第四話『地獄からの犬たち』
[1]
「オジサン!」
ラフィ自身、初陣での初仕事がファーゴの父親を瓦礫の山から救い出すことになるとは思わなかった。
十分ほど前、表向きは吟遊詩人、本職はクストール軍の工作員であるウィルダムの魔の手から逃れた彼女は、まずは防衛隊を率いるクガルにファーゴの居場所を聞き出そうとトーチカに向かったが途中、鍾乳洞へと向かう味方の少年兵たち(三人共にラフィが操るヘルハウンドに相当びっくりした様子だったが)と合流し、トーチカに残っているのがクガル一人だけという話を聞いて驚いた。
少年兵たちと別れ、クガルのいるトーチカの見えるところまでやってきた。オークのちぎれた腕や足、頭などがあたりに散乱しており、彼女は戦場の非情さ、残忍さを感じた。
ふと、トーチカ周辺の家々の屋根を見ると、そこには数人の凶悪そうな鎧をまとった敵の騎士がトーチカに向かって歩いているではないか。
きっとクガルは手持ちの武器を使い果たして、敵をトーチカ内部へおびき寄せてから得意の剣技で一人ずつ敵を倒すつもりなのだ。
だが、彼自身も死ぬかもしれない。
クガルに死なれてはファーゴを探す手がかりが得られずに、戦場をむやみに探さねばならなくなる。
大変だ!
「オジサン! いま助けるからね!」
ラフィは思わずそう叫んだ。
果たしてそれが契機になったのか、敵の騎士たちはトーチカに向けて走り出した。
ラフィと三匹のヘルハウンドもトーチカへ向けて走り出そうとしたときにそれは起こった。
突然トーチカ周辺の家々が爆発を起こしたのだ。
「ええっ! みっ、右にターンよ!」
ラフィは驚いて、とっさに爆風から身を守るためにヘルハウンドたちが走るコースを変えて坂の下の井戸端へ降りて、ヘルハウンドたちを停止させた。
まさかクガルは敵ごと自爆をするつもりなのか?
そう彼女が考えるもまもなく地面を軽く揺るがすほどの爆発音と共に灰色の爆風と吹き飛ばされた瓦礫が飛んできた。ラフィは危険を感じて、さらにここから逃げなければならなかった。
逃げる途中に何匹かのオークたちが立ちふさがったが、三匹の繰り出す炎に勝てる者はいなかった。たちまちオークたちは蟻の子を散らすように逃げて、ラフィの視界から消えた。
「はい、ストーップ! うわわっ!」
ヘルハウンドたちは急停止した。グッチに乗っていたラフィは、急停止のショックでグッチの前に飛びそうになった。首輪に付けられた取っ手につかまっていなければ、あやうく石畳の道の上に頭から落ちるところだった。
気づくと爆発音が終わっていた。
ラフィはそろそろとグッチから降りて、道の上に立って振り向きざまトーチカを見た。
トーチカ自体は爆発こそしていないものの、今にも崩れようとしていた。
「よかった。家々だけ自爆させたのね。でも……」
トーチカは解体業者も真っ青になりそうな崩れ方をして奥へ倒れていった。
白い煙と共に元トーチカであった建物は、あっという間に瓦礫の塊となった。
それからラフィは再びヘルハウンドのグッチの背に乗って、瓦礫の山に向かい……。
「オジサン!」
クガルのものと思われるうめき声を聞きつけて瓦礫の山々をどかして……。
「どう? シャネル? えっ」
ヘルハウンドのシャネルがクガルの右義足を噛んで引っ張り……。
「よかったぁ……。オジサン!」
ラフィとアルマーニが覚えたての治癒魔法でファーゴの父親を介抱した。
「ん……」
クガルは意識を取り戻したが、以前の戦場で失った左目のかわりに右目を開けようにも、なにかひんやりしてぷよんぷよんしたものが乗っかっていて開けられない。
「あれ? オジサン?」
先ほどクガルが聞いた幻聴の声が彼に語りかけてくる。
「俺、天国に着ちまっただか?」
「やだ、何を言っているのよ。アルマーニ、もういいわ」
「ハァ?」
訳のわからないままクガルが右目を見開くと目の前にピンク色の物体が見え、さらにそのまわりに黒い毛と生き物の爪が見えた。
「うわっ!」
「コイガ、ツキリマシタカ?」
「ばかねぇ、“気がつきましたか”でしょ」
間違いない、ラフィ・エルドリッチの声だ。
「おい、これはなんだ?」
クガルは目の前の物体についての説明を聞こうと、物体をあごでさす。
「ああ、それは肉球。に・く・き・ゅ・うよ」
「だから、これは何の生き物だ?」
「ヘルハウンド、別名“地獄犬”」
「……。おい、冗談だろ」
クガルの視界からようやく肉球が消えたかと思うと、大きな犬の顔面が三つも現れた。クガルの顔面が引きつり、油汗もにじむ。
「アジメガジテ、“アルマーニ”デシ」
「ボクハ、“グッチ”」
「アタシ、“シャネル”」
「うわっ!」
彼は再びのけぞった。そして手足の戒めが解かれていたことに気がつく。
「オジサン。大丈夫?」
そしてようやくラフィの顔がクガルの目の前に現れた。
「大丈夫? じゃねえよ! ここは戦場だぞ! とっとと鍾乳洞に行きなさーい!」
「何をいっているのよ。あたしたちが瓦礫の山からオジサンを掘り出していなければ、貴方は死んでいたのよ!」
「ボント、シストコロドダ」
ラフィはむくれ、ヘルハウンドの一匹がそれに合いの手をうつ。
「ああ、たしかにそうだから礼は言う。だがな……」
クガルがラフィに説教を続けようとした時、あたりが急に暗くなる。彼はふと上空を見上げるとやはりそこには敵の円盤型の戦岩が浮いていた。
「くそっ! 続きはまた今度だ」
ラフィも戦岩を見上げると、艦内に残ったオークや兵士たちを降ろすためだろう。戦岩の下部ハッチが開こうとしていた。
「あっ、そうだ。ファーゴ君は? 彼はどこに行かせたの?」
「ラフィ……。おまえまさか……」
「そうなのよ! わたし、ファーゴ君のことが好きで……」
パン!
クガルの容赦のない平手打ちがラフィの頬に当たり、咄嗟にグッチが身を挺して彼女の体を支えなければ、そのまま彼女はふっとばされていただろう。
「そんなことを聞くために戦場にチャラチャラ出てくるな!」
ラフィはぶたれたショックで口を切ったのか、唇のはじから血がにじみ出て、赤くなった頬を手で押さえながらこういった。
「ぶ……、ぶったわね……。パパにもぶたれたことないのに!」
「チャラチャラ、シテナイ! ボクタチウィルダムノ制止フリキッテココマデキタ!」
アルマーニと違い、まともに言葉を話せるグッチが彼女を守ろうとする。
その時、風が吹き、もう一隻の戦岩が鍾乳洞に向かって進み始めるのが見えた。戦岩の側面にはゴテゴテと連なったピンクのリボンと紫のハートのマークが描かれていた。
「あれは……紫のポーラの艦だ!」
「急いでファーゴ君のダークネスを呼び戻さないと!」
ラフィの顔に生気が戻ったのを見たクガルは、やれやれとばかりのポーズをした。
「くそっ。わかったよ。ファーゴは北の森の水車小屋に向かわせたばかりだ。行けよ、人間の魂を持ったままの犬たちとな」
「イガイ、シテクレテ、アリガタ」
「おまえは疑わしいがな」
クガルは微笑みながら左目の上のずれた眼帯を直し、アルマーニを見やった。
「オジサンはどうするの?」
「上の戦岩の奴らをおびき寄せる。地雷を仕掛けたのはここだけじゃないんでね」
戦岩から紫の光に包まれたオークの一匹目が、クガルたちのいる近くに降りようとしている。
ラフィは頷くと、再びグッチの背に乗ってヘルハウンドたちを走らせた。
「ハイヨー!」
クガルは再び戦場に残され、瓦礫の上に突き刺さった大剣フラムベルシュの柄を握り締め。それから着地に成功したオークたちをなます斬りにするために駆け出した。
「オラオラ! 豚のような悲鳴をあげやがれ!」
[2]
一方、ベーコンは……
格納庫内に干されていた雑巾で、赤く染まった斧と自分の顔を拭いたベーコンは操舵室へ向かって歩く。
時間を巻き戻す。
既に、甲板員たちが詰めていた室内は血の海だった。
艦内を護衛していた魔法使い、整備員、そして運悪くベーコンと遭遇してしまったロマニー兵士たちは緊急事態を告げるいとまを与えられぬまま彼の操る斧やナイフの餌食となり、浮遊機関室で機器の修理をしていた機関士たちは非常ボタンを押す前にベーコンの手によって殺され、死体は薪がわりに炉にくべられた。操舵室から伸びていると思われる配線を切り、弁の圧力を次々と開放する。動力炉は暴走を開始した。恐らく二○分後に爆発するだろう。
例え自分が敵のリーダーを倒す前に警備兵たちに殺されても、この戦岩を飛べなくすれば、リーダーは必ず他の戦岩に乗るために外に出るはずだ。
「そうすりゃ、隊長なりファーゴがそいつを斬ってくれりゃぁいいんだが……。まあ、あっしが死んでも“弟たち”に仕事を引き継げるからなぁ……」
独り言を言いながら、艦内への総電線装置の配電盤に細工を施した。
ベーコンが格納庫から廊下に出たときと同時に、敵のリーダーとおぼしき青年の声が艦内に響く。艦内放送か?
