27 お見舞いにいきましたが
「天気悪いですねぇ」
「そうですねぇ」
「タイフーンが近づいてるからね。」
雲行きの怪しくなってきた空を見ながら私、アレン、お兄様はのっそりと呟いた。タイフーンとは前世でいう台風のことらしく、基本晴れが多いここすらも黒い雲に覆われ始めている。
というかこんな天気の日によくアレンも遊びに来ようと思ったよね。私なら家でうだうだしてたーい。
「こんな日だからこそ、ですよ。エミリア。」
勝手に人の心を読まないでください。
「こんな日は…心細いので一緒にいたい…そう思いませんか…?」
「特には。…ってなんで手を掴むんですか?」
「寂しいです…」
そんな捨てられた子犬のような目で見ないでください。綺麗な赤い瞳が少し潤んでいるような。意外と体温高いのね。ぽかぽかしてるわ。しかもすべすべで柔らかいっ。うっ、可愛いもの好きをここぞとばかりに活用するなあ。さすが腹黒王子…。
「それほどでも」
輝かんばかりの笑顔。心を読まれてしまうのはもう諦めようか。しかし褒めてない褒めてない。女の子には甘く男には厳しくと決めてるんだ。いくら女の子並に可愛くても男の娘なんて認めないわ!
そんなやりとりをしているうちに、手をぱっと離させられる。おう?誰かに抱き締められていると思ったらお兄様だった。こちらも笑顔が眩しいわ。アレン王子は可愛い笑顔だけどお兄様は本当正統派の王子様っぽい笑顔ね。いや、お兄様は王族ではないけれど。
「エミリアは僕のところに座ろうね?」
「は、はぁ。」
そのままお兄様の膝の上に座らせられる。あのぉ、女だからある程度小柄とはいえ11歳の私はそれなりの重さあると思うんですけど、言ってみたけど聞く気がないようなので諦めた。お兄様はよく膝の上に座らせたがる。…私を猫だと思っているのかもしれない。
「わたしは猫じゃっ、ないです!」
「んー?エミリアはエミリアだよ。確かに猫さんみたいに可愛いけどね?」
「にょわっ、撫でないでくださいお兄様!」
「あはは、可愛いなぁ」
「……僕から引き離して兄妹水入らずなんて、ずるいですよ?セシル。」
お兄様に撫でられるのをぐいぐいと抵抗していると、次はアレンが割りこむようにお兄様椅子から引き離し、また抱きしめてくる。なんだなんだ。奇妙な状況に戸惑いながら、再び触れられた身体に違和感を感じる。…流石に熱すぎないか?
体温が高いのねでは済まない熱さ。耳のあたりをちらりと伺うと、…赤い。顔はすっかり埋められているけど、この調子だと真っ赤に違いない。
「ねえ、えみ、りあ…」
「あれん…?」
「これは………」
潤んだ瞳でぼんやり見つめてくるアレン。最初はまた私と引き離そうとしていたお兄様が何かに気づいたように顔を顰めた。そして速やかに別室で待機していたアレンのお付のものを呼び出そうとしている。…やっぱり、おかしいよね。確かにスキンシップが盛んなアレンだけど、流石に普段はここまでくっつき虫じゃないもの。…ぐったりくっついているアレンが思いの外可愛いと思ったのは内緒だよ。おーよしよし。
「エミリア、少し待ってて。…アレン王子とは出来るだけ離れているんだよ。」
お兄様はしっかり捕獲されている私をみて小さく無理だとは思うけどと呟きつつも部屋の外へ。…まあ、王子がこんなことになったら緊急事態だものね。
よく見ると若干息が荒い。息苦しいのか肩が大きく上下している。少しひゅぅ、ひゅう、と音を立てて呼吸するその姿は痛々しくて心配が募る。
「…エミリアの前ではこんな姿みせたくなかったのですが」
「アレン、アレン!どうしたのですか!?」
「えへ、でも…えみ…ばに…のは…」
