58 ロゼのターンです
今日はロゼとデートをする約束の日だ。どこにいくかはなぜか伏せられていたが、クレアちゃんに「絶対楽しいから、期待していてほしい」と言われた。クレアちゃんがそこまでいうくらいだからきっといいところへ連れて行ってくれるのだろう。楽しみだ。しかし不思議に思っていることが一つある。それは。
「お嬢様、本当にそちらの格好で行くのですか?」
「………うん」
コゼットが困ったように眉尻を下げる。戸惑っているコゼットのいいたいことは凄く伝わるので、私の方も神妙にうなずいた。ロゼから直々に「こういう格好をしてきてほしい」と指定されたのはいいとして、その恰好が男装だということである。デートに男装っておかしくない?いや、おかしいよね。絶対。
指定された服装は白いシャツに深緑のサスペンダー、髪はまとめてキャスケットに入れる。首には昔ロゼにプレゼントされたペンダントをつけるようにということだ。どこからどうみても男装だ。こういう格好は楽で好きだけれども、デートだという心構えで行ったのに拍子抜けした。…もしかしたらロゼは、普通にどこかで遊ぶつもりなのかもしれない。
「…エミリア。迎えに来た」
声をかけられて振り向くと、服装を指定した張本人であるロゼが涼しげな表情で立っていた。ロゼはというとどこから抜け出してきた王子かといいたくなるほどの高貴な服装。…あれ?なんかすごく場違いじゃない?私は軽装中の軽装なんだけど…。私が戸惑っていると、ロゼは笑顔で「じゃあ、行こうか」と手を差し出した。そのキラキラとした笑顔はロゼのファンがみたら卒倒しそうなほどに整っていて、本物の王子よりも王子様然としていた。…まあ、ミシェルだって黙っていれば王子というよりは皇帝然としているんだけど、中身を考えると残念にしか見えないから。
王子様のようなロゼの手を取ると、そのまま手を引かれた。ひかれたといっても強引な感じではなく、本当に優しく寄り添ってもらっている感覚だ。切れ長な目や比較的クールさが目立つ顔立ちだというのに、この柔らかい動作によって冷たく感じないのがロゼの不思議なところだ。
「それで、ロゼ。今日はどこにいくの?」
「…ああ、えっと…聖地巡礼だ。」
「せいちじゅんれい」
思わず復唱した。聖地巡礼といわれると、前世の常識から好きな作品の舞台となったところを巡ることだと思ってしまったが、ロゼがそんなことを言い出すとは思い難い。多分違うものなのだろうと思い、説明を求めると、涼しげな表情のまま目を瞬かせる。
「…小説の舞台となった場所を見て回ろうと思ったんだ」
「えっやっぱりその聖地巡礼なの!?」
「…?それ以外に何かあったか?」
私の声にロゼが不思議そうに首を傾げた。まさか自分の常識のままのことをするつもりだとは思っていなかった。ロゼがクレアちゃんの薦めで私も読んでいる本を読んでいるのは知っていたけれど、まさか聖地巡礼をロゼから言い出すとは思っていなかった。ここでやっとクレアちゃんの「絶対楽しい」に合点がいった。それは絶対楽しい。
聖地巡礼にいく、そして自分のこの男装にロゼのこの王子様然とした恰好…。やっとこれでわかった。この服装は、私のお気に入りのBLロマンス小説のキャラクターの服装である。まさか意図せずしてコスプレして聖地巡礼をすることになるなんて…。なによりリアルヒーローが目の前にいることに興奮が隠せない。
「ということはその恰好はヴィータ様!!はああ凄いよ格好いいよ!!ロゼってば本当に物語から出てきたヴィータ様みたい!」
「…エミリアが喜んでくれてよかった。エミリアのために頑張ったからな」
私の興奮した声にロゼが嬉しそうに笑ってくれた。ロゼの言葉は他の友人たち(ミシェルは除く)のようにキザではないぶん無意識にストレートだ。あまりに直球でいってくるから、友愛でいっているのがわかっていても少し照れる。
私が少しドギマギしながら手を引かれるままに車に乗り込むと、ロゼも隣に座る。他のメンバーであればそのあと会話を始めるのだろうが、ロゼはそのまま黙って外の風景を眺めていた。流れていく風景を追いかけているロゼの横顔を眺めて過ごす。気まずさを全く感じない沈黙。なんとなくロゼと過ごしているときは、沈黙も会話をしているときと同じくらいに安心感を感じるのだ。なぜだろう。
「…エミリア」
「ん、ロゼ?」
「…あまりこちらを見つめられていると、…困るのだが」
あ、ばれてましたか。ほんのりと耳元が赤い気がする。そうだよなー人にずっと見られてるのってなんか落ち着かないよね。つい横顔がきれいだから、ごめんねと答えると、ロゼがせき込みはじめた。
「だ、大丈夫?」
「…大丈夫だ…」
