王族だから外出禁止って、どんな仕打ち??
今七歳の俺には、入学するまでまだ時間があった。四年という長い時間が。
もちろん、入学に備えて勉強はしなければならないのだけど、それでも俺には長い長い時間だった。
この世界の勉強が案外チョロかったってのもあるけど、多分わくわくして待ちきれないからだ。ちなみにどれだけチョロいのかというと……、この世界の普通科の学校を基準にしても、卒業までに習うのは日本の小学校卒業レベルらしい。これ、入学試験なにするのか気になるレベルなんだけど。って、突っ込んでもいいのかな?
とまあ、あとは魔法の勉強をするくらいで、多分余裕である。
すごい! 僕って天才だね! なんてねっ。ちゃんと勉強してたよ。
けど、なんだろう。……退屈なんだよね。正直ね、王族だからって堅苦しいのも嫌なんだよ。
俺は自室の机に頬杖をついて窓の外を眺めていた。
「お坊ちゃん、どうなさいましたか?」
と、俺に声をかけるのは、メイドのエイリーさん。
いつも俺の面倒を見てくれる優しい人だ。ついでに美人さん。聞いた話によると、お母さんの幼馴染で同い年で、実は結構仲がいいらしい。そして、お胸はお母さんより大きい。……って、最後のは俺の自慢のお母さんがかわいそうだからこれ以上はよそう。
そそそ、そんなことより! 幼馴染ってうらやましいよね。前世では幼馴染どころか友達すら居なかったし、俺はかなり憧れるよ。
あれ? なんでこんな悲しい話になったんだっけ? あ、エイリーさんだ。
いいや、今回一番指摘すべきなのは呼び方かな?
「エイリーさん、やっぱりその『お坊ちゃん』ってのはやめてください。『レノ』でいいですから」
前に一回同じようなことをお願いしたんだけど、『恐れ多い』って返されちゃったんだよね。
俺に『お坊ちゃん』って、似合わないよね……? もう七歳だしね。似合うのかな?
いや、そういう問題じゃなくてね。中身大人だとすっごく恥ずかしいんですよ、はい。
「前も申し上げましたが、それはできません。それに、お坊ちゃんも私に敬語じゃないですか。自分たちには普通にしゃべるようになったと、ニーナ様がこの前嬉しそうに話してらっしゃいました。私はメイドですから、仕方がないのかもしれません。けど、それなら私だって同じです」
ん? なんかお母さんに似てないですかこの人。気のせいかな?
なんか『お坊ちゃま』って強調されてた気がするし、もしかすると、俺をいじりたいの? やめて泣いちゃう!
エイリーさんは少し顔を背けた。無意識だろうか。
「じゃあ、これでいい? エイリーさん」
やきもち? いやなんでやきもち妬いちゃうの? けど、もしかしてエイリーさんは、仲間外れになってる感じが嫌だったのかな? お母さんとは仲いいだけに。
なら、ごめんなさい。と俺は心の底で静かに謝っておいた。
「え? い、いいのですか? だって、家族の間でもついこの前……」
ああ、そうか。心配してくれていたのか。それなら納得だ。大納得!
俺って異常な子供なのか。普通家族に敬語なんて使わないしね。
要するに、7歳という、日本ではもしかしたらまだトイレにひとりで行けない時期、いいやもしかすると、ヒーローにあこがれすら持たない時期かもしれない、そんな俺が敬語で話してたら、そりゃ確かに異常人だよっ。
「でもその代わり、俺のことは『レノ』って呼んでね?」
……日本の子供の教育が不安になっちゃうような冗談はさておき、これで七歳児っぽいかな?
「は、はい! ありがとうございます、レノ」
予想は的中したようで、エイリーさんはすんなりと呼び方を変えてくれた。それも余程嬉しかったのか、彼女の表情には眩しいほどの笑顔が咲いていた。
仲間外れ感がなくなってよかった。と俺は感じるのだった。
「それで、なにをなさっていたのですか?」
「あ……えっと」
切り替えが早いね!
俺は思わず、口ごもってしまった。
「外に行っちゃ、ダメかな……?」
ダメですよね。……わかってるよ! うん、期待なんてしてない。訊いてみただけだから!
「レノは外に行きたいのですか?」
「うん。お城の庭には何回か出たことあるけど、街には出たことないから、行ってみたいと思って」
そう、俺は生まれてから一度も街に出たことがなかった。というか、お父さんとお母さんが外に出してくれない。あの二人はバカップルであり、行き過ぎた親バカだったのだ。
まあ、知ってたし、嬉しいんだけどね。行き過ぎてるよね!
確かに俺はまだ七歳だし? 王族だし? この世界のことやこの国のことも全て把握してるわけじゃないし? どんな危険があるかわからないから、ってのはわかるんだけどねっ? それでも、これはひどいと思うんだっ!