『艦内に残ったDTを全てステルの街に向かわせる。出撃せよ!』
出撃? 格納庫? しまった!
ベーコンは慌てて格納庫に引き返した。
格納庫内に残された四機のDTの武器はそれぞれ暴発するように……DT用銃器の銃口にコンクリを流し込んだり、マジックミサイルポッドに小石を詰めて蓋を閉めたりなどの細工を施してある。
だが一人の整備員の死体をそのままコックピット内に隠していたのがまずかった。このままではDT乗りに発見されてしまう。四人のDT乗りが格納庫に入るまでに死体を別なところに隠さなくてはならない。
彼は格納庫に戻り、死体の入ったDTに駆け登り、コックピットハッチを開いて死体を引きずり出して肩に背負って、ベンチの影に隠そうと走り出す……、が。
「出撃するぞ! 天井のハッチ開け!」
まずい! 見つかる!
ベーコンはこうなったらヤケとばかりに死体をベンチに座らせて、腰に下げていた斧を自分の背に隠れるように握って振り向くと、二人のDT乗りらしき男が上のドアから階段で下に下りてくるところだった。
「あれ? ケン? どうしたんだ」
「い、いや、彼は貧血で座っているだけでさ」
咄嗟にベーコンは苦し紛れの嘘をついた。
おそらくケンという人物はベンチに座らせたこの死体の生前の名前であろうことは想像できた。
質問した者とは別の一人……、髭の生えた男……のDT乗りが、先ほどベーコンが死体を引きずり出したまさにそのDTに近づく。
しまった。DTのコックピットシートに血が溜まっていたことを思い出したベーコンはそのDTに駆け寄って叫ぶ。
「すいません! そのコックピットシートについたケン……さんの鼻血が……」
「なにぃ! ケンの野郎! 私の座るところで何を読んでいたんだ。まあいい、早く拭け。……ええっと……誰だっけ?」
目の前にいる中年のDT乗りが髭をさすりながら怪訝な顔で彼を見ていた。またもや咄嗟に名乗らざるを得なかった。
「し、新人のベーコンでさぁ」
こうなったら新人整備員を演じ続けるしかなさそうだ。ベーコンは握っていた斧をベンチに……死体の隣……に置いて、液体洗剤と雑巾と布でシートを拭きに取り掛かった。
巨漢の男が小さな雑巾をもってコックピット内を動き回るのは滑稽なものだと、中年のDT乗りエイは内心苦笑したが、格納庫に他に人が居ないのが気になった。
「おい、他の整備員はどうした?」
「えっ?」
「クラットは?」
「えっと、クラッ……ドさんはお偉いさんに呼ばれて、外の警備を……」
「お偉い……、ベルディアさまの命令か?」
「へ、へぇ」
ベーコンは雑巾の手を休めてエイに向き直る。
「スコイルはどうした?」
「機関室の修理に人手が足りないとかで……」
「なんだぁそりゃ?」
苦し紛れの嘘を重ねているベーコンであったが、彼ら整備員の死体の場所は、確かに戦岩の外と機関室の炉の中にあった。
ベーコンが機関室から格納庫へ移動の際に、血を見て悲鳴を上げようとした長身の黒い整備服の男がいたが、ベーコンはその男の頭にナイフを突き立て、着ている服を剥がして自分が着てから男と血まみれの自分の服を機関室に持ってきて炉にくべた。
そしてもうひとりはトイレから出てくるところを捕まえて、首を絞めて殺した後、丁度トイレの窓から戦岩の外が見えたので、窓からその死体を落としていた。暗闇の中に死体を落としたので、いずれは外にいるオークたちに発見されるかもしれないが……。
エイは仕方ないという素振りをしたあと、天井のハッチが開くボタンを押しに格納庫の壁際まで走った。機関室へのドアが見えたが、緊急出撃という命令が優先され、機関室に入ることをためらわせていた。
「ボブ、浮遊呪文を唱える魔法使いを連れてきてくれ、私は天井を開ける」
「うむ」
ボブと呼ばれた浅黒い肌のDT乗りは、階段を引き返して格納庫から出て行った。
鉄の軋む音と共に天井のハッチが開き、ベーコンはシートの血糊を拭き終えたころ、DT小隊の隊長とおぼしき勲章をいくつも付けた太った口髭の小男が、金髪の十二、三歳とおぼしき少年と共に格納庫に入ってきた。
「出撃すっど! おい、ボブはどこへ消えた?」
「ここです! 先生、お願いします」
緑のローブの魔法使いとボブは天井のハッチの外、甲板の上に立っていた。戦岩の甲板に三機あるサーチライトが格納庫上のハッチに向いたので、薄暗かった格納庫は真昼のような明るさを取り戻す。
天井から格納庫に向けて、魔法使いが呪文を唱えはじめると、先ほどボブが乗ろうとしていたDTが紫色の光に包まれて上昇を開始しはじめた。
ボブは手招きしながら彼らを誘導した。
「さあさ、隊長もニフ君も早くDTに乗ってください! そこのベーコン……って言ったか? その人もこっちの梯子を昇って甲板の出撃を手伝え!」
「おい! 隊長はこのオデだ! 手前が仕切るな!」
隊長が握ったコブシを天に向かって突き上げる。だがボフはおどけた振りをしてニフ少年の笑いをとりながら言った。
「すみません。でも早く出撃しないと我々はベルディアさまから大目玉ですよ」
「……くそっ。エイも早く乗り込め! ニフちゃんも早くねぇ」
ベーコンは天井への梯子を上りながら、どこまで騙しとおすことが出来るか考えていた。
天井ハッチから次々と上昇したDT機体の足をベーコンは引っつかんでカタパルトに乗せる。機体にかけられた浮遊呪文のおかげで、本来の機体重量のほとんどが相殺されていたが、まだヒト二人分の重量があり、重いことにはかわりない。
「すごいな。普通の整備員なら三人がかりの作業だぞ」
作業を監督していたボブがベーコンを賞賛したが、あくまで無視した。
「それにしても甲板員の詰室に連絡しようにも誰も出ない……」
ベーコンと浮遊呪文を唱え続ける魔法使いの作業で発進準備が整った。
「おいボブ、早く乗れ! 全機発進すっど」
「すいません。すぐに。じゃあベーコン。俺が乗ったらそこにあるオレンジのレバーを手前に引け」
ベーコンが頷くと、ボブは安心した表情でDTに乗り込んだ。
「ブラッド隊、発進するど!」
ベーコンがレバーを引いた。すると、ブラッド隊長、ニフ少年、エイ、ボブの機体が、次々と戦岩の天井からカタパルトで発進した。
ベーコンは梯子で、魔法使いは自らに浮遊呪文をかけてゆっくりと格納庫内に降下し、格納庫を外から照らしていたサーチライトは本来の役目……艦外の警戒任務のために外に向けられ、格納庫は再び薄暗くなった。
ベーコンが天井のハッチを閉めるボタンを押した後、急に魔法使いが悲鳴を上げた。
「ひいぃぃぃ! ケッ、ケンさんが死んでいる!」
ばれた!
