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31 甘く病んだ部屋でふたりきり 前編

「疑問に思うんだけど、エミリアよりよっぽど悪質だと思うのよねー。__ってさ」


私の部屋でココアを飲みながらきょーちゃんが呟く。何をしているのかと思ったら私の部屋にあるバラハナを読み返していたらしい。…自分の家にもあるのになんでわざわざ。そう思ったけど気にしないことにして、私はコンビニで買ったばかりのおにぎりを口に放り込んだ。うーん、おいしいわ。


「ヤンデレ悪役令嬢ってもう鬱々しすぎるもんねえ。なんでサブ悪役令嬢にヤンデレを入れたんだろ」

「作者の趣味かな」


メタですねえ。思わず笑いが漏れる。まあ確かにハーレムものでヤンデレを出すとか、メインキャラでも大変なのにそれをモブに加えるのだからものすごいことだと思う。…正直この子の思い人さえ変えれば小物臭あふれる王道悪役令嬢エミリアなんかよりよっぽどえぐいことができそうだし。


「まあ私はアリスちゃんに危害を加えたわけじゃないからいいんだけどさ」

「うーん紫苑は徹頭徹尾変わんないねえ」


苦笑したきょーちゃんに何を今更という表情を返す。私の永遠の推しさえ傷つけなければそれでよし。もちろん悲しそうな顔をさせたことには憤慨するけどね。

ヤンデレ悪役令嬢の活躍するパートをぱらぱらとめくりながら、病んだ笑顔すらも愛らしい大和撫子のような少女に目を向けた。


「兄を監禁するって少女漫画とは思えない鬱さだよ、()()()=()()()()()()()








「はっ」


目が覚めるとそこは見慣れないどころか見たことすらない天井だった。…あれ?此処どこ…?身体を起こしてみるが、やっぱり見慣れないような部屋。若干おどろおどろしい雰囲気をまとった綺麗な家具に囲まれたその部屋は広さは少し狭い(貴族基準)けど、多分物の質からして誰かの家…が正しい気がする。

今まで何してたんだっけ、と思い返したところでずきんっ、と頭が痛んだ。ずきずきとした頭を抱えて唸ってみるけど、誰もいない部屋では何も返ってこない。お茶会に参加したところで頭が止まってしまっている。


「おはようございます、エミリア様」


ふと横から声がかかった。さっきまで全く気配がしなかったから正直少しゾクッとする。隣を見ると、満面の愛らしい笑みを浮かべたクレアちゃんの姿。…んんん、なんだろう、いつもの可愛い笑顔なはずなのになんか違和感が…。

あ、よく見たらクレアちゃん、私がデザインして贈った着物きてるじゃない。あーやっぱり似合うなあ。大和撫子って感じがよく出てる…。

って今はそれじゃない、まずはここはどこかを尋ねるのが先ね。現状把握すらできないんだもん。


「クレア様、あの…ここはどこなのですか…?」

「私のおうちです。お泊まり会をしていたのですよ」


囁くような鈴のような声はいつもと変わらないけど、何処かいつもよりご機嫌な様子だった。お泊まり会…?お茶会にいったあとそんな流れになったんだっけ。思い出そうとしてもずきんっと再び頭が痛むので確かめようがない。でもお茶会→お泊まり会の流れが正直なところイメージがつかない。うぅん、なんか納得いかないのよねえ。腑に落ちないというか。


「本当にお泊まり会?」

「はい、お泊まり会をしていたのですよ」

「クレア様のお宅に無理矢理上がりこんだりしてお邪魔したんじゃないかしら…」

「お泊まり会していたのですよ」


ダメみたいだ。笑顔でお泊まり会を強調される。暖簾に腕押し状態なのでそこを突っ込むのは諦めた。

私がどうするかと考えているとクレアちゃんはどこか恥ずかしげにもじもじと頬を赤らめる。何か言いたいことがあるようなのでじっと見ていると決意を固めたのか私の方に身を乗り出した。さらさらとした黒髪が私の頬をくすぐる。うーんいい香りだなあ。


