45 両方親友なのでとりあえず落ち着いてください
私、エミリア=シルヴェスター。何故か学園抜け出してミシェルと街に隠れています。
「…よし、いったみたいだな…」
「あのー、ミシェル?」
「……なんだ」
「なんで、抜け出しているんですか?…しかも今シオンの最中なんだけど」
「…悪いか」
「悪いわ!!!」
こうなった原因としては、数時間前、アリスちゃんから私のケーターフォンに「クッキーつくったからシオンにたべて欲しいの」というメッセージが来たことから始まる。同じクラスであるミシェルが「アリスとやらの機嫌が悪い」と眉をひそめていたことからアリスちゃんがシオンに断られ続けて機嫌が悪いのだろうと判断したからそろそろ会うべきかと判断し、…あとは美味しいクッキーにつられて「ちょうど学校にいるから放課後に会おうか」と返事をしたのだ。
放課後アリスちゃんと会って2人で話していたところ、…何故かミシェルに腕をかっさらわれそのまま走って連れ出されてしまったのだ。…これって誘拐だと思っても問題ない気がする。
「なんで連れ出したの」
「…お前、気づいてないのか?」
私がせっかくアリスちゃんと喋っていたのにとグチグチ文句を言っていると、ミシェルが呆れたような目で私を見た。…こっちのセリフなんですけど。あれかな、ミシェルは嫉妬してるのかな?ぽん、と肩に手を置いて優しい視線を返してあげた。
「アリスちゃんは取らないからさ」
「はあ?」
何言ってんのお前、みたいな顔をされる。そういえばミシェル漫画でも自分の想いの自覚めっちゃ遅い残念お子様王子だったもんね。
「私は分かってるから大丈夫だよ…」
「絶対わかってない」
「いたっ」
私がせっかく優しく見守ってあげたというのにこつんと殴られた。誘拐からの暴力だなんてヒーローのやることか!と非難を込めて舌を出してみせると何故か固まるミシェル。なんだその顔。かっこいいと思ったら大間違いなんだからな。いやかっこいいけど。
「制服着替えられないしお兄様が心配するだろうから帰ろ」
幸いなことに今は放課後だからサボったわけではないからセーフではあるけど正直目立つ。白ブレザーはお貴族様の象徴だ。第一ミシェル王子だし。それに入学後の実力テストだって近いんだから遊んでる時間なんかない。
しかし、私がそう提案したというのに聞くどころか興味津々にまわりをきょろきょろと見回している。落ち着きのないやつだ。
「おい」
「なに」
「あれなんだ?」
たい焼きのお店を指さすミシェル。漫画補正のせいか前世で食べていたものが大抵手に入るのはいいけど場違い感のするお店のひとつだ。ちなみにとても美味しい。
「たい焼きだよ」
「そうか。………。………………。」
「欲しいなら素直にいえばいいと思う」
「なっ、別に食べたいわけじゃない!」
そういいつつも熱視線を送り続けるミシェルに若干笑いがこみ上げてきた。ツンデレめ。面白いので気付かないふりをすることにした。言葉に出さずに買ってもらえると思うなよっ。
「じゃあ買わないね」
「!…いや、何事も社会経験だ。食べてみよう。…な?」
「はいはい食べたいんだよねぇ。たい焼き2個くーださいっ」
「おや?シオンくんかい?いらっしゃい!まさかこんなにすぐ来てくれるなんてねぇ」
「あはは、僕も来れないと思ってたんだけど」
知り合いのたい焼き屋のおばちゃんと世間話をしながらそわそわとしているミシェルに目を向けた。『お前なんで知り合いなんだよ』と目が訴えている。おばちゃんに「あんた、シオンくんの友達かい?」とフレンドリーに話しかけられるのにたじたじと応えていた。本来王子だからこんな扱い慣れてないんだろうなあ。
「あいよ、たい焼き2個ね、お待たせ。こっちがノーマルでこっちはさつまいもね!」
「ありがとう!…ほら、食べなよ」
ノーマルのたい焼きをミシェルに渡すと2人で近くに座った。2人でしばらくお互いのたい焼きを無言で食べる。うーん、さつまいものたい焼き美味しいなあ。ノーマルも好きだけど私はこっちが好き。素朴な甘さがたまらん…っ
そんなことを思っているとなぜかミシェルが私の手元を凝視している。なに、君は自分のたい焼きを食べなよ。
「…それ、さつまいもっていったよな」
