9 おにいさまとでーと 後編
念願のズボンをお兄様に買ってもらうと、嬉々とした表情でその場で着ていいかとねだってみる。デイヴはさらに微妙な表情になったがお兄様はとうとう吹っ切れたのか笑ってぷるぷるふるえながら承諾してくれた。お店の試着室を借りて着替える。
久しぶりの(というか今世でははじめての)ズボンはとても落ち着く。はぁ〜。いいわ〜。そしてエミリア、結構似合うわね。可愛らしい少年に見えるわ。御満悦に鏡を眺めていると、お兄様が「そろそろどうかな?」と声をかけてくれた。はっ、いけばいいけない。御満悦すぎて鏡に語りかけるところだったわ。「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだーれ?」ってね!きゃっ。
「………エミリア様、大丈夫ですか?」
いつの間にか隣にいたデイヴがすごく心配そうに眉尻を下げている。お兄様はまた下を向いてぷるぷる震えていた。もしかして口に出しちゃってた?視線でお兄様に問いかけてみるけどさらにお兄様の笑いを誘うだけだった。ええい、静まれい。
「だいじょうぶです。ぱんつすたいるはうごきやすいですね。うれしいです。なんでほかのおんなのかたはうごきやすいのにきないのでしょう?」
「動きやすさ重視する令嬢なんてエミリア様くらいですよ。」
解せぬ。呆れた顔をしたデイヴに突っ込まれながらいつまでも笑っているお兄様に近づく。
「おにいさま」
「…っ!くすっ…ぷふ…」
「…。おにいさま」
「あは、あははははっ」
ええいっ、鎮まれ鎮まれっ!!!抗議を込めてお兄様の手の甲をつねるとやっとお兄様は謝りながら笑いを収めてくれた。…目尻に涙が。どんだけ笑ってるんだお兄様は。
「ごめんね、エミリア。機嫌直して。」
「ばかにいさま。」
そういってぷいっと顔を背けるとお兄様は困ったような優しい笑顔で私の手をぎゅっと握った。かっこいいお兄様に至近距離でじっと見つめられ少したじろぐ。しかし手の中の違和感に気づいて握られていた手を開くと小さな小箱が握らされていた。
「これは…」
「本当のエミリアへのプレゼントだよ。実は前から用意していたんだ。」
開くとそこには可愛らしい青い宝石のついた髪どめがついていた。紐になっていて、髪を結ぶのにも使えそう。綺麗な宝石の他にも綺麗な装飾が加えられていてシンプルだけどもとっても綺麗だった。
「わぁ…きれい…」
「アクアマリンを使っているんだ。エミリアの瞳の色に似てて綺麗でしょ?」
「でも、こんなたかそうなのはさすがに…」
「たしかに他の人から貰うのは問題だけど、僕は兄弟なんだから、遠慮はいらないよ。ね?」
「…ありがとう、おにいさま。」
その試しに髪留めで結んでみると余計男の子っぽくなった気がするけどむしろそれは嬉しいくらいで、似合うよと撫でられた感触も幸せだったからよしとする。
はぁ、本当に素敵なお兄様。女の子の扱いも上手で、モテるだろうなあ。…あれ?そういえば何か忘れていたような。
お兄様に手を引かれながら自分の違和感に気づいてお兄様に声をかけようとすると、子供の泣き声が聞こえる。振り返ると、子供たちが喧嘩をしていたようだ。小さな男の子を女の子がいじめている。…女の子って強いなあ。
「…エミリア?」
お兄様の手をほどいてそちらへ向かう。やっぱり女の子は男の子をいじめていたようだけど、その声には照れ隠しが混ざっているようだった。…不器用で、なんと可愛らしい二人なんだろう。きっとこの女の子も仲良くなりたいのね。笑みが溢れてしまう。
「すぐ泣いてほんとによわよわしいわね!」
「うわーんっ!!」
「なにをやっているの?」
二人の方に近寄って声をかけると、女の子はたじろいだように私を見る。
「べつに…あなたには関係ないでしょっ」
「かんけいないけど…こんなにかわいいんだから、もっとえがおがにあうとおもうんだ。」
「はぁ?」
「なかよくなりたいんだよね。こんなにすてきなきみなんだからきっと、すなおにそういったらこのおとこのこもよろこんでくれるとおもうな。」
「…別に、あたし可愛くなんかないし…」
「かわいいよ。」
本当に可愛いわ。食べちゃいたいくらい。そういって真剣に女の子の手を握ってじぃっと見つめると、女の子は恥ずかしそう目を伏せている。その顔はりんごのように真っ赤だ。…でもきっと、これで虐めることはないだろう。安心安心。今度は泣いている男の子の方を向くと、男の子の手を取った。
「いじめられてびっくりしちゃったんだよね。でもね、おとこのこはもっとつよくなきゃ。」
「……えっく…ぅん…」
「だいじょうぶだよ、あのおんなのこははずかしがりやさんなだけだから。きっときみがやさしくすればおんなのこはよろこんでくれるよ。」
「うん…。」
「ふふ、おとこのこってたいへんだけど、がんばってね」
よしよし、とハンカチを渡して撫でてあげると男の子はようやく落ち着いたのか、ぼーっと私の方を見ている。私はにっこり微笑むと、「ほら、なかなおりっ」と二人に握手をさせた。よしよし、これで解決解決。私は二人に手を振りながら戻るとお兄様とデイヴが若干怒りを含んだ表情で待ち構えていた。
「ただいまもどりました、あいたっ」
「エミリア…勝手な行いはやめるようにっていったよね?」
「うぅっ」
「エミリア様、勝手に走り出して仲裁に入るなど、何かあったらと思って寿命が縮む思いでしたよ。」
「ごめんなさい…」
全く、とため息をつく二人のご機嫌取りをしながら結局この日のお出かけは終わってしまった。…そう言えばお兄様に好きな人を聞くのを忘れてたことに気づいたのは、帰ってから寝る直前のことだった。
☆★☆
「アン、コリン、喧嘩していたみたいだったけど…どうしたの?」
私、キャロルは教会のシスターだ。二人が喧嘩をしているのに気づいて慌ててお祈りを中断し駆け寄ったのだが、準備をしている間に何故か収束したようで、二人は握手をしたままぼんやりしていた。
「…キャロルさん」
「どうしたの?」
惚けたようなコリンの声に首を傾げる。二人はほぅっとため息をしながら口々に言い出した。
「かっこいい男の子がいたの…」
仲裁をしてくれた金髪碧眼の美少年について私は多くを得ることは無かったが、それから時々その美少年を聞くようになること、そしてその美少年がコリンにくれたハンカチを取り合って喧嘩をしだすようになるとはまだ知らない話。




