11 私のお嬢様について _デイヴ_
「むーすーんーでー、ひーらーいいて、」
今日もお嬢様は元気だ。今はダンスの先生のレッスンが終わったあとの休憩中だが、なにかよくわからない歌を身振り手振りつけながら熱唱している。
「てーをーうって、むーすんでー、」
何処か大人びていて、時々危ない雰囲気で男すらたらしこむお嬢様だが、歌いながら一生懸命手をぐっぱぐっぱしている姿は可愛らしい。淑女としてはどうかと思うが。
「まーたひらいて、てーをーうって、そーのーてーをーうーえーにー」
手を上に上げたまま数秒固まるお嬢様。真剣な眼差し。何かあるのか。沈黙。沈黙。沈黙。………。
「しゃーぼんだーまとーんーだー」
…何も無いんかい。がくりと肩を落とす。突っ込みたい衝動に駆られるが、今はあくまで1人の休憩時間。あえてなにもいうまい。この仕事はなかなかに辛い。つっこみ衝動を抑えきれないのだ。
1年ほど前までのお嬢様はわがままで傲慢な使えている身としてもとても好きにはなれないお嬢様だった。私がお嬢様付きに選ばれた理由もたんなる顔基準。それなりに整っているから選ばれただけだ。まだ12歳だけどそれなりの強さは認められていたし。…しかし、選ばれた時は正直嘆息しかでなかった。なんで私が、と。執事仲間にも同情の視線を向けられた。しかし1年前彼女が寝込んでよくなってから人が変わったのだ。
とても愛らしく元気で何より誰に対しても平等に優しい彼女に最初こそ戸惑ったもののみんな段々と打ち解けて言った。淑女としての学びはするが令嬢という立場を驕らない。使用人を見下すどころか使用人のしたことに「ありがとう」と花の咲くような笑顔を見せて使用人を気遣う姿はまさに理想の主人であり、お嬢様付きの執事は立場一転今では羨ましがられるポジションであった。…というかメイドのコゼットは完全に落とされて惚れていると言っても差し支えないレベルでお嬢様を溺愛しているし。
何より彼女の凄さはたった1年で使用人どころか二人の王子にまで愛されるようになっていることだ。この国の第2王子ミシェル様と第3王子のアレン様。
ミシェル王子は彼女の婚約者だ。ミシェル王子本人はまだ気づいてはいない様子だが、彼女が好きであることは見え見えだ。熱っぽい視線に彼女と接する時の楽しそうな笑顔。いつになったらミシェル王子は自分の気持ちに気づくのだろうという話は使用人の中では天気の話並の王道な話題になっている。まだ6歳なのだから、このくらいで丁度いいのかもしれないが。
アラン王子は暫くしてからお嬢様に会いに来るようになった。最初はおどおどした様子だったが、だんだん打ち解けて行ったと思ったら段々と積極的にアタックするようになっていた。可愛らしい容姿をしているがなかなかに策略家のようで、まだ6歳なのに恐ろしい。こんな調子だともしや将来はアレン王子の妃になってしまうのではという話題も使用人の中では王道だ。
「あかいくつ、はーいてた、おーんーなーのーこー」
歌い続けている彼女を見ながら回想していると、ちょいちょいと裾を引っ張られた。振り返ると視線の下にはセシル=シルヴェスター様。2歳上のお嬢様のお兄様も、お嬢様が大好きだ。
「家庭教師の先生がいらっしゃったので、エミリアを迎えに来たんだ。ダンスのレッスンはもう終わったよね?」
「ええ。お嬢様は一人でいらっしゃいますよ。」
「よかった。…エミリア、家庭教師の先生がいらっしゃったよ。」
セシル様は元は私たち使用人と同じでエミリア様を好いてはいなかった。むしろ嫌っていたように思う。
しかし彼女が変わってから、義妹であるお嬢様を溺愛するようになった。まず家庭教師の先生からの学習をお嬢様と一緒に受けるのもセシル様の強い希望…というか半ば強制だった。本来ならセシル様はハイスペックゆえまだ5歳だった彼女と一緒に学ばせるのもどうだろうということで別々にという話だったのだが、セシル様が捻じ曲げたことで今のように一緒に受けるようになっている。まあ、お嬢様は全く気付いてないようで、「おしえてくださるのでこころづよいです」と無邪気に笑っていた。
そして他の王子二人への牽制も激しい。あの御二方は一応王子だというのにセシル様は笑顔で嫌味を飛ばしつつ追い出そうとするのだ。お嬢様と言いセシル様といい常にあの王子様に対する態度は雑なので使用人たちはしばらくのあいだ冷や冷やしていた。…まあ、今はまったくもってそれで本気で怒らせる心配はないのがわかっているので苦笑いしながら見守ってはいるものの。
何よりセシル様は自分が怒られるリスクを背負ってまで彼女を外に連れ出したのだ。そして宝石のついた髪留めまで贈った。いくらなんでもただの妹にすることじゃない。…妹思いすら越える執着は傍から見ていると心配になってくる。だというのに呑気に「おにいさまはやさしいですね」と笑うお嬢様が更に心配で仕方ない。
…それにしても。お嬢様の奇行を見て、その幼いのにモテる様子を見て。仲良くしている王子やセシル様たちを見て。…羨ましいと思ってしまう自分も、相当だろうか。
「……まあ、年も近くないですし、ただの執事ですから」
苦笑をしながら私はティータイムの準備をした。今日もこれから兄弟が来ると聞いているから、お嬢様お気に入りのローズティーにしようか。
エミリア様は今日も愛らしい。
怒涛の更新失礼します。
そして、ブックマークや評価、ありがとうございます。とても励みになります!まだまだ拙い小説ですが、エミリアたちのストーリーをまだまだ楽しんでくださると幸いです。
さて、次からは少し時間を進め年齢を大きくする予定です。これからの続きも読んでくださると幸いです。