「なに」
「……美味そうだな、別の味もあったのいえよ」
「聞かれてないもん」
「1口くれ」
「やだ」
「俺のやるから」
なんでよ。反抗したものの結局言いくるめられて1口食べられてしまったのでミシェルのたい焼きを思い切り食べてやった。「お前1口以上食べただろ」と恨みがましく見てきたが気にしない。さつまいもをとったのが悪い。
食べ終わるとまだ他の場所に興味津々なのか帰るつもりがなさそうなミシェルに嘆息する。はぁ、私は前世の知識があるから多少はできるけど実力テストどうなっても知らないぞ。
とりあえず白ブレザーを着ているせいで視線が気になるので私御用達の平民用の仕立て屋に入った。
「あら!シオンくんいらっしゃい、どうしたの?」
「僕とこの子の普通の服いただけますか?」
「まあ、シオンくんと負けず劣らず綺麗な子ねえ。お名前は?」
「ミシ「ミシューです」
何やってんだ阿呆!!名前大真面目に言ったら王族なのバレるだろ!幸いなことに第2王子はあまり平民の前に出る機会もないから顔を知られてないけど、王族だとバレたら大変な騒ぎになるのは目に見えている。本当は私ですら貴族なのを隠していたくらいだ。
やや不満そうなミシェルの視線を無視してささっと出来合いのもので悪いけど、と調達してくれた服を受け取りミシェルに着替えさせた。持ち前のオーラと美貌のせいでとても平民には見えないけどこれならまだ目立たないはずだ。
「…お前、よく知ってるな」
「ミシューこそ来たことないの?」
「ああ。昔は城を抜け出そうかと思ったこともあったが、余暇さえあればエミリアの家に行っていたしな」
「うわ」
どうりでアリスちゃんの好感度が高くないと思ったらまずアリスちゃんと会う機会もなかったようだ。なんで私の家に来てるの。アリスちゃんと会いなよ。
引いたような反応をすると、何故かいつもと違って少ししおらしく「…迷惑だったか?」などと聞いてきた。即答ではいと答えたいところだが、残念なことにミシェルのことは別に嫌いじゃないしいい友達だと思っているから、遊びに来てくれることも嬉しい。…なにより、聞いてきた態度が可愛くてきゅんとした。
「…ううん、遊びに来てくれるの嬉しかったよ」
「そうか」
心做しか嬉しそうに顔を逸らすミシェルはなんとなくいじらしくて可愛く感じる。そしてきょろきょろとミシェルの興味の赴くままにあちこちの店に回った。いちいち反応が面白かったため悪くない街巡りだった気がする。いろんな人と会えたし。
「ここね、お気に入りの場所なんだ」
最後にせっかくだし連れてきてやろうと野原に訪れた。まさかこんなにすぐに来ることになるとは思っていなかったけど、ミシェルも赤く染まった空をぼんやりと眺めているようなので私も同じように座って風景を眺めた。やっぱりここ、居心地がいいなあ。
「ここ、いいな」
「でしょ?私も友達に教えてもらったんだけど、すっかりお気に入りなんだ。ミシェルにも見てもらえてよかった」
「……別に、俺は…まあ、友達だから?…お前のお気に入りを知るのも悪くは無いな」
笑いかけるとぷいっと顔を逸らしぶつぶつと呟いている。正直何を言っているかわからなかった。また暫く涼しい風に当たりながら無言になる。
「…なんだあれ」
「げっ」
シオンの像!存在忘れてた!「お前に似てるような…」と訝しむミシェルにごまかせないことを悟り素直に「何故か街の人の有志で立てられた」と実に微妙な表情で語ったところ、最初驚いたように目を見開いたあと暫くして大爆笑された。
そうこう話しているうちに身体も冷えてきて、どっちからともなくそろそろ帰ろうかと立ち上がった。
「楽しかったね」
「…ああ、悪くなか」
「………シオン?」
2人で顔を見合わせて笑った時、もう1人の驚いたような声がかかった。…もう暫く会えないと思って別れたはずの、コリンだった。
「コリン!こんなにすぐ会えるとは思ってなかったよ!」
それでも会えて嬉しい!と抱きつくとわたわたと頬を染めるコリン。うーん、今日も素朴に可愛いなあ。
「シオン、そいつ、誰だ?」
ミシェルが声を固くして尋ねてきた。そいつって失礼だなあ。抱きついていたコリンもその声の主に気づいたのか何故か身を固くしている。
