01
夜の砂漠。
見渡す限りが砂に覆われ、命あるものを拒むかのように冷たい空気に包まれた極寒の地。
空には無数の星が瞬き、中天を過ぎて沈みゆく三日月の光が地上を照らす。
風によって舞い上がった砂塵は月光を受け、薄く視界を覆うシルクのカーテンのように輝いていた。
地上には砂があり、空には星と月がある。
他にはなにも存在しないはずの空間に、月光を遮ってひとつの影が差した。
それは、浮遊していた。
それは、巨大であった。
それは、人の形をしていた。
人間が見たならば、一目で「ロボット」であると推測がつくであろう"それ"。
しかしその姿は、ロボットと呼ぶにはいささか異質なものだった。
猛禽類の嘴にも似た鋭い流線型を描く頭部。
線が細いながらも堅牢な印象を与える胴体。
飛行機の垂直尾翼めいた突起が突き出す肩、すらりと伸びる腕。
手には何も持っておらず、指にも力は込められていない。
足は膝から下が戦闘機の主翼を思わせる丸みを帯びた形状をしており、足首にあたる部位がない。
全身くまなく白で染め抜かれた体表面は、金属を思わせる冷たい輝きを宿している。
関節の節々には血管のように細かな溝が走り、そこから青白い光が漏れだしていた。
どこか有機的でありながらも「ロボット」であることを疑わせないその造形は、現代のロボット像からは程遠い。
ともすれば遠い未来の技術、あるいは地球外の技術によるものに見えるかもしれない。
三日月を背にして浮遊する"それ"―――機体名・「セラフ」は、ぴたりと静止して動かない。
炎を噴き出すことも、プロペラを回すことも、翼で羽ばたくこともしていないというのに、まるでそこに見えない足場があるかのごとく空中に"立っている"。
20メートルはあろうかという白銀の巨体がなんの力も借りず空中に静止しているその光景は現実離れしており、月光を浴びて鈍く輝く姿は神々しくすらあった。
しかし満天の星空も月明かりも、それに照らされ眼下で煌めく砂の絨毯も、全てに興味がないとでも言いたげに、「セラフ」はその視線を目前に続く漠々たる砂漠に―――その向こうの地平線に固定していた。
もちろんそこには何もない。
この地球が丸いことを証明するかのように、砂に覆われた大地と星に彩られた空、その境界線があるだけだ。
だが、動かない。
まるで何かを待ち受けているかのように。
何かがそこからやってくることを予見しているかのように。
「セラフ」は青白い光を放つ双眸で、その境界線を見つめ続ける。
―――果たして、それは来た。
「セラフ」の視線の先、地平線の向こう側。
何かがやってくる。
自然の風に舞う砂塵のカーテンを塗りつぶすように、夥しい砂埃を巻き上げながら何かが高速で接近してくる。
あまりに遠く豆粒のようにしか見えなかった"それ"は、わずか十数秒でその姿を確認できるほどの距離にまで近付いてきていた。
こちらもまた、人型のロボット。
だが「セラフ」とは全く違う。
夜の砂漠に合わせた灰色の迷彩色で彩られたその機体は、機体後部や脚部の巨大な噴射口から炎を噴き出し、砂上を滑るようにして移動していた。
一見して人型とは判別できないほどの重装備に身を包んでおり、凄まじい移動速度も相まって、まるで四角い箱が地面を滑走しているようにも見える。
無骨なフルフェイスヘルメットをかぶったようなデザインの頭部。
目にあたる部分は黄金色のバイザーが覆っている。
首から下の胴体部や手足のいたるところには幾重もの増加装甲が施してあり、並大抵の衝撃ではびくともしないだろうことが見て取れる。
武装は手持ちのものはもちろん、肩や腕部、脚部に直接取り付けられたもの、懸架された手持ち武器の予備など、質、量ともに目に見える分だけでも明らかに"載せすぎ"であり、過剰と言わざるを得ない。
背中のバックパックは巨大なスラスターや予備燃料のタンクが大量に取り付けられた結果、大きく後方に突き出している。
直立すればそのまま後ろに倒れこんでしまうのではないかと思わせるほどだ。
本体の大きさは「セラフ」と大差ない20メートル前後だが、満載した装備がその姿をより巨大に見せる。
夜闇にとけた全体のシルエットはまさに異形としか言いようがなく、砂塵のベール越しに見る全体像は、まるでゴツゴツとした岩山から無数の針が飛び出しているかのようだった。
