26 逞しい彼女の愛しい笑顔 _ロゼ=キングスレイ_
無表情すぎて気味悪いわ。
感情がないなんて、化け物なんじゃないかしら?
見た目は綺麗なぶん余計気味が悪い。
ひっ、今睨まれたわ。子供らしくない子供って嫌になっちゃいますわ。
「……ロゼ=キングスレイと申します。」
普通にしているつもりなのに、普通にできない。感情表現が満足にできない。…こんな欠陥がある子供が周りに受け入れてもらえるわけがない。父と母は優しいけれど、無感情すぎて外交に支障があるからとお茶会に出るよう言われる機会も少なく、出ると陰口のオンパレードだ。
唯一よくあっていたクレアの友人でもある幼馴染の少女とはそれなりに仲良くしていたつもりだったけど、実際にはその陰口で一緒になって私たち兄妹の悪評を流していたことを知った。
気弱すぎて、負の感情が出すぎて周りに受け入れられない妹と感情が出なさすぎて周りに受け入れられない兄。…でも、そんな妹だけは大事に思っていたし、妹も自分のことは大事にしてくれている。…もう、それで十分だと思っていた。
…昔はもう少し上手く笑えた気がするのに。…今じゃあクレアの前ですら笑えない。だんだんと心を塞いでいる証拠なのだろうけども、感情を表に出せなければ出せなくなるほど焦りが募り、余計に硬くなっていく。
学友として仲良くしていた王子二人の様子が変わった。常につまらなそうにしていたミシェルが、常におどおどとしていたアレンが、次第に本当の笑顔を出すようになっていた。元から二人は仲がよかったが、余計に仲良くなっているようにも見える。
その原因はシルヴェスター家にいる。
城の噂としてそれを聞いた私は、気の置けない親友とも言っていいであろうセシルに尋ねた。
「セシル。」
「なに?」
「お前の家で、ミシェルとアレンはなにをやっているんだ?」
「…僕の愛妹とお茶を飲んでいるよ。」
「妹?」
「渡さないよ」
「そんなつもりは毛頭ないが。…妹…な…」
どこか自分に親近感の湧く笑顔の少ない二人が変わった原因であるらしいセシルの妹。いったいどんな妹なのだろうと尋ねたが「嫌だ、義妹が減る」の一点張りで多くを語らない。…減らないと思うが。普段は比較的穏やかで表向き理性的な彼のその様子から溺愛は見て取れた。
一体どんな少女なのだろう。しかし微かに芽生えた興味はその後知る機会もなく、だんだんと立ち消えていった。
「ぁ…エミリア=シルヴェスターと申します。先程は…」
件の少女と出会ったのはそれから数年先、友人達の違和感にも慣れてきたあとのことだった。人見知りの妹が助けてもらったのに緊張しすぎてにげてしまったのだと言う。
目の前に現れた少女は美しい金髪を持ち、触れると壊れてしまいそうな程に繊細な美貌の愛らしい少女だった。先程まで泣いていたのか、目元が若干赤い。しかし挨拶をするその動作はとても優雅で、まさに立派な令嬢そのものだった。…彼女がセシルが愛してやまない、双子を変えた少女だというのか。
妹が謝り、二人はどうやら友達になった様子。安心したのもつかの間クレアに彼女が抱きついたことでキャパオーバーしてクレアが倒れてしまった。まあ妹は緊張しすぎて倒れることもよくあることだからと休憩室に連れていこうとしたところ、その前にエミリア嬢がお姫様抱っこで軽々抱き上げて連れていったのだった。
…流石に驚いた。一見少し刺激を与えれば折れてしまいそうな細腕で軽いとはいえ意識を失った少女を楽々運ぶとは。
周りを見回すと、セシルや双子は苦笑いしつつその様子を見守っていた。…聞けば、いつものことらしい。見た目とは相反してかなり逞しい令嬢だ。
それからといえば、すっかり妹もエミリア嬢に懐いたようで、よく遊びに行くようになっていた。ずっと自分以外には心を開かず、自信なさげに俯いていた彼女の久しぶりの友人だった。
自分はといえば、あくまで妹の付き添いだから特にすることもなく、同じタイミングでいたセシルや王子達と会話をする以外はエミリアたちをぼんやり眺めて過ごしている。
表情がころころと変わり、時々奇怪な行動力を見せ、男のように逞しく、それでいて愛らしい眩しいほどの笑顔を浮かべる太陽のような少女だった。ほだされてはいないが、見ているだけですぐにわかる。…ああ、これがセシルが愛してやまない、双子を変えた少女なのだと。