「そういうことならニーナ様にお願いして……」
「この前お母さんに相談したら、泣き付かれちゃって」
「……そうですか。まあ、ニーナ様ならもしかしたら、とは思ってましたが、それほどでしたか」
エイリーさん、きっとわかってるよっ。さすが幼馴染だね!
って、そう感心してる場合でもない。だからエイリーさんに相談したんじゃないかっ!
「今のうちに言っておくと、お父さんは軍隊を呼ぼうとしていたよ」
「さすがですね、あのお二方は」
何感心してるのさ! ひどいとは思わないっ?
「俺はただ、普通に街に行きたくて……」
少し……じゃなくかなり子供っぽく、可愛らしく言ってみせる。
こういうわがままって、子供の特権だよね!
「エイリーさん、協力してくれない?」
「え……? 私が、ですか?」
「うん。でも、お母さんやお父さんに内緒で行くから、無理強いはしないよ」
お母さんたちに無断で俺に協力したってバレたら、どうなっちゃうかわからないからね!
「その言い方だと、何か策があるのですか?」
「まあ、一応ね」
「わかりました。やってみましょう」
「うん、わかってたよ。やっぱり無理だよね……って、えっ?」
「それで、私は何をすればいいのでしょうか」
あれ? 彼女、結構やる気ある?
哀れな子供に同情するような優しい瞳を見せて『任せてください!』と言動で示すエイリーさんに、俺は少し申し訳ない気持ちになってしまう。
立案して、あざとくお願いした悪い子供は僕の方なのにっ!
「本当にいいの? だって、お母さんたちに逆らうんだよ?」
「いいんです。レノはまだ子供なんだから、そういうことは気にしなくていいんですよ。それに、ニーナ様には、レノの面倒を見るように言われております。それなら、好奇心旺盛なレノの要望に応えることも仕事の一環だとは思いませんか?」
確かに正論だね。けどそれってつまり、最終的に全責任は好奇心旺盛な悪い子供にあるってことだよね。まあ、いいけどさ。間違ってはいないんだし。
結果、俺は今からエイリーさんの協力を得て外に出ることになった。
なぜこうなった! と思うかもしれませんが、俺、前世じゃ引きこもりじゃなかったもので、ずっとお城にいると体がムズムズするのです。変態じゃありませんよ?
って! 俺は一人で何やってるのっ? 重症だよ! 早く外に出て、新鮮な空気吸っていろんな人と交流しないと! 本当にそういう病気にかかっちゃうよ!
さて。外に出る方法は至って簡単。エイリーさんと堂々とお城の正門を抜ける、といったものである。
まあ、俺は街でもバレないように、どのみち変装をするんだけどね。
日本のアニメやラノベなんかだと、こういう時は女装をするのがお決まりなんだけど、さすがに俺はしないよっ。後で恥ずかしさで悶え死んじゃうからね! 普通にかつらをするくらいだからねっ!
というわけで、俺はエイリーさんの子供という設定だ。ちなみに、彼女には私服になってもらう。メイド服だと無駄に目立っちゃうからね。
本当のお母さん、ごめんなさい。あと、エイリーさん、ごめんなさい。と、罪悪感があるから一応心の中で謝らせてっ。
「緊張しますか?」
正門までの移動中ではあるが、俺が無言だったためか、エイリーさんがそんなことを訊いてくる。心配そうな顔をしている。
それに、メイド服じゃなく女性らしいひらひらした服を着ているせいだろうか、一瞬ドキッとしてしまう。だって美人さんなんだもん! 仕方ないよねっ。
「大丈夫、ちょっとお母さんたちに申し訳ないなと思っただけだよ」
「レノはお優しいのですね。グレウス様に似たのでしょうか」
「っえ。いや、全然そんなんじゃないと思うよっ。お父さんは確かに優しいけど、俺はよくお母さんに似てるって言われるし」
エイリーさんの不意の一言に、俺は全力で両手を横に振って答えた。
そういうこと言われると結構照れちゃうタイプなのである。それに、今回俺が何も悪くないかというとそうでもないのだ。これじゃ、申し訳なく思うのも普通だよね。
「ふふっ……確かに。そういう可愛いところは、ニーナ様にそっくりですね」
ふぅ、話題を変えられてよかったぁ。
「あっエイリーさん、正門が見えてきたよ」
そう言って、俺は目の前にある大きなお城の表門を指さした。
なんでだろう、エイリーさんが横で笑ってる。俺をからかってるの?