「あのっ!エミリア、様っ!私のことも是非ともクレアと呼んでくださいっ」

「呼び捨て…ということですか?」

「はいっ!………だめ、です、か?」


不安そうに大きな瞳で私をじぃっと見つめるクレアちゃん。至近距離の彼女は思った以上に睫毛が長くてお姉さん興奮しちゃいそう…うふふ。

呼び捨てに関しては別にそこまで抵抗もないし…というか脳内ではすでにちゃん付けだし、そんな改まって心配そうにしなくてもいいのに。まあ、クレアちゃんらしいけどね。


「もちろん、それでよいのでしたら喜んで。…クレア」

「わっ…思った以上に素敵ですぅ…クレア…クレア…」


頬に手を当ててうっとりした様子のクレアちゃん。幻覚かなあ、目にハートが浮かんで見える。何度か自分で反復して満足したあと、今度は自分も呼び捨てでいいかと尋ねてきた。

もちろん、大歓迎だよ、クレアちゃん。なんならエミリって愛称で呼んじゃってよ。美少女なら大歓迎だよ。


「わ、わぁ…!えみ、り…。エミリ…!」

「うん、クレア」


なんか昇天しそうな勢いで喜んでるなあ。そんなに喜んでくれるなら私も嬉しい。頬を赤らめて幸せそうにするクレアちゃん反則的に可愛いし。


…でも、そんな愛らしい彼女との「お泊まり会」は違和感しかない代物だった。


まず、部屋の外に出してもらえないしお兄ちゃんであるロゼにすら会えない。この部屋から全く出してくれないのだ。あのぉ、そろそろ出してもらえませんか?流石に同じ部屋だと飽きるし。せっかくクレアちゃんの家に来たのだからもっと色々…あ、だめですか。あそう。


そして帰らせてももらえない。

「お邪魔しすぎても悪いですし、そろそろ帰ろうかと思うんですけど…」

それはお泊まり会が始まって数日後。私が彼女にそう切り出すと一瞬空気が凍った。愛らしく微笑んでいたクレアちゃんの笑顔がアレンどころじゃない冷たさを帯びた、気がする。気がするというのも、それは一瞬ですぐに彼女は懇願するような眼差しを私に向けたものだから判断が追いつかなかったのだ。


「…私は、エミリと、ずっと、ずぅっと、…一緒にいたい、の」


はぅっ!か、可愛い…。可愛いものに弱い私にはその時点でああもう帰れないなって若干察していたけど、無駄に悪あがきをしてみる。私も一緒にいたいとは思うけどこのままじゃ帰らせてもらえるかわからないもの。


「…ん〜…じゃあ今度は私の家にきませんか?お兄様も喜ぶと思う、し…」

「…やです」


ん、ん〜〜〜っ!そっか嫌かああ。曖昧に笑うと何を思ったのかクレアちゃんもはにかむように笑った。可愛いけども!可愛いけども!…これってやっぱり、監禁ですね。


「このままずっと、ずーっと一緒にいましょう。安心してください、私、お世話もできますよ!一人でいる時はずっとお人形さんのお世話をしていたのです」


そういうと甘く微笑んで近くにおいてあった甘いマカロンを私の口元に「あーん」と運ぶクレアちゃん。うーんこんな状況でさえなければ美少女のあーんなんて幸せでしかないんだけどなあ…。

…脱出を決めるしかなさそうだな、彼女のあーんを受け入れながら思った。もうかれこれ数日たっている。最初は長いお泊まり会だなあですんでいたけど流石にそろそろアウトだ。お兄様がなにをいうか分からないし。お父様もお母様も心配性だから、絶対にこれ以上は受け入れちゃいけないと思うんだ。

彼女はわりとちょくちょく部屋の外に出ていく。最初の頃に念の為確認したけどやっぱり部屋の外から鍵がかかっていた。…お泊まり会のお客様への態度じゃないよね、これ。

それ以外の脱出口を探してみたけど、やっぱり窓ひとつない部屋では無理そうだし。ドアを開けるしかないな。


「ご飯をとってきますね」とクレアちゃんが消えていったドアを見る。私には残念ながらピッキングなどという大層な技術はない。となれば選択肢はひとつ、力技でこじ開ける(ドアをこわす)…!!

自慢の蹴りでがんがんとドアを叩く。最初は頑丈だったドアも段々ガタガタになってきた。よし、いける…!そう思って蹴りのフォームを構えたちょうどその時、開けようとしていたドアが開き、クレアちゃんがもの悲しそうな表情で佇んでいた。


「やっぱりエミリアも、私を置いていってしまうのですか?」


縋るような彼女の視線に、私は固まった。

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