それから数年後また私に転機が訪れた。唐突にエミリア嬢が言い出したのだ。「ロゼ様の笑顔が見たい」と。今まで自分とは関わりの少なかった彼女が初めて対自分で行動力を発揮する機会だった。
…しかし。自分は笑えないのだ。いくらなにをやってもその口は、その目は固定されたまま動きそうにもない。彼女が様々なことをしてくるが、表情は動かない。…ああ、また気味悪がられてしまうな、このままでは。…どこか他人ごとのようにそう思った。
しかしエミリア嬢は諦める様子を見せなかった。いくらから回っても、まるで「最初から笑えない」という可能性を考えていないかのように。絶対笑うと信じているかのように、彼女は色々チャレンジした。最中も彼女は楽しそうに笑っている。常に楽しそうな笑顔を浮かべる彼女に私は戸惑った。気味が悪くないのか?感情のない自分が。
「何故、そこまでして私を笑わせようとするんだ?」
「ただ、ロゼ様の笑顔が大好きなのです。」
そういった彼女の瞳はまるでどこか遠く、自分より遥か先を見ているかのようで。息が詰まる。…彼女が何を見てそういったのかはわからない。言葉に詰まっていると彼女は慌てたように言い訳めいた言葉を発しはじめる。
「え、えと!わたし、人の笑顔が好きなのです!ロゼ様に拘らずですね!!素敵じゃないですか?」
「やっぱり、…よくわからないな。」
数日後私は街で彼女を見かけた。彼女は何故か男に扮して見慣れない町娘であろう白髪赤目の少女と歩いていたが、あの笑顔はどうやっても間違いようもない彼女のものだ。私が声をかけると彼女は一瞬で気づき手を握って駆け出した。…どうやら名前を知られるのはまずいらしい。…お忍びか。
それから彼女はたどたどしくも自分が何をしていたのかしっかり説明をした。
…彼女が偽名として使っているらしいシオン、という名前にすごく聞き覚えがある。街の人が言っていたのだ。「今日もシオンに助けてもらった」と。
街では密かに有名になってきているシオンの噂。金髪碧眼で困っている人を見かける度に全力で助けてくれる心優しい美少年。身分は謎で、一体どんなところで住んでいるのすらも知られていないが、街の人から愛されている様々な伝説をもつ天使のような少年らしい。数年後には助けられた人々によってシオンの像すら建てられてしまいそうなほどの人望だという。
…ああ、全く彼女は。…この豊かな表情で、この暖かい笑顔で、どれだけの人を救えば気が済むのだろう。変わり者令嬢ですまない程の行いに息を呑む。
「…やっぱり貴女は、変わっているな。それでいて、表情豊かだ。」
「私は、……やはり、感情のない化け物なのだろうか。」
「…貴女のような豊富な表情をもたないのは、感情がないせいなのだろうか。」
誰にともなく溢れ出した言葉だった。…彼女の眩しい面を知れば知るほど自分の無表情の異質さを感じてしまう。ずっと重りのようにのしかかってくる。
「…違うと思いますよ。」
「え?」
「だって、ちゃんと感情あるじゃないですか。笑顔は確かにまだ見たことないけど…今だって、こんなに悲しそう」
「ちゃんと、わかりますよ。安心してください。たしかに無表情だけど無感情ではないと思いますよ?ロゼ様は化け物なんかじゃないです。」
「…貴女は…」
そんな自分にまで彼女は救いの手を差し伸べてくるのだ。…自分にちゃんと感情があると、そういって笑ってくれるのだ。その言葉が…途方もなくあたたかくて、重りを一瞬で浄化させてしまう。
…これが、彼女か。
そう思った時、街の悪党が数人絡んできた。咄嗟に護ろうとする自分に重なるように同じ言葉を放つ彼女に、あれだけ苦労しても出なかった笑顔が溢れてしまう。…あれ、笑えている。
共闘して気づいたが、彼女は本当に強いし、奇怪な技を使う。…令嬢とは、と思うが、大人しく守らせてくれないのもまた彼女の魅力だろうと思うとなんとなく納得できた気がした。
終わったあとの彼女の笑顔も格別に美しくて、…あたたかくて、ああ、これが愛しいって気持ちなのだと知らされた。
ミシェルの婚約者である彼女を好きになっても結局届かないのは分かっている。…しかし、せめて。…ミシェルが友達として仲良くしている間は、彼女が皆を対等に扱っている間くらいは、芽生えてしまったこの感情を大事に温めていることも許されるだろうか。
バレンタイン編は迷いましたがちょっと前に本編で書いたのでスルーします。