「あー、紹介するね。彼はコリンだよ。僕の」
「シオンの大親友です」
「うん?」
いやまあ事実なんだけど。言い切ったコリンの声があまりに真剣だったためになんか違和感があった。
すると聞いていたミシェルは何故かさらに機嫌悪そうに目を細める。それに呼応するようにコリンも口を強く噤んだ。…なんで険悪モードになってるの。
「…俺も、…俺もシオンの大大親友だ」
負けじと言い張るミシェル。大大を強調している。子供か。
2人はしばらく「それなら俺は大大大大親友です!」「じゃあ俺は大大大大大大親友だ!」などと小学生並みのレベル低い争いをしはじめた。最初は険悪だった思ったけど本当のところ仲良しなようだ。息がぴったり。
「俺はシオンが団子を食べる時に人に見られないように串についた餡までしっかり舐めてることだって知ってる!気づかれていないと思ってるらしいから見ないふりしているけど!」
「ちょ、コリン」
「俺だって!地味に身長が伸びないのを気にしていて時々ドアのふちにぶら下がっていることも知ってるんだからな!時々滑って落ちるんだけど無駄に綺麗に着地しているが!」
「どこで見てたのねえ」
「俺はな、シオンがご機嫌になると子供っぽい童歌を身振り手振りで歌っていることだって知ってるんだ!凄く楽しそうだから歌っている時は声をかけないで見守っているし!」
「ねえ聞いてコリンあの」
…仲良きことは美しきかななんだけど正直これはやばいぞ?どんどん私の奇行が明かされていく。やめて恥ずかしいからそんな大きな声で暴露しないで、私を殺す気か。
「俺だって!」
「ねえミシューってば」
「俺なんか!シオンのすごく重大な秘密すら知っているんだからな!」
「「!!」」
そこで自分の失言に気づいたのだろう。はっとして自分の口を塞ぐミシェル。…勘弁してくれよ。性別バラす予定は皆無なんだから。
「…………ごめ、シオン」
「………えー僕のスリーサイズは別に隠してないんだけどなあ?」
「えっと」
「重大な秘密なんて大げさだよ。ね?ミシュー?」
「……ああ」
そこでようやくヒートダウンしたのかミシェルも大人しく頷いた。…まったくもう。本当にどうしようもないやつ。
「…ねえ、俺が1番の親友、だよな?シオン…」
縋るようなコリンの視線。…う、コリンは確かにシオンとしては一番だ。…けど、エミリアとしてなら、 …。
ミシェルに目を向けた。ミシェルはどこか不安そうに瞳が揺れる。なんだかんだいってミシェル、私の事好きだろうお前。
…エミリアとしてなら、悪友ポジションに近いけど一緒に悪ふざけしたり言い合う関係が心地いいと思っているのも事実。しかしそれをコリンに言うことは出来ない。
暫く考えた末、苦笑いをして答えた。
「僕にはどっちが1番なんて選べないよ。二人ともかけがえのない大事な親友だ」
「…そっか」
少しの沈黙のあといつかは1番になってみせるから待ってろよ?と吹っ切れたような笑顔のコリンと安心したように柔らかく目を細めるミシェル。…うん、きっとこれが一番だ。
「…シオン、帰るぞ。…俺たちの寮に」
「あーうん。帰ろっか」
「!!…いつかは俺だって、」
また2人がまた言い合いを始めそうになったので仲裁をしつつ寮へと向かった。なんだかんだで楽しかったなあ。また遊びに来れたらいいな。まあ強行突破なんてミシェルがいないとできない気がするけど。
ご機嫌で帰宅後、全くやっていない試験勉強と何周か回って笑顔で迎え入れてきたお兄様によるお説教フルコースが待っていることに、私はまだ気づいていない。
「……そういえばさっきのたい焼き、間接キ……」
「ミシェル。二人きりで抜け出してデートとは何を考えているのですか?」
「でっ、ででででででーと!!ちがっ、ただ、そう!仕方ないからエミリアに付き合ってやっただけだ!」
「そうですよね。ただの友達同士ですから出かけただけですよね。」
「ああ。……友達、だ」
「ミシェルとエミリアがいい友達なのはわかりますが、僕を仲間はずれは寂しいです」
「…ああ、悪い、アレン。…友達、が違和感あるのは…」
「ああ、親友だからか」
※お子様ミシェルは未だに自分の恋心に気づきません