法外な重量を持つ機体を絶大な出力で無理やり動かし、鉄壁の装甲と圧倒的火力で正面から押し潰す。
集団への対抗策として単体の戦闘能力のみを極限まで追求し、その結果誕生した。
そんな馬鹿げたロジックが透けて見えるこの機体に、名前はない―――
否、確かに固有の名前やそれに類するものはあったが、それを誰一人として覚えていない。
故に、あえて呼ぶならば「名無し」。
ただ戦うだけ、敵対者を破壊するだけのモノにとって、名前の有無などなんの問題でもなかった。
「セラフ」に向かって一直線に前進していた「名無し」はやがてブースターの噴射を止め、勢いを殺すために踵を地面に突き立ててブレーキをかけ始める。
全身の補助スラスターを駆使して姿勢制御と減速を行いながら数百メートルを滑走し、やがて「セラフ」の目の前でぴたりと停止した。
動きを止めた「名無し」の顎部や胸部、バックパックの装甲がわずかにスライドし、白い蒸気を大量に吐き出す。
巻き上げられた砂埃と蒸気がもうもうと立ち込める地上から、「名無し」は「セラフ」を見上げた。
「セラフ」もまた、目の前の「名無し」を見下ろす。
片や砂にまみれ、荒野に吼える獣のように空を見上げる無銘の異形。
片や月と星空を背に負い、超然と地上を見下ろす白銀の熾天使。
互いの視線が交差し、互いを射抜く。
両者は対峙し、立ち尽くしたまま動かない。
やがて視界を遮る砂埃と蒸気は散ってゆき、夜の静寂が戻ってくる。
「名無し」の体内で駆動するジェネレータだけが、静まり返った砂漠に重低音を響かせていた。
短い、しかし永遠とも思える時間が経過していく。
両機は見合ったまま。
砂漠に動くものはない。
―――時が止まったかのような静寂を破り、先に動いたのは「名無し」だった。
右手に持った長大な狙撃用ライフルの銃口を「セラフ」へ向け、躊躇いなく引き金を引く。
静まり返った砂漠に銃声を轟かせ、放たれた弾丸は過たず標的の眉間めがけて飛翔し―――そのまま夜空へ消えた。
わずかに上半身をそらし弾丸を回避した「セラフ」は、続けて二発三発と撃ち込まれる弾丸に向けて右手を突き出す。
瞬間、「セラフ」の掌から放射状に青白い光線が迸り、飛来する弾丸を瞬時に蒸発させた。
光線はそのまま地上へ、「名無し」へ襲い掛かり、砂漠を灼く。
上空から降り注ぐ光が地表を走り、それを追うように一拍遅れて青い爆炎が吹き上がる。
あまりの高温に砂はガラス化し、冷たい夜の空気を塗り替えるように熱風が吹き荒れる。
その光景はまるで大地が割れ、地獄の炎が漏れ出したかのようにも見えた。
しかし、既にそこに「名無し」の姿はない。
機体側面のスラスターを爆発的に噴射し、「セラフ」に機体正面を向けたまま横滑りに移動している。
全身に追加装甲と重火器を搭載し、"鈍重"という言葉が形を成したような外見でありながら、その速度と敏捷性、瞬発力は異常と言ってもいいほどだった。
「名無し」は「セラフ」を中心として円を描くように滑走しながら攻撃を継続する。
右手のライフル、および上肩部から伸びるレールガンによる正確無比な連続狙撃に加えて左手のマシンガンで制圧射撃を行い、両肩やバックパックに取り付けられたミサイルポッドから数十発ものミサイルを上空に向け垂直発射。
高高度に到達したミサイルは誘導を開始し、頭上から「セラフ」に殺到する。
上下から挟み込むような飽和攻撃に対し、ついに「セラフ」がその場から動いた。
重力を完全に無視したアクロバット飛行と光線によって、押し寄せる弾丸とミサイルを回避し、迎撃し、凌いでいく。
機体の至るところから放射状、光球状、一直線状と、さまざまな形で発射されるビーム兵器はほぼ全方位をカバーしており、それによってただ攻撃を避けるだけでなく、弾幕の隙間を縫っての反撃をも可能としていた。
「名無し」は圧倒的な密度の制圧射撃とミサイルで「セラフ」の動きを制限しつつ、必殺の狙撃で直撃を狙う。
隙あらば飛んでくる「セラフ」からの反撃は持ち前の機動力で回避し、危険と見れば腕部や胴体部の増加装甲で受け止める。
さらに防御に使った装甲は融解した表面部分を切り離せば、再度攻撃を受け止めることが可能になる。
