25 許しちゃる…
そんなことがあった数日後、私たちはまた集まって、優雅にお茶を飲んでいた。お兄様だけ少し用事があるようであとから参加だって。別にそこまで大事な話をしている訳でもないので急がなくても平気ですわと伝えたのだけど、
「いや、急いでいくよ」
「いつも通りのお茶会ですし」
「だから心配なんだ。…あの王子、目を離していたら何をしだすか…」
「?お兄様?」
「とにかくすぐに行くからね。待ってるんだよ。」
こんな感じの押し問答が続いたので諦めた。まあお兄様が邪魔なわけじゃないし、来てくれるのなら待つことにしよう。はふぅ、今日もお茶が美味しいわ。
「そういえば、私稲作を始めようと思っているのです」
「稲作?」
5つ目のパイを口に運んでいたミシェル王子が怪訝げに眉をひそめた。まるで「またこいつ変なことを言っているな」とでも言いたげな表情。あとミシェル王子、いくらなんでも食べすぎでは?私の分がなくなるじゃないですか!大体なんでそれだけ食べて太らないの!妬ましいわ!
…なーんてことは淑女なので口に出しません。にっこりと呪いを込めた視線を送ったあと、普通に話を進めた。この呪いは三日三晩お腹を下す呪いだ。発動してトイレとお友達になってしまえ。うけけ。
「ええ。美味しい究極のお米をと!そしてゆくゆくはそれで美味しいおにぎりを…ああでも王都ではダメかしら?田舎に引っ越すことも視野に…」
「え、エミリアさま、田舎に行っちゃダメです…ああでも…エミリアさまのためなら、私も一緒に参りますわ…二人きりで…!」
「エミリア。僕たちのいる王都から米のためだけに引っ越すなんて許しませんよ…?大体1人で米作りとか無計画にも程があります。」
「うきゃっ」
クレアちゃんがキラキラとした瞳で私の手を握ってきたと思ったらそのあと黒い笑顔をしたアレン王子に半ば無理やりその手をとられる。クレアちゃんはむぅ…とでも言いそうな表情でじっとアレン王子を見ている。でもそんな顔すら愛らしいから美少女っていいわね。ビバ、美少女。
アレン王子の言い分もわからなくもないのでぐぎぎ…と頬を膨らませてみる。まあ現実問題難しいよね。いくら娘にでろ甘なお父様でも自分から離れた領地で暮らすことを許可してくれるとも思えないし。親バカだからね。
すると、それを静かに聞いていたロゼがふと口を開いた。
「…米、か。そういえば私の家の領地に有名な米の名産地がある。」
「!!本当ですか!」
「ああ。今度取り寄せるとしよう。」
そういって出した名品名はコシアカリ。私が望んで仕方なかった私的ナンバーワンのお米だ。ふっくら真っ白でご飯をおかずにご飯を食べれるくらいに美味しい。お米マニアの垂涎の的の一品だ。それを譲ってくれるなんて、ああ…親切を通り越して神々しいわ。ここにロゼ教を建てましょう!!勿論私は教祖ね。
「ロゼ…本当にいいの?」
「この前のお礼だ。結局あのあと美味い団子もいただいたしな。」
「わーい!!…じゃない、ありがとうございます、ロゼ。」
「むしろ私が感謝を申したい。ありがとう、エミリア。」
そういって瞳を細めるロゼ。うーん、やっぱり素敵な笑顔だわ…。紳士で優しいロゼの魅力にくらくらしていると、アレン王子がずいっと私の目の前に顔を近づけてきた。わ、なに。近い近い。
「…エミリア。ロゼと随分仲良くなったようですね?」
「…ま、まあ…色々ありまして…。」
「ふぅん………。」
そういうと、少し口元に手を当てて何かを考えるようなアレン王子。しかし顔は近いままだ。端正で綺麗な顔や長いまつげがどアップ。どんな状況…?そして奇妙なオーラに怯え、視線で他の人に助けを求めようと見回す。が、何故かミシェル王子はフリーズしていて、ロゼは呑気に紅茶を口に運んでいる。優雅だ。いや、助けてくださいよ。クレアちゃんは、俯いてお菓子を口に運んでいた。よくみれば全体的に空気が重い。とりあえず、逃げ場がないことはわかった。
「あ、あのぉ…アレン王子?」
「アレン、と呼んでください。」
「え…?」
「ロゼが呼び捨てなのですから、もっと付き合いの長い僕とも呼び捨てでいいでしょう…?」
「いや流石に王子を呼び捨ては…アレンおう」
「アレンですよ、エミリア。」
「う…」
アレン王子の提案に流石に王子を呼び捨てはどうなのだろうと戸惑っていると、アレン王子は少し顔を離してくれる。ほっ。よかった、これでドギマギとした感じがなくなるぞ…そう思ったのもつかの間、アレン王子の様子がおかしい。
「それとも、…」
「?」
「僕と交流をするのは、そんなに嫌ですか…?」
急にうるうるっとした表情になって私の近くに膝をつき上目遣いで見つめてくるアレン王子。ふぁっ、可愛い…。でもどういうこと?意識がついていかず相変わらず戸惑っていると、ぎゅっと自分の胸元をつかみ、伏し目がちで悲しそうにしてくる王子。
「そんなに僕が嫌ですか…?ものすごく…嫌なのですか…?」
「えっ、い、嫌じゃないです!全然!大事なお友達ですし!」
泣きそうな声で言ってくる王子に慌ててそう言って答えると、一転輝かんばかりの満足そうな笑顔をみせる。…悔しいけどやっぱり可愛い。
「でしたら、ぜひとも僕のことはアレン、と。」
「………アレン。」
「はい、エミリア。」
満足そうに明るい声で答えるアレンおう…アレン。う〜ん、なにか言いくるめられた感じ。釈然としない気持ちで満足気なアレンを見ていると、今度はミシェル王子がなんとも上から
「しッ仕方ないから俺をミシェルと呼ぶことも許しちゃる!!」
と言い出してくる。上からな言葉だが耳まで真っ赤で顔逸らしてるしおまけに噛んでいる。…大丈夫かこの王子。
「…許しちゃる…」
「おまっ!そういうのは触れないものだろ!」
「許しちゃる…」
ギャンギャン噛み付いてくるミシェル王…ミシェルと元気に言い合っていると、しゅぱっとなにかが高速で間を通った。驚いてなにかが飛んできた方向をミシェルと同時に見ると、笑顔のお兄様。ああ、稽古から帰っていらっしゃったのですね。でもすごい危ないです。私とミシェルの目と鼻の先の距離感で、髪がふわって浮いたんですけど。
「ただいま、エミリア。何も無かった?」
「いえ、さっきお兄様のせいで…」
「何も無かった?」
「…なかったです」
「それはよかった。ああそうそう、そろそろお帰りになられたらどうですか?」
時間はまだまだ1時間程度、帰るにはまだ早い。アレンとお兄様がにこにこと言葉を交わし始めている。ミシェルはびっくりしたようで固まっているので撫でてあげた。おーよしよし。としてるとお兄様からまたフォークが飛んでくる。だから危ないですってお兄様。
そんな私たちのことをロゼは優しい笑顔で見ていた。…なんだ、笑えるじゃない。ロゼ様。
こうして今日も私たちは、平和なお茶会を過ごした。
「………邪魔だなあ。」




