05 ゴリラVS空手少女
彼女の動きは速く、その拳はゴリラの顎に突き刺さった。
「グッ...」
ゴリラが僅かばかり、仰け反った。彼女は体勢はそのままだ、甘い。
間髪いれずに追撃をかけるべきだった。
おそらく、その腕前から公式な試合では強いと思われるが、
ルールの無い戦いは経験が浅いと見える。
直ぐにゴリラが回復し、彼女の足にタックルを仕掛けるが、それは後ろへ回避された。
「なかなかヤルな、楽しくなってきたぜ」
軽い口調でゴリラが、彼女へ語りかける。
しかし、表情は引き締まっていて、先ほどまであった慢心や油断は消えていた。
最初の一撃の後に、追撃を上手く決めていれば終わっていたかもしない。
チャンスは、一度逃すとなかなか次はやってこない。
「いくぜぇ...オラァ」
今度はゴリラの方から仕掛けた。
低空のタックルだ。彼女の構えた前足を狙ってくる。
「フッ...セイッヤァ」
ゴリラのタックルを左に軸を移動して逃れ、カウンターを合わせるが、ゴリラの額と彼女の拳が
鈍い音を奏でた。
ゴリラが、にやりと顔を歪める。顎を引いて、拳を額で受けたのだ。
額の骨は硬く、それに引き換え、拳は複雑な構造をしていて脆い。例え、鍛えていてもだ。
彼女は声には出さなかったが、目、表情、身体のバランスから判断すると、今ので拳を痛めた。
その後も展開は、ゴリラ優勢で進んだ。
彼女は、慎重になり攻められない。ゴリラが常に先手を取るようになった。
それでも、上手くカウンターを傷めた拳でとっていた。それも、10回以上もだ。
その諦めない姿勢、意志。正確に急所を狙う技術は卓越していた。
しかしゴリラの目が、次のタックルは必ず決まると確信に染まる。
「危ない」
口には出たが、それで伝わるわけもなく、彼女はタックルにとうとう捕まった。
彼女の動きが鈍った訳でもなく、ゴリラの動きが鋭くなった訳でもなく。
理由は、彼女の背後にはイスがあり、それが彼女の動きを妨げたのだ。
彼女も気をつけてはいたのだろうが、ゴリラが上手く調整、誘導して確実にタックルという名の
王手を決めたのだ。
「やっと、捕まえタァ」
ゴリラは彼女に馬乗りになった。いわゆる、マウントポジションだ。
こうなると、寝技の経験が無いと終わりだ。
「クッ...」
彼女が体勢を変えようとするが、ゴリラが重心を上手く変えてそれをさせない。
「お前は、よくやったよ。『私の負けです、申し訳ございません。二度と逆らいません』と土下座する
なら許してやるが、どうだ?」
「私はまだ負けていないし、口が臭いので話さないでよ。クソゴリラ」
「ヒュー、かっこいいネェッ」
言葉と同時に、ゴリラが拳の小指側の面、すなわち鉄槌で顔を殴りにかかる。
それは、彼女にガードされるが、その手をつかまれてサイドポジションに移行されてしまった。
彼女の腕は、ゴリラの手と胴体により阻まれ、動かせないが、ゴリラは腕一本自由にできる体勢になってしまった。
「もう一度同じセリフを言ってみろよォ」
ゴリラの鉄槌が無防備な、彼女の顔に何度も突き刺さる。
じょじょに、彼女の顔が腫れ上がっていくが、その奥にある瞳はまだ光を失ってはいない。
だが、すでにダメージと脳震盪で、まともに身体が動かないだろう。
「女のガキが調子にノリやがって、泣けよ、お前は負けたんだよ」
執拗に顔を殴られても、彼女は負けを認めない。
そうだよな、負けを認めたらその時が本当の負けだものな。
まだ、戦いの途中で申し訳ないが、横から割り込ませてもらうよ。
「アニキ、お遊びはそのぐらいで...ぐふぁあ...ぎぃやぁぁぁぁぁ」
オレの手を掴んでいたヘビがゴリラへ声をかけた。
それにともない、トリガーにかかっていた指と、人質に向いていた銃口が外れた。
その瞬間、オレは小手返しを極め、指の骨を折っていた。
「ゆびが、ゆびが折れた...痛えよぉ、何でこんな」
「寝てろ」
床に蹲ったヘビの顔を、かかと下段蹴りで踏み抜いた。
「がふぁ......」
ヘビは短くうめき声を上げて昏倒した。
「おい、ゴリラ野郎かかってこいにょ...ゴホン、かかってこいよ」
まだ、声がおかしい。まったくしまらない。
「オイ、何をした」
彼女の拘束した体勢のままにゴリラが、問いかけてくる。
「いいから、ウホウホ言ってないでコッチに来い」
ヘビのショットガンを拾い上げ、銃口を向け言い放つ。
「オイ、それは散弾だから撃ったら、この姉ちゃんにも当たるぜ、危ないからよこしな」
「んなことは、わかっているよ。いいから、さっさとそこをどけ。こっちはトリガーに指がかかっているんだぜ」
ゴリラは一瞬迷ったそぶりをしたが、彼女がもう戦闘不能だと再確認したのか、彼女の上からどけて
立ち上がった。
「どうやって、銃を奪ったかは、わからねえが。お譲ちゃん、大人の言うことは聞かないといけないなぁ」
「オレは大人だし、男だよ。それより銃なんか必要ない、何度も言わせるなかかって来い」
銃から弾を全部抜いてから、銃本体を遠くに投げ捨てる。
「玉付いてるのか、銃が無くても怖くてかかってこれないか?玉無しが」
「バカにしやがって、子供でも大人でも、男でも女でも関係ない、容赦しねぇ」
ゴリラが突進して来る。
そうこなくちゃな、空手使いの彼女には悪いけど、コイツはオレが倒すよ。