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太照眼球物語  作者: 桃栗柿太郎
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#1【双眼鏡】其の壱

 私はその日、足早に帝都の街並みの中を進んでいた。

 煉瓦造りの建造物と騒々しい自動四輪車によって、表通りは良くも悪くも活気に溢れている。

 そこから裏通りに入れば、絵札をひっくり返した様な景色が広がる。

 表通りと比べると異様な程に薄暗く、黴臭く、ひんやりとしていて静まり返っている住宅街だ。


 住宅街、と呼べる程良い物では無いのかもしれない。

 ちらりと見回すと、割れた酒の瓶や無造作に干された破廉恥な下着、女の啜り泣き、男の濁声、そして道の横に蹲る、死んでいるのか生きているのか分からない浮浪者が目に入る。

 それだけならばまだいいのだが、私の目は少々優秀なので更に余計な物が目に入る。

 正直な所を言えば、大嫌いで不快な景色である。許されるのならば今すぐ家に帰り、熱い湯を浴びて身体を清めたかった。


 しかしそんな事は言っていられない。私は肩を怒らせながら袴を蹴り上げ、ロングブゥツの踵で割れた地面を叩いた。




 暫く歩くと、この地獄の様な裏通りにしては比較的綺麗な道に踏み入る。その隣には、同じく比較的綺麗なアパァトが鎮座していた。

 私はその薄暗い入口から階段を上がると、最上階の一番端の部屋まで息を止めながら一気に駆け抜けた。

 あくまで綺麗だと言うのは周りと比べての事。階段周りは埃っぽい上に蜘蛛の巣が張っているのである。


 部屋の前までたどり着いた私は、扉に掛かった木の板を確認した。

 そこには汚い文字で『毒独霊界探偵社』と書かれている。

 私は目前の部屋が目的と相違ない事を確認すると、懐から小さな合鍵を取り出して扉を開けた。

 ギィと悲鳴をあげて扉が開いた途端、私は顔を顰めて口を押えた。

 扉を開けただけで大量の埃が舞ったのだ。一週間前に軽く掃除をした筈なのだが……、と私は眉を顰めて呆れた。

 暫く逡巡した後、意を決して部屋の中へ踏み入る。


 ランプが付いて居ない部屋の中を照らす物は、窓から僅かに入ってくる日光しかなかった。舞い上がった埃が照らされている。

 今は暗くて良くは見えないが、薄汚い部屋であった。


 床には所狭しと広げられた本が散らばっており、秩序のちの字も無い。

 この部屋に寄生している主と同じく、大雑把でいい加減であり破滅的で支離滅裂に散らばっている。

 弾力性を失った接客用ソファの先には食器が積み上げられた硝子製の机があり、その更に先にそれが居た。


 男である。

 自分用のソファの上でやたら長い脚を投げ出して寝そべっているそれは私の来客に気付いた様子はなく、くぅくぅと惰眠を貪っている。

 私はその様子が腹立たしく、嫌がらせ交じりに部屋のランプを付けてみる。が、その程度の光は彼が身に着けている遮光眼鏡に防がれてしまう様であった。

 つまり起きない。


 腹の虫は益々いきり立ち、怒りを訴える。

 私は彼の上で本の埃を払ったり、窓を開けて煙草と酒の臭いがする爽やかな風を取り入れてみたり、食器をワザと音を立てて洗ってみたり、耳元で即興の呪いのお経を唱えてみたりしたものの、その全てが悉く無力に終わった。

 そろそろ腹が据えかねて、箒でその縮れ髪を梳いてやろうかと竹箒を探し始める。

 その時、壁時計が鐘を鳴らした。

 何度聞いても慣れないその不気味な音に顔を顰めていると、私の目の前で男がゆっくりと起き上がった。

 どうやらこの男、時計の音を目覚まし代わりにしたらしい。昼過ぎに起きるとは、大層な御身分である。


 男は大きく伸びをすると、そのまま首を捩じり私の方へ視線を向けた。

 そして驚いた様子も無く


「やあ凛子ちゃん」


 そうへらりと宣った。


 毒独椎蔵どくどくしいぞう等という戯けに戯けた名を名乗るこの男こそがこの事務所の主であり、私の人生を溝に放り投げた主犯であり――――


「あ、あと五分後にお客様が来るから」


――――帝都一の霊界探偵を自称する、生粋の詐欺師であった。


 太照二十八年、漸く暖かくなり始めた日の事である。


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