28 僕の初恋 _コリン_
僕には初恋の相手がいる。
ずっと僕が小さい頃、突然現れてすぐに姿を消した名も知らぬ男の子。
透き通るように輝く金色の美しい髪、どこまでも見通すかのような柔らかい光をもつ青い瞳、凛とした姿。そして、
「ふふ、おとこのこってたいへんだけど、がんばってね」
と同時に僕に向けられたくしゃっとした優しい笑顔。一瞬で心を撃ち抜かれてしまった。涙を拭ってくれたハンカチはすごく高そうで、おしゃれな薔薇をあしらったSの印がついていた。ふんわりと薔薇のような香りがするそのハンカチは僕にとっての宝物になった。もう出会えないであろう彼の姿に、強い憧れと焦がれるような気持ちを感じる。もし今度会った時は誇れるように、強い自分になろうと思った。
そして3年後、僕はとうとう彼と再び出会った。
成長した彼はさらに紳士的に、さらに美しさを磨いていたので僕は最初、彼を本人だと気づかなかった。
もうすぐ妹が死ぬ、そう知らされた時、僕の世界は真っ暗になった。妹のソフィアの衰弱はどんどんと進んでいて、それは誰の目にも明らかで。僕はその日も路地で小さくなってずっと泣いていた。
「どうしたの?」
はっと顔を上げる。目の前に綺麗な男の子が座っていた。
僕がその子に思わず妹のことを話すと、男の子は少し考えたあと「僕に会わせてくれないかな」と微笑んだ。なんの根拠もないけれど、その美しい微笑みに妹に会わせてみることを決めた。
そのあと彼女は何か色々とお母さんたちに指示をして、特に名前も言わずに帰っていった。お母さんが半信半疑ながらも藁にもすがる思いで指示に従うと、数日後には妹は奇跡的な回復をみせた。
…まるで彼はヒーローのように、僕たちを助けてくれる。
名前も知らない彼のことが知りたくて、妹が回復したあと何度も探し回ったけど、彼はどこにもいない。
突然現れて僕を救ったあと、名前も言わずに去っていく。…あれ、僕の初恋の人もこんな風に出会ったんだ。…綺麗な金髪と青い瞳、凛とした雰囲気。…同じ人物なのではないか。ようやく思い至ったその結論は、驚くほどストンと胸に落ちた。ぎゅっと宝物のハンカチを握りしめる。
…もう一度、彼に会いたい。
それから数ヶ月、僕はとうとう彼と再会した。丁度誰かを助けていたらしい彼は、その人に崇められながら困ったように微笑んでいた。
「…あの」
「あれ、貴方は…」
「コリンです。数カ月前にソフィアを助けてもらった…」
「ああ、妹想いの優しいお兄さんだね。ソフィアちゃんは元気?」
「元気です。今日も楽しそうに外で遊んでいると思います。」
「それはよかった。…それで、どうしたの?」
「貴方の名前が、聞きたくて…」
「ああ、名前か…」
男の子は綺麗な瞳を迷うように揺らして、暫く動きを止めたあと、また柔らかく微笑んだ。その優しげな微笑みに胸が高鳴る。
「シオン、だよ。」
その言葉に確信した。Sのついたハンカチを落としたのは彼だと。昔のそれを伝えようとしたけれど、そこでシオンは他の人に呼び止められてそちらに意識が向いてしまった。仕方ない、また今度伝えよう。なぜかなんとなくまた絶対に会える気がした。
「そんな昔のこと、シオン様は覚えてないと思うけど」
それからしばらくたったあと、このことを幼馴染のアンに話すとアンはお菓子をパクリと口に放り込んだあとそう言った。…あいかわらずあっけらかんとしているなあ。
どうやら彼女もシオンのことを知っているらしい。一緒にお菓子を食べているアリスが助けてもらった経験があるらしいから、そこから入ってきたのだろう。見かけたこともあるらしいし。
アンの言葉にやっぱりそうかなと唸っていると、アンは頬を赤らめた。視線はきょろきょろと忙しない。…大丈夫か?
