47 上位二人は化物だと思います
ざわざわ。ざわざわ。テストが終わって数日。生徒達は一様に一枚の紙を取り囲んでいた。勿論上位30位にまで書かれた結果発表の紙である。
1位 ミシェル=セレドニア 900点
2位 アレン=セレドニア 898点
3位 アリス 894点
4位 クレア=キングスレイ 887点
頭がおかしいと思う。堂々と印刷された名前と点数に思わず溜息をついた。クレアちゃんはまだわかる。テスト前にはにかみながら「大好きなひととずっと一緒にいるためには優秀じゃなきゃいけないから、頑張る」っていってたし、かなり努力したんだと思う。きっとお兄様と一緒にいるために相当な努力をしたに違いない。なんせ彼女はヤンデレだからそのための努力は怠らないはずだ。問題は上位二人である。
アレンはあの様子からしてすらすらーっと少しなぞっただけだろう。本人の様子からして焦り皆無だったし。それどころかミシェルなんて前々日私を街で連れ出していましたけど?昨日すらも全く関係ない読書してましたけど?
満点って化け物か、化け物なのか。メインヒーローであるが故の化け物補正なのか。
あ、ちなみに悪役令嬢たる私は平均です。上位30位?知らない世界ですね。
「まあ、ミシェル殿下とアレン殿下は素晴らしいですわ!」
「ほとんど満点だなんて、尊敬してしまいますわ…」
令嬢達が順位表を見てほぅ…と憧れの溜息を付いている。私も溜息は出るが断じて憧れではない。むしろ呆れだ。あと嫉妬。
「それにしても、アリスって方は、平民だというのに生意気でありませんこと?」
「本当ですわ。王子様の下に名前を連ねようだなんて、痴がましい」
なんて理不尽な、と思わず声を上げようとしてしまった。特待生であるアリスちゃんは上位30位以内に入る実力を持ったうえで入学を認められると同時にそれをキープすることが求められるのだ。低い点数を取ると退学もあり得るとお兄様が言っていた。褒められこそすれど、責められる謂れなどない。
…まあ、漫画ではそう言ってエミリアがアリスちゃんを率先していじめていたんですけど。
「……ん、結果出たのか」
「きゃあっ!ミシェル様ッ」
女の子たちの黄色い歓声でミシェルがこの場に現れたことを悟る。人前で絡まれて嫉妬の視線を浴びるのも嫌なので逃げるか。
まあこの場で絡むのは漫画の中で言えばアリスちゃんだ。自分たち兄弟の下にいるアリスちゃんが入学式の日に自分に声をかけてきた女子だと思い出し興味を持って話しかけて、そのせいで尚更アリスちゃんは嫉妬を向けられるようになるんだよねえ。
というわけで私は退散するとしよう、そう思って踵を返したところで声をかけられた。うげ。
「エミリア」
「…なんでございましょうか、ミシェル殿下」
「……何だそのへんな喋り方」
「お気になさらず」
ご令嬢方の白い目が私に向いた気がする。少なくとも最高に注目が集まっている。去れ!と笑顔に込めて訴えたもののスルースキルを発揮して無視された。
「…お前、セシルにあれだけ教えられて猛勉強してたのに本当に圏外なんだな」
ぷふ、と笑うミシェル。同時に笑顔にヒビが入る私。なんてコイツはデリカシーがないんだ。
「わたくしお恥ずかしながら勉学は得意ではありませんの…では御機嫌よう」
羞恥心に堪えはにかんで笑いつつ視線には怨念を込めて応えると踵を返した。あああしまった。ミシェルのせいで「王子に絡む頭もよろしくないバカ令嬢」って認識をされてしまった!どうしてくれてんだ、ある意味悪役令嬢エミリア=シルヴェスターよりひどい認識じゃないか!
