23 君の笑顔が見たくて 前編
「わたし、ロゼ様の笑顔をみてみたいのです」
11歳になった私は、ぽかぽかとした陽にあたりながらふと呟いた。ホーホケキョ、と和の象徴のような鳥が相槌をうつような声をあげる。うーん、雅ねえ。と和んでいると1拍おいて「は?」というどこか間の抜けたような声が上がる。誰だと見回してみると声の発声主はミシェル王子だった。だが、他のメンバーもなんか変な目で見ている。
「えーっと…エミリア、どうかしたのですか?急に。」
アレン王子が苦笑いをしながら私に尋ねてくる。それに対し、お兄様も同じような視線で同じようなことを尋ねてきた。すっかり私と仲良しになったクレアちゃんもこくこくと頷いている。言われた本人であるロゼ様はというと心なしか不思議そう。王子達やクレアちゃんほどの濃い絡みがある訳では無いとはいえ2年以上の付き合いだから、なんとなくわかる。うーん、そんな変な事言ったかなあ。
今は珍しくタイミングが合い、全員揃ってのお茶会中だ。和やかムードでお茶を飲んでいる時、笑顔なみんなを見ながらふと思ったのだ。私、ロゼ様の笑顔をみたことないぞ?と。基本無表情だから仕方ないとはいえ、2年以上の付き合いで一度も見たことないとなると気になってくる。
「ロゼ様の笑顔、みたことないなあと」
「あー。ロゼは無表情だからな。仕方ないんじゃないか?」
「それにお兄さまは笑顔がなくとも充分素敵ですから。エミリア様の魅力には負けますけども!うふふ。」
頬を何故か赤らめるクレアちゃん。ふふ、ブラコンだなあ。可愛いなあ。でもそうということは兄妹であるクレアちゃんですらほとんど見たことがないということだ。レア度高すぎる!高いぜロゼ様!
改めてロゼ様をじぃっと見つめる。13歳になったロゼ様はぴくりとも眉を動かさない。伏し目がちな長い睫毛、そこから覗く綺麗な灰色の瞳は広い海のように落ち着いていて、でもどこか鋭さを感じる。全く動かない精悍な顔立ちはお兄様とはまた違ったタイプの美形だなあって思う。まだ13歳なのに、騎士のようにほどよく鍛えられた体は頼りがいがありそうで、既に完成されていると言われても納得できる。
じぃっと見つめ続けていると、ようやくロゼ様が「なにか。」と発音した。多少は仲良くなったとはいえずっとクレアちゃんの付き添いだからね、口数の少ないロゼ様と話す機会が少なかったからこれは話す機会かもしれない。
「ロゼ様、笑ってみてください。」
じっと目を見ながらそう頼むと、数回瞬いたあと、口角をぐぎぎぎぎぎぎ…と奇妙に歪めはじめた。笑っていない目と相まって、小さい子がみたら泣いてしまいそうな光景だ。…うーん、この作り笑いは…酷い。
「こうか。」
「う、うーん…泣く子も黙る笑顔ってやつですかね」
「エミリア、仮にも笑顔を鬼の形相だなんて失礼だよ。」
お兄様が失礼だと思います。非難のこもった視線でお兄様を見つめると、何を思ったか俯いて肩を震わせ始めた。なぜ急に笑い出す!解せない、解せないよお兄様!!!
急に笑いだしたお兄様は放っておいて、「失礼します」と断ったあと背後に回って手でロゼ様の頬をむにむにと触り出す。女の子の頬とは違って結構お固いけど、すべすべで綺麗だ…。くっ、お手入れをしたエミリアと同等のすべすべさだなんてなんか悔しい…!
むにむに…むに…むに…ああ、なんて素敵な感触なんでしょう!乙女として敗北感。
そう思いながら丁寧にほぐそうとしていると、いつのまにか隣に来ていたアレン王子の手によってばしんっ、と叩き落とされてしまった。痛くはないけど女の子への態度じゃないよね?ね??
「セクハラが激しいですよ、エミリア。」
「そ、そうだ!おまえ、変態にもほどがあるだろ!」
「なっ、へ、変態じゃないです!ほぐそうとしただけです!」
笑顔なのに怖いオーラを放ちながら注意してくるアレン王子に真っ赤になって固まっていたミシェル王子が追撃してくる。
セ、セクハラじゃないんですよ?単純に頬が強ばっているから表情筋使えないのかなあとほぐしただけなんです!確かに思った以上の感触についむにむにが加速しましたが!!
私が必死で主張していると、黙り込んでいたロゼ様の「…私は大丈夫だ。気にするな。」という一言で、ほかの人たちは渋々引き下がってくれた。うーん、ロゼ様紳士だ…。落ち着いていて格好いい…。キラキラビーム飛ばしちゃう。えいっえいっ。
「あの、エミリアさま。お兄さまは笑顔が苦手なのだと思いますわ。無理をしなくても…」
「うーん、でも見てみたいのです。なにか方法は…」
少しうーんうーんとうなったあと、とりあえず思いついたことを片っ端から試していくことにした。試すぶんにはただだ。やってやろうじゃないか、「ロゼ様の素敵な笑顔が見てみたい!企画」発動よ!!
