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43 何か色々と違う気がします

漫画での出会いシーンとなる裏庭へいくと、思った通りアリスちゃんがきょろきょろとあたりを見回していた。思ったよりも表情は落ち着いている。さすがアリスちゃん、しっかり者だ。それにしても新品の真っ白なブレザー風の制服は真っ白な髪のアリスちゃんにとてもとても似合っている。色が薄くて繊細な感じ、まるで天使だ。むしろ天使以外の何物でもない。とりあえず可愛い。ひたすら可愛い。

このまま影から崇め奉りたいところなんだけど、アリスちゃんを迷わせておくのも申し訳ない気がして声をかけた。

実質、アリスちゃんとエミリアの初対面だ。押さないはたかない障害にならない罵らない。紳士になるのだエミリア=シルヴェスター!


「……あら、どうしましたか?」

「え?」


アリスちゃんが振り向いた。大きな瞳を見開き、私の姿を捉える。暫く止まったあと、アリスちゃんは何故かにやりと表現するような笑みを浮かべる。…あれ、ゲス顔と呼ばれるものでは?アリスちゃんはそんなキャラでは…


「貴方が邪魔してくる女…ねえ…ふぅん…」

「え、えと、どうなさいました?」


なんか不穏な雰囲気でぼそぼそと呟いている気がした。警戒されているのだろうか。中身はよく聞こえなかったけど、少しもやっとした。


「いえ…。シオンを探しているの、です」

「そう、ミシェルを…え、シオン?」


ミシェルの元に連れていけば敵じゃないって分かってもらえるかなあと思いながら応えようとして固まった。…はい?シオン?


「シオンよ。…知ってる…よね?」

「……えっとー…」


おっかしいなあ。ここはミシェルの流れじゃないんですか?正面には戸惑う私を挑むように睨みつけるアリスちゃん。


「平民だから紹介できないってこと?」

「そうじゃないんですけど!えっとー、紹介は難しいかなあっていうか〜。あっ、ミシェルとかなら紹介出来るんだけどなあっていうか〜。」

「ミシェル?誰よそれ」

「えっ」


だって本人だもの。紹介出来るわけないじゃないか。慌てて身代わりにミシェルの名前を出したもののそもそも知らないらしい。なんで?あれ?色々とパニックになった私が黙ったのをなんだと思ったのか、アリスちゃんはくるりと踵を返した。


「別に紹介する気がないならいいわよ。なんとしてでも会ってみせるから、貴方になんか負けないんだからっ」


えええええええ…。ぴしっと振り返って指差し、そのまま去っていくアリスちゃんを呆気に取られながら見送ると一人ため息をついた。アリスちゃん、一途に想う相手、間違っていませんか?



かといって放っておくわけにも行かない。だってあの様子だとシオンに会うまで諦めなさそうだし。慌てて空き教室までいって持っていたカバンを開いた。奥底に入れてあったそれを引き摺り出す。無論、男子制服だ。昨日の夜デイヴが「調査書によると多分アリス様は…いえ、とりあえず男子制服は持ち歩いていた方がよろしいでしょう」と奥底に入れるよう忠言してくれたんだ。聞いた時は「調査書ってなんだ」とか突っ込みたくなったし必要な機会はそうそう訪れないだろうと踏んでいたのだけど、早速必要になってしまった。ぐっじょぶデイヴ。今度またセシルと二人きりの時間を作ってあげるからね。

ありがたいことにブレザーやセーター、ワイシャツは男女共用で着替えるのはリボンをネクタイに変えてズボンに履き替えるだけだ。するすると着替え、お兄様にもらった髪留めで髪をくくる。

よし、これでいいだろう。サラシは巻いてないけど全く違和感がない。…少し悲しくなった。

でも漫画ではそれなりに豊満だった気がするんだけど…、と頭の中に残っているエミリア像と鏡に映る私を見比べる。見事なくらいのぺたーん。…まさか、あの胸…偽乳か…。衝撃の事実を知ってしまった。少し悪役令嬢エミリアに親近感が湧いた。



「さて…アリスちゃんは…」


何故かすごく周りの人の視線を感じつつもとりあえず校舎内を回る。なんか女子からの視線が凄いなあ。男装がバレたか…やっぱさらし巻かないとバレちゃう?なんて期待と焦り半々な気分で歩いていると、何やら3人のご令嬢に声をかけられた。