「しっ、シオン様を追いかけるのをやめていい加減現実みたらどうなの?」
「うーん…確かに雲の上の人みたいなんだけど、さあ…大体アンだってシオンの事気にしてるじゃん。よく僕のハンカチ欲しがるし。」
「それはあくまで憧れよ憧れ。私は夢見がち乙女なコリンと違って現実的思考なのよ。」
「うっ、うるさいなあ…」
「…………コリンって、ホモなの?」
無言で僕達幼馴染のやり取りを聞きながらお菓子を食べていたアリスが唐突に声を上げた。儚げな白い髪がふんわりと揺れ、赤い瞳が探るように僕に遠慮無く視線を注いでいる。
「ほも、って…?」
「男の子が好きなの?シオンが好き?」
「…………うん」
男の子が好き。僕が恐る恐る肯定を示すと、アリスは無邪気にニコッと笑った。その微笑みは愛らしいけれど、どこか見下されているように見えたのは僕自身が男が好きだという事実がおかしいとわかっているせいだと思う。
「変なの!コリンも男なのに男の子が好きなんておかしいわ!」
「っ」
あっけらかんと言い放たれたアリスの言葉にアンが「ちょっと、」と止めているが僕にはダメージが大きすぎた。…息が、詰まる。
苦しい。そう思う感情が普通なんだって、常識なんだってわかっていても、だからといって一度芽生えてしまった想いはとり消せないのだ。この場にいることも辛くて僕は咄嗟に駆け出した。僕を呼び止めるアンの声もしたけれど、一刻もその場を離れたい一心で振りまかないまま走り続ける。
「…コリン?どうしたの?」
辿り着いた緑に囲まれた野原で泣いていると、上から声が降ってきた。顔を上げると、不思議そうに目を丸めるシオンの姿。……それはまるでヒーローのように。僕は張本人である彼に何も言えずただ「大丈夫」と声をひねり出すと、しばらくの無音が返ってくる。…呆れられたかな。そう思っていると、隣にぽすんと座る気配。ちらり隣を伺うと、何でもないようにシオンが座っている。風が吹くとほんのりと薔薇のようないい香りが漂ってきて。…胸が高鳴ってしまう。
「しっ、シオン、近いって!」
「?」
思わず意識して焦る僕にシオンは疑問符を浮かべ悪気のない笑顔で僕を見つめる。…なんとなく逃げられない気がした。…観念して僕は、ぽつりぽつりと泣いていた理由を話した。…もちろんシオンが好きという事実は伏せてだけど。
聞いていたシオンは、何故か食いつきが良かった。最初男が好きだと暴露した時は身を乗り出してまで聞いてくるため、正直若干怖かった。目が真剣だった。
「…男が好きって、やっぱりおかしいですよね」
「全然、そんなことないと思うよ。」
「え?」
「人を好きになるのに男だからとか女だからとか、そんな条件はいらないと思う。むしろ男が好きになってしまって迷って自分がおかしいのかって悩むのも尊いし、勿論潜在意識で異性を好きになる人が多いのは事実だろうけどね、同性が好きだからって悩む必要は全く無い!と思う!むしろ推奨!コリンみたいな格好いい男の子が男の子に想いを寄せているなんてもう…もう…っ」
何故か興奮したように目を輝かせ熱弁するシオン。正直言ってることの大半が理解出来なかったけれど、それでも僕の男が好きだという事実に全く引いていないことは理解できた。
「とにかくねっ!…コリンはそのままでいいと思う、ってことだよ」
「…シオン」
それから僕はずっと憧れだったシオンに笑顔で友達だと宣言してもらい、ちょくちょく遊べるようになった。
僕の好きな人は、何故か恋愛方面になると積極的に話を聞こうとするくせに鈍感なようで、数年経っても未だに関係は変わってない。
…せめて親友って認識しても、いいのかな。
「びーえるがまさかこんなところに…ふへ…」
「エミリア、どうしたの?」
「お兄様、わたしは迷える子羊を救ったのです」
「迷える子羊?」
「ふへへ…」
「エミリア、顔が危ないよ」
「はっ!」
※判別しづらいためそれぞれにサブタイを振りました。




