24 君の笑顔が見たくて 後編
ざわざわざわ…ざわざわ…。
「ああ…シオンの坊ちゃんじゃないですか…ふぉっふぉっ…きょうもめんこいのぉ…」
「らっしゃい!!お?坊ちゃん1ヶ月ぶりじゃねーか?また綺麗になったじゃねーか!」
「フリジットさん、お腰の調子は大丈夫ですか?また何かあったら気軽に言ってくださいね!お荷物もお持ちしますから。ああ、肉屋のコデルさん。今日も元気そうでなによりです。わひゃっ、頭撫でないでください…」
「キャーッ!!シオン様!!お慕いしておりますぅ…!」
「最近いらっしゃらないから寂しかったわ…シオン。」
「ああ、ルチカにフレア。ごめんね、僕も忙しくてあまり街に出るに出られなくてね…代わりに今日は一緒にいるから許してくれるかな…?」
私は街の中にきていた。9歳に初めて屋敷を抜け出して以降ちょくちょく抜け出しては街で色々なことをしているうちに街の人とすっかり仲良くなっていた。勿論シルヴェスター公爵家令嬢エミリアとしてではなく謎の少年シオンとして。
ここの街の人はとても親切で、素性も明かさない私を明るく受け入れてくれた。2年も通ううちに知り合いも増え、こうやって声をかけてもらえる。えへへ、お兄様たちと一緒の空間である屋敷も大好きだけどここが第二の居場所!!って感じで落ち着くのよねえ。前世はごく普通の庶民だしさ。
少し頬を赤らめながら私の腕にゆるく腕を絡ませたフレアちゃんが可愛くて思わず頭を撫でると、フレアちゃんはさらに真っ赤になった。あーもう、可愛い。
「シオン!」
「ああ、コリンじゃないか。ソフィアは元気?」
「ああ…。俺がシオン様に会えたと知ったら羨ましがると思う。アイツ俺以上にシオンが大好きだからな…。まあ、命を助けられたのだから当然だとは思うけど」
「あはは、大袈裟だけど気持ちは嬉しいな。ソフィアにもまた会いたいなって伝えてくれる?」
コリンは私が初めて抜け出したときに不治の病にかかった妹を助けて欲しいといってきた妹思いのお兄ちゃんである。それ以降元気になったソフィアちゃんとコリンとは仲良くしている。この兄妹を見ているとなんとなく王子兄弟を思い出すような仲良し兄弟だ。
こうやって助けた人や街の人と仲良く会話をしていると、つい本題を忘れて普通に遊んでしまいそうになる。今日は聞いて回りたいことがあって抜け出したんだったわ。
「ねえコリン、笑わない人も笑顔になるようななにかって知ってる?」
「笑わない人も笑顔になるような…?」
「ああ。笑わせたい人がいるんだけど、なかなか笑ってくれなくってね…」
そういって苦笑しながら私はこちょこちょを試したり漫才や変顔を試したけどダメだったことを話した。コリンはくすくす笑っている。なんですか?え、変なことしたっけ?
「それなら美味しい食べ物だろ!うちの団子は絶品だぞ!」
「ああ、とっても美味しいもんね。いいな、貰っていこうかな。」
「毎度あり!」
そういうとコリンは楽しそうに笑った。商売上手なお兄ちゃんだなあ。そんな会話をしてコリンと別れると、ずっと視線を向けられていることに気づいた。振り返ると、一人の愛らしい少女がじっと私に熱い視線を送っている。
「…アリス、そんなところにいないで出ておいで?」
「シオン!!なんで真っ先に私のお店に来てくれなかったの?」
「これから寄るつもりだったんだ。」
白い綺麗な髪を揺らしながら駆け寄ってくる姿はさながら子犬みたい。私の前世からの推しであるアリスちゃんと私もすっかり仲良くなっていた。こうして私を見るたびに嬉しそうに近寄ってくるアリスちゃんは本当鼻血が出そうなくらい可愛い。少しほかの女の子に厳しいところがあるけど、心優しくて明るくて漫画通りの女の子だった。
「アリス、元気にしてた?」
「シオンが来てくれないから寂しかった…」
「ごめんごめん。」
「でも私に会いに来てくれたから許してあげるわ!」
そういうとにこっと愛らしい笑顔を浮かべるアリスちゃん。はあ、今日も私の嫁は尊いわ…。内心そんなことを考えながらアリスちゃんの頭を撫でるとくすぐったそうに笑ってくれた。どうしてこんな可愛い女の子がいっぱいいるのかしら。うーん、百合に目覚めそうだわ。いや、見た目的にはシオンだからノーマルなわけだけど。
「そういえば、アリス。」
「ん…?貴女は」
笑顔になるようななにかって知ってる?と聞こうとした時、聞き覚えのある声に振り向く。そこにいたのは、私が笑顔を見ようとして頑張っている張本人であるその人、ロゼ様がいつもの服装で剣を腰につけながら立っていた。もしかしなくても…エミリアだってバレてる?
男に似せるメイクまで身につけた私は、どこからどう見ても少し中性的な美少年であり、…バレるなどと全く思ってなかったため、油断した。ここで身分を明かされたら、もう気軽に町中を歩けないかもしれない。そう思ったら判断は一瞬だった。
「えみむぐっ…」
「あー!あー!!いい所であったね!ちょっと話しましょうか!」
「し、シオン!?」
「アリス、ごめんね!また今度埋め合わせするから今日はここで!じゃあ!」
驚愕の表情で私を見るアリスちゃんに貼り付けた笑顔で謝りながら呆気に取られたようなロゼ様の手を握りぐいぐいと引っ張って路地裏へと連れていった。ふぅ。ここなら人目につかないだろう。全くもー!なんでここにロゼ様が!!
