2 おにいさまのおみまい
「…はぁ。」
デイヴに少し調子が悪いと伝え席を外してもらったあと、私は鏡を見ながら何度目かもわからない溜息をついていた。
綺麗なサラサラの金髪、大きな青い瞳、白い肌に桃色の頬。紛れもない美少女。
…まだ幼いけれど、前世で何度もアリスちゃんへの嫌がらせをしてきた天使のような悪魔の顔そのものだ。可愛らしい顔をしながらアリスちゃんに何度も何度も執拗に嫌がらせをしてきたその恨み、前世では忘れたことがない。悪事が暴かれ最終的に国外へと永久に追放された時、私は同士と歓喜しあった記憶がある。
だがしかし、それが自分となれば話は別だ。国外追放なんて冗談じゃないし、ミシェル王子を取り合う気なんか全くもって皆無。むしろアリスちゃんを嫁に欲しい。はぁ…あの儚げな白髪に綺麗で澄んだ赤い瞳、ぷっくりとした唇も明るくひたむきで少しドジっ子でどこまでも一途なところも全てにおいて尊い。ああ、あんな美少女が現実にいるとしたら…
「しんでもいい…っ!!」
おっといけない。自分の熱の篭った声にはっと我に返った。まだ見ぬ美少女アリスちゃんに思いを馳せたいところだが、とりあえずは破滅対策だ。死んでもいい気もするがまずもってアリスちゃん推しとしてアリスちゃんを虐めて国外追放なんて汚名にも程がある。追放になるならせめて女の子を守ってがいーいっ!
そうよエミリア。ならば守るのよ。宿命は悪役令嬢といえど紳士に振る舞えばそんな汚名でしかない追放理由には少なくともならないはずよ。きっと。そう。きっと。女の子には優しく、アリスちゃんには特に優しく、間違っても王子が好きとか勘違いされないようにして、紳士な悪役令嬢を目指せばいいのよ。その特産品としてもしかしたら女の子と仲良くなれるかもしれないわ。私はこれから、紳士な悪役令嬢を目指すのよ!!!
「うふ、うふふふふふふふふ…」
「……エミリア、どうしたの?」
気がつくと笑いを漏らしていたようで、お兄様が困ったように私の顔を覗き込んでいた。
「わっ、おにいさま!?」
綺麗な黄色の瞳が私の方をじっとみている。…いつの間にいたのだ、小僧。さては忍者か。さらさらのやわらかそうな青い髪は窓からの風で微かに揺れていて、まだ8歳だというのに、たいそうお美しい。…私、エミリア=シルヴェスターの義兄、セシル=シルヴェスターはやっぱり絶好調に美しかった。…やっぱりこれはセシデイを開拓せねばいけない。
「エミリアの様子がおかしいと聞いて、一応見に来たんだけど…大丈夫?」
実はエミリアとお兄様の仲はさほどよろしくない。いや、面食いなエミリアはそれなりにお兄様を気に入っていたのだけど、お兄様がどこかエミリアと距離を置いていたのだ。…漫画によればだが、多分貴族の高飛車な態度が嫌いなお兄様だから、ワガママで高飛車な貴族のミニチュアサイズ版のような私を好ましく思ってはいないのだろうなと。今も義務で見に来たようなものだろうか。
「おにいさまにもごしんぱいとごめいわくをおかけしました。すこしねつがでただけなのでだいじょうぶですよ。」
にこっと微笑みかけるとお兄様は少し驚いたように目を丸くした。…そんなに驚くものかしら?まあ確かに記憶を取り戻す前の私なら有り得ない返答だけど、今となってはむしろ前の傍若無人な態度の方がありえない。…ああ、拭えない悪役令嬢の定めよ。しくしく。
「…そっか。くれぐれも安静にしているんだよ。エミリア。」
若干態度が柔らかくなった気がする。お兄様がふっと微笑んだ。きゅんっ。やだ、可愛い。5歳児だけど心は成人だ。8歳の子にときめくなんて、しょたこ…げふんげふん。
「しょたこ…?それはなにかな、エミリア。」
「はっ!!」
あらいけない。私ってばお兄様の前で口を脳内をさらけ出していたようだ。この癖は直さなくては。心でそう誓っていると、お兄様がくしゃっと頭を撫でてきた。驚いてお兄様の方を見るとどこか楽しそうな表情で私を見ている。
「お、にいさま?」
「…エミリアは、急に性格まで変わってしまったみたいだ。…酷い熱だったんだね。…こんなエミリアなら…」
はっ!酷い熱すぎて不憫に思ったのか!ああ、なんてお優しいのでしょうお兄様。お兄様はどこか優しい瞳で私を撫で続けている。いたわるような手つきが少しくすぐったい。
前世の私は兄に素直になれなかったこともあり、甘えられるお兄様に憧れて仕方なかった。…今目の前にはその憧れの兄、しかも優しくてかっこ良くて可愛いという完璧なお兄様がいるのだ。
…なんとなく温かい気持ちになって、お兄様の撫でる手に目を細めた。
「えへ、なんか、…ぽかぽかしますね」
「…そっか。」