41 男性パートなら踊れるのですけど
学園に行く前のもうひとつの試練。それは15歳の誕生日に行われるお披露目を兼ねた舞踏会である。私の屋敷に大勢の人を招待して挨拶をして回るのだ。お茶会と違ってダンスもある。しかしながら正直なところ、まったくもって自信が無い。
「おいっちにーおいっちにー」
「なんですかその掛け声…って痛っ」
追い込みのダンスの練習中。気合を入れて掛け声を入れてダンスの練習をしていたところ、呆れた視線を向けてきた練習相手であるデイヴの足を勢いよく踏んだ。若干涙目だ。すみません。
「男性パートしかできなくて」
「なんで令嬢がむしろ男性パートだけ修得しているんですか」
「さあ…?」
なんでそんなに力んでるんですか私のこと嫌いなんですかと恨みがましく訴えるデイヴの視線を気にしないようにダンスの練習を継続した。…ごめんて。つい足が勝手に勢いよく踏んだだけなんだよ。いやほんと、わざとじゃないんだってば。ね?
「涙目なデイヴも可愛いね」
「私にはその手は効きませんから」
「ちっ」
褒めて有耶無耶にしようとした計画もあっけなく頓挫したので、大人しく練習に精を出した。おいっちにーおいっちにー。
「いたっ…エミリア様??」
「はい、ごめんなさい」
デイヴとひたすらダンスを踊り続けて数日、ようやく力んで相手の足を踏まなくなった頃(踏まないとはいってない)、私の誕生日は訪れた。
「わあ……素敵ですわ、エミリア様!」
「えへ…ありがとう、コゼット」
「似合うわね。自分でデザインしたんでしょう?センスもいいわ」
「お母様にそう言っていただけるなんて光栄です」
「流石私の娘!!フリルいっぱいの女の子らしいデザインじゃなくて残念だが、自慢の娘だエミリア!!」
「お父様、お腹のボタンが外れそうです痩せたらいかがでしょう」
自分でデザインしたドレスに身を包み、念入りに身体を磨きあげられ髪のセットやメイクまで施された私の姿は我ながら別人のように美少女然としていて、口々に受ける賞賛もいつも以上に嬉しく感じた。メイクって化けるなあ。まるで美少女みたい。いや、仮にも悪役令嬢だし確かにある程度美少女なんだけどさ。なんというか実感?がわくよね。へへ。
「………」
エスコートしに来たらしいミシェルが何故か固まっている。おい、口をぽかんと開けるな。王子があほ面なんて不細…いや変わらずイケメンだけどさ。悔しい。私だってイケメンに生まれたかったんだからな。暫く固まっていたミシェルだが、ようやく気がついたのか、ぶっきらぼうに私に手を差し出した。
「…悪くないんじゃねーの。…いくぞ」
私の婚約者(仮)の無愛想は年々加速しているようだ。でも目を合わせようともしないけど耳元が赤いから少し面白い。何より。
「ミシェル。会場逆方向だよ」
「なっ、し、知ってるし!?」
しょっちゅう阿呆…いや馬鹿…えっと抜けた行動するのがすごく面白いのだ。はぁ、からかいがいがあるなあ。漫画完結である1年後に婚約破棄言い渡されるのが残念なくらい。…残念?あれ?