魔法使いはケンが背中から刺されて殺されたことを今になって知ったのだ。
ベーコンは魔法使いが攻撃呪文を唱える前に彼に向かって走り、ナイフを振るった。
[3]
一方、ファーゴはダークネスを水車小屋の近くへと慎重に進ませた。それから彼はコックピットの中にある魔力探知機を起動させて、付近に敵のDTがいないか確かめた。
「囲まれているのか?」
果たして羊皮紙上に映った敵のDTは四機いたが、いずれも水車小屋の南側に反応がある。
「おかしい。敵の兵士が降りてきているのか?」
それにしてはオンド隊員の応答は個人的には反感を買う内容であるにせよ普通で、敵に追い立てられているわけでもなさそうだ。
「囲まれていないのになぜ逃げない?」
さらに北からは増援とおぼしき敵のDTの反応が四つあった。
(やっぱり変だ)
ファーゴはダークネスを水車小屋の出入り口から八メートルほど離れたところで止めた。それからスピーカーに繋ぐ。
『オンド隊員、ファーゴです。助けにきました。出てきてください』
数秒の後、水車小屋のドアが開いた。中からリーゼント頭で赤いジャケットをまとったオンドが出てくる。手にはボウガンが握られている。
「うるせえな。普通はマシンから降りて、こっちに来るのが礼儀ってもんだろ」
『普通はそうですが、今は一刻を争います。他の隊員は?』
「ファーゴ! いいから降りてこいよ。話はそれからだ」
『いいえ。敵のDTの反応が貴方の後方九ートルのところで固まっているのが見えました。そして、三人の生命反応が今は二つです。』
「ぐっ!」
オンドが“しまった!”という顔をする。ファーゴは彼の表情を読み取り、次の展開に備えてダークネスに抜刀させた。
『もう一回聞きます。他の隊員は?』
「アハッ、ハハハハ。さっすが隊長の息子だけあって頭が回るわ。ハハハハ。」
オンドがリーゼントを押さえてひとしきり笑うとボーガンを一発、上空に発射してこう怒鳴った。
「ルルゥ! バレちまったよ!」
『オンド! アンタは演技がヘタなんだよ。アタイがやったらうまくいったかもしれないのにさ!』
スピーカー越しのルルゥの声が森の中に響いたかと思うと、水車小屋の裏に隠れていた敵のDTが四機とも立ち上がり、それぞれ火炎放射器や巨大な壷を横に抱えたようなマジックミサイルポッドを構え始めた。
防衛隊からの裏切り者が敵のDTに乗っていたのだ。
ダークネスも身を屈めて剣を構える。そしてファーゴは叫ぶ。
『オンド、ルルゥ、裏切ったな!』
オンドは小屋の裏に走り、マグに乗り込もうとする。火炎放射器を構え終えたルルゥのマグからスピーカーごしに"彼らの計画"が明らかになった。
『おまえさえマシンから降ろさせて殺せば、無傷でダークネスを奪えたンだよ!』
そしてルルゥはトリガーを引いた。だが、ファーゴのほうが早かった。ダークネスはジャンプして数十メートルはあろうかという杉の木々を飛び越え、さらに……
「マグリット!」
ファーゴの呪文に反応したダークネスの機体が蒼いオーラに包まれ、足場がないにもかかわらず次のジャンプをする。裏切ったオンドとルルゥのマグから放たれた火炎とマジックミサイルは、ことごとくダークネスを捉えることができずに空しく宙に消える。
「ギロチン!」
さらにファーゴはコックピット内にある黄色い小さなレバーを引く、たちまちダークネスの脚部が展開し、両脚から鋭い刃が現れる。横からダークネスを見るとハイライルの後ろの棒が刃になってせり出している。
「つ、突っ込んでくるのか!」
オンドはさらにマジックミサイルを上空へ向けて発射し、ルルゥは後ろにいたロマニー軍の一般兵が乗るマグ二機の間をすり抜けて、逃げ始める。ダークネスは加速をつけてオンドの乗るマグに急降下し……。
鉄が裂ける音と共にダークネスの脚部の刃はマグを文字通り“串刺し”にした。同時にファーゴの左横の掲げてあった地図の上から赤い光点が一つ消える。
ロマニー兵士の乗るマグ二機は、オンド機の上に乗ったダークネスに至近距離から火炎放射器とマジックポッドを向けるが、ダークネスは攻撃されるよりも早く、持っていた剣を一閃し、一機のマグの持っていたマジックミサイルポッドをまっぷたつにした。そして再びジャンプする。二つに割れたマジックミサイルポットは爆発し、ポッドを持っていたマグも爆発し、もう一機のマグも爆風を受けて転がり倒れた。
ダークネスは再び空中を飛び、ファーゴはコックピット内の黄色い小さなレバーを元に戻す。そして木々を倒しながらダークネスは着地する。ルルゥの乗るマグから後ろ二十メートルもいかないところに……。ダークネスからは数歩もいかない距離だ。
ファーゴの次の標的はくるりと向きを変え、態度を豹変させた。
『あ、アタイはオンドにお、脅されてやっただけなんだ。許しておくれ! それに隊長さんはいつもアンタに女に暴力を振るうなって言われてなかったかい?』
『……』
『そ、そうだ。ロマニー軍の情報を教えよう。アタイを生かしてくれればいくらでも……』
『……だったら。武器を降ろして、コックピットから出てください』
ダークネスは剣を降ろそうとする。だが、ダークネスの後ろからマグが走ってきて体当たりをかまし、ダークネスはそのまま倒れてしまう。
「しまった!」
ファーゴが倒したと思い込んでいた、ロマニーの一般兵士が乗ったマグ二機のうち、一機はまだ生きていたのだ。
形成が逆転し、ルルゥは高笑いをする。
『ヘッヘッヘッヘッヘッ。ブラン、でかした。さあ、ファーゴちゃん。炎に焼かれる前にコックピットから出てもらえると、お姉さん助かっちゃうんだけどな――』
ルルゥの乗るマグは、倒れたダークネスの上に足を乗せて火炎放射器を構えなおす。もう一機のマグも武器を構えなおそうとする。
『くそっ!』
ファーゴは悔しそうに唇を噛む。そのとき、
コックピット内で隊長からの呼び出し音が鳴ったかと思うとすぐに消えた。
『さあ! 早く出ないと真っ黒コゲだよ! ヘッヘッヘッヘッヘッ。』
ルルゥがトリガーに手をかけようとしたその時……
「そうはいかないわ! オバサン!」
『なに?』
ルルゥがふと目を上げると、マグが爆発した煙の中から三つの黒い物体が現れた。
「ゲホッ。ルルゥのオバサン。あんたが裏切っていたのね。どおりで防衛隊が惨敗するハズだわ。そして、ファーゴ君まで手にかけようとは言語道だ……ん、ゲホッゲホッ!」
『どこのボウズかしらないが、見られた以上は死んでもらうよ。ブラン!』
ブランと呼ばれた敵兵士の乗るマグが三匹のヘルハウンドとヘルハウンドに乗る全身真っ黒の人物に向けて歩きはじめる。火炎放射が届く範囲に入ったら、容赦なく火炎が放出されるだろう。
だが、こんな状況下でもラフィは怯えていない。むしろ悔しがり……
「ちょっと! わたしボウズじゃないわよ!」
「ラフィ、オマエイサハファーゴロボウズ、ファーゴロ……」
そう、ラフィはヘルハウンドのグッチに乗ったまま戦場を横断してここまで来たのだ。そしてロマニー軍が焼いた森の煙や、DTのガルダン、マグが爆発大破して発生した重油の煙を全身に浴びて、真っ黒になっていた。逆にヘルハウンドたちも煙を浴びたが、元から黒い毛並みの犬のため、目立っていない。
「アル、うるさい。わたし自分自身に対してシールド張るから、ファイヤー・ストリーム・アタック……仕掛けるわよ」
ヘルハウンドたちが頷いて、走り出す。ちりぢりになって森に隠れたのと同時に、マグの火炎放射がはじまった。
森は再び焼かれ、三匹のヘルハウンドはちりぢりになりながらも、攻撃を仕掛けてくる敵のマグとの距離を縮める。
「シールド!」
疾走の風に逆らってラフィがそう唱えると、首にかけていた魔法のペンダント“イドジンヲミギニ”が青い光を発し、ラフィの全身を青い光のオーラが包んだ。この魔法がなければヘルハウンドが本気になって吐ける地獄の業火の影響で、グッチの背に乗ったままラフィ自身も焼けてしまう。
「準備OK!」
そしてラフィはヘルハウンドに乗ったまま伏せて、グッチの背中に胸を密着させて叫ぶ!