「何故ここにロゼ様がいらっしゃるのです!?」
「いや、それは私が聞きたいのだが…それにその男のような格好…」
言っていることも最もだ。気づかれてしまったものは仕方ない。時々街にお忍びで少年として男装をして遊びに来ていること、お兄様たちほかの人にバレると大変なので黙っていてほしいということを伝えた。無表情ながら驚きが微かに篭っているのが見える。まあ変わり者令嬢といわれても仕方ないからね。いいんだけど。
「…やっぱり貴女は、変わっているな。それでいて、表情豊かだ。」
「…?ロゼ様?」
ロゼ様が眉尻を下げ、瞳を細めて私を見てくる。…?どうしたのかしら。不思議に思って私が覗き込んでいると、未だ握っていた手がきゅっと握り返された。
あ、ずっと繋ぎっぱなしで忘れてた。ごめんなさい、と離そうとすると、「気にするな」といってそのままきゅっと握るロゼ様。うーん、そうまじまじ見られると照れるなあ…。私なにかしたっけ…。動揺しているとロゼ様は小さく呟いた。
「私は、……やはり、感情のない化け物なのだろうか。」
「?ロゼ様?」
「…貴女のような豊富な表情をもたないのは、感情がないせいなのだろうか。」
私に話しかけるでもなさそうに、呟くように言ったロゼ様の表情は、寂しそうに悲しそうに見えた。…うーん、感情がないっていうのは違うような。
「…違うと思いますよ。」
「え?」
「だって、ちゃんと感情あるじゃないですか。笑顔は確かにまだ見たことないけど…今だって、こんなに悲しそう」
「……。」
「ちゃんと、わかりますよ。安心してください。たしかに無表情だけど無感情ではないと思いますよ?ロゼ様は化け物なんかじゃないです。」
「…貴女は…」
さらにぐっと目を細めたロゼ様ににこっと笑いかけてみる。…そんなことを考えていたのね。自分でも表情がないことを気にしていたのか。…そういえば漫画でもそんな話があったような気がするなあ。それをアリスちゃんが優しく励ますんだよ…。そしたらいいタイミングで悪役令嬢エミリアがやってきて…なんて思い出していると、急に全く知らない声が上がった。
「オイ、オレサマのテリトリーであるここでなァにしてんだァ?」
声の主を見ると、中肉中背のいかにも不健康そうな不良の姿。よく見ると周りにもたくさんの不良達が意地の悪そうな表情を浮かべながら私たちを取り囲んでいる。くっ、気づかなかった。不覚。
「エミリア様!」
「ロゼ様!」
「「背後に隠れていてください!!」」
男達を倒そうと躍り出た時、二人の声が被る。顔を見合わせる。ああ、いつもの癖で出たけど、そういえばロゼ様だって騎士の卵だ。すっごい強いんだったわ。でも私だって負けてはいないつもりだ。ぱちくりとお互い瞬いたあと、二人で笑った。…あ、…やっぱり笑顔、可愛い。
「「背後は任せました!!」」
こうして私とロゼ様のタッグが発足した。息ぴったりの私たちに敵などいない。二人で共闘すると、敵はばったばったとなぎ倒されていく。ロゼ様の防ぎきれなかった攻撃は私が蹴り飛ばし、私の元にかかってきた男の攻撃をロゼ様が切り捨てる。圧勝だった。
残党が逃げていくのを見送りながら、達成感に満ちた私たちはどちらともなくまた笑い出した。改めて見るロゼ様の笑顔は記憶に残る漫画で描かれた笑顔すらも凌駕するくらい凶悪で、綺麗で優しくて可愛かった。
「笑顔、思った以上に素敵ですね」
「そう、か。…でも、エミリア様の笑顔には勝てないようだ。」
そういって優しく目を細めたロゼ様は私の頬に触れた。まるで壊れ物を扱うような丁寧で暖かい仕草。和らいだ視線と相まってどこかドキマギしてくる。うぅん、なにかついていたかな?怪我とかはしてないと思うんだけど。
「ロゼ様…?」
はっ、もしや私がほっぺぷにぷにしたことを実は根に持っていたとか!ぷにぷにしかえしてやるってことかしら!頬っぺが伸びるのは嫌だ〜〜〜っ!
私の心の声が聞こえたのか聞こえてないのか、私の呼び掛けにはっとしたロゼ様はぱっと手を離してくれた。
「あ、ああ、すまない。」
「ええ、別にいいのですけど…ロゼ様は」
「ロゼでいい。」
「え?」
「どうせ身分も変わらない。呼び捨てで十分だ。」
そういったロゼ様は相変わらず緩やかに凶悪な笑顔を浮かべている。やっぱり素敵な笑顔だなあ。
「ろ、ロゼ。」
「ああ、エミリア様。」
「じゃ、じゃあ私も様などいりませんから!エミリアって呼んでください!」
対等の立場なのに私だけが様付けされるのは落ち着かない。私がそういうとロゼ様…いや、ロゼは数回瞬きしたあと、綺麗な瞳で私にのぞき込みながら、優しい声で
「…エミリア。………ありがとう。」
ロゼと一気に距離を縮めたような気がした。




