33 甘く病んだ部屋でふたりきり 後編
「エミリア!!!」
クレアちゃんと固く抱きしめあっていると、聞き覚えのある焦燥感に溢れた声が聞こえた。振り返ると久々のほかの友人達。
かなり焦ってきたのか全員肩で息をしていて…ああいや、ロゼは目を見開いてすっかり固まっちゃってますね。
「エミリア…無事でよかった…」
「お兄様」
「おい…クレア。なんでエミリアを監禁した?なあ…」
「ミシェル、そんな怖い顔しないでください。お泊まり会してただけですよ」
「お泊まり会ぃ?」
実質監禁だったとしても、そんなひどいことされた訳でもないし、なんだかんだでお泊まり会って的を得ている気がするんだよね。確かに驚いたし出れないのは困ったけど…。
抱きしめるのをやめて申し訳なさそうに身を小さくして目を伏せているクレアちゃんはやっぱり可愛い。事情も既に聞いてるし、それならいっかって気分になっていたのだ。
…やっぱり甘い?まあいいじゃないの。かわいいは正義だよ、正義。
「…エミリア。お泊まり会じゃ済まないんですよ。…とりあえずこちらに来てください。クレア嬢の元では危険です」
「うぅん…」
曖昧に返答しながら恐る恐るそちらに向かう。…うーん怒られそうでちょっと怖いなあ。なかったことになるのが一番だと思うんだけど。だめ?
「それで、エミリア。なぜお泊まり会だというのですか?」
「だってようは寂しいから大好きなわたしと一緒にいたかったってだけらしいんですもの。わたしもとても楽しかったです」
そういって返答するとみんなが眉を潜めた。うーんでも、監禁というと、やっぱりどうしてもクレアちゃんは罪に問われちゃうし、そうするともう二度と引き合わせて貰えなくなる気がする。それだけは嫌だなあ。大事な友達なわけだし…。
私が困ったように唸るとお兄様が目線を合わせて優しい声で訪ねてくる。
「エミリア。…クレア様と、何かあったの?」
その柔らかい声に私は先程までのことを思い返した。
「やっぱりエミリアも、私を置いていってしまうのですか?」
私はその声に、その視線に思わず一瞬固まった。クレアちゃんの縋るような悲しそうな視線を無視なんて出来るはずもない。
「クレア。…なんで私を監禁したのですか?」
「え、それは…」
「それは…?」
「い、一緒にいたかったから…。とられたく、なかったから…」
「誰に?」
「王子様とか、…お兄さまとか…」
正直よくわからなかった。なんで取られるって思ったんだろうか。私はいつでも可愛い女の子の味方なのに。そもそも取られるって友達はみんな平等に友達なんだけどなあ…。そう思って微妙な反応をした私を黒く濡れた瞳でじっとのぞき込みながら、小さくたどたどしく話し始めた。クレアちゃんの昔話を。
「私、前に大事なお友達がいて。大好きで大好きで…」
彼女がたどたどしく語った昔話は、小さなクレアちゃんにとってどれだけ辛かったのだろうかと想像してもし切れない程だった。…彼女はずっと孤独だったんだ。大事だった相手が自分の元からいなくなるって王道の設定だけどなかなかしんどいよねえ。…クレアちゃんがヤンデレと化すのも頷ける話だった。
「エミリアも、いっちゃうの?…ううん、私とずっと一緒なんて嘘だって、知ってるの」
「この件は確かに怒ってるし少し怖かったけど…。でも、…例え何があっても、私はクレアから離れないわ。ずっと友達よ」
クレアちゃんの悲痛な表情を見ながらそっと抱きしめて頭を撫でた。クレアちゃんは小さく嗚咽を漏らしながら弱々しい声で「ほんと?」「ほんとにほんと?」と尋ねてくる。可愛いなあと思いながら肯定を重ねると、嬉しそうに笑う気配がした。
そのあともずっと抱きしめて撫で続けていたら、ほかの友人達が飛び込んできたのである。
「…クレアちゃんと、一緒にいたいのです。お兄様。罰は、なるべく小さく…」
「う〜ん。わかった。その代わり、エミリアもこってりお説教、覚悟しててよね?」
お兄様にクレアちゃんの減刑を訴えると代わりに私が怒られるのを覚悟するように、との言葉が降りてきたがこの際それは仕方ないと思った。…でもお兄様、笑顔が怖いです。
ミシェルやアレンも口々に「馬鹿」だの「単純ですね」だの暴言を吐いてきたがクレアちゃんの分なら仕方ない。甘んじて受け入れよう。
「…エミリ…」
クレアちゃんが驚いたように目を見開いているので、「ずっと一緒って言ったでしょ?」というようにアイコンタクトをとってウインクを返そうとしたらお兄様に封じられた。ちょっと。
「俺、いつかエミリアが愛らしい詐欺師に壺でも買わされるんじゃねぇかって不安で仕方ねぇよ…」
「正直なところエミリアが一番女性に優しすぎるところありますから、このまま一人にしておくのは心配ですよね」
「…まさか妹をあそこまで甘やかすとは思っていなかった」
「僕の妹は全く手がかかりますね」
気づけばクレアちゃんへの刺々しい雰囲気は緩和してどちらかというと私に呆れたような視線を送ってくる友人達。む、なんでだ。解せぬ。
結局クレアちゃんにほとんど罪は問われなかった。ただし無断で泊まりをしたということで久々にお母様とお父様に本気で怒られた。お父様など心配過ぎて目を潤ませて。少し痩せたんじゃない?私が定期的に行方くらませればお父様のダイエットに…はい、反省します。すみません。
お兄様はと言うと今まで以上に私とずっといるようになった気がする。あと友人から懇々と女の恐ろしさを語られるようになった。女に女の恐ろしさを語られましても。
「クレアちゃん、そういえば新しい本読んだ?」
「うん!あとでエミリにも貸しますね」
「嬉しい…」
そして、監視をつけられて少し居心地悪そうなクレアちゃんも「もうこんなことはしない」と誓った上で、親友になった。
愛らしい笑顔を浮かべながら本について語るクレアちゃんを見ながら、今度またお泊まり会を行うのもいいかもしれないと思った。勿論今度は許しを得て、ね。