一見攻防ともに優位にあるのは「名無し」に見えた。
だがそれでも、「セラフ」に決定的なダメージを与えるには至らない。
それどころか「名無し」側の攻撃はほぼ全て防がれており、反撃すら許している状態だ。
手持ち武器が弾切れを起こすタイミングを見極めながらも、「名無し」は攻撃の手を緩めない。
下腕部に装着されたガトリングガンで制圧射撃を継続しつつ、腰部・肩部から伸びるサブアームを駆使して手持ち武器の弾倉を交換していく。
さらにリロードの隙を補うため補助スラスターで姿勢を保ち、バックパックから突き出したグレネードランチャーを続けざまに三連射する。
しかし「セラフ」は、一瞬生じた制圧射撃の隙間を見逃さなかった。
回避行動の最中、上下反転しながらも動きを止める。
その時「セラフ」の関節部から漏れる青白い光が一層強力な輝きに変わり―――
飛来しつつあったミサイルやグレネードが一度に撃ち落とされ、「セラフ」に届くことなく爆散した。
掌、指、肩、額、胸、腹、膝、爪先と、全身から一斉に照射された光線によるものだ。
今回のものは放射状の拡散型ではなく、文字通り一直線に放たれる光の帯。
その一本一本が先程までと比べ物にならないエネルギー量を秘めており、照射範囲と貫通力は段違いに強化されている。
そしてそれらは迎撃を終えても勢いを殺すことなく、標的を「名無し」に変えた。
危険を察知した「名無し」は即座に攻撃を中断し、高速機動を開始する。
直後、コンマ一秒前まで「名無し」の機体が存在したその場所を光条が焼き払った。
夜空に輝く星の光がそのまま地上へ降り注いだかのような圧倒的熱量。
全身に搭載したセンサーが捉えるエネルギー量は計測限界に達している。
迎撃に使われていたものを遥かに上回る、超高出力レーザーの同時連続照射。
夜の砂漠は瞬く間に、「セラフ」が支配する光の牢獄へと姿を変えた。
四方八方から大地を削りながら迫る光の柱を、「名無し」は寸でのところで回避し続ける。
「セラフ」が「名無し」を捕捉し続ける限り、光線の猛攻が止むことはない。
「名無し」が地表を高速で滑走することで大量の砂埃が巻き上がり視界を遮るが、圧倒的な熱と攻撃範囲の前では即座にかき消されてしまう。
残弾のなくなったミサイルポッドをすべて切り離しいくらか軽くなったものの、依然として機体は重く、大きいままだ。
加えて短時間内で無茶な連続高速機動を強いられることで、全身の推進装置に強烈な負荷がかかっている。
機体各所の排熱機構・冷却機構を随時作動させて凌いでいるが、加熱が早すぎて全く追いついていない。
捕まるのは時間の問題だろう。
照射の妨害を期待して全身あらゆる火器の弾丸を送り込むが、全て着弾すらせず蒸発していく。
やがて光線の一本が右手に持った狙撃用ライフルをとらえ、トリガーガードから先の銃身を丸ごと"消滅"させた。
ライフルの断面は"高エネルギーで焼き切った"という表現さえ不適切に思えるほど整っており、その威力を証明している。
いくら「名無し」の装甲が厚くとも、まともに受ければただでは済まない。
照射開始時の頭が下を向いた上下反転状態から体勢を立て直し、再び"空中に立った"「セラフ」は不動のまま、飽和攻撃のお返しとばかりに上空から光線を浴びせ続ける。
高出力のビーム兵器を十数本同時に照射することで実体弾による反撃をシャットアウトし、一方的な攻撃を行う戦術。
全身を実弾兵器で固めた「名無し」を相手取るには最高の相性といえる。
しかし機体から漏れ出る青白い光は急速にその光量を落としており、「セラフ」が急激にエネルギーを失いつつあるのは見るだに明らかだった。
数分か、あるいは数十分か。
苛烈を極めた「セラフ」の猛攻撃が止む頃、「セラフ」を中心とした周囲一帯には、月面にも似た異様な光景が広がっていた。
高出力のレーザー光線を受けた砂はガラス化を超えて蒸発し、大地に幾何学模様じみた爪痕を残している。
「名無し」は辛うじて耐え抜いたものの、左腕の肘から先を失い、機体側部のサイドスラスターは赤熱して変形、背部と脚部のメインブースターは半数が溶解寸前、大きく突き出したバックパックや各種武装もところどころ削り取られ、満身創痍の状態になっていた。