「ファイヤー・ストリーム・アタック!」
グッチはラフィを乗せたまま、マグの正面へ突撃し、マグからの火炎放射を難なく避けて、本物の火炎のブレスを放出した。それを合図に、続いてマグの右手からアルマーニが、左手からシャネルが突撃し、二匹ともに口から地獄の業火もかくやというばかりの火炎を放出した。そう、先ほどアルことアルマーニがウィルダムに対して吐いた炎は人間の言葉でいうところのかなり手を抜いたものだったのだ。
『グウォォォァァァァ!』
マグ独特の鋼鉄の機体は全身が赤く染まってゆき、三点からの同時一斉火炎放射に耐えられず、マグの中にいた乗員は生きながら焼かれていった。マグの顔面についていた二つの赤い目は割れ、マグ自体も炎を発して、溶鉱炉の鉄のようにドロドロに溶けだした。
「やめ!」
シールドを自分自身にかけても暑いようで、汗だくになったラフィはヘルハウンドたちには炎を吐くのをやめさせた。
「ターン!」
炎上し溶解したマグから三匹は離れ、ヘルハウンドたちは次の目標に向けて駆け出した。
残ったマグの中で、しわだらけの顔を震わせ、目を見開いて驚いたのはルルゥだった。
『なっ……、なんなの。あのバケモノは? 防衛隊の秘密兵器? だったらなぜ?』
倒れたままのダークネスでは、ファーゴは状況を見ることはできなかったが、ヘルハウンドに乗ったラフィが現れたというだけで、だいたいの想像がついた。
『おまえが知らなくて幸いだったよ! なぜなら!』
ルルゥのマグが片足で押さえることを忘れてしまったため、ファーゴはチャンスとばかりにダークネスに力を込めた。
『味方にも知られてないから……、秘密兵器っていうん……ダーーーーッ!』
ダークネスが急に立ち上がり、今度はルルゥのマグがその衝撃で倒れた。
「今よ! ファイヤー・ストリーム・アタック!」
ラフィの号令でヘルハウンドが倒れたマグに向けて再び火炎ブレスを吐いた。
ダークネスは巻き込まれまいとして、さっと炎を避ける。
『ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁ!』
ルルゥのマグは焼かれ、ルルゥ自身もコックピットに乗ったまま炎に包まれ絶命した。
同時にファーゴの左横に掲げてあった地図の上から赤い光点が全て消える。
数分前……。
一方、クガル・ダルオンは敵の兵士に腹を剣で突かれ、あっさりと捕らえられてしまっていた。
「ぐぐぐ……。ラフィの奴めぇ~」
おそらくラフィとヘルハウンドたちがクガルを救出する際に、ヘルハウンドの一匹が義足を噛んだのだろう。
彼が剣を振るって敵に立ち向かっていたとき、急に右の義足が硬直して動かなくなり、バランスを崩したところを敵の兵士に腹を突かれたのだ。激痛で思わず剣を手放してしまい、斜面を転がる際に彼が見たものは、義足の太もも部分についた巨大な歯形と牙の跡と思われる大きな二つの穴だった。
クガルは敵の兵士に手足を縛られ、オークたちによって木の板で作られた急ごしらえの担架に乗せられ、戦岩の真下まで運ばれていく。
その間にクガルは腕の呼び出し器のボタンを口で押してウィルダムを呼び出した。
『ウィルダムだ、どうした?』
「すまねえ。捕まっちまった」
『なんだって! 待っていろ、すぐ行く!』
「い、いや来るな。鍾乳洞を守れ。こ、これは命令だ」
『そんな命令が聞けるか!』
ウィルダムのほうから通信が切れた。クガルは続いてファーゴを呼び出そうと、呼び出し器のボタンを押そうと舌を伸ばそうとするが……。
クガルの仕草を見たオークが殴りかかった。ボタンは押されたが、オークは彼の腕から呼び出し器を引きちぎると地面に叩き落した。さらに他のオークは汚れた槍で機械を突いた。真空管が割れる音と共に機械は壊れる。
クガルを乗せた担架はバークレイの乗る戦岩の丁度真下に着いた。作業は敵の騎士たちに引き継がれる。
「ホントにこんな奴が、グラーフ配下の騎士たちを全員殺したのか?」
「知るか。おおかた敵と相打ちになって、たまたまこいつが生き残ったってトコだろ」
彼は敵の騎士たちと共に担架ごと上昇し、戦岩内に収容された。
「サモン・ザ・サターン! どうした? なぜ変形しない!」
「ダメ。敵が来る。ご主人サマはここで戦う」
「その台詞はさっきも聞いた! さっさと変形するんだ!」
だが、そうこうするうちに敵の女性魔導士ポーラの乗る戦岩はウィルダムのいる場所の上空で止まり、下部のハッチが開かれていく。
ウィルダムは上を見ながら憎憎しげに叫んだ。
「くそっ、こいつらから先に倒さないと進めないのか!」
「アツクナラナイデ、負ける……わ。隊長さん……捕まったけど、殺されて……いない」
「だから! だから急がないといけないんだよ! あの子のことだ、きっと敵の戦岩ごと……」
「わかっている……。隊長が死ぬのはイヤ……、ダケド、鍾乳洞の人たちが殺されるのは……もっとイヤ……、思い出して……」
「……」
ウィルダムは涙をこらえ、じっとメラムが変形した槍を見る。
「隊長の声ヲ再生……」
メラムは持ち主に黙ってクガルとウィルダムの会話を録音していたのだ。やがて、クガルが言った言葉がウィルダムに突き刺さる。
『そいつはできねえ、おまえは女、子供たちを守り通すんだ! ステルの街は終わっても未来は……、未来だけは必ず守りきってみせろ……』
戦岩から次々とDTと女性の魔法使いたちが降ろされる。
「わかったよ。私はここで戦う。いくぞ」
槍は軽く振動し、ウィルダムの手の中で頷いたようだ。
「サモン・ザ・マーズ!」
槍はウィルダムの腕の中から上に離れ、ボウガンに変形した。赤い光を放つ魔法の矢が自動的に弾倉にリロードされていく。宙に浮いたボウガンを受け取ったウィルダムは、上空から降下し始めた敵のDTの背中にある予備燃料タンクに向けてトリガーを引いた。
魔法の矢はまっすぐマグの弱点にヒットした。
マグの予備燃料タンクが爆発し、本体の燃料タンクに引火して爆発する。
「私はここで戦うが、せめてファーゴ君には伝えないと……」
ウィルダムはボウガンから両手を離す。普通の意思無き物体であれば万有引力の法則にもとづいて地上に落ちる。だがメラムが変形したボウガンは空中に浮いたままだ。
「メラム、そのまま敵を迎撃し続けて」
「ケド、今、見えない」
「……、威嚇でいい、そのまま円を描くようにして連続発射しろ」
「イエス」
メラムのボウガンが連続発射をはじめた。狙いをつけてもいないにもかかわらず、魔法の矢は戦岩から降下する敵のDT、女兵士、魔法使いたちを貫き、爆発する。血がはじけ飛び、メラムとウィルダムに赤い雨が降りそそぐ。
メラムが敵を迎撃している間、ウィルダムはすばやく呼び出し器を操作した。
「なんだって! 父さんが捕まった!」
ウィルダムからファーゴへ第一報が届いたのは、防衛隊の裏切り者ルルゥを倒した直後だった。
『ああ、こっちは鍾乳洞に来る敵と戦っていて、救出に向かうことができない。だから……』
「やめろって言ったのに……、わかった。こっちでなんとかしてみる!」
『無理をするなよ!』
ウィルダムとの通信を切ったファーゴはダークネスの視界に切り替えた。
ダークネスの視界から、街の上空で浮遊している円盤型の戦岩が二隻見える。拡大するとファーゴから見て左側の戦岩へDTやオーク、敵の兵士たちが上昇してゆくのが見えた。そして街の奥にある鍾乳洞の上空にも戦岩が見えたが、おそらくウィルダムたち防衛隊の残存部隊が敵を迎撃し続けているのだろう、爆発の光がいくつも見られた。
