52 鯉は甘くてほろ苦いらしいです
「ねー、みしぇ」
「ミシェル殿下!次の授業ご一緒していいですかあ?」
「……おー」
「ミシェル」
「アレン殿下!あの、よろしければパーティにいらっしゃってくださいませんかあ?」
「………あー」
最近、ミシェルを筆頭とした友人達への包囲網が激しくなってきた気がする。ただの友人である私なんか気にするかとばかりに…いや、むしろ私などに関わらせないとばかりの猛烈アタック。…ここまで来ると、逆に尊敬したくなってくるね。
厳しくなってきた日差しから逃げるように何故か設置された日傘のついたベンチに座りながら、ぼんやりと現代で言う体育のような授業を眺める。
ちなみにクラスは2クラス合同。この辺も日本と同じらしい。男女別なはずなのに何故か女子は男子の剣技の観戦をしてキャーキャーいっている。
「エミリは、いかないの?」
「男子に混ざって剣技?」
「…うん。」
「あー、いかないよ」
「かっこいいのに。残念。」
隣のクラスであるクレアちゃんが私の隣で少し不満そうに口を尖らせた。可愛い。
実は私も何度か剣技に男子に混ざって参加したことがあったりする。しかしそこで男子をばったばったなぎ倒したせいでそれが噂になり、お兄様に「それは流石に令嬢としてどうか」とお説教されてしまったのだ。
剣技も淑女の嗜みなのに。…嗜み、だよね?
「ほんとに、凄いですよねえ…」
「なにが?」
「あっ、ごめんなさいっ…えっと、なんでもないです」
もう片方の隣に座ったノエルちゃんが控え目に何故かちらちらとベンチについた日傘を見ている。
よくわからないけどまあこの学園の配慮は凄いと思う。「日差し暑い…しぬ…」とクレアちゃんに話していたら、いつの間にか用意されていたのだ。今まで見たことがない気がするけどきっと学園側からの心遣いだろうとありがたく座らせてもらった。
「…エミリは、気にしなくていい」
「そう?」
クレアちゃんの涼し気な表情に首をかしげつつ、丁度剣技の試合を終えたミシェルの元に隣のクラスの令嬢が駆け寄っていた。…ってあれ、
「アマンダ様か」
最近よく見かけるなあ。元々婚約者候補だったらしくて私を凄く恨んでいるという。1回「変わって差し上げましょうか?」と聞いてみたのだが、「バカにしていますの!」と怒られてしまった。割と大真面目に言ったんだけどなあ。
「…あの、すみません。差し出がましいのですが、エミリア様の婚約者であるミシェル殿下が最近スノウバーク様と一緒にいられる様子が伺えます。いいのですか?」
困ったようにまゆを下げるノエルちゃんに「いいのよ」と微笑んでおく。だってミシェルはただの友達だし。1年後には破棄される予定の婚約者(笑)だし。
まあ肝心のアリスちゃんは未だに全くミシェルと関わり持ってないけど。クラスではそうなだけで生徒会で順調に仲を深めているのだろうか?
「友達、ですか…。そうは見えないのですが…」
「うん?ノエルちゃん?」
「いっ、いえ、すみません、なんでもないですっ」
そうこういっているうちに授業を終え、屋内に戻ろうと靴箱を開けると、何故か大量の手紙が詰まっている。
中を見るといろんな人からの夏のパーティへの招待状のようだった。ベタだなあ。こういうのって親へ直接送るものじゃないの?でもそういえば漫画でもミシェルはそうだったっけ。…ってことは漫画家先生のせいか。
「これは…いっぱいですね」
「仕方ない」
驚いたようなノエルちゃんといつも通り鉄面皮を浮かべクレアちゃんが私宛の手紙の山をのぞき込む。
「やっぱ公爵令嬢だからねー、義理でこういう誘いがいっぱいくるんだ」
「あの、すみません。多分それ本めむぐっ」
「……言ったら呪う」
「ひっ」
「んー?ノエルちゃんどした?」
「…なんでもございません…」
何かを言おうとしたノエルちゃんにじゃれつくクレアちゃんを仲が良くなったなあ、と見守っていると、いつの間にか離れたクレアちゃんが私にぴっとりとくっついて上目遣いで覗いてきた。きゅんっ。可愛い。
「……エミリ。そういうのは、いかないで」
「まあ、そうだねえ。こんなにいっぱいだとさすがに疲れそうだし…」
いつも通り親に言われた場所にだけ行くことにする、と答えておく。流石にこんなに連日大量に届いた招待全て受けるのも大変だし。それに私の参加するものは確実にお兄様もついて行くと言い出すから、忙しいお兄様を拘束するのも嫌だし。
手紙をやっとの事でまとめてさ教室へ向かおうとすると今度はケーターフォンが震えた。うーん、忙しいなあ。開くと送り主は愛しのアリスちゃんだった。
『美味しいケーキ作ったんだけどシオンにあげるわ!』
「…それ、アリス?」
「ああ、うん」
「最近そっちも連日じゃないですか?」
「うーん…そうだね」
相変わらずアリスちゃんに睨まれる私だが、私へのアタックはどんどん加速している。解せない。簡単にシオンになるのは身バレの意味で危ない気がするが、食べ物につられてついOKしてしまう。アリスちゃんの作る食べ物は美味しいのだ。アリスちゃんの作るお弁当、クッキー、シャーベット、チョコレート
「…夏は恋の季節、ですね」
「鯉?美味しくないよ」
「甘くてほろ苦いのです」
「えっ鯉ってそんな美味しいの?もっと生臭いかと」
「ふぇっ…え、エミリア様、そんな…え、えっちな…」
「??????」
慌てたように頬を赤く染めるノエルちゃんに首を傾げる。鯉ってそんなに美味しかったのか…食べてみたい。アリスちゃん鯉料理も知ってるかな?まあデイヴに頼めば上手くさばいてくれるか。
「…そろそろ、いかなきゃ」
名残惜しそうにクレアちゃんがまた唇を尖らせた。たしかにそろそろ次の時間だ。私もいい加減自分の教室へ向かおうと2人と別れて教室へ向かった時、
「なにも持ってないくせに、図々しい」
ぽつりとすれ違いざまに吐かれた言葉はアマンダ=スノウバーク令嬢のものだった。鋭い視線と共に、ばしゃっと冷たいものがかかったのに気づく。
「あら、ごめんなさい。手がすべってしまいましたわ」
「……」
意地悪げに笑みを浮かべるアマンダ様の顔を零れ落ちる水滴越しに見つめながら私はぼんやりとあることを考えていた。
「許してくれますよね?お優しい聖女のようなエミリア様なら…うふふ」
…やっぱ、悪役令嬢交代しない?きっとアマンダ様なら上手いことアリスちゃんとミシェルを結婚まで導けると思うよ。いや、本当に。