多分愛しのアリスちゃんがミシェルと結婚するが悔しいからに違いないと疑問を打ち消し、ぽんこつミシェルの手を引いて会場へ導いた。
「いや、俺がエスコートするんだけど」
「なに?」
「…なんでもない」
主役である私がお父様から紹介され、舞踏会が始まった。最初はいろんな人が私達の元挨拶に現れたんだけど、暫くしていると疲れたのかミシェルがものすごい不機嫌オーラを出し始めたためみんな気を効かせて身を引いていった。そんなんで大丈夫なのか、王子。
「…踊るか」
「ほへ?踊る?」
「当たり前だろ、舞踏会は踊るものだ」
「いや、そうなんだけど」
ごめん、足踏むかもと言うとアレンはぴしりと再び固まった。何やら「忘れてた。デイヴから物凄い勢いで足踏む可能性があるから気をつけてと言われてたんだった。…仕方ない」などぶつぶつとよくわからないことを1人で呟いていたが、暫くして私に手を差し出して、
「…仕方ないから、俺が女パート踊ってやるよ。…仕方ないからな」
と柔らかく微笑まれた。…うぇ、ミシェル紳士かよ…いや、踊ってるのは淑女のパートなんですけど。
ミシェルの笑顔に若干顔が熱くなる。ミシェルは女パートの踊りも完璧でリードもスムーズに通り踊りやすい。ぽんこつミシェルのくせに、と照れ隠しがわりに呟くとふんっと鼻で笑われた。生意気。足踏んでやろうか。
「そういえば、どうしてミシェル女パート踊れるの?」
「昔お前、男パートしか踊れないって言ってただろ。そのせいで踊る相手が一人もいないのが可哀想で仕方ないから覚えてやった。余り物になったら哀れだからな!!」
早口でまくし立てるミシェル。正直いつのことか覚えていないけれど、可哀想な私のために仕方なく覚えてくれたらしい。いいところあるじゃないか。
「ありがとう、ミシェル」
私がそう言って微笑むと、ミシェルは何故か急に焦ったように踊りが乱れて足を踏まれた。痛くはないけどとりあえず勢いよく曲の終わりに踏み返してやった。えいっ。
「い"っ…おま…戦闘兵器か何かだろ…」
「気のせいだよ、ごきげんよう」
曲が終わったので物言いたげなミシェルからそそくさと離れると、待ち伏せしていたのかアレンが笑顔で跪いた。
「1曲踊ってくれますか、お姫様?」
まあアレンが申し込んでくるのもなんとなく予想がついたため引き受けるとダンスを踊り始めた。あっそういえばアレンに踏むかもしれないけど大丈夫?って聞くの忘れてた。
「踏むかもしれないけど平気?」
踊り出してからそう断るとアレンはきらきらとした愛らしい笑顔で「踏ませませんから大丈夫ですよ」と肯定された。踏ませませんからってなんだって思ったら、本当にひらひらと避け出すのだ。リードも完璧すぎるほどに完璧。私が間違いそうになる度にスマートに私を引っ張った。
「…今日のエミリアは、いつも以上に輝いて見えます」
「アレン?」
「どうして僕の婚約者じゃないんだろう…エスコートだって僕がしたかったのに」
「おーい」
しかしぶつぶつとよくわからないことを言っていて私の様子が聞こえていない様子。仕方ないから踏んで意識を取り戻させることにした。えいっ。ひょいっ。避けられる。もう一度。えいっ。…ひょい。…………。暫く踏もうと夢中になってアレンの足を追うものの全く捕まえられない。…おかしい。
「エミリア」
声をかけられてようやく顔を上げると黒化したアレンの満面の笑顔。…ひっ。
「どうしてエミリアは、わざと僕の足を踏もうとしているのですか?」
「え、えぇっと…」
「僕のこと、嫌い、なんですか…?」
瞬間黒かった笑顔が悲しそうに歪んだ。罪悪感を煽るような愛らしい表情に思わずときめく。えっと、ごめん。ごめんて。
曲も終わりに近くなったというのにアレンの悲しげな表情で申し訳なさがたまらなくなってきた。
「なんて、冗談ですよ、エミリア。楽しかったです」
曲の終わりに、アレンは私の耳元で意味深に囁いた。少しくすぐったい。そのまま耳に何かが触れる。驚いて離れたアレンの顔を見ると、にっこりと天使のような笑みを浮かべていた。…顔熱い。
アレンと別れると、にっこりと笑ったお兄様が待ち構えていた。どうやら今日のためにわざわざ帰ってきたらしい。律儀なお兄様だ。何故かハンカチで念入りに耳を拭き取られた。くすぐったい。
「エミリア。今日のドレスも可愛いね。妖精さんみたいだ」
「口が上手ですね、お兄様」
「僕とも1曲踊ってくれますか?」
「勿論です。あっでも足踏むかも、平気ですか?」
「エミリアが踏んでくれるなら、喜んで」
何故か少しゾクッとしたのは気のせいではないだろう。…マゾなの?お兄様。とりあえず絶対にお兄様の足は踏まないようにしようと心に決めた。全身全霊で足を避けて踊ろう。気合を入れた私をお兄様は余裕そうな表情でクスクスと笑っていた。