埋めていた顔を上げて苦しそうに微笑むアレンに思わず強く問いかけると、何故か抱きしめが強くなる。…でも、なにをいってるのか分からない。んぅぅ、大丈夫かな…。多分お兄様がお医者様を呼んでくれるんだろうけど…。少しでも息がしやすいように背中をさすってみる。
…思えば漫画でも彼は病弱設定なのだから、こんなことがあってもおかしくないんだ。多分漫画で描かれているわけでもないのだから死にはいたらないとわかっていても苦しげな彼の吐息に不安は募っていく。
「アレン…しっかりしてください、アレン!」
「えみりあ…。」
「なんですか…?」
「僕、ぼくは、ずっと、…。」
「ずっと…?」
「カクリ」
「あれんんんんんんんんんん!?!?!?!?」
暫くするとアレンの従者が飛び込んできて、力なく私に抱きついていたアレンを連れて城へと戻っていった。
…後から来たミシェルいわく、毎年タイフーンの時期に決まってこうやって体調を崩しているらしい。暫くお城で療養していれば平気っていわれたけど、あの様子を見ていた私には心配で仕方がない。アレンのお見舞い、行きたいな…。でも流石に王族だもんなあ…体調悪い時に押しかけても迷惑になるかもしれないし。そう思っていると、ミシェルがふっと優しい笑みを浮かべた。
「…エミリア、アレンのお見舞いに来てくれるか?」
「いいんですか!」
「…アレンもエミリアと会いたがっていたしな。」
王族だし看病なんているかはわからないけど、会いたがってくれているのなら頑張るしかない。花束と、スポーツドリンク(のようなもの)と、シルヴェスター家の領地の果物の持っていこうかしら。
「ああ、それではおかゆにでも挑戦してみようかしら!」
「…それは従者がつくっているでしょうから必要ないかと。」
デイヴがすかさずつっこんできたので諦めた。あ、でもせめてその場で軽いスイーツでもつくったらどうだろ?もってきた果物をつかってフルーツスムージーとか!でもスムージーって材料をよく知らないんだよね。うーんと冷たいし氷とか?ああそうだ、隠し味にコーヒーとかどうだろ。カフェイン効果期待できるし!あっでもお茶もいいかなあ「駄目ですよ」デイヴもやっぱり人の思考を読めるの?はっ、テレパシー!
「…エミリア様の考えていることは顔に出るんですよ…」
「なんとっ」
どうやら顔に現れてしまうらしい。いけないいけない。表情が変わるのを抑えるために顔を手で覆ってみる。デイヴがすごく微妙な表情をしていた。ってそんな場合じゃないわ!準備準備。
翌日、何気に2回目のお城訪問。ふんわりとした柔らかいドレスに身を包み城内に入った。本当はもっと動きやすい格好で行こうと思ったのだけど、流石にその格好はダメだとパンツスタイルを止められたので仕方ない。
アレン、大丈夫かな…。
「失礼します、エミリア=シルヴェスターです。」
「エミリア。どうぞ入ってください。」
いつも通りの優しげなアレン王子の声が返ってきたのでほっと一息。…よかった。中に入るとにこにこと笑みを浮かべたアレン王子がベッドの上に座っていた。
「エミリア、来てくれてありがとうございます。」
「元気そうでよかったです…」
顔色も随分マシになっているみたいだし、一日休んである程度回復したんだろうな。本当によかった…。
「シルヴェスターの領地のフルーツ、お見舞いに持ってきたんです。これと、これと…アレンは何が食べたいですか?」
「………林檎。」
使用人の人に頼みむいてきてもらう。本当はそのくらいできるのだけど、ナイフを王子の前で出すのは問題だと止められたから仕方ない。それから林檎がむかれるまでアレンが暇にならないように色々な話を振ってみた。アレンはいつもよりおとなしいけれど、どこか優しい笑顔で聞いてくれている。
「あっ、アレン。むけたみたいですよ。食べれます?」