でもまあ、エイリーさんとこうやって仲良くなれて良かった。年齢差ありすぎるし、友達とまではいかないまでも、俺たちはいつの間にか、たわいない話ができるようになっていた。
「あ。エイリーさん、どちらに行かれるのですか?」
正門の目の前まで来たところで、そこに居た門番の男性から声がかかった。
「ちょっと買い物をしに行ってきます」
「あれ? その子は誰ですか?」
問われ、一瞬にして体に緊張が走る。
「この子は私の子です。おかしいですか?」
「え? えぇっ? エイリーさんの、こ……子供、ですか……っ。い、いえ、おかしくないですっ」
何この人、めっちゃ動揺してるよ……っ!
ん? もしかしてこの男の人、エイリーさんに気があったり?? いいや、きっとそうだね! 転生してきた俺の勘がそう言ってるよ!
「では、通らせていただきますね?」
「……は、はい」
門番の男性はがっくしと俯いて答えた。
これはこれは……、悪いことをした。いやぁ、本気でそう思ってるよ。
「エイリーさんエイリーさん」
門を抜けてから少ししたところで、俺は「ちょっとちょっと」と、怪しげな占い師が客を呼び込むようにして言った。
「どうかしましたか?」
「あの男の人、すごく動揺してたね」
前世の記憶(恋愛経験はない)を持つ俺が空気を読んで一押ししてあげよう。
「ああ、ドウムさんですか。あの人は駄目ですよ。頼りなさそうです」
「え? もしかしてエイリーさん……気づいてた?」
「ええ。あの人から少なからず好意を持たれているような気はしていました」
俺の前世から培ってきた長年の知識がズタボロにされた気分だよ。
ていうか、それほんとっ? 本当なら、エイリーさんは見た目に似合わず悪魔だったらしい。好意を知られててあの反応、俺なら絶対屈折しちゃうよ! まあ、あの人自身は知らないだろうけどね。
「逆にレノはわかったのですか? すごいですね。さすがはニーナ様の子供です」
「あ……うん」
平然と笑っていられるエイリーさん、マジで半端ないよ! というか怖い!
「さて、レノの行きたがっていた王都まで出てきましたよ」
「あの、エイリーさん。ありがとう」
「いえいえ。それよりも、あのお二方には困ったものです。レノを……こんなにも可愛い子をお城の中に閉じ込めておくなんて」
いや、最後のはどちらかというと関係ないと思うよ。でもありがとう。
エイリーさんは俺の正面に移動して顔を向けた。俺も見上げる。
身長差のせいで見上げる形になってしまうのはこの際仕方がない!
「絶対に私から離れないでくださいね。迷子にならないためです」
「はい!」
俺は、少しばかしいい子ぶって元気に返事をする。
単独行動も期待しちゃってたけど、さすがに無理っぽい。まあ、これでも王族だからね。
「よろしい。では、何処か行ってみたいところはありますか?」
「特にないけど、街を見て回りたいかな」
子供っぽくないって? そりゃ、中身は大人だもん! そもそも、子供っぽい回答って何? 公園とかかな。……俺は、まずはそこからだねっ。
すると、エイリーさんは笑顔で答える。
「はい。じゃあ、行きましょうか」
なんかデートっぽいのは、気のせいだよきっと! 歳も、お姉さんどころかお母さんってくらいに離れてるからねっ。そんなこと考えてしまうのは俺が彼女と歳が近いからだよね。
なんて思考を巡らせていると、いつの間にか俺の手はエイリーさんに引っ張られていた。どうやら俺たちは、完全に保護者と子供らしい。わかってたし、当然だよ! うんっ!
されるがままといった感じで進んでいくと、周りが人でいっぱいになる。エイリーさんみたいな、メイドさんも少なくはなかった。さすが王都! さすが都会!
確かに、これじゃ迷子になっちゃいそうだ。
「エイリーさん、王都ってすごいよっ!」
「ふふっ……はい、そうですね。でも、そんな国を治めているグレウス様とニーナ様はもぉっとすごいんですよ?」
エイリーさんは微笑んでから返した。
もう、俺はただのはしゃいでる子供だった。
「うんっ。けど、そんなお父さんとお母さんに信頼されているエイリーさんもすごいと思うよっ」
「レノは人を褒めるのもお上手なんですね」
上手っていうか、ただの本音なんだけどね……。
少し歩くと、左右にはお店がたくさん並び始めた。いわゆる商店街という場所だろうか。
「そうだエイリーさんっ、お母さんたちにお土産買っていかない?」
「え。……いいですけど、私たちが街に出たことがバレてしまいますよ?」
「もちろん、エイリーさんがいいなら、だよ。今思ってみると、お母さんたちにバレずにってのがそもそも無理だと思うんだ。無責任だけど、それならお土産でも買っていってあげようかな、って」
そう。無責任である。もともと、バレないようにってのが前提だったんだけど、怖いことにあの親バカな二人が俺の行動を把握していないとは思えない。つまり、最初っからバレてるかもしれないのだ。
いや、普通に怖いけどね、あの二人の親バカっぷりは!