「やっとエミリアも学園に来るんだね」
「そうですね、大人の仲間入りです」
「入学したら、僕が案内してあげる。どんなところでも連れて行ってあげるよ?」
「ええと、結構です」
漫画で大体構図知っているので。と言外で断るとお兄様がショックを受けたように表情筋を固めた。…アレンとは別種の罪悪感を感じる。
「…やっぱりお願いします、お兄様」
「そっか。穴場もいっぱい教えてあげるね、楽しみにしてて」
耐えきれずお兄様に案内を頼むと途端に嬉しそうに微笑んだ。周りの令嬢が息を飲んだ気配を感じる。…やっぱりお兄様はイケメンなのだ。最近の手紙からは残念臭が漂っている気がするけど。お兄様には是非ともいい結婚相手を見つけてほしい。
結局1度も踏まずにダンスを終えた。なんかお兄様は少し残念そうな雰囲気を醸し出していたので「外の空気が吸いたいので」と逃げることにした。
逃げるように外のバルコニーに抜け出すと、綺麗な男の人が物憂げに外を眺め佇んでいた。息を飲む。
一瞬止まったあと、それがロゼだと気づいた。どうやら友人である私のためにわざわざ学園から戻ってきてくれたらしい。久しぶりに会うロゼの姿は今まで以上に美しく格好よく見えた。
「ロゼ」
「?…ああ、エミリア」
「こんなところでどうしたの?」
「…少しばかり、人酔いをした」
「ああ、人が多いもんね」
苦笑して私もバルコニーにもたれて外を眺める。外の涼しい空気はダンスで少し熱くなった体に心地よかった。沈黙が降りるけど、不思議と悪くない。それから暫く2人でぼんやりと外を眺めていたが、ロゼが唐突に会話を切り出した。
「エミリアは、婚約者のミシェルが好きなのか」
「うーん?好きだよ。いい友達だと思ってる」
「いや、男としてのことだ」
「うぅん…それはないかな」
「…そうか」
らしくない恋バナらしき話題に私は眉を顰める。ロゼが恋の話題を振ってくるなど今までならほぼなかったことなのだ。さっきの物憂げな表情と言い何かが引っかかった。
「なにかあったの?」
しばらくの沈黙のあと、どこか遠くを見つめながらロゼは一言一言呟いた。私に語ると言うよりは、自分で回想をしているかのようだった。
「……親が、結婚相手候補を見せてきた」
「…ああ、もうすぐ学校も卒業だもんね」
「しかし。……私には、ずっと前から慕っている少女がいる」
「…、」
なんとっ!?そういえば漫画ではロゼに婚約者いたもんなあ、とか思いながら話を聞いていた私は思いもよらぬ発言に息を飲み、隣にいるロゼを見た。ロゼは相変わらずの無表情で外を眺めていた。けれどその瞳はどこか悲しそうだった。
「じゃあ、その方に告白をしてみれば」
「いや、…思ってはいけない相手だからな。…できない」
「思ってはいけない?」
「諦めが悪いのはわかっている。けれど、…どうしてもその笑顔を自分に向けてほしい、と思ってしまう」
「…どんな禁断の相手かはわかりませんが。…いいんじゃないですか?そのまま思い続けても」
「…しかし、そうしたら相手に迷惑になってしまう。…例えば、エミリアだって婚約者がいるのに想われるのは迷惑に思うだろう?」
「ううん、全然?」
その言葉に初めてロゼは私の方を振り向いた。驚いたように目を見開いている。無表情なロゼにしては珍しい表情だった。
「迷惑じゃ、ないのか?」
「あくまで私の意見でしかないけど、気持ちって自由だと思うなあ。好かれること自体は嬉しいし、整理がつくまで好きでいてもいいと思う。諦めきれないなら略奪愛も…熱いね」
その言葉にさらにロゼは目を見開いた。変なこと言ってるかな?だってお兄様を取り合ってデイヴとアレンだってやりあっているんだよ?そんな展開激アツじゃない?しかもあれだよ、どうせ私の場合一年後に婚約破棄決まってるわけだし。まあ対私の例え話じゃ意味がないかもしれないけど。
「…そうか」
ロゼはしばらくの沈黙のあと、今までにないほどの極上の笑みを浮かべた。目を細めるような優しい微笑みはとっても綺麗で少し胸が高鳴る。
「…ありがとう、エミリア。…今更だが、私と踊ってくれないか?」
「丁度体も冷えてきたところだし、いいタイミングだね」
なにか吹っ切れたようなロゼの手を取りバルコニーで2人ダンスを踊った。意識をせずともロゼの足を踏むことはなかった。少し成長したのかもしれない。
その後もクレアちゃんと踊ったりほかの令嬢と話したりしてパーティの時間を過ごした。こうして学園へ向かう前最後の試練、誕生日の舞踏会の夜は更けていった。
なんかミシェルがいい感じだと思ってたら最後の最後にロゼに持っていかれた感。哀れ婚約者。




