ショートコメディ『不動くん』
体格のがっちりした大柄な男がいた。そんな男が、目の前にいたのだ。授業中に、列の前の席に座っていた。黒板が見えない。先生が、チョークでなにを書いているのかがわからないのだ。これは困った。
私は、前の席に座っていた彼を、シャープペンシルの先端でつついた。つまり、尖ったペン先でつついたのだ。ふっふ。チクッと痛かろう。しかし、不動くんは微動だにしなかった。
えぇ
困惑した。どうしよう。どうやら、不動くんにつっつく攻撃は効果が期待できないみたいだ。ならばと思い、私は彼の耳元に小声で話しかけた。
「不動くん。不動くん。聞こえる? 不動くん、不動くん……。あれ」
なんだか様子がおかしい。不動くんはさっきから、不動のままだ。こんな不動な奴いるか!? これはなにかがおかしい。もう一度、声をかけよう。
「不動くん。あのね、前の黒板の文字が見えないの。もうちょい屈んでくれる?」
「構わない」
あ、返事した。なんだその淡白な返しは。ざけんなよ。なんて私が思うわけもなく、内心、逆上してキレられたらどうしようかと不安で仕方なかった。構わない、か。なら、屈んでくれるのだろう?
しかし、私の予想に反して、彼は不動のままだった。屈んでくれない、だと。私をからかっているのか。このやろう。ふ、
ざけんなよ! 地獄に落ちろ!
そんなことを、地味で根暗な私が言える筈もなく、物事はなんの進展もしないまま、ノートに書かないといけない授業の内容が把握できないままとなった。
クソがよ!!
やがて授業が終わった。私はすぐに、彼の元にむかった。意地悪をされただと思って腹立たしい。この気持ちをすぐにでもぶつけたかった。
椅子に座ったまま虚空を見つめ続ける不動くんは、どうやら私のことなど眼中にないのか、視線すら合わせてくれない。文字通り、不動なのだった。
ここはガツンと強い口調でいってやらねばな。
「不動くん? さっきはどうしたの? 屈んでくれるっていったよね? あ、もし聞き間違いだったら、ごめん」
「……」
がつんと言えなかった。
「ごめん」
なぜか、私が謝ってしまった(私はなにか悪いことをしたか!?)。一拍おいて彼はようやく、
「構わない。さっきも、構わなかった」
返事をした。構わない? さっきも? それはつまりどういう意味だ? ひょっとして、構わないとはいいよって意味ではなくて、文字通りの意味の構わないだったのだろうか。事の真相は、彼にしかわからない。
「ねえ。その構わないって、どういう意味で言ってるのか教えてくれる?」
「構わない」
どうやら彼は、私に構わないらしかった。