もしも俺が前世の記憶なんてない普通の子供だったら、泣いちゃうレベルだと思うんだ!
まあ、それならお土産でも買ってあげないとね。逆にあっちが泣いちゃいそうだよ。
「構いません。でも、私の持っているお金であのお二方に、となると……」
「あ、エイリーさんが払う必要はないよ。俺、多少は持ってるし」
一応、お小遣いは貰ってたりする。
強制引きこもりな七歳児に何持たせてんのっ? とも思ったけど、あの二人なら仕方ないね。現に役に立ってるんだし、感謝しておこう。
「はあ、さすがですね」
エイリーさんも呆れ返ってしまっている。
「それに、気持ちがこもっていれば、お母さんたちは何でも喜ぶと思わない?」
「確かに、そうですね」
絶えず、幾度も、国王様と王妃様の親バカに呆れる俺たちだった。
お店は、そのほとんどが路上に露出していた。そんな街を歩いていく。
イメージ通りすぎる異世界にちょっと鳥肌が立ってくるのは、実に今更だった。
「レノ、あそこはどうでしょう?」
そう言ってエイリーさんが指差したのは、髪飾りなどアクセサリーが主に売られているお店。確かに、贈り物といえばまず浮かぶのがアクセサリー系だね。
この世界では初めての買い物ということで、少しどきどきしながら、お店に並ぶ品々を眺める。
「あ……金銭面で問題があるのであれば、少しくらいは出せると思いますが……」
「い、いや! 大丈夫だよっ!」
何やら心配しているように見えたのはそのせいだったのか。いやでもね! メイドさんにお金を借りるとか、絶対にしちゃいけないと思うんだ! というか、俺も結構お金……もといお小遣い貰ってるし、きっと大丈夫だ。
「そうですか……」
えぇ? なんでそこで落ち込んじゃうのっ? もしかして、メイドの務めっていうやつですか?
「い、いえ。なんでもありません! ……少しは頼ってくださいよ。これでも、七年間ずっと一緒にいる、もう母親みたいなもの……じゃなくて! メイドなんですからっ」
なんか言ってるみたいだけど、「なんでもありません!」の後から聞こえないよ! 聞かれたくないのだろうか。まあ、なんでもないなら気にしなくていいのかな?
……微妙にフラグが立った気がするのは、気のせいだと信じたい。
「お兄ちゃんっ、やっと……やっと見つけたよっ?」
すぐ後ろから聞こえてきた声に、ぞっとした気がした。
気のせいかな? 今、『あの時』俺がトラックから助けようとした女の子の声が聞こえた気がしたのは、俺が成長できていない証拠で、ただの空耳なんだろうか?
俺は重たくなった体を持ち上げて、ゆっくりと声の方を振り向いた。
「ふぅ」
良かった。つい吐息を漏らしてしまったけど、俺の変な妄想は妄想で済みそうだ。というのも、そこに居たのは見知らぬ少女。日本人なら遺伝的にあり得ない、長い桜色の髪と、綺麗なルビー色の瞳を持っていた。恐らく、歳は俺と同じくらいだろう。
だとしたら、きっと彼女は人違いをしてしまっているんだね。と俺は思った。
そんな少女に、俺のすぐ隣に居たエイリーさんが声をかける。
「君、お兄さんを探しているのかな?」
「うぅん、もう見つけたから」
「え?」
「お兄ちゃんっ! やっと逢えた!」
少女は勢いよく飛びついてきた。俺はそれを力なく受け止める。もう身に任せていた。
って、あれえ? なになに? すみません、状況が把握できません!
「お兄ちゃんって、レノ……っ?」
「ち、ちがっ! 違いますよ!」
つい敬語になってしまったのは、俺なりの動揺の表し方ですっ!
「そ、そう……ですよね」
あの二人が隠し子を生んでいたなんて、俺は聞いてないよ!
「え……っと、やっぱり君は勘違いしてると思うよ?」
と、今度は身動きが取れなくなってしまった俺が問うた。
そうだよ! きっと間違いだよ! どーせ間違いなオチだよ! ラノベやアニメみたいな、『私、実はうんと前からあなたのこと知ってたの!』なんてことはないよねっ。ない、よね?
「勘違いじゃないよ! 私がお兄ちゃんを間違えるわけがないよっ」
少女はきっぱりと断言してから、
「レノ・ティーベルは国王陛下グレウス・ティーベルの息子で、俗にいう王子。年齢は七歳で──」
「ちょ! ちょっちょっと! すとォっぷ!」
何言ってるのこの子! いきなり俺の正体暴こうとしちゃってるよっ! え? まさかバレてる??
「わかった、場所を変えよう! 移動しよう!」
とりあえずここを離れないと! こんな公共の場で正体バレたらまずい! お母さんたちにも迷惑かかっちゃうよっ!