排熱機構・冷却機構は絶えず稼働し、全身から蒸気を噴き出している。
腕を除いて本体への直撃はほとんど受けていないが、もはや推力に頼った高速移動は不可能だろう。
対する「セラフ」はほぼ無傷。
先の飽和攻撃の際受けた掠り傷や煤がいくらか残っている程度であり、機体に宿る白銀の輝きは曇っていない。
エネルギーを大きく消耗したためおいそれと大技は使えず、出力任せの強力な攻撃はできなくなったものの、機動力をはじめとする機体性能自体は大きく落ちてはいない。
クレーターだらけの焦土と化した砂漠で再び両者が対峙し、睨み合う。
しかし今回は両者の間に大きく距離が開いており、機体の状態に明確な差が生まれた今となっては「名無し」が明らかに不利な状況となっていた。
今回攻撃の口火を切ったのは「セラフ」の方だ。
飛行能力を活かして「名無し」へ向けて高速で突進し、左掌からマシンガンのように光弾を連射して牽制しながら、右手の指先から形成したビームの刃で斬りかかる。
「名無し」が迎撃態勢に移り、右腕下部に取り付けられたガトリングガンで弾幕を張るが、あまりにも遅い。
まともに機動力を発揮できないことに加え、雨あられと飛んでくる光弾によって少しずつ体勢を崩され、機体の身動きを封じられる。その状態で頭上から刃が振り下ろされ―――
「名無し」の胸部の装甲を大きく斬り裂いた。
が、致命傷には至っていない。
斬りつけられる直前に前肩部の補助スラスターを噴射し、のけぞるようにして後退したためだ。
攻撃を回避された「セラフ」はそのままの速度を維持して「名無し」の側面を抜け、再度大きく距離を取る。
必殺の一撃を避けるために自分からのけぞった「名無し」は、もともと機体重心が後ろに寄っていたため完全にバランスを崩し、転倒寸前の状態に陥っていた。
それを確認した「セラフ」は急速旋回し、もう一度「名無し」へ向けて突進を行う。
遠距離からレーザー光線で追い討ちをかけることをしないのは、エネルギー残量に余裕のない現状では、「名無し」の堅牢な装甲を確実に貫く、あるいは熱暴走により行動不能に追い込むほどの出力が期待できないためだ。
いくら機動力が殺されようと鎧のように全身を覆う装甲が健在である以上、致命的なダメージを確実に与えるには、エネルギーのロスを最小限に抑えつつ高い貫通力を持たせることができる近接攻撃に頼るほかない。
一直線に間合いを詰めつつ、先程と同じように光弾による足止めを―――
仕掛けようとした瞬間、今にも地面に倒れ伏そうとしていた「名無し」が突如として起き上がった。
オーバーヒートで壊滅状態にある推進装置に火を入れ、強引に体勢を立て直している。
そのまま全身のスラスターを無理矢理に酷使しつつ、膝部から地面に向けて突き刺したアンカーを支点にその場で大きく一回転し、「セラフ」に向けて何かを投擲した。
それは「名無し」のバックパックに取り付けられていた巨大な推進剤タンク。
機体を回転させると同時にタンクを切り離し、遠心力を利用して「セラフ」に投げつけたのである。
「セラフ」は飛んできたものを視認し、突進の軌道を上にずらすことで間一髪回避に成功する。
が、それでも一瞬遅かった。
銃撃による直線的な迎撃では簡単に回避されると踏んだ名無しが、起死回生の搦め手を仕掛けたのである。
機体の至る所を赤熱・溶解させながらも体勢を立て直した「名無し」が既に、肩部にマウントされたレールガンで宙を舞う推進剤タンクに狙いを定め、撃ち抜いていた。
タンクは即座に大爆発を起こし、すれ違う形で回避した「セラフ」は爆風に煽られ、「名無し」の方向へ吹き飛ばされる。
「名無し」は熱暴走により機体全体が熔けはじめており、もはやまともに動く部位の方が少ない有様だ。
だが腰部のサブアームや膝部、バックパックのアンカーを地面に突き立てることでかろうじて直立姿勢を保ちつつ、残った右腕で脚部に懸架した高周波マチェットを抜き放ち、「セラフ」を待ち構える。
同時に「セラフ」もまた、空中制動能力を駆使してなんとか姿勢を立て直すことに成功していた。
しかし至近距離で爆発に晒されたことによって左足を付け根から持っていかれており、加えて速度がつきすぎているために「名無し」との接触までに急停止や方向転換が間に合わない。