ダークネスの足元にいるラフィとヘルハウンドたちにファーゴはスピーカーごしに声をかける。
『ラフィは鍾乳洞で戦っているウィルダムのところに戻れ。僕は戦岩に行って父さんを助ける!』
「今すぐには無理よ」
『えっ?』
ラフィはダークネスの頭部へ視線を上げ、ヘルハウンドのアルマーニを指差す。ヘルハウンドたちは三匹ともにその場でへたりこみ、黒い巨躯から白い蒸気が立ち昇っている。先ほどまで炎を吐いていた口からは白い泡が出てきている。
「ゴボ……、オレラ、ゴボボ……、必殺技ツコタノデ動ケ……、ゴボ……ナイ」
「ファイヤー・ストリーム・アタックは1日に二回が限度なのよ。二回仕掛けたら十時間は冷却しないと……炎を吐くことができないの……」
『なんだってー。あんなにバンバン炎を吐いていたからてっきり……』
「てっきりって何よ! ゲームみたいに体力値の続く限り何発でも吐くことができると思ったの? サイコロの出た目だけ吐けるとか?」
『ああ、そう思ってたよ! なんでもっと早く、この事(一日二発が限度)を教えてくれなかったんだ! 防衛隊はほとんど全滅したんだぞ』
ファーゴは今までヘルハウンドのことを何度でも炎が吐ける兵器だと考えていた。今、その幻想が破壊されたのだ。
「なっ……。あんたこそ、正規の防衛隊にいながら、本当に私たちのことを秘密兵器だとアテにして……、そんな事だから負けたんでしょ……」
ラフィの怒りの声は途中から涙声になり、今度はヘルハウンドのグッチがダークネスを睨んで威嚇の声を発した。
「ノアアアルルルゥ」
今度はファーゴが根負けした。
『……。ゴメン。 防衛隊にいる僕がもっとしっかりしていれば……、こんなことにならずに済んだんだ……』
ファーゴは以前、鍾乳洞の中でラフィが飼っているヘルハウンドを見せてもらった時、防衛隊にも知られていない秘密兵器という発想が浮かび、場合によっては防衛隊のサル顔のDTガルダンよりも"戦力"になると、ラフィに言ったことを後悔した。
その時突然、ヘルハウンドのシャネルが泡を吐き出し終わって立ち上がった。
「ゴホン……。敵ノニオイガスル!」
『! しまった! 敵の増援が来るのを忘れていた!』
ファーゴが魔力探知機を再度起動させるのと同時に、ダークネスの後ろの森の木々が倒れて敵のDT四機が現れた。
『グッヘヘヘ。オデたちはついてイるど。捕獲目標のDTが目の前にいるんだからな』
敵の新型DTダークネスを目の前にしたブラッド隊長はマグの隊長機のコックピットの中でほくそえんだ。
『全くでさあ。幸運に恵まれました』
『さあ、褒賞金のために、もうひとふんばりですよ』
『うわ、真っ黒い鬼みたいなDTだなぁ……』
敵の黒いDTは振り向いて剣を構える。こちらは四機で敵は一機。数的には相手のほうが不利であるにもかかわらず、敵から発せられる異様な威圧感が歴戦の傭兵であるブラッド隊を押しとどめようとする。
『ニフちゃんは後ろで待機しててねぇ~。悪い鬼はおじちゃんたちが退治するから』
『うん』
ニフ機は後ろに後ずさりする。
隊長とニフ少年とのやりとりを聞いていたエイは胸がムカムカしてきた。そして隊長にこう切り出す。
『隊長、敵に降伏勧告してみませんか?』
『なんダと?』
『ベルディア様からは破壊せずに捕らえた場合は八百万ゴルを与えると命令されたんじゃあなかったでしたっけ』
『ワガったよ』
ブラッド機は一歩を踏み出し、スピーカーごしにダークネスに対して降伏勧告した。
『ダーグネスに告ぐど。おとなしく降伏すりゃあ命までとらねぇド。どだ? こうふ……』
「嘘よ! オークたちが武装を解いたクォダを刺し殺すのを、わたしは見たわ!」
後方に下がったニフ機を除くブラッド隊の三人は、犬にしては巨大すぎる黒い生き物三匹とその生き物の一匹にまたがって叫んでいる軽装備の美少女を見た。
『なんだって! クォダさんが……』
ダークネスの搭乗者であろう少年の声がスピーカーごしに響く。少女はさらに続けた。
「防衛隊のクォダさんの班はウィルダムさんと共に住民非難にあたっていたけど、途中でウィルダムさんは前線に行くことになって班から外れ、私たちエルドリッチの家の者達は鍾乳洞への近道と敵の戦岩からの空爆を避けるために裏道の薮知らずに入ったの……」
『そこには既にオークの部隊が待ち伏せていたんだな』
「そう……」
ダークネスの頭部と少女の視線が交錯したが、自分の事を無視されたと感じたブラッド隊長はアクセルをふかす。
『おい! オデを無視すんな! 聞いとんのか、コレをぶっぱなすド!』
ブラッド機は痺れを切らしたようにマジックミサイルポッドを構えなおして、再びダークネスに近寄ろうとする。
『隊長、そんなに近づいたら確実に敵に当たっても、爆風でこっちもただでは済みませんよ』
『ンなぁことわかっとるワイ! 威嚇だ、威嚇』
「ちょっと、悪役さんたちはちょっとの間も待てないの? 典型的な女に嫌われるタイプね」
黒い生き物にまたがった少女はこちらを指差す。
『あんだとお~』
ブラッド機はさらに近づこうとするが、エイ機がブラッド機をあわてて後方から掴もうとする。
『隊長! 敵の剣の間合いです。離れてください』
『うるへえ、離ぜぇつの!』
『隊長のかわりにファーゴ君に訴えたい! 我々はロマニー軍に雇われた傭兵の部隊です。二年前まで君の父君と同じ釜の飯を食べた仲だ。できることなら争いたくない』
『父さんと同じ?』
『そうです。私はクガル・ダルオンと同じ元マンチェスト傭兵隊のエイです』
『俺はボブ、そしてブラッド隊長と彼のお稚児さんのニフ君だ。状況は四対一、勝ち目は無いぞ。俺たちはオークと違って、約束は守る。降伏すれば命までは取らない。そこの彼女には格好悪いところを見せることになるが、よーく考えろ。命は大事だぞ』
だがダークネスは剣を下げずに垂直に構えたままだ。エイもたまらずに再度警告する。
『虚勢をはるのはよせ! 死にたいのか、ファーゴ君!』
『ふん。確かに死ぬのは怖いさ。だけど僕は街の人たちの命を守るため、父さんを助けるためにここにいるんだ。簡単にみんなの命をくれてやるわけにはいかない!』
「ファーゴ……」
傍らで聞いていた少女は感動のあまりに泣き出した。
ブラッドは頭に血管を浮かべ、遂にブチ切れた。
『ええい! 離せえっっ!』
ブラッド機は上体を捻ると、掴んでいたエイ機を突き飛ばし、さらにダークネスに迫る。
『死ねえ!』
ブラッドはトリガーに手をかける。次の瞬間、ボブとエイはこの状況下で意外な人物からの声を聞いて、慌ててその言葉に従った。
『暴発するぞ! みんな伏せろ!』
ファーゴはマジックミサイルポッドを持ったマグが後ろのマグに掴まれていたとき、ポッドの入り口付近に石が詰められているのを確認した。
(暴発……まさか……敵の女の子と同じ……)
そして彼らが自分の父親と同じ、元マンチェスト傭兵隊の一員であると知り、自分なりの推理をしていた。
『ええい! 離せえっ!』
敵の隊長機は上体を捻ると、掴んでいたマグを突き飛ばし、さらにダークネスに迫る。
『死ねえ!』
ファーゴはダークネスの剣を地面に落とすと、瞬時にダークネスを伏せさせて叫んだ。
『暴発するぞ! みんな伏せろ!』
ラフィとヘルハウンドたちもそれに従って伏せ、戦場の勘か同じポッドを持ったボブ機と火炎放射器を腰から下げたエイ機も続いた。
ポッドが爆発し、ブラッド機は爆発によって上半身が四散した。
マグの上半身であった物体がバラバラと彼らに振りそそいだ。
ブラッド機であった物体は下半身だけになり、それも炎を上げて倒れ爆発した。
[4]