「あ、あのっ」

「…?どうしたの、お嬢さん?」

「よ、よければケーターフォンのコードを教えてくださいっ」

「えっと」


3人はもじもじとしたあと真っ赤になって私にケーターフォンを聞いてきた。ケーターフォントは日本で言うスマートフォンだ。漫画ならではのご都合設定だけど連絡とるように私もこの前持たされた。電話や簡単なメッセージが送れるとかなんとか。残念ながらTwi○terやなろう、ソシャゲ機能はありませんでした。


「うーん、ごめんね。僕も交換したいところなんだけど、あまり学校に来れるわけでもなくて。僕のこともあまり人に言わないでほしいな。…ね?」


あまり目立ってはいけないんだ内緒にしてね、と口元に人差し指を当てて笑いかけるとご令嬢方からぽんっと音がして惚けてしまった。真っ赤になって反応がない。

本来なら保健室に連れていきたいところなのだけど、生憎今はアリスちゃんと会わなくてはいけない。遠目に見ていた令息数人を引き止めて「この令嬢方を保健室へエスコートしてあげて欲しいんだ。…だめ、かな?」と上目遣いにお願いしたところ真っ赤になりながら引き受けてくれた。

さすがアレンのあざとかわ交渉術。さんざん絆されている私だけど役に立つ技能を教えてくれたアレンに感謝しないでもない。


「しっ、シオン!」


ふぅ、どこに行くかなあと考えていると、アリスちゃんが私の元に駆け寄ってきた。さっきとは打って変わって明るく愛らしく、私を慕ってくれているのがよくわかる。多分警戒心が強いタイプなんだなあ。敵意を剥き出しにされるのはやっぱり悲しいから、今の子犬のようなアリスちゃんに頬が緩む。


「みてっ、シオンとお揃いの制服よ!似合う?」

「うん、すっごく似合う。一瞬天使が舞い降りたのかと思ってしまったよ」

「シオンってば…」


嬉しそうに頬を赤らめるアリスちゃん。うーんすごく可愛い。撫でてあげるとくすぐったそうに笑った。いっそこのままシオンとしてゴールインしてしまおうかと一瞬揺らいでしまったが流石に無理だ。きっとこれからミシェルに惚れてしまうんだろうし。漫画の強制力は強いって、エミリア知ってるの。


「これから毎日シオンと一緒ねっ!嬉しいわ!」

「あー…ごめんね。実は僕、事情があって時々しか学園に来られないんだ」

「え、どうしてよ?」


期待したような視線を送っていたアリスちゃんに罪悪感を感じつつも苦笑いで断りの文句を入れる。いくらなんでも毎日アリスちゃんとシオンの姿で会うのはリスクが高すぎる。頭をフル回転して言い訳を考えた。


「実は父親の補佐を既にやっていて忙しいんだ。あまり目立つと父親に叱られてしまうから僕のこともあまり知られたくないんだよ。僕と2人だけの内緒にしてくれる?」

「…2人だけ…ええ、わかったわ!シオンのことは誰にも話さない!」

「ありがとう」


思った以上に物分りが良くて助かった。内心安堵で力が抜けるも着替えるまでは気が抜けない。アリスちゃんと暫く話して「用事があるから」と別れたあと、荷物を置いた空き教室に移動する。


「ふぅ…つっかれた…」


周りに気を配りながら空き教室に入り息を吐く。あとは着替えてお兄様と合流して帰ろう。多分お父様お母様にディナーに引っ張られそうだけど緊張して疲れたのでといえば許してもらえるかなあ。

そんなことを考えながら顔を上げると、そこでようやく机に一人の男が座っているのに気づいた。


「へえ?面白いことになってるんだねぇ、悪役令嬢、エミリア=シルヴェスター?」


蜂蜜色のやわらかそうな長めの髪。水色のたれ目の瞳の下には色気の溢れる涙ボクロ。挑戦的な表情を浮かべたその男の人は、面白そうに口の端を吊り上げた。


「あなたは…」

「おっと失礼。ボクはメレディス=スタンスフィールドだよ。気軽にメルって呼んでほしいな?」

「メレディス…」

「まあ、既にボクの名前、知ってるでしょ?エミリアちゃん」


「同じ前世の記憶持ちならね?」


メレディスの言葉に息を呑む。

メレディスはそんな私の反応に楽しそうににへらと笑った。

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