなかったか、姫の顔はとても美しく、芸術だと断言できた。


 それほどまでに美しい顔をまじまじとみて、色々なことを思う。


 白くてきれいな肌だな……。

 まつげが長いな……。

 鼻が高くて、筋が通って、綺麗だな……。


 パチっ、と姫が突然目を開いた。


 騎士は視線をそらす。

 その様子をみて、姫は優しく、ほほ笑んだ。


「……お前も私の顔に見とれたか?」


 少し元気を取り戻したのか、声に張りが出てきた姫は言った。


「いえ、そんな……」


「無理をするな。みんな、なぜかそんな顔をするんだ。露骨に迫るやつもいる。もっとも、そういうのは私の姫という地位にも目がくらんでいるのかもしれない」

 

 張りを取り戻した姫の声はさみしそうだった。


「騎士よ、お前は、自分が8人きょうだいだといったのを覚えているか」


「……はい」


「……そうか。あの時、正直言って、お前の家と私の家を比べて、何だか私が孤独で、つまらない暮らしをしていると思ったんだ」


「え?」


 騎士は目を丸くして、騎士の美しい顔を見た。


「私の家――王族は、父である王と、王子である兄が2人。そして、小さい頃は、亡くなった王妃――つまり、私の母もいた」


 姫は空をぼんやりと見た。雲が青空の中をゆっくり動いていた。


「私の周りには誰かがいた。でも、対等な関係のものは誰もいなかった。誰も叱ることすらなかった。叱るのはお母さま、口の悪い侍女くらいだ

 私は孤独だったんだよ。その割に人はやってくるんだ。社交辞令なやつ、私の顔なんかにうっかり惚れて付きまとうやつ、打算的なやつ……私の見えぬところでは、勝手に私をおそれて、陰口をたたく。

 お父様や二人のお兄様に言ったものだよ。『私は友達が欲しい。私を叱ってくれて、心の底から褒めてくれる友達が欲しい』って

 でも、父や兄はこう答えるんだ。『王族たるもの、そのようなものは要らぬし、作れぬ』って。もうどうすればいいんだよ、って……」


 姫の話を、騎士はじっと黙って聞いていた。


「これじゃ、ずっと私は孤独だ。運命に定められた孤独だ。いくら名誉や力があっても、自分の思い通りにならない人生は終身刑の囚人同然だ」  


 姫はふふっ、と苦笑した後、深いため息をついた。


「死にたい……というのは、私にとっては、逃げたい、と同義なのかもしれない。孤独で、つまらなくて、それらに抗えない人生から逃げたい……まあ、本当に抗いたいのなら、とっくに死を実行していると思うがな。勇気がないんだろう……」


 情けない、死にたい……。

 姫のそう言った時の表情は、これまでにないほど深刻で、思いつめた表情だった。


 そうして、今度は騎士が口を開いた。


「私の父と母は末っ子が生まれてからすぐに亡くなりました。家は貧しく、母は流行り病で、父は8人の子供を養おうと働いて、最後は病に倒れました。

 私が家族を養う必要が出てきました。ですので、良い稼ぎ口はないかあったのです。そうしたら、騎士団員募集の話をきいたのです」


 姫は頷いて、騎士の話を聞いている。

 姫は、騎士団が実践的な人物――コネや品位などよりも、戦える人材を探しているときいたことがあるのを思い出した。


「騎士は貴族の方が行うイメージが強かったのですが、とても、その……正直に言ってお給料がとてもよかったので、試験を受けてみたんです。そして受かって、騎士になりました」


 騎士は意を決したかのように、一呼吸おいて、話を変えた。


「先日、私が姫様に声を上げてしまったことは、重ねてお詫び申し上げます。しかし、命は大事なものです。人は簡単に死んでいきますが、再び生きてはこれないと思っています。

 そして、残された者の悲しみや苦しみを考えると、ついあのような言葉が出てしまいました……」


「……そうか」


 すると、姫の手が上がって、騎士の柔らかな髪を撫でた。


「それはすまないことをした。こちらこそ、申し訳なかったよ……」


 姫はその時、騎士に優しい、聖母のような笑みを投げかけていた。

 騎士は驚いた。冷たくて、時々弱弱しい姫に、これほど慈愛に満ちた一面があることに気づき、着任早々ながら、まだ自分は姫様のことを何も知らないのだな、わが身を恥じた。


「でも、姫様が、それで救われるのなら、もっと死にたい、といってもいい気がしてきます」


 姫は目を丸くした。


「あっ、いやっ、本当に死んじゃダメですけど……! それで姫様のご心労が少しでも減るのなら、私はそれでもいいかなって」


 姫はぼうっと、騎士を見つめて、呆然とした。

 それから、自分の目に涙があふれていることに気が付いた。


「どっ、どうされたんですか!?」


 姫は涙があふれるのを止めることかできず、しかし、そのまま笑みを浮かべた。


「すまない……いや、なんか、凄くほっとしたよ。これはうれし泣きだと思う。はじめてだ……こんな涙を流すのは……」


 姫はしばらくこのままでいたい、と言い、騎士は侍女がもうすぐ来るのではないかと心配した。

 その心配をきいた姫は、気にするな、と笑った。


「侍女は遅れてくるよ。あいつはそういうやつだ」


 侍女は近くの木陰で、トレーに3杯のレモネードを入れたまま、微笑を浮かべて待っていた。


 姫は子供のように、騎士の膝枕に身をゆだね、騎士も母親のように優しい表情で姫の髪を撫でた。


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