21 隠し味入りがあたった人はラッキーなのです
今日はミシェル王子が訪ねてくるらしい。前回私がいなかったこともあり今回はちゃんとアポをとってからの訪問だった。うむうむ。それでいいのじゃ。成長したようで余は満足じゃぞ。私だって暇じゃないのだ。
そして私はミシェル王子が来る前にとバレンタインデーが近いこともあり、チョコレートを作ろうと前世より段違いに広い台所でつくっておいたチョコレートを広げる。昨日作っておいたものだ。最初作ると言った時は料理長やコゼットに酷く焦った様子で止められた。
「おおおおお嬢様!!チョコレートでしたら私どもが用意しますので!!」
「そうでございますお嬢様!お茶菓子でしたらシェフの方におまかせになってください…!」
「え、いえ、バレンタインのために配るお菓子ですわ。」
「も、もしかして王子様方やクレア様方にも!?」
「?あたり前じゃないですか?」
私がそういうと何故か二人はさらに真っ青になった。まあ確かに、王子に手作りのチョコをあげるのは破滅フラグとか外聞的にやばい気もするけど、しょっちゅう遊びに来る時点でそんなの今更だ。いつものお礼の気持ちとしてあげたいと思うのを何故そんなに心配するんだろ?
ミシェル王子は年々マンガに似てくるクールな容姿とは裏腹に結構な甘党だ。うちの茶菓子をもぐもぐ頬張っていくのが恒例。アレン王子含めたほかの友達も普通にお茶菓子を食べているし、甘いのは平気なはず。だから喜んでくれるとおもうんだけどなあ。あ、もしかして。
「怪我の心配ですか?くすっ、心配性ですね、大丈夫ですよ。」
全くうちの使用人ってば心配性ね。箱入り娘にも程があるわ。うふふ。とくすくす笑っているとなんか否定的な雰囲気が流れた。解せませんわ。
とにかく、チョコレートを溶かすことからだよね。湯煎ってお湯入れればいいんだっけ?などと試行錯誤していると、料理長が苦笑いをしながら手伝うと申し出てきた。まあ厚意を拒みすぎるのもよくないし、お言葉に甘えて手伝ってもらうことにする。本当に心配性ねえ。
オタ友には「食べ物の定義を考え直さざるをえない」とご好評をいただいている私の料理。7歳のときお兄様に手作りのお菓子をあげたらお兄様に「エミリアのお菓子は意識が遠くなりそうな味がするね。でも台所は危ないからエミリアはもう入っちゃダメだよ」と言い聞かせられて以来一度も作っていない。過保護なお兄様だ。中身は大人だから気にしないでいいのに。
このチョコレートを作っているあいだも「こうした方が美味しいですよ、お嬢様」と色々なことを修正された。まあ。こんな作り方もあるのね。ふむふむ。
途中で隠し味と称して色々なものを入れてみようとしたのだけど料理長に何故か全力でとめられたから仕方ない。1個だけ当たりということで料理長の目を盗んでいれてやったわ。誰が当たるかなあ。
出来上がったチョコレートを可愛く包装していく。これはお兄様で、これはデイヴで、これはアレン王子〜。ああ、クレアちゃんにもあげなきゃ。チョコレートはシンプルだけどとても美味しかった。隠し味を入れたらもっと美味しくなると思うんだけどなあ。ミシェル王子には少し考えたあと数個だけ包んで残りを訪ねてきた時に出して一緒に食べることにした。
「おまえなにやってんの?」
「うきゃっ」
軽く肩を叩かれる。振り向くとミシェル王子。どうやら使用人がいつも通りミシェル王子を通していてくれたらしい。エプロン姿の私を変な目で見ている。
「乙女の嗜みです」
「おまえ…乙女だったのか?」
はあああああ??
「乙女ですけど」
「紳士なんだろ」
「紳士な淑女です」
「変なやつ」
そういうとぷ、とでもいうように顔を歪ませて笑うミシェル王子。はあ?言うに事欠いて変なやつとはなんだ!!レディーに対してそんなことをいうなんて、本格的に乙女心を学び直すべきだ。お兄様を見習え!!へんっ!!