そういったロゼの表情はあまり大丈夫に見えなかった。そうこうしているうちに目的地についたらしく、振動が止まった。ロゼに促されて外に出ると、そこは光が差し込む森の中だった。草木のざわめく音。夏だというのに少し涼しく感じる心地よい温度。見回すと小さな古ぼけた小屋もあった。
「ねえ!これって最初にヴィータ様と主人公が出会った場所だよね!」
私がロゼに聞くと、ロゼはこくりとうなずいた。なぜか少し緊張しているようにみえるけど、私は大好きな小説の聖地に嬉しくなって周りを見回す。そうそう、あの切り株。切り株に座ってあの白い花を眺めながら仕事の休憩をしていたんだ。するとどこからか
「…花が好きなの?」
って声をかけられるんだ。主人公は花が好きなことで何度も街の女の子にバカにされているから、どうしても素直になれなくて、
「…別に、好きじゃないけど」
って答えるんだよね。ああ、まるでその状況を直接見ているかのように手に取るように見えるわ。そこでやっと声の方を向くと、そこには息をのむほどきれいな王子様が白い花を一輪持っていてね、伏し目がちな瞳をあげて、柔らかく微笑むんだ。
「…私は、好きだ。その花の似合う君が気になってしまうくらいに」
…そこで、気づいた。手に取るように見えていたのではなく、実際にその情景が行われていたことに。ロゼは小説と同じように、白い花にキスを落とすと、それを私のキャスケットから見える髪に差した。どきどきしている気がするのは、その時の主人公の感情に感情移入したせいか、ロゼの行動に照れてしまった故か。まあ多分前者だ。たっぷりと二人で見つめあった後、私は名前を呼んだ。
「…ロゼ」
「…ああ」
「………無理しなくていいんだよ」
「…やっぱりエミリアは、気づいてしまうか」
「当たり前だよ」
私の言葉にロゼがはあ、と息を吐いた。ロゼはかなり無理をしていたようで、耳元が完全に赤く染まっている。ロゼは素直に素でいうのは意識をしていないから大丈夫なようだけど、他のメンバーのようにキザな言葉は言えない。何故かといえば表情がコントロールできない以上に、照れ症で恥ずかしがりなところがあるからだ。このあたりは本当にクレアちゃんと似ていて、さすが実の兄妹だと思う。
それにしてもわざわざ無理をしてまでこんな再現をするなんて、本当に涙ぐましい努力だ。
「クレアに言われたんだよね」
「…ああ」
渋い顔で頷くロゼ。ロゼは本当に妹思いだなあ。きっとクレアちゃんに聖地でそれを再現するようにと熱弁されたんだろう。私はとても納得した。私がうんうんとうなずいていると、ロゼが少し言いづらそうに上目遣いで私を見てくる。黙っていれば騎士様みたいなのに、素でこういうことをするのはある意味アレン以上にあざとい気がする。
「…それで、だが。エミリアはどう思ったか」
「妹思いだねえ」
「…そうじゃないんだが」
少し落胆したように肩を落とすロゼ。昔は表情が分かりづらいと思っていたけど、今となっては凄くわかりやすい。一挙一動がとても素直なのだ。ツンデレミシェルや腹黒いお兄様とアレンのような人種なんかよりよほどわかりやすかった。
「…まあいい、もう一か所、行きたいところがある」
「え?」
手を引かれるまま森を進むと、次第に道が開ける。そこにはぽつりと、奇麗なまま置き忘れられたような真っ白で小さな教会があった。思わず歓声をあげる。ここはそうだ、ヴィータ様が主人公に告白する場面。ステンドガラスが光に反射してきらきらと光っていて、本当に物語の中からくりぬいたような光景だった。
「…奇麗」
「…私も、下見をしたときに驚いた」
息をのむと、それに同意するようにロゼが頷く。まさかこんな場所が現実に存在するとは思っていなかった。聖地としての興奮がなくとも、この光景は本当に価値があることだと思う。きっとあの小説の作者さんは、だからこそここを告白の舞台に決めたのだろうけど。
「エミリア」
「なに?」
「例え最後に別の相手と結ばれるとしても、私が貴女を思い続けることは許されるのだろうか」
そのセリフはまたあの小説のセリフ。もう無理しなくていいんだよ、と振り向こうとして後ろから抱きしめられたことに気づく。私に回した手は熱っぽく、さっきの照れながらの演技とは比べられないほどに気持ちがこもっているように感じた。
「…大丈夫だよ。たとえ離れてしまっても、僕たちは一緒だ。これまでも、これからも」
私がそう答えると、ロゼは「ありがとう」とかすれた声で答える。そしてしばらくしてはっと気づいたのか慌ててぱっと離れていった。やっぱり耳が赤かった。
「す、すまない…!」
「大丈夫、確かにこんな場所だと感情移入して心がこもっちゃうよね!」
私がその時のシーンのことを力説すると、最初は肩を落としている様子だったロゼは柔らかく微笑んで私の言葉にうなずいてくれた。それからしばらく私たちは、聖地で小説の話に盛り上がった。
三日後更新予定です。