内心はミシェルへの呪詛を吐きつつも手持ち無沙汰のまま廊下を歩く。
それにしても。すっかり点数が出てしまったことで格差がつけられる下の階層が使いっぱしりになりつつある現状が気になってきた。
「その重い荷物、どこまで?ああ、私もそこまで行く予定ですから、是非持たせてください。そのような細い腕でそこまで持って行くなど、折れてしまいそうで心配です」
歩いているとよく重そうな荷物を持たされた生徒が暗い表情で歩いているのを見かける。容姿も成績も目立たず、家柄も貴族ばかりの学校では低い位置にいる人はやっぱりこうなってしまうんだろうなあと察せられる。私は幸いなことに成績はぱっとしなくても名のある公爵の娘だからパシリに使われたりはしないのだけど。
でも別に困っている人を助けることは嫌いじゃないというか慣れているので見かけるたびに手伝うようにしているのだ。パシリはいい文化とは思えないし、何より女の子や一般令息の細腕で重そうな荷物を持っているのを見るのは嫌な感じがする。それなら鍛えた私が持ったほうがマシと言えるだろうし。
今も持たされていた女子生徒が驚いたように私を見ている。声をかけるたびにこんな感じなので珍獣扱いも慣れてきた。いつもの要領で警戒されないよう笑いかけつつ話を振った。
「私、エミリア=シルヴェスターと申します」
「ぞっ、存じておりますぅ!」
「あら、そうですか?でも見たところ同じクラスじゃないですよね…?」
同じクラスの女子の名前は覚えた。その中にはいないはずなんだけど…もしかして一人見落としていたかしら?と考えていると少女が少し頬を赤らめたまま恥ずかしげにうつむき、か細い声で答えた。その姿が昔のクレアちゃんを思い出させて頬が緩む。
「し、シルヴェスター様は…有名ですから…」
「有名?」
思わず聞き返してしまった。正直なところ目立たず平和に過ごすがモットーな私にとっては困る形容詞である。
私の言葉に焦ったような女の子。わたわたと「すすすすすみませんっ」と謝っている。目立つタイプじゃないけど可愛い女の子だなあ。そう思いながら慌てて少女を宥めた。
「いえ、いいのですよ。私は普通に過ごしていたつもりでしたから、少し気になってしまっただけですもの」
「あぅ…本当ですか…?すみません、疑うつもりじゃないんですけどっ」
「とりあえず落ち着いて。…大丈夫ですから」
女の子に触るなんてセクハラかなあと内心ドキドキしながら女の子の柔らかい亜麻色の髪をなでて微笑みかける。ようやく落ち着いた様子の女の子。頬が赤いのはデフォルトなのかな。ハムスターを愛でている気分だ。
「それで、お名前は?」
「あっ、名乗るのが遅れてすみません…っ!ノエル=プレスコットと申しますぅっ」
「よろしくお願いしますね、プレスコットさん」
謝るのが口癖な様子のノエルちゃんに微笑みかけると、長めの前髪の間から潤んだ大きな瞳がちらりと覗いた。この子は地味な容姿をしているけどかなりの美少女だと悟る。確かプレスコット家は子爵家だったかしら。
それからたどたど会話をしながら目的地に到着して書類を教師に引き渡すと、ノエルちゃんと別れた。
「あ、あのっ、付きあわせてしまい、すみま」
「そういう時はありがとう、ですよ?」
また謝ろうとしたノエルちゃんの口元に人差し指を当てていたずらっぽく笑いかけてみせると、更に真っ赤になったノエルちゃんが虫の鳴くような声で「ぁりがとぅござぃます…」と言ってくれた。
本当に可愛い女の子だったなあ、とミシェルに馬鹿にされたことも忘れてルンルン気分でサロンへ訪れる。すると不機嫌そうなミシェル、アレン、クレアちゃんと涼しげな笑顔を浮かべたお兄様、無表情なロゼが勢揃いで一角に座り、最高に視線を集めていた。
…回れ右をしよう。腫れ物には触らないのが吉だ。そう判断してクルッとターンすると、何事もなかったように扉を締め…ようとしたところで手を掴まれる。
「エミリア、エミリアも説得に協力してください。…ね?」
なんでも実力テスト上位4名は半強制的に生徒会入りが決定してしまっているのだが、3人がかなり渋っていて引き受けようとしてくれないらしい。そういえば漫画でも皆生徒会入りしていたなあ。でもこんなに渋っているシーンは見られなくて普通に生徒会になっていたから順当に決まったのだと思っていた。
「確か生徒会って名誉なことじゃなかったっけ?」
確か漫画ではかなり生徒会というのは人気があって立場的にも強いからなりたい人は多くいるって設定じゃなかったかなあと思い返すも、3人はやっぱりやる気がなさそうだ。
「エミリが一緒じゃないなら嫌だ…」
「僕もエミリアを一人にしておくのは心配ですから、引き受けられません」
「おっ、俺はエミリアがどうとかは全くもって関係ないけど!面倒だから断る…!」
クレアちゃんはともかくアレンはいいように言い訳に使っているだけだろう。にこにことした笑顔のどこに心配がこもっているのかを教えてほしい。ミシェルは何故か私が関係ないことを強調している。いや、知ってますけど。そこまで自惚れてないよ、悪役令嬢だし。
まあ面倒くさいというのはわからなくもない。名誉な役職とはいえ元から王子という目立つ立場にいる二人はわざわざ引き受けなくても最初から人気者だ。クレアちゃんに至っては視線を集めすぎると気絶してしまうほど恥ずかしがり屋だし、本当に地位に拘っていないんだと思う。可愛いからもったいないと思うけどね。
「でも、生徒会ってすごいと思うなあ。生徒のために頑張ってたりするの、かっこいいと思う!」
「ほ、本当か?エミリア!」
何故か嬉しそうにお兄様が食いついていたので頷いておく。私の幼馴染たちはお伊達に弱いのだ。私が褒めちぎっていると褒めるたびにお兄様は嬉しそうににやにやしだし、ロゼも柔らかく微笑んでいる。そんな様子を見ているうちに他の3人ももぞもぞとしだして、最後には
「「「………俺(僕、私)もやる(やります)…」」」
ふっ、単純。
こうして3人の生徒会入り、程なくして4人の生徒会入りが決定した。私は当然生徒会入りなどありえないので生徒会室に拉致られる日以外は悠々と自分の時間を満喫できるようになった。友達つくるぞー!!