「そんなことをいうならチョコレートあげませんから〜。」
「チョコ?チョコなのか?」
急に手のひらを返すように食いついてきた。甘党め。しかし素直にあげるのも悔しいなあ。私が出し渋っていると、やっとミシェル王子はこれがバレンタインのチョコだと気づいたのか落ち着きなさげに私の方をチラチラと見てくる。心なしか耳が赤い。きゅんっ。小動物みたい。
「そ、それは…もしかして、俺のために?」
「?そうですけど」
流石に私もバレンタインに自分用のチョコを作るような残念な子じゃないよ当たり前だろう?私をなんだと思ってるんだ。私がそんな思いを込めてミシェル王子をみるとミシェル王子はさらに顔まで赤くさせてなにか1人でブツブツ呟いている。挙動不審な王子だ。
「お、俺のため…いや、確かに婚約者ではあるのだから当たり前だが、俺はいい友達…として…友達?俺…」
「ミシェル王子?頭大丈夫ですか?」
頭を指さしながらそう尋ねるとはっとしたようにいつものように笑顔で軽口を叩いてくる。さっきから赤くなったり挙動不審になったり笑顔になったり忙しいなあ。
とりあえずこんなところではなんですし、と部屋を移動して、久々の二人のティータイムとした。アレン王子もお兄様もキングスレイ兄妹もいないのは久々な気がする。そもそも最近王子達も忙しいようで殆ど来れてないしねえ。
「最近お忙しいみたいですね」
「あー。お父様の方針で今から王族としての責務をお父様について学んでいるからな。」
「一応おうひょふふぇすもんね…もぐもぐ。」
「話すか食べるかどっちかにしろよ、あと一応ってなんだ…」
「もぐもぐ。………もぐもぐ。もぐ。」
「食べる方優先するな一応俺は客人だ」
「ミシェル王子が…???」
チョコレートの他に料理長に用意してもらったスコーンを頬張りながら世間話に花を咲かせてみる。お前なあと呆れたような視線を向けてくる王子はともかく、ほかの人がいるとそっちで仲良く笑顔で話し出すことが結構多いから完全な1対1は新鮮な気分だ。
…それにしても、仮にも王子の目の前で食べながら話すなんてお兄様が見ていたら絶対怒られる。でもなんかミシェル王子の前だといいかなあって気が抜けちゃうんだよねえ。
「チョコ、…もらっていいか?」
「ああ、どーぞどーぞ!」
「……普通のチョコだな、うちのパティシエのが絶対美味い」
ひとつのチョコレートを頬張りながらそんなことをいう不躾な王子。だから、デリカシー!!なんだこいつ。プロと比べるとかありえない!これでも味見をしてくれたコゼットにはベタ褒めされたんだぞ!!
「それはすみませんねー!あーあ、じゃあミシェル王子には今度は普通に料理長に作らせますからいいですよーだ。」
「いや、……味は普通だが、…俺は、好きだ。」
「?」
一瞬何を言ってるのか理解出来なかったがどうやらお世辞を言われたらしい。おやおや、王子もお世辞というものを覚えたようですねよかったよかった。
私がそう思いながらミシェル王子は何を思ったのか「ちょ、チョコがだぞ!嫌いじゃないってだけだからな!」とか何やら訳の分からないことをのたまっている。うーん。残念感。どうやら自分でも何を言ってるのかわからなくなって混乱しているっぽい。大丈夫かこの人。
「あのー、王子?大丈夫ですか?」
「あ、ああ。別にどうってことない!」
「そうですか。あっ、これはお土産用のチョコです。同じものですがお城でよければ食べてください。」
「お、おお。」
「あと、これがアレン王子へのチョコなので代わりに届けてもらえますか?」
「?アレンに?いるのか?」
「は?」
何言ってるんだこの人、という視線で見ていると、何やら1人でごにょごにょ呟いたあと納得したような感じで肩を落としていた。こんな人が王族なのか…漫画のヒーローなのか…うーん…確かにマンガではクールなイケメン王子だった気がするんだけどなあ。現実は無情だ。
そんなこんなで私はチョコレートを無事渡し、その日のティータイムは終了したのだった。さあ、お兄様にも渡してくるぞお。
そういえば、当たりは誰の手に渡ったんだろう?ラッキーパーソンは誰なのか今度聞いて回ってみよう。へへ。
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なんかおかしい。久々にエミリアの家に遊びに行ってやろうと彼女の家にいくと、自分でもよくわからないおかしな感情を感じた。
バレンタインに俺のために作ったチョコレートと聞いた時のなんとなく凄く嬉しい気持ちとか、二人で喋っている時の謎の優越感とか、大して美味しい訳でもないチョコを食べた時の謎の心の温かさとか、…アレンにも渡してくれと言われた時のどこか残念な気持ち、とか。
「ミシェル、どうしたの?」
「あっ…あー。アレン、ちょうどよかった。これ、エミリアから」
「ああ…。バレンタインだね。嬉しいなあ。せっかくなら直接貰いたかったんだけど」
「仕方ねーだろ、稽古だったんだからな!」
なんとなく優越感を感じて返事をする。…なんで優越感を感じるんだ?すると、一瞬アレンが渋い表情を浮かべた後、すぐに柔和な笑みを浮かべてきた。
「そんなことより、お母様が呼んでたよ。行かなきゃなんじゃない?」
「あ、ああ。」
慌ててお母様の元へ駆け出すが結局お母様はいなかった。離席しているようだ。…あれ、さっき何考えてたかな…。
手持ち無沙汰のままチョコレートの袋を手に取って1つ口に放り込む。やっぱり普通のチョコだ。別段美味しくも…!?
「!?!?」
なんだこの感触!!ねちょねちょしていてまるで、…まるでイカのような。なんでイカ入ってるんだよ!?アイツ本当頭おかしい!!パニックになった俺の脳裏に「当たりです☆」と笑うエミリアの顔が見えた気がした。
もうすぐバレンタインなのでミシェル回です