『チャプター1』
「まずは王道にいきましょう!こちょこちょ〜!!」
うっへっへ。と手をわきわきしながら近寄ろうとすると、お兄様にすとんと座らせられたあと、お説教をいただいた。はい、すみません。では、代わりにミシェル王子がやってくださいと頼んでみると、意外にあっさり試してくれた。ちなみに効果は0。その整った眉はぴくりとも動かなかった。もしやミシェル王子の詰めが甘いのでは!私がやっぱりやるしか…はいごめんなさい。その笑顔で見ないでくださいお兄様。
『チャプター2』
「変顔〜〜〜〜!!」
さあ、「ぼくのかんがえた最強の変顔選手権」の開催だ。
「ロゼ王子、見ててくださいね?いきますよ〜。」
それからいくつかの渾身の変顔を披露した。えいっ。えいっ。
「おまえ…ブスな顔がさらにブスになってるぞ…」
ああん??
ミシェル王子には何故かそのような言葉をかけられた。失礼な。こういうのは恥を捨てたもんがちだぞ。ミシェル王子もやる?あ、やらない?あそう。ちなみに、アレン王子にもすごく呆れたような視線で見られている。クレア様はニコニコ微笑んでいて、お兄様はというと。
「……っ…〜〜〜〜っ」
下を向いて爆笑している。お兄様…笑いの沸点浅すぎるのでは…渾身の変顔だから狙い通りとはいえここまで笑われると…たぶんお兄様はかなり笑いの沸点が低いのだろう。
ちなみに相変わらずロゼ様は全く表情が変わっていない。むむむ。
『チャプター3』
「漫才〜!!パッパカスチャラカッ、チャッチャ!パフッ!」
前世の〇点の音を声真似しながらどこからか持ってきた座布団に見立てたクッションに座り、隣にミシェル王子を座らせる。もちろん打ち合わせ済みだ。お笑いというのは事前打ち合わせが大切。シンキングタイムをもらってしっかり考えた。最初は渋っていた王子だったけど、「ミシェル王子にしか頼めないのです」と言ったらあっさりに引き受けてくれた。全く単純な王子だげふんげふん。まあ冗談はともかく実際こんな茶番できそうなのはミシェル王子しかいない。アレン王子は可愛い笑顔でチクチク毒を刺してきそうだし、クレアちゃんは人の目が集まると緊張してそれどころじゃないし、お兄様は聡明だけどこと笑いにおいては全く役に立たない。
「え〜。最近王宮で話題になっていることがあるのだが」
「お、なんですか?なんですか?」
「俺とエミリアが熱愛とかいうおかしな噂だ」
「ほへ〜。このわたしたちがですか?なんともおかしな。わたしたちの関係性は…そう、ペットと飼い主に近いですね。わたしが飼い主です。」
「ペット…無礼はさておき、俺はペットに例えるとなんだ?」
「そうですね…カメレオン…イグアナ…」
「俺は爬虫類なのかーい!!どこが似てるんだ…」
「顔と…声と…」
「声?声ってなんだ??」
私たちの息の合った漫才にクレアちゃんは小さく笑っているようだ。アレン王子はやや呆れたようにだけど緩やかに可愛い笑顔を浮かべてみてくれていた。お兄様は…案の定大爆笑していた。というか私が入場した時点ですでに笑っていた。お兄様、私の顔ってそんなに面白いのでしょうか…?自慢の…お兄様…。
結局そのあとも色々試してみたけれど、やっぱりロゼ様は笑ってはいなかった。少し、瞳が和らいだ気もするけど、気のせいかもしれない。そのレベル。あ、お兄様は笑いが止まらなくて漫才のあとメイドによって自室に連れていかれました。
同じお兄様だというのにこの違いはなんでしょうね…。
「エミリアさま。…そろそろやめておいたらどうでしょう…?」
控えめに進言してくるクレアちゃんに、私は諦め悪くう〜んう〜んと唸っていた。クレアちゃんのいうこともわからなくもない。…けど。
「エミリア様。」
「?ロゼ様?」
「何故、そこまでして私を笑わせようとするんだ?」
「それは…」
「それは?」
「ただ、ロゼ様の笑顔が大好きなのです。」
…けど。ずっと漫画で見ていた、アリスちゃんに向けるあの「優しい笑顔」が見てみたいのだ。…もしかしたらアリスちゃんにしか笑わないのかもしれないけど、一度くらいはあの素敵な笑顔を向けて欲しいって思うのはダメなことかしら?どうせ私は悪役令嬢だから、敵対しないようにしても難しいかもしれない。そう考えたら、仲良く出来るうちに見ておきたいと思ってしまった。
…あっ、でも見たこともない笑顔を大好きって言ったら怪しまれるわ。つい素直に言ったけどそれじゃあだめだ!
「……」
「え、えと!わたし、人の笑顔が好きなのです!ロゼ様に拘らずですね!!素敵じゃないですか?」
慌てて取り繕う私をロゼ様はじっと鋭い灰色の目で見ていた。その表情は戸惑っているようにも見える。
「やっぱり、…よくわからないな。」
そういって少し顔を曇らせたロゼ様の鋭い瞳は、どこか寂しげに何かを訴えているような気がした。