不時着したベルディア艦では……。
艦内の異変を操舵室にいるベルディアとオペレーターたちが気づいたのは、ブラッド隊が発進した数分後だった。
「機関室! 返事しろ! 機関室!」
オペレーターが伝道管のフタを開いて、機関室にいるハズの人員を呼べども誰も出ない。それどころか、機関室からは水蒸気が勢いよく噴出す音や放電現象を思わせる音が響いている。さらには機関室からの伝道管は熱を持ち、オペレーターが覗くと管の向こうから白い水蒸気がこちらに来ているのが見えた。
「まさか……、敵の侵入を許したのか?」
ヤスミンが不安げな顔で呟く。
「どうなっている!」
ベルディアが伝道管前のオペレーターにイライラをぶつけるが、誰も出ないというだけで要領を得ない。
「警備兵!」
ベルディアは部屋の外で操舵室のドア前を守る二人の警備兵を呼んだ。
「機関室の様子がおかしい、敵が侵入した可能性がある。二人で行け。……、走れ!」
ベーコンはトイレに入り、携帯していた磨石を取り出し、斧とナイフの血糊を流してからそれぞれを磨いた。トイレを出て照明が切れかかった薄暗くて細い通路を進む。天井までゆうに三メートルある。
人の話し声を察知した彼は瞬時に伝道管を足場がわりにして、天井に張り付いた。忍者のように通路の左右の壁に自分の手足を大の字にして重力に逆らう。
そのまま気配を消していると、『走れ!』という怒鳴り声と、鎖帷子をガチャガチャいわせてこちらに向けて走ってくる二人の兵士……ロマニー側では警備員……が見て取れた。自分の真下を通過してそのまま格納庫へ向かって走っていく。
恐らく彼らは格納庫の向こうにある機関室の様子を見に行ったのだろう。だが、もう遅い……。暴発まで二分をきった。
兵士たちの走る音が格納庫の向こうに消えたあと、ベーコンは素早く通路に降りて操舵室へ向け、なるべく音を立てずに走る。ぐずぐずしていられない。誰かが……おそらくあの兵士のどちらかが機関室のドアを開けた瞬間に……。
警備員たちは走り、血なまぐさい格納庫を通過して、格納庫へのドアの前にたどり着いた。
ドアの向こうで水蒸気の漏れる音が聞こえ、さらに機器がガタガタと揺れているようだ。警備員の一人が意を決し、ドアノブに手をかける。
電球がはじける音と共に……。
戦岩の甲板で大量の電力を消費していた3つのサーチライトが突然消えた。
格納庫、トイレ、士官部屋、甲板員室は血の池と共に闇の中へ。
そう、ベーコンは機関室のドアノブを回したとたんにブレーカーが落ちる細工をしていた。
そして警備員たちは炎に包まれた機関室の機器のあちこちに血が付いているのを見て、ベルディアの予感が当たっていたことを知った。
中央の炉が膨れ、今にも破裂しそうだ。
暴発する!
「にっ、逃げろ!」
「うわっ!」
警備員たちの悲鳴は炉の爆発にかき消され、格納庫に向けて炎が広がっていった。
爆発音がした直後、ようやくベルディアは非常ボタンを押して艦内にサイレンを鳴らした。
続いてベルディアは艦外スピーカーのマイクを取った。
『艦内に敵が侵入した! 白兵戦だ! オークどもは早く艦内に入り、艦内にいるものは全員武器を……』
「ベルディア様! 遅かったようです!」
ヤスミンがドアを指差す。
操舵室の出口の向こうから足音が聞こえた。
誰かがこちらに向かってくる。
操舵室内を照らしていた照明が消えた。羊皮紙を加工したモニターの明かりだけで薄暗くなる。
ヤスミンは呪文を唱え、右手の手のひらでファイヤーボールを四個ほど別次元から召喚した。他のオペレーターたちも魔法の経験者はファイヤーボールを、魔法を使えない者はナイフや剣を構える。
「ベルディア様、ここは私が敵を引き付けます。貴方は隠しトビラから艦外に逃げて下さい」
ベルディアは狼狽したまま携帯念話機を取り出し、ヤスミンの指差す隠しトビラに向かおうとした。
だが敵の行動のほうが早かった。
ドアを蹴破って中に入ってきたのは二メートルもの坊主頭の大男で右手に斧を、左手にナイフを握っていた。
「リーダーはどいつだ?」
ベルディアは怯えるが、ヤスミンが前に立つ。
「リーダーのベルディアとは私のことだ。ここまで来たことを褒めてやる。名乗れ」
凛とした声でヤスミンはなおも前に進み出る。そして本物のベルディアに早くトビラに行くよう目で合図する。剣を持ったオペレーターたちも敵の立つ位置に向けてジリジリと左右から近づいた。
「あっしの名はベーコン・ター。首を取られるまでの間、覚えていてもらうぜ!」
ヤスミンは敵……、ベーコンに向けてファイヤーボールを投げ、オペレーターたちが左右からソードを突き出す。
だが敵は驚異的な跳躍で左右からの剣とボールを軽々とジャンプでかわし、さらに空中で右足を突き出しヤスミンに向けてキックを繰り出す姿勢をとった。避けようとヤスミンは左手を上に出したが、敵の繰り出した空中からのキックは左腕ごとヤスミンの胸に突き刺さる。
「うっ、ぐぅ……」
ヤスミンはうめき声を出して倒れこみ、敵はひらりと着地して立ち上がりざま腕を交差して、ヤスミンの左右にいるオペレーターたちの胸にナイフと斧を深々と突き立てた。
「うおおっ」
仲間のオペレーターたちが殺されて怒った名もなきオペレーターの男が剣を突き出すも、敵はそれを難なく避けて、男の剣を持つ腕ごとむんずと掴んで、突きかかってきたもう一方のオペレーターを袈裟斬りにした。
「ジュン!」
袈裟斬りにされた男の名前を呼んだその男も敵に剣を奪われ、胸を突かれた。それから敵は死体に刺さった斧とナイフを取りにいく。
(ひいいいっ!)
たった一人だけなのに、恐ろしい敵の戦闘力をまざまざと見せつけられた本物のベルディアは、よたよたした足取りで操舵室の壁際にある隠しトビラに向かうが……。
「おい、逃げんなよ」
ベルディアの目の前で敵の投げたナイフが壁に突き刺さる。
「うわっ!」
ベルディアが受けた恐怖は頂点に達し、その場にへたれこんでしまった。血を吸ったナイフが壁に突き刺さり、壁づたいに血がつーと下へ赤い線を引いていた。
「スピーカーで指揮していたのはおまえだろ? そう、おまえが本物のベルディアだ」
敵はニタリと笑うと血が滴り落ちる斧を持ってゆっくりと近づく。ベルディアは落ち着くよう自分自身に言い聞かせ、震える手で懐から短刀を抜いた。
「スピーカーの声とそこの影武者の声が違っていたんでね。さて、遺言ぐらいは聞いてやる」
「ほ、ほう、ただの蛮族ではないようだな。だが、ただでこの命をくれてやる訳には……」
「やめとけ、足が震えているぞ。あっしにまかせておけば痛いのは一瞬ですむぞぉ」
ベルディアの視界に敵の後ろでなにごとかを呟く傷ついたヤスミンの姿が映った。彼が何をやるかを瞬時に悟ったベルディアも彼の行動に応えようと立ち上がり、自身の左手に対してなにごとかを呟く。
「何? 魔法を使う気か? 唱えるだけムダだぜ!」
敵は斧を大きく振りかぶろうと……
「スパーク!」
というかけ声と共に敵の背中に電撃が形となって突き刺さった。敵の後ろで倒れたままのヤスミンからの強烈な攻撃魔法は、敵にダメージと次の行動を移す時間を奪うことに成功したのだ。
「今です!」
ベルディアはここぞとばかりに逆転の魔法の呪文を唱えた。
「ブラスター!」
ベルディアはそう言って、左の手のひらを敵に向ける。相手を麻痺させる魔法の呪文が発動したのだ。彼の手のひらから白い光線が敵に向けて放たれた。
本物のベルディアはベーコンがマヒしたところを右手に持った短刀で止めを刺すに違いない。
(だがあっしには“ワイバーンの牙”が……しまった!)