接触まで残り百メートルあまり。
正面衝突は避けられない。
おそらくは次の一撃が勝負を決める。
―――時間が引き延ばされるような感覚。
衝突が刻一刻と迫る中、その感覚は「名無し」のものか、「セラフ」のものか。
一瞬が一秒に、一秒が十秒に。
一挙一動も見逃すまいと、あるいはその体に刃を突き立てんと。
本来は刹那にも満たないその時間、両者は互いの姿を、その機械の眼に焼き付けた。
「セラフ」はエネルギー残量への配慮を捨てて全身の発振部から極大のエネルギー刃を発生させ、さらに「名無し」へ向けて加速する。
十秒ほども続ければエネルギーが空になるほどの無茶な行動。
だがこの状況ではもはや関係ない。
接触の瞬間に身をかわし、渾身の力でマチェットを振り抜かんと待ち構えていた「名無し」だったが、これまでの速度に上乗せする形で急激に増速した「セラフ」への対応がわずかに遅れ―――
衝突音。
文字通り機体すべてを武器とした「セラフ」が「名無し」の懐へ飛び込み、その勢いのまま、両者ともがもつれ合うようにして宙を舞った。
「名無し」の直立姿勢を助けていたアンカーワイヤーが引きちぎれ、腰から伸びたサブアームもまた圧力に耐えかねてちぎれ飛ぶ。
目にあたるカメラ部を保護していた黄金色のバイザーが砕け散り、高熱によってどろどろに熔けた金属部品が砂漠に飛散する。
自身を上回る超重量・大質量の物体に頭から突っ込んだ「セラフ」の機体が盛大にひしゃげ、へし折れた首が胴体から離れていく。
白銀の輝きは今や見る影もなく、間接部から漏れる光も今にも消え入りそうなほど弱々しく明滅している。
突き立てられた数本の青白い刃は「名無し」の装甲に孔を穿ち、その身を貫いていた。
与えられたのは確かに致命の一撃であり、それは「名無し」の戦闘機械としての機能を奪うに足る一撃であった。
懐に「セラフ」を抱えたままの「名無し」は、重力に従って背中から大地に叩きつけられる。
バックパックやスラスターだったもの―――溶解・液状化した金属が「名無し」を中心として周囲に飛び散り、まるで血痕のように地面に広がっていく。
再び、砂漠に静寂が訪れた。
戦端が開かれてからどれほどの時間が経ったのか。
既に空からは月と星の輝きが消えつつある。
地平線から顔を出した太陽は不毛の大地に刻まれた戦いの痕をありありと照らし出し、「名無し」と「セラフ」もまた、陽光のもとにその身を晒す。
失った左腕と残った右腕で「セラフ」を抱きかかえた「名無し」は、もはや動かない。
動力源たるジェネレータを完全に破壊され、砂漠にその身を横たえた時点で既に事切れていた。
そして「セラフ」もまた、日の光を浴びる。
土砂や煤にまみれ、輝きを失ったその背中には―――生えるようにして、「名無し」のマチェットが突き立っていた。
両機が衝突した瞬間。
地面に叩きつけられ、機体が動きを止めるまでのわずかな時間。
今際の際にあった「名無し」が、己の身もろとも「セラフ」を背中から突いたのだ。
高振動によってダイヤモンドをも容易く切断する刃は、「セラフ」の背中から「名無し」の胸にかけての厚みを一息に貫いていた。
マチェットはその刀身を朝日に煌めかせながら、両機を縫いとめている。
刃の突き立った傷、「セラフ」の背中と腹部からは、間接部と同じ青白い光が漏れ出していた。
大きな傷を負った。
しかし既に動かない「名無し」と違い、未だ完全に機能を停止したわけではない。
間接が折れて逆側にへし曲がった腕を動かす。
残った右足を動かす。
頭部を失ってなお、立ち上がろうと身体が動く。
だが既に、限界だった。
わずかな残光を残し、「セラフ」の機体から光が消えた。
同時にその総身から力が抜け、しなだれかかるようにして「名無し」の上に倒れこむ。
末期を告げるかのように力なく舞う青白い残光は、砂塵に混じり消えてゆく。
金属が擦れ合う甲高い音を最期に、陽光降り注ぐ砂漠に静寂が満ちた。
もはやここに動くものは存在しない。
無銘の異形と白銀の熾天使は、周囲に突き出す物言わぬ岩石と同じ"モノ"となった。
看取るものも、葬るものも存在しない。
ただ吹き付ける乾いた風と砂だけが、彼らを悼み、弔うようにその身体を撫でていた。