プロローグ
もしも、ある日突然別の世界に『転生』してしまったら、どう思うだろう? どう感じるだろう?
世間体的には、俺は今痛いことを言っているように聞こえるのかもしれない。いや、マジで聞こえかねないんだけど……っ!
しかし、夢ではなかったようで、もう一ヶ月もこの世界に閉じ込められてる。
閉じ込められてる、というのも、周りがよく見えないし音もよく聞こえない状態だった。
これじゃ、恐怖しかないよ!
……俺は今日ようやくこの世界に向き合うことにした。もとい、できていた。だって目も耳も前と感覚が違うんだもん。
「お坊ちゃん、泣かないでください」
そんな声が、俺の頭上で聞こえる。
って言うか、お坊ちゃん?
耳を疑っていいだろうか? そして同時に、目も疑うべきなのだろうか?
今こうして、赤ん坊(多分、俺)を抱えているのは、夢物語に出てきそうな、メイドさんのような人。服装は、俺の住んでいた日本という国で言うなら、メイドのコスプレを着た人。
いいや、コスプレにしては本格的だ。……もしかしなくても、本物のメイドさん??
なにこれ、現実?
「あら、泣き止みましたね。まさか、言語を理解したのでしょうか」
「いいえエイリー、その子にはきっと、あなたの愛情が伝わったのね」
「そ、そそそんな恐れ多い! 私は一メイドに過ぎません。愛情と言うのなら、ニーナ様の方が!」
「それは当然よ。いくらあなたといえど、我が子に関して私は負けるつもりなんて無いわよ?」
すぐ横で、椅子に腰掛けていた女性が立ち上がった。言い回しからして、俺の(赤ん坊の)母親らしい。
ふわふわしていて上品な黄金色の髪に青紫の瞳をしていて、とてもお美しかった。
……って、俺は自分の母親になんて感想を持ってるんだよ! ま、まあ、自我があるんだし、普通だよね? 俺はおかしくないよね??
「す、すみません」
「いいですよ。からかっただけですから」
メイドさんことエイリーさんが軽く詫びると、お母さん(だよね?)はくすくすと笑いながら答えた。
いたずら好きの悪いお母さんのようだ。
「それよりエイリー、この子は立派な国王になれるかしらねえ?」
「大丈夫でしょう。ほら、いま笑ったような……」
いや、それは遺伝だと思うよ。
ん? 待て。今俺のお母さんは何て言った? 国王様? あの?
そういえば、さっきから思ってたけど、この家って結構お金持ちだったりするのかな? メイドさんもいるし、日本に住んでいた俺からすると、このヨーロッパ風の家も見慣れないからかすごい家に見えてくる。日本では、どちらかというと貧乏だったからな。
いや、そうじゃない! ここって、日本とは……というか、俺の住んでいた『世界』とは違うの??
もしそうなら、君主制……つまり王様がいる、ということもありえる。俺はあまり見たことないけど、よくある転生系の映画やアニメ、それこそ漫画や小説では、だいたい今俺が体験していることが描かれてたりするし。
聞き間違いか、これは夢だと信じたい。ベタな展開すぎて頭がおかしくなっちゃいそうだ。
「あなたが言うのなら大丈夫ね。これでこの国も安泰かしら」
あ、あれれー?
今、俺の中の願いとか希望が破片になる音が聞こえた気がした。
俺にそんな重い役目を、生まれて早々押し付けないで!
い、いやだって、無理よ? これが俺の知っている『転生』というものだったとしても、俺前世では勉強なんてしてなかったし、会社でも雇う側じゃなくて雇われる側だったし!
「はい。きっと殿下もそう思ってますよ」
「まあ、あの男は……ね」
な、なに!? 超気になるんだけど! 俺のお父さん……王様はどんな人なのよっ!
今の俺の表情は、底の見えない谷でも見下ろしているような感じなのだろうか、お母さんが反応する。
「あら、この子もわかってるようね。あの男がおバカな人だって」
「でもお優しい人なんでしょう?」
「そうじゃなきゃ、私があの男を選ぶわけないじゃない。たとえ王族だとしても、ね。……って、私ったら子供の前で何恥ずかしいことを……」
言わないで欲しかったよ! 主に今までの会話全て!
……そんなこんなで、まだ赤ん坊な俺は自然と眠気に襲われる。起きたばっかりだったのに、赤ちゃんってこんなに不便な体だったんだ。
変な実体験をして、無駄に疑問符が多かった初日は終わった。