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太照眼球物語  作者: 桃栗柿太郎
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#2【双眼鏡】其の弐

 依頼人は小綺麗な身なりをした優男だった。

 私は彼に茶を煎れると、ソファに座る毒独の後ろに立つ。


「ええと、ここが」

「はい、『毒独霊界探偵社』です」


 毒独はぺろりと言った。対する依頼人の男は、尚も不安そうに辺りを見回している。

 男は鳴海とだけ名乗った。


「鳴海さんですね。今日は何の御依頼で?」


 愛想の良い態度で毒独が聞いた。

 鳴海はその中性的な――――ともすれば女にも見える相貌を恥ずかし気に伏せた。そうされると益々女の様に見える。


「その」と、漸く鳴海が口を開く。「恋に、ついてで」

「恋だあ?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。二人の視線が私に向けられる。

 居心地の悪さを感じた私は目を逸らす。毒独の小さな溜息が聞こえた。


「申し訳ありません鳴海様。彼女は未だ不慣れな物で」


 そう言って毒独が頭を下げる。下げられた鳴海は慌てて答えた。


「い、いえ」と、顔を横に振る。「確かに、似つかわしい話ですから」


 苦笑を浮かべる鳴海に、毒独は微笑を返してさらりと答える。


「いえ、そうでもありませんよ」

「え?」


 目を丸くした鳴海の反応に、毒独は遮光眼鏡を押し上げた。

 出たよ、と私は内心毒づく。

 それは詐欺術の予兆であった。


「霊界探偵と言えど依頼をするのは人間ですからね。必然、そう言った御依頼も受けます」


 毒独の口から、言葉が立て板に水を流すように溢れ出てくる。


「例に挙げれば人と人外の恋愛などが多い内容ですね。桜の精に恋をした、なんて良くある話では無いですか」

「ええ、確かに良く聞きます」


 頷く鳴海に、毒独は笑いかける。


「そしてもう一つは」と、毒独が囁く。「霊的な縁」


 僅かに鳴海の目が見開かれた。それを見た毒独の眼が蛇のように細められる、様な気がした。実際の所は遮光眼鏡で分かり等しないが。


「例えば一目見ただけで何処かで会った様な思いを抱いてしまったり」


 ぴくり、とほんの僅かに鳴海の肩が震えた。


「そう言った話をしに来たのでしょう」


 鳴海は頷いた。


「どうして」


 その囁きに、毒独は難なく返した。


「霊界探偵ですから」




 実際の所、毒独椎蔵にその様な特別な力は無い。

 全て薄っぺらな嘘である。


「で、今回は何処まで調べていたんだ?」


 鳴海が帰った後、食器を片付けながら問う。我ながらはしたない言葉遣いだが、この男相手には礼儀も糞も無い。

 毒独はニヤリと笑った。


「ある程度はね」


 この男の常套手段である。

 予め依頼人の事について調べ上げて、さもそれを霊能力か何かで知ったと思い込ませる。若しくは適当に話のタネを巻いて置き、相手がそれを拾ったところを狙い撃つ。

 詐欺師らしい手法と言えた。


「ホットリィディングとコォルドリィディングと言う名前があるんだけどなあ」


 そんな戯言を私は無視した。

 適当に本を退けながら、今回の依頼について思いを馳せた。


 内容はこうであった。

 歌舞伎役者である鳴海はある日、先輩役者に連れられて会員制のジャズバァに行った。

 そして、そこで働いている女流歌手に物の見事に一目惚れ。その女性に首ったけになってしまい演技にも身が入らない始末。

 これは少し異様だと思った同僚がここを紹介した。


「本当に霊的な物なのか?」


 私は正直疑っている。

 霊に託けて己の恋を成就させまいとしているのではないか。そんな疑念が拭えない。


「どっちでもいいよ」


 あっけらかんと毒独は言った。


「相手が霊的な事だと思ってるならそれでいい。恋を成就させてパッパと小銭稼ぎだ」

「お前は本当に誇りという物が無いんだな」


 仮にも帝都一の霊界探偵(他の霊界探偵が居るのかは知らないが)を名乗っているのだから、それに対する誇りの一つは持ち合わせていても良いものだが。

 私の非難する言葉に、毒独は肩を竦めた。

 街中で偶に目にする欧米人が良くする仕草であったが、恐ろしく似合ってない。


「生憎、君みたいな特別な眼は持っていない物でね」


 揶揄う様な声に神経が逆撫でされる。

 私はそれ以降、帰路に着く迄毒独に話しかける事は無かった。

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