49 ぼっちを脱却したいです
「友達が…でき、ない…」
入学して2ヶ月ほど経った私は、クラスメイトの友人が出来ないことに悩んでいた。私の絶望を聞いていたミシェル、クレアちゃんが一様に顔を見合わせる。
「本当なら私がいつもどこでも一緒にいたい…けど、クラスが離れているから限界がある…」
「俺がそばにいてやるっていってるだろ、仕方ないから」
「ミシェルがそばに来たら余計に女友達できないよ!」
そうなのだ。漫画通りとなったクラス分けのせいで、アリスちゃん、ミシェル、私は同じクラス、他のメンバーはそれぞれ別クラスになってしまったのだ。
私はそこまでコミュ力に自信が無いわけではなかったはずなのでが、何故か遠巻きにみられてしまう。大好きなアリスちゃんと同じクラスなのにエミリアのことは嫌われているから何も話せないし。おかげでぼっち街道まっしぐらだ。原因はわかっているのだ。みんなのあこがれイケメンズと話している嫉妬と、
「悪役面…」
「あくやくづら…って、なに?」
「あー…えと、悪い人っぽい顔…?」
「エミリアが?どう見てもあほ面にしかみえないんだが」
「なにをぅ!?」
ミシェルが甘いお菓子を頬張りながらつっこんでくる。なんとも失礼だ。私がミシェルに抗議をすると「そういうところが」と嘲笑された。…こいつ。
「エミリは、可愛いよ。綺麗、だし」
「ありがとうっ、クレアちゃん!」
嬉しさのあまりクレアちゃんに抱きつくとクレアちゃんは嬉しそうに頬を緩めた。うーん、可愛い。食べちゃいたいくらい。
それにしてもこのままじゃダメだ。ぼっち生活を継続しなきゃなんてそんなのいいわけがないのだ。ぼっち回避のためにまずしなきゃいけないこと…は…。
「ミシェル」
「なんだ?」
「私に人前で話しかけるの禁止ね」
「!?」
ミシェルが驚いたように伏し目がちだった目を大きく見開いた。その表情には困惑が浮かんでいる。
「なんでだよ!」
「イケメンと話してたら嫉妬で友達できないもん」
「いけめん…ってなに?」
「かっこいい男の人」
「そ、そう…か。かっこいい…そうか、かっこいいか!」
何故かミシェルが嬉しそうに口角をあげた。なんかよくわからないけどせっかくのイケメンフェイスが台無しだ。ご機嫌にそれなら仕方ないな!といってくれたのでよしとしよう。チョロいなあ、ミシェル…。
「友達、作るぞー!」
「おー」
クレアちゃんが控えめにのってくれた。嬉しい。気持ちも新たに、とりあえず親切にするところから始めようかと思った。
「し、シルヴェスター様!」
「なにかしら?」
「そのような雑務貴方様がするようなものじゃないですわ!わたくしの…」
「むしろ貴方のような儚く美しい方に任せてしまっている現状に納得がいきませんの。手伝わせてください」
とりあえずは雑務やお手伝いのたぐいを積極的に助けていくことにした。今までは見かければ手伝うくらいだったけど片っ端からいじめの現場とかも探しまわってやったわ!手伝ってる最中は笑顔で話を振る!笑顔は友達を作る秘訣ってよく聞くものね。
「平民風情が口答えをするつもり!?」
「きゃ__」
「女の子に手を上げるなど美しくありませんよ。ラナン様」
「しっ、シルヴェスター様…!」
平民の少女に暴力をふろうとしていた侯爵令嬢とその周りにいた少女の表情が青くなる。うーん、前世の顔なら迫力がなかっただろうから、助けるときには悪役美人の顔を持っていてよかったって思うよなあ。そのあと助けた少女に笑顔を向けるが、真っ赤になって反応がなかった。…友達になれるかと思ったんだけどなあ。
どうやら友達になろうと企む下心はすぐにバレてしまうらしい。なにかをしたあとは結局真っ赤な顔で逃げられてしまうのだった。
「ちっ、また逃げられたか…」
「エミリ。…目が獣」
「はっ」
友達を作る方法がすっかりわからなくなってしまっている私がいる。前世は萌えを語り合っているうちに友達になってたもんなあ。BLの文化がない世界だとそれじゃあ通用しないし。学校全員の名前を覚えてみたものの、名前を呼ぶだけで赤くなって会話が成り立たなくなってしまうことが多いのだ。
イケメン男性陣は全力で避けているけどそれでも友達になるのは難しいのか。…こんなことなら最初から人前では他人を貫けばよかった。私が唸っていると、隣にいたクレアちゃんが控えめに私の頭を撫でる。うう。私の癒やしはクレアちゃんだけだ…。
クレアちゃんといちゃいちゃしていると、またどこかで罵声が聴こえた。私の耳は敏感なのだ。止めに行ってみせようぞ!クレアちゃんの静止を聞かずに駈け出した。令嬢らしくない振る舞いだが仕方あるまい。
辿り着くと、また数人の令嬢が一人の少女を取り囲んでいる。取り囲まれていたのは…私の永遠の推し、アリスちゃんだった。
「貴方平民の癖に生徒会に入るとは身の程知らずではありませんこと!?」
「どうせ不正でもしたのでしょう。その無駄に綺麗な容姿を使って!」
