6 変な令嬢 _ミシェル=セレドニア_
婚約者が決まったと父上に伝えられた時、正直はぁ?と思った。
生まれてから自分の能力の高さゆえ何一つ不自由なく育ち、所詮は第二王子、態度が多少悪くても本当に大事なときにだけしっかりすれば許され、特に俺を咎めるような人間もいない。特別俺を好いてくるような人間もいなければ歯向かってくるような人間もいない。…つまらない人生ではあるけれど、婚約者なんて面倒くさそうなものも欲しいとは思えなかった。
まず俺は、女が好きではない。俺のことをかっこいい素敵とキャーキャー騒いでは俺に暑苦しいアタックを仕掛けてくる。断っても断っても頬を染めてまた近寄ってくる。まだ5年しか生きていないのに、既に俺はうんざりとしていた。まあ強いていえば、婚約者さえできれば鬱陶しい他の女のアタックは少し減るかもしれないが、メリットはそれくらいだ。しかも婚約相手であるエミリア=シルヴェスターは酷い噂三昧だったのだ。
エミリア=シルヴェスター。俺と同じ5歳の公爵シルヴェスター家の令嬢。見た目こそは可愛いものの、面食いで傍若無人、我儘三昧で甘やかされて育ってきたようだ。まあ、一般的な令嬢よりも少し頭はよろしくないようだから、それを考えればまだ適当にあしらいやすいかもしれないが。
うんざりとしながら大臣に連れられシルヴェスター家へ訪問した。しかし入ってきた少女は前評判とは全く異なった。ぺこりと挨拶をする彼女は特に自分に興味もなさそうな様子だったのだ。面食いというからにはほかの女どもと同じ反応をするだろうと思っていたのだが。
「…おはつにおめにかかります。えみりあ=しるうぇすたーともうしますわ。」
そういった彼女の声は容姿や物腰よりも幼いたどたどしい声だった。…本当に同い年か?あまりにも予想と違う彼女の姿をじっと見ていると、ニコニコとした笑顔で「こっちみんな」と訴えていた。変なやつだ。
そのあと庭に通され、二人で庭園を歩いて回った。話してみてもほかの令嬢とは雰囲気が違って面白い。男にも興味を持たない様子や声も相まって、子供っぽいと素直に感想を伝えると彼女はかなり怒っていた様子だった。すごく表情がころころ変わっている。面白い。
「3歳児?くらいk」
「わたしはおとなです!!!」
さっきまで笑顔を作っていたくせにそう言って怒るエミリアは本当にからかいがいがあって面白かった。前評判のことも伝えながらまたからかってやろう…そう思った時、風で二人の帽子が飛ばされて木の枝に引っかかってしまった。
男としてとってあげられればいいんだろうが、身長も足りない。執事でも呼ぶか、そう思って声を出そうとするが、遮ってエミリアは駆け出すと、木を登り始めた。
…は?仮にも令嬢が木に登るって…。呆れ半分驚き半分で彼女を見ていると、落ちようとする構えを見せる。…流石に危ない。彼女を受け止めようと咄嗟に走るがエミリアは難なく地面に着地していた。…猫か。
「お前なあ…」
「はい、これ。とってもおにあいですね」
せっかく着飾られたドレスはあちこち汚れていて、令嬢としては酷い有様だが、そう言って微笑むエミリアはとっても格好よく、少し目を奪われてしまった。…女相手なのに、どこか敗北感を感じる。
「……変なやつ。」
そう答えると、彼女は楽しそうに豪快に笑う。…まあ、婚約者はさておき、こんな変な令嬢なら、遊んでやってもいいかもしれない。
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「…ねえ、ミシェル。」
数日おきにエミリアの家に訪問するようになってしばらく、双子の弟のアレンが控えめに俺の部屋へと入ってきた。
「どうした?アレン。」
双子の弟のアレンは同じ銀髪に赤い瞳を持っている。病弱だが一緒にいて割と楽しいから嫌いじゃない。振り返ると少しもじもじとしたあと決意を固めたように頷いている。なんだ?
「最近、ミシェル楽しそうですね。」
「あー、面白いやつがいたんだよ。エミリアっていうんだけど、公爵令嬢なくせに他の女とは違う感じで…」
「え、と…!!僕もあってみたいな…って…。だめ、ですか?」
そんなことか。俺はふっと笑ってアレンの頭を乱暴に撫でた。勿論いいに決まっている。きっと彼女なら、気の弱い弟にも楽しそうに笑いかけてくれるだろうな、そう思って。