第2話 姫様!! 死んではなりません!!!
「……死にたい? えっ? えええ??」
小柄な女騎士は大きな声で叫んだ。
「わっ、私のせいですか? 私がまた余計なことをやらかしてしまったのですか?」
そんなにやらかしているのかよ……と内心で侍女は思う。
「騎士殿、姫様が『死にたがりの姫』と呼ばれているのはご存じですか?」
「いえ、全然知りませんッ!!」
女騎士はそこで侍女のほうを向き、ピシっと背筋を伸ばして、はっきりと答える。
「そうなんですか……有名だと思っていたのですが」
「いえ、私、よく上官から『常識がない』って言われるんで、私が知らないだけかと思います!!」
そうはっきり言わんでも……と侍女は言葉を失う。
「……ふふっ」
姫が笑う。
「私もよく非常識だと言われるんだよ。また面白い騎士を連れてきたなあ」
姫は席をたって、その騎士に近づいた。
「私は『死にたい』が口癖の、どうしようもない女だが、良ければ警護してやってくれ。辞めたものも多いが、お前はなかなか面白い」
「こっ、これは褒められている、のでしょうか……?」
騎士もいまいち展開が飲み込めないみたいで、誰に言っているのわからない発言をする。
長年、姫との付き合いが長かった侍女が状況を飲み込めていない。
こんなことははじめてだったからだ。
騎士の質問に、姫が回答する。
「そう思ってもらっていいよ。今日から任務、よろしく頼む」
姫の綺麗な笑顔をみて、騎士はぱあっと顔を明るくした。
「はっ、御身にかけて、姫様をお守りいたします!!」
今度は額に右手をつける敬礼を行う。
侍女は相変わらず呆然としていた。
「ところで、私は何をすればいいのでしょう!?」
腰にサーベルを巻いた近衛騎士団の、女騎士は、堂々と聞いてきた。
「皿洗い、洗濯、掃除、何でもしますよ!」
「ところであなたは、どこの所属で、任務は何ですか?」
侍女が右手に頭をもってきて、頭の痛みを抑えようとする。
「はっ、近衛騎士団の騎士で、任務は姫様を守ることです! ところで具体的に何をすればいいのでしょう?」
侍女は、頭痛が抑えられなかった。
王族直属の騎士といえば、彼女の身辺に常におり、緊急の折には身を挺して御身をお守りする。
……なんてことを話せばならないのか。
こんな初歩的な質問すら本気で分かっていないのか。
「お茶でも飲もうか」
「はい!」
「は!?」
騎士は素直に元気いっぱいに頷き、侍女は驚愕した。
「姫様、お茶など……」
「いや、またもう一杯飲みたいと思っていたからな。侍女もどうだ?」
どいつもこいつも……。侍女はそう思いながら、お供します、と肯定した。
侍女と姫がお茶の時間をたしなむのはそれなりにあることだが、騎士と姫がお茶の時間を共にするのは異例である。
「こふぉふぁんおいひいでふぇねぇ……(このパンおいしいですねぇ……)」
「それはスコーンというパンです……食べながら話すのはやめなさい」
騎士が口をもごもごさせているのを、侍女が咎める。
騎士は国内最高級の紅茶をずずず……と飲んだ。
侍女は顔をしかめる。
「うまっ! うますぎです! この紅茶すんごくおいしいんですけど!」
「そう? ほぼ毎日飲んでいるけど」
「えっ? こんな美味しいものをですか? 姫様は何者なんですか?」
「この国の姫らしいわ」
「すごいなあ!」
王城で行われているとは思えない会話に、侍女は天を仰いだ。
「この紅茶とスコーン、私ばっかじゃもったいないなあ……」
騎士のふとした呟き。それは今までの軽快さが少し欠けた、重みを感じさせる発言だった。
本人は気づかないものだったが、姫と侍女ははっきり気づく。
「それはどういうことだ?」
騎士は失言をしたと思ったのか
「あっ、その、申し訳ありません! 私にはきょうだいがいて、一緒に食べれたらな、と思ってしまって……」
姫は目を丸くして、驚いた。
こんなやつもいたんだ、と内心で思う。
「きょうだいは何人いるんだ?」と姫。
「8人です。私が一番上です」
「8人か」
姫は物思いにふけったように言った。
「賑やかそうだな」
「はいっ。うちはとても賑やかです。両親が8年前に亡くなってから、私がまとめ役になって、長男と次女が家事をしながら、下のきょうだいをあやしてくれます。
でもみんなうるさいんですよ。夕飯なんかいつもお祭り騒ぎなんですよ」
「ふぅん……楽しいのか?」
「はいっ! がやがやしていて、お行儀の悪いきょうだいもいるけど、楽しいですよ!」
「……そうか。いいな……」
姫は自分の食卓を思う。
大抵は一人で食べる。王も王妃もいない。いや、幼いころに王妃と一緒に食べたことはある。
王妃――姫の母は幼いころに病死した。王――父は行事などに忙しく、一緒に仕事をする機会はなかった。
宴もあったが、大勢の中にあって、彼女は孤独であった。
最高位かそれに近い位にある姫と、畏れ多くも、と姫に接触を試みる人々は大抵下心があった。
「……死にたいなあ……」
口癖のぽそっと言った一言。
それをきいた小柄な女騎士はバッと立ち上がる。
「姫様!! 死んではなりません!!!」
姫と侍女は呆然とした。
小柄で抜けた、間抜けな猫のような女騎士が、形相を必死にして、猛禽のように叫んだからだ。
しばしの沈黙。
女騎士は、はっ、と我に返り、元の間抜けな猫に戻った。
「……って、いや、あの、そのー……なんか、そう、思って……」
「そうだな」
姫は優しく微笑んだ。
「今度から気を付けよう」
「で、騎士は今、警護室か」
「はっ、姫様直属の騎士の部屋に。『ふかふかのベッドだぁ』といって早速寝転がっておりました」
「そうか。あんな粗末で小さな部屋でもいいのか……」
お茶からしばらくたっての夕暮れ時。
姫の部屋での、姫と侍女の会話である。
ふと、侍女は思う。
あの女騎士は騎士らしくない。騎士団も、姫様の護衛役を厄介だと思って、厄介な人物を送ってきたのだろう。
しかし、姫様は関心を持たれている。
それに姫様の死にたがりを一喝する人間は、今までいなかった。侍女は注意はしたが、止めなかった。
初対面で一喝する人間など、いなかった。
そして、その女騎士の言葉を、姫様は受け入れたようだ。
もしかしたら、あの生気溢れる女騎士は、この死にたがりの姫様を変えてくれるかもしれない……。
「なあ……」
姫が一声をかけてきて、侍女の思考は中断した。
「はい」
「……わたし、騎士のことを怒らしてしまったかしら……?」
姫は侍女に、涙目で、震えた声でそう言った。
侍女は姫のメンタルが強くないことを改めて思い出し、慰めた。