ベーコンの顔は恐怖で硬直した。
数時間前までベーコンが持っていたお守りは、今はファーゴの胸にあったことを思い出したのだ。
ベーコンはマヒを起こして横にどうと倒れこんだ。すかさず短刀を握り締めたベルディアが硬直したベーコンの上に乗る。
「ベーコン・ターとやら。くたばれ!」
ベーコンの心臓に向けて短刀が突き刺さる。
「ぐっ」
ベーコンの胸から鮮血が飛び散り、ベルディアは頭からたっぷりと血を浴びる。ベーコンは痛みをこらえながらも、心から笑うことをためらわなかった。
「ふふふ……」
「何がおかしい! おまえの人生はここで終わるのだぞ」
「ああ、確かにあっしの肉体はここで終わるが、記憶は……、あっしの……記憶は引き継がれる……だけ……だっ。もくてきは……果たし……たから……」
「まさか……」
ベルディアは自身の鼻に入った血を噴出した。それを見たのかベーコンはさらに笑った。
そしてベーコンはカッと目を見開いて、彼に与えられた最初で最後の魔法の呪文を文字通り吐き出した。
「弟よ! わが魂を引き継げ!」
ベーコンの顔が白く発光し、口、目、鼻の穴から何かのエネルギーのような物体が噴出した。この異変に今度はベルディアのほうが恐怖に戸惑ったが、物体は空中で球形を形作ったかと思うと、瞬時に飛んで蹴破られたドアから操舵室を出て、見えなくなった。
敵の心臓に刺さった短刀をそのままにして、ベルディアは震えながら手をゆっくりと短刀から離した。
爆発音が次々と艦内に響き、炎が通路を伝って死体だらけの操舵室に迫る。
「ベ、ベルディア様……、早く、逃げて……」
ベルディアはよろよろと立ち上がり、倒れていたヤスミンを抱き上げて起こす。
「おまえを残していけるか」
「……あ」
彼らは一緒に隠しトビラに向かって歩き始めた。
[5]
一夜が明け、東の空が白みはじめる。
ロマニー軍の主力兵力たる夜行性のオークたちが一番苦手な朝の太陽から出る光の時間のため、彼らは一時、軍を各戦岩へ退かせるハズだ。
ファーゴはこの時間まで戦い続けてきたことに安堵し、思わずため息をついた。一夜をまるまる休むことなく戦い続けていた彼の肉体は睡眠を求めていたが、目の前にはまだ三つの敵がいる。ラフィとヘルハウンドが現在まともな戦力として期待できない今、ダークネスとダークネスを操るファーゴの知恵でこの場を切り抜けるしかない。
「……くそっ……」
その時、コール音が鳴る。ダークネスはファーゴ自身の視界に戻り、念話機のスイッチを入れた。
「はい」
『ファーゴ、まだ生きているな?』
ウィルダムのはずんだ声が聞こえる。おそらくロマニーは一時、軍を引いたので相対していた彼の手が空いたのだろう。
「僕もラフィたちも無事です。鍾乳洞は無事なんですか?」
『無事だ。君たちを除く生き残った防衛隊は全員鍾乳洞前に集結してここまで戦い抜いたよ。ところでクガルは?』
「まだ……です」
『まだ?』
「敵DTと睨み合っていて、父さんを救い出すことができていない……」
『ファーゴ、頼むから無理をするな。クガルは敵に捕まり、君まで失う訳には……』
ファーゴは念話機のスイッチを切って、発信音のスイッチも切った。ウィルダムは確かに鍾乳洞を守った。それは感謝に値するものだが、ファーゴの胸はムカムカしたものが込み上げ、素直に言葉に出せずにいた。ウィルダムはいっそロマニーに斬られて死んでしまえと念じた。
ファーゴは自分で自身の頬をぺちんと叩き、眠気を払って、自分の乗っている機体の視界に意識を移行させた。
視界に入ってきたのは光の束で、朝日をまともに受けたダークネスの受光量を瞬時に減らしていなければ、視界がホワイトアウトしてしまうところだった。
ダークネスは伏せた状態のままで森の中のひらけた原っぱを見渡す。
原っぱの上で機械の塊が火を出していたが、爆発による煙は収まりつつあった。
ファーゴはコックピットの中でダークネスの自己チェツクを開始した。街の中で戦っていたときに破壊された肩の装甲まわりは筋肉が露出していたが、自動的に治癒魔法がかかっていて戦闘に支障をきたすほどのダメージは受けていない。
ファーゴは相対している傭兵のエイ機とボブ機を見た。ボブ機から怒りの声が上がる。
『くそっ、どうなっているんだ?』
『ファーゴ君の言うとおりにポッドが暴発したとしか……』
『そんなことはわかっている! なんでそうなったかを知りたいんだ!』
彼らの話を聞いて、ファーゴの頭の中で何かが閃いた。
(よし……、いちかばちかだ)
ファーゴはスピーカごしにわざとすっとんきょうな声を立てた。
『やっぱりそうか! ボブとか言ったな、そのままポッドを下に向けてくれないか』
『何? 敵が俺たちに指図するな!』
ダークネスが立ち上がりつつもかぶりを振った。
『違う! どの武器も暴発する可能性があるからだ。エイもその火炎放射器のセーフティを外して、下に向けて振ってみろ。たぶん火薬を入れた詰め物が入っているハズだ』
「ねえ、ファーゴ。どういうこと?」
ラフィもグッチと共に立ち上がりつつ、ファーゴに説明を求める。
『さっき、羽の生えたDTと戦っていたときに、そのDTがダークネスを捕まえて自爆しようとしたんだ』
「?」
『実はその自爆自体が乗っていたパイロットの意思で行われたものではなく、敵の侵略部隊のリーダー、ベルディアによって仕組まれたものだったんだ……』
『なんだって? 羽の生えたDTだと』
『ボブ、大変だ。ファーゴ君の言うとおり、下に向けて振ったら、詰め物が出てきた』
エイ機の火炎放射器の放出口から布袋が出てきた。エイ機は信じられないというそぶりを見せて、その場に立ち竦んだ。ボブ機もポッドを下に向けて振る。
『まさか隊長とエイだけじゃあ……』
だがボッドから出てきたのはおびただしいほどの石とガラクタだった。
『本当だ。戦岩の修理用に格納庫に積まれていた浮遊準石だ。機関室で見たバルブや工具類、コンクリまで落ちてきた……、これで隊長も……』
ボブはブラッドが乗っていたマグの残骸を見ながら身震いした。
エイ機はダークネスへ向けて身を乗り出す。
『ファーゴ君、君の出会ったという、その遠隔操作で自爆するDTについてもっと詳しく教えてくれ』
『僕が教えたらエイたちはどうするつもりなんだ?』
ダークネスは再び剣を拾って構えなおす。目の前にいるDT乗りたちは、かつて父と同じ部隊にいたかもしれないが、今は敵だからだ。
ボブ機のマグは片方の膝を立てて座り、武器を下ろして両手を上げた。
『おまえも傭兵の息子ならわかるだろ? 契約不履行だ。つまり俺たちはこいつに乗ったまま戦場を離脱する……。あ、あと傭兵ギルドに物的証拠を明かしたいんだが、なにか自爆装置の部品なり、念話機のログチップはあるか?』
ダークネスは剣をおろしてしゃがみ、左手を上げる。傭兵ギルドに所属した者どうししか知りえない休戦の合図だ。
『OK、一時休戦だ。降りてきてくれ、あのDT自爆装置の部品とログチップを渡す。僕は急いで戦線に戻らなきゃいけないんだ』
ボブはマグのコックピットハッチを開いて両手を上げて出てきた。エイもそれに続くようにマグから出る。ファーゴもダークネスのコックピットハッチを開ける。差し込む朝日がまぶしい。そして彼は、血と硝煙の匂いを直接かいだ。
『な、なんで、みんなして出るのさ? ブラッド様が死んだんだぞ。仇を取らないのか?』
一人、ニフだけが伏せたままのマグの中で、涙をこらえてぐずっていた。
「あなたたちの部隊のリーダーが、あなたたちを裏切ったのよ」
ラフィとヘルハウンドのグッチはいつのまにか、ニフ機の傍らに来ていた。ニフが人の気配を感じて、コックピットのハッチをおそるおそる開けようとすると、どこからか急に手が伸びてハッチが完全に開けられ。ニフとラフィの目が合った。ラフィは瞬時に相手の正体を見破る。