「でも白髪なんて老婆のようで穢らわしいですわ。血のような赤い目も不気味。よくそんな容姿で生徒会の方々やガーベラの君にまとわりつけますわねぇ」
「っ」
アリスちゃんは俯いていて表情はうかがい知れない。…腹が立つ。アリスちゃんに危害を加えるなんて!あの美しい白髪が老婆のそれに見えるか?目は節穴なのかと問いたい。アリスちゃんのその麗しい御髪は艷やかで光に反射してキラキラと輝いて見える。赤く大きな瞳は繊細で色素の抜けた容姿にアクセントのように輝き、どこまでも透き通ったその赤、まるで宝石のよう!勉強だってアリスちゃんは努力家なのだ。大好きな人に少しでも見合うようにと頑張る健気な姿に私は何度心を撃ちぬかれたことか。
そんな彼女を貶すということがどれほどの重罪であるかを、知らせてやらねばならない。使命感を持って一歩を踏み出したところで、アリスちゃんの意志の強い瞳が真っ直ぐ前を向いた。
「あら?その平民風情に学力でもガーベラの君との仲の良さでも勝てない恥ずかしいご令嬢様はどなたかしら?努力をやめて勝てないからと妬みで攻撃するなんて醜いにもほどがあるわ。そのような醜いご令嬢にシオンが振り向くわけ無いわ!正々堂々と実力で挑みなさいよ!」
「なっ…なんて無礼な!たかが平民が貶すなんて耐えられないわ!?私は侯爵の娘なのよ!」
「尊い……」
アリスちゃんの意志の強い言葉に思わずときめく。しかし確かに彼女の身分ではあのように反抗すると危ないのは確かだ。助けるために前に出ようとして、ぽんと肩を置かれ止められた。そのまま肩をたたいた人物が前に出て行った。
「すとっぷですよ。ご令嬢方。」
「あ、アレン殿下…!?」
「一人の少女を取り囲んで悪く言うのは感心しませんね」
「でも、アレン殿下ッ、この女…!」
「これ以上続けるようでしたら、…この僕が王子として彼女を保護するのも吝かではありませんね?」
アレンの纏う空気が凍りつく。後ろ姿なので表情は見えないが、青くなった令嬢たちの表情からして恐ろしく冷たい視線だと窺えた。…アレンを敵に回すのは嫌だと改めて思う。恐ろしい…。
そそくさと去っていく令嬢を見送ると、私も便乗するように踵を返した。…私はアレンみたいなイケメンと仲良くないですよ〜。ただの野次馬の一人ですよ〜。と周りで見ていた人たちに主張するように。しかし、当然のごとくそれは却下された。笑顔で私の肩を握る美少年によって。
「エミリア」
「…」
「少し、お話があります」
「……はい」
返事を聞く前にはすでにそのまま半強制的に私はずるずるとサロンに連行されてしまっていた。…どうやら私に拒否権はないようだ。容姿は私とそこまで変わらないか細い繊細な美少年なのになんでこういう時だけ力が強いんだ。
サロンにつくと、何人かの令嬢がお茶を飲んでいて、入ってきたアレンの姿に頬を染めた。見た目だけの天使は今日も絶好調らしい。…ああ、視線が気になる。やっぱ力づくで逃げればよかった…。
「なんで最近避けるのですか…?」
飲み物を頼んでいると、瞳をうるうるして首を傾げるアレン。うっ、可愛い。思わずときめいてしまう。…だめだめ。この人あざとかわいいだけの悪女?悪男?だから!
「気のせいじゃない?クラス違うから会わないだけだよ!」
「そうですか?僕の知る感じだと既に今日4回は僕と会いそうになったところでルート変更していましたが」
「なんで知ってるの」
気づかれていないと思っていたがあっさりバレてしまっていたらしい。そういえばミシェルにしか避けている理由を話していなかったか。私が小さく「アレンは美少年だから仲良くすると友達ができないの!」と答えると「ふぅん?」と目を細めた。ぞくっ。得体のしれない寒気がするよ。こわ。
「では、シオンってどなたですか?」
「知らないよ、アリスちゃんが言ってるだけ」
「なるほど、エミリアはシオンを知らないのですね」
「うん」
「エミリア、嘘をつくときに首を傾げる癖改めないとバレバレですよ」
「うそっ!?」
気持ちの読めないアレンの瞳がさらに細まり慌てて姿勢を正す。…そんな癖あったのか。焦っているのがバレたのか、さっきまでの表情をゆるめくすくすと笑うアレン。
「冗談です」
そこでようやく嵌められたことに気づいた。結局言い逃れもできそうにないようだ。あまり大勢に秘密を知られたくはないが…たしかに他の友人が事情を知る中知らないのも悪いか。耳打ちでシオンとしてのことを話すことにした。顔を近づけこそっと事情を話す。
するとアレンは妙に合点の言った表情で
「素直な女性は大変好ましいですね?」
と笑う。どの口が…と苦々しく見るものの、いつもの爽やかな表情で受け流された。ムカつく。テーブルの下でアレンの足を思い切り踏んでやろうとしたが、避けられてしまった。
「きゃあ、アレン様にエミリア様が仲睦まじげに耳打ちなさってますわ…」
「はぁ、絵になる光景ですわね…こんな姿を目撃できるなんて幸運よねえ…」
「本当に雲の上の存在ですわ…」