「んー…ちょっと手を動かすのもだるいかもです。食べさせてもらえますか?」
「いいですよ。はい、あーん。」
「あーん。」
しゃく、しゃくという咀嚼音が部屋に響く。それにしても、完全に1体1だなあ。仮にも病気のアレンにおつきの人がいない状態って大丈夫なのかな。きょろきょろ。
「僕が人払いしたのです。」
「人払い?」
その聞き返しには答えずもう1度アレンが林檎を要求してきた。はいはい、あーん。美味しそうに頬張るアレンを見ていると、餌付けしている気分になる。アレンって猫みたいだよなあ。猫耳をつけたアレンを想像してみる。…………。ふぐっ、天使だった…。今度ぜひともつけてもらおう。まずはデザインしなきゃね。うふふ。
「……エミリアは、どうしてミシェルの婚約者なのでしょうね。」
「うーん、…都合のいい物語補正でしょうねえ…」
ミシェルとアリスちゃんの恋の敵となる悪役令嬢だから婚約者なのでしょう。いやむしろ婚約したから悪役令嬢になる?それなら今すぐにでも婚約破棄したいなあ。はあ、未来が憂鬱だなあ。国外追放避けたいなあ。うーんうーん。
「…同じ王子なら最初から僕でもいいのではと思いませんか?」
何言ってんのこの王子。いつもの食えないスーパーニコニコ天使スマイルは真意が掴めない。嫌だよこんな心の奥底では何を考えているかわからない腹黒と結婚なんて。こき使われる未来が見えるわ。「あれ、エミリア。ここにまだ埃、落ちてるじゃないですか。…ねぇ?」って!ひぎゃー!これじゃあ旦那というより姑だよ!怖いよ!!姑王子!!そして掃除が終わると今度はまたにっこり笑顔で言うんだよ。「次は何をやるべきかわかってますよね…?」ひぃっ!こんな未来嫌すぎる!!
「姑王子…」
「…一体どんな逞しい妄想を……」
「はっ!あ、アレン。わたしは料理以外は得意じゃないのでおすすめしません…」
「王族は家事をしませんよ…?」
あ、そっか。メイドいるもんね。あまりに姑姿が似合いすぎて違和感がなかったわ。アレンの笑顔って含みがありすぎるんだもの。なにをかんがえているのか想像もつかないわ!
私の方をじっとみていたアレンが顔を曇らせている。はっ、もしや無礼を言ってるのがバレた!まずい、不敬がバレて早速国外追放!?うぅんアリスちゃんと会えたから目的は達成したけどもっと仲良くなりたい欲深さを許して神様アレン様〜。
「愛しのアリスちゃんともっと交流を深めるまで国外追放はぁ〜…」
「いっそこのまま、…おう、か。」
「…?アレン?」
「……エミリア。」
「どうしました?」
真剣な瞳で私を覗き込んでくるアレンの眼差しに思わず私も姿勢を改める。…なにかしら。間近にこんなに整った顔があるとやっぱりちょっとドキドキするなあ。…やっぱりまつげ長いわね。男のくせに。
「このまま一緒に逃げてしまいましょうか。」
「は?」
「僕は、えみ…んわっ!?」
しゅぱっ………
花が一輪勢いよく飛んできた。ちょうど私とアレンのあいだを通って壁に勢いよく刺さっている。えっ何事、と見るとドアに笑顔のお兄様。
「エミリア、そろそろ帰ろうか。」
「えっと、話途中…」
「帰ろうか。アレン王子はどうやら意識が朦朧としているみたいだしね。」
うーん、そうなのかな?お兄様の言葉に腑に落ちない言葉に首をかしげながらも振り返ると苦笑いを浮かべたアレンが
「なんて、冗談ですよ。エミリアの不器用さでは王妃がとても務まらない気がして心配で心配でたまらないのは本当ですが。」
「余計なお世話ですけどっ」
いつもの調子でわざとらしく失礼な言葉を吐いてくるアレンにんべっと舌を出し、お兄様について外へ出た。あーあ、全く、こんなに元気なら心配ご無用だったかなあ。
…まあ、でも。…元気でよかったとは、思うけどさ。