「かーわいい! あなた、”パクチオ”ね?」
「だっ誰だ、お、おまえはぁ!」
怯えるニフに容赦なく、ラフィは満面の笑顔を浮かべて言った。
「はじめまして。わたしはエルドリッチ家のラフィ。わたし、ニフ君の次のご主人様になりたいだけど……。ウチなら”パクチオ”をメンテナンスする設備も整っているからピッタリだと思って……、この意味わかる?」
ラフィがニフをマグから出そうと説得している間、ファーゴはブラッド隊の浅黒い肌のボブに自爆装置の水晶とログチップを渡した。
「裁判が終わったら返してくれよ。売れば三ヶ月は食費に困らないからな」
ボブは受け取った水晶を持ち上げ、太陽にかざす。
「ケチケチすんなよ。これは元々ロマニー軍の部品なのに。……。さすがはクガルの息子、ギリギリだな」
エイは地上に降りて、火炎放射器に入っていた布袋の塊を紐解き、中にあるものを確認していた。
「本当だ……。もしも私がトリガーを引いたら……」
エイはファーゴのほうを振り向いて感謝した。
「ファーゴ君。ありがとう。本当に火薬だったよ」
ボブもファーゴに謝った。
「遅れたが、さっきは疑って悪かった。ともかく聞かせてくれ。ベルディアに騙されたというDT乗りの話を」
ファーゴは二人に、自爆装置を解除した経緯を説明した。ただしザップガンはあくまで“新兵器”と言い換えて秘密にした。二人の傭兵もあえて軍の秘密を無理に聞き出そうとしなかった。
「……。新兵器で戦岩を一隻撃墜したあと、突然羽の生えたDTが急降下して新兵器に攻撃を仕掛けてきたんだ。敵DTを追い払ったものの、新兵器はダメージを負いすぎて爆発して消えちまった……」
ボブが相槌を入れる。
「羽の生えたDTというのはエクストリームのことだな。空を自由自在に飛べるDTとしか言えない」
「わかる。たとえ契約不履行の相手であっても名前以上の事は教えられない。そうだろ?」
ボブは黙って頷きながら感心した。クガルは自分の息子に読み書き、武器の扱い以外にも、敵方の傭兵に会った時の交渉方法と守秘義務とギルド法を叩き込んでいる。
ファーゴは話を続ける。
エクストリームに乗った少女が、DT内に閉じ込められたまま遠隔操作で自爆装置が作動してしまい、ベルディアの名前を呼んでいたこと、ファーゴが自爆装置と遠隔操作をする念話機を解体して事なきを得たこと。そして少女と相対し、自分がかけた魔法をファーゴが跳ね返して、少女が倒れたことを簡潔にまとめて話した。
今度はエイがその少女の名前を明かす。
「その少女の名はエスノだ。我々と同じマンチェストにいたが、ベルディア様……、今は様をつけないな……彼に惚れていたらしくてな、傭兵ギルドを抜けて正式にロマニーに転職したンだ」
ファーゴは頷いて話を続ける。
「そうか……、なぜ彼が自分の部下を見殺しにするようなマネをするのかずっと引っかかっていたんだが、これでわかった」
エイは顎鬚をさすった。
「私もわかったよ。ベルディアはこの戦で元マンチェストの傭兵を全滅させるつもりだったんだ」
「なんで俺たちが殺されなきゃならないんだ」
「ボブもエイもエスノも元々は父さんと同じ部隊にいた。指揮官からしてみればいつ裏切られるかわからない。だから……」
「俺たちを自爆させるために出撃させたってことか! 傭兵をなんだと思ってやがる!」
ボブは思わずファーゴに詰め寄ったが、エイが彼を手で抑える。
「よせ、ファーゴ君のせいじゃない。これは契約した相手との問題だ。ベルディアは私たちの武器をわざと暴発するようにして出撃させた。これは事実だ」
クックルドゥールドゥー、クックルドゥールドゥー、ドゥー……
街で戦火を逃れた麻疹鶏の鳴き声が聞こえた。ファーゴは二人の傭兵の目の前で両手を広げた。
「話はここまでだ。一番鳥が鳴いている。僕は行かなきゃならない」
ボブはファーゴの左手をとった。
「ありがとうな。俺たちがギルドに戻ったらすぐに証明書類を送る」
「ああ、もちろんサインするよ。僕が生き残っていたらの話だけどね」
ボフはファーゴの手を離し、エイと共にそれぞれ乗ってきたマグに戻ろうとする。力が強かったせいかファーゴの左手がヒリヒリした。
「ファーゴー。ニフ君はお稚児さんだから、わたしが新しいご主人様になったわよ」
ファーゴが振り向くとそこには金髪の少年を連れたラフィがいた。いつのまにかラフィの左の太ももに包帯が巻かれている。満面の笑みを浮かべるラフィとは対照的にファーゴは呆れた顔を彼女に向ける。
「ラフィ、犬や猫を飼うようなことを言うなよ。その子の両親の元に返すのが普通だろ」
「違う、違う、ニフ君はメラムさんやウィルダムと同じ”パクチオ”なの」
「ハァ?」
「十歳ぐらいに見えるけど、工房で製造されてからもう十九歳になるって。ニフ君、ちょっと」
ラフィはニフをファーゴの前に移動させて、おもむろにニフの首にかけられた黒い首輪と金色に光る髪の毛をずらして、ファーゴに彼の首の後ろを見せた。
「ほら首の後ろに製造番号とブレイブ工業のロゴがあるでしょ」
「……、ああ……」
ファーゴは急に足元がフラついた。疲れのせいではなかった。目の前の少年はファーゴが泣きたくなるほどウィルダムによく似ていたからだ。
遠くでボブが叫んでいた。
「ファーゴ! また戦場で会おう!」
「……、ああ……」
ファーゴは器用にもボブのほうを見ていないにもかかわらず、傭兵たちに手を振った。傭兵たちの乗ったマグは山脈に向けて歩き出した。
「さぁ、現実に戻るか……」
ファーゴはそうつぶやいて、フラフラとダークネスに向けて歩き出そうとするも、ラフィは彼の腕をハッシと掴んだ。
「ファーゴ、あなた顔色が悪いわよ。治癒魔法をかけてあげよっか?」
「ばか、顔色が悪くなったのはおまえのせいだ。ウィルダムみたいな奴がこの子のように量産されていることを考えてみろ! ともかく気持ち悪いものを想像したんだよ」
「それって、美少年に囲まれるファーゴのこと……、すーぅばらすぃーじゃありませんこと?」
ラフィは何を想像したのか頬を赤らめ、何やらブツブツと呟いている。ファーゴはラフィとニフを無視してふとステルの街の上空に目を転じた。上空でのロマニー軍の異変を察知したファーゴは叫ぶ。
「冗談いってる場合じゃない! 見ろ! 戦岩がこっちに向かってくる! 父さんが危険だ!」
「わかったわ、とりあえず、わたしはどうしたらいい?」
「ラフィは……」
ファーゴがそう言いかけるのと、ニフが乗ってきたマグが彼の視界に入るのはほぼ同時だった。
(! いける!)
ファーゴはラフィとの視線を外して、下にいるニフに対し戦岩の一つを指差して尋ねた。
「ニフ、あの戦岩へマグから交信できるか?」
「で、できるけど、どうするのさ?」
「僕のいうとおりに交信してくれ」
「ま、まさか」
ラフィが急にすっとんきょうな声を上げた。
「なに?」
「ファーゴってば、いやだぁ、ニフ君が好みって言うなら、そう言って……、ぐえっ!」
ファーゴは発作的に両手でラフィの首を絞めて左右に振った。
「どうして、この状況下でそんなアホなこと言えるかなぁ、この女は!」
「ギ、ギブッ、ギブッ」
ラフィはファーゴの腕を必死になって叩き、彼は絞めていた両手を離した。
戦岩は高度を落とし始めたようだ。
ファーゴはヘルハウンドたちも呼び、ラフィたちに自分の考えた作戦を伝えた。
「イハカバスカ、ヤテミル価値アリゾウ」
「それを言うなら“一か八か”でしょ」
「ボクはロマニーを裏切ることになるの?」
「何を今さら。今日から君のご主人様はわたしよ。裏切るもへったくれもないわ」
「それを言われちゃうと……、ショボーン」
「おまえら、やる気あるのか――――!」
騒ぐファーゴたちの上空で、青白く光るベーコンの魂がいずこかへ飛んでいった。