外と車とお出かけと
本日分の更新です。
楽しんで頂けると幸いです。
よろしくお願いします。
「レフィア、いくわよ」
「はい、ニーニャ様」
住居と食事、お金の目途が立ち、心配事が一気に解消したところで、いざ初めての買い物ということで、張り切ってリビングを飛び出そうとしたところ――
「ちょおっと待った!」
春奈に呼び止められ、ニーニャとレフィアはリビングの扉を開けたところで足を止め、春奈の方に顔を向ける。
「ニーニャちゃん、その髪のまま行くのはちょっとまずいと思うのよ」
ニーニャの髪は床に垂れ下がっており、髪の毛を引きずる形でニーニャは移動している。
本来、家の中でも髪を引きずって歩くのは良くはないのに、外に出るとなれば、なおさらだ。
そのため、ニーニャとレフィアは春奈の部屋に連れられ、出かける準備を始めることになった。
その準備の間、明人は朝に洗濯した雑巾の洗濯物と朝に洗濯が完了するようにセットしていた衣類の洗濯物を庭先に干し、リビングに軽く掃除機を掛けていた。
それらの家事が終わり、テーブルで一息ついていると、リビングのドアが開き、ニーニャとレフィアが入ってきた。
「どうよこれ、可愛いでしょ!」
開口一番、ニーニャは胸を張ってその髪型を見せつけてきた。
ニーニャの髪は両端で三つ編みを作り、その三つ編みで髪の毛をまとめ上げ、ツインテールを作っている。
「うん、可愛ね!」
「でしょでしょ!」
その場でくるりと周り、アピールをして――
「それじゃあ改めて、いくわよレフィア!」
「はい、ニーニャ様」
二人は玄関に向かい、明人も二人についていく形で玄関へと向かった。
ニーニャ、レフィア、明人の順で並び、ドアの前に立つ。
ガチャリ――。
鍵を開け、ガラララと引き戸であるドアを勢い良く開ける。
外からは太陽の日差しと春の陽気な暖かさが吹き込む。
玄関のドアを開けた先には、砂利の敷かれた庭とそこに駐車してある青色の軽自動車、そして春奈が栽培している家庭菜園が広がっている。
庭の広さはそこそこ広く、家庭菜園がなければ、軽自動車が後4台は駐車することができる。家庭菜園がある今でも軽自動車をもう2台置くことができるだけの広さがある。
庭の先にはコンクリートの道路、その道路を挟んで対面には、立派な木造の家が建っている。一歩外に出て左右を見渡すと、同じように木造の一軒家が建ち並んでいた。
「おおお、おおお!」
目を爛々と輝かせながらニーニャは周りの家々を見つめ――。
「こっちの家はこうなっているのね!」
とはしゃぎ出した。
「ユグドとは違うの?」
レフィアの後ろから聞こえる質問にニーニャが応える。
「そうね、私の知る限り、ここまで凝った作りの外見をした家は私の住んでいた王城以外は見たことないわ。一般的な住居は、外見はそのままで内部を加工するのが主流だし」
「外面はそのままで?」
「えっと、例えば、一本の木があったとして。外見に加工を施すのは入り口の扉だけなの。それ以外の外見には加工を施さず、内部の必要な空間だけを魔法で加工するの」
「なるほど、だから外見はただの木でしかないのか」
「そういうこと。だから、王城以外で、こんな凝った外見の家があるなんて、本当にすごいわ!」
明人とニーニャが家の話をしていると、戸締りの確認を終えた春奈が家から出て来た。
「おっし、戸締り完了。それじゃあ買い物に行きましょうか」
その一言にニーニャは「おーっ!」と掛け声をあげる。
「で、馬はどこにいるの?」
ニーニャはキョロキョロと庭を見渡し、馬がどこにいるのか探しているようであった。
「「馬?」」
明人と春奈が首を傾げていたのを見たレフィアは――
「ユグドでは、遠くに買い物に行く場合、馬を使うことが多いのです。そのため、よほどの事情がない限りは一家に1頭馬がいるんですよ」
と説明してくれた。
「そっか、こんな立派な家に住んでるから、馬を買うお金がなかったのね」
ニーニャは庭を隅々まで見て馬がいないことを確認して、明人に哀れみの視線を向ける。
「いや、いや、違うから、そもそもこっちの世界で馬なんて使わないから」
明人が素早く否定すると――
「えっ、そうなの? なら、歩きね! 歩きで買い物に行くのね! いろんな景色を見てみたいわ!」
先ほどからテンションが上がりっぱなしのニーニャは右手を上げて力強くそういった。
「歩いていろんな景色を見るのはまた今度ね。今日買い物に行くところは歩いて行くには遠すぎるから」
ニーニャは明人の反応を見て首をかしげる。
「歩きでも馬でもないなら、何で行くのよ。まさか、空を飛んで行くわけじゃないわよね?」
そんなやり取りを横目に、春奈は車の後部座席にある荷物を整理する。
普段は明人と二人で買い物に行くくらいなので、乗らない後部座席には色んな荷物が乗せられたままになっていた。
その荷物を片付けなければ、ニーニャとレフィアを車に乗せることができないので、レフィアに頼み、後部座席にある不要な荷物を玄関先に運んでもらい、全員が座れるように片付ける。
「ありがとう、レフィアちゃん。後部座席に荷物を置いてたのをすっかり忘れてたわ。」
「いえ、これくらいは当然のことです。しかし、これがこちらでの移動手段なのですね」
「これだけじゃないけどね、移動手段の一つって思ってもらったらいいよ。っと、よし、とりあえず後部座席も掃除できたし」
車用の粘着ローラー、通称コロコロを片手に後部座席の埃を掃除していた春奈は大方の埃が取り切れたと判断し、コロコロをトランクに片付けた。
「明人、ニーニャちゃん、買い物いくわよー」
玄関前でやり取りをしている明人とニーニャに呼びかけると、明人が反応して、玄関の鍵を閉めたのち、ニーニャを連れて車の近くまでやって来る。
「なにこれ、なにこれなにこれ!」
「ニーニャ様、これはこちらの世界の馬です」
車を見て又してもテンションが上がるニーニャにレフィアが車について簡単に説明をした。
「馬、馬なの! 手で触った感じ鉱物でできてるわよねこの馬」
「はい、詳しい話は移動の時間を使って説明してもらいましょう。今はこちらの椅子にお座りください」
レフィアは後部座席のドアを開け、ニーニャに春奈さんの後ろに座るよう促し、ニーニャが座った後にシートベルトを着用させていた。
どうやら、先ほどの荷物運びの際に春奈から一通りの車に乗るときのマナーを教わったようだ。
運転手側の後部座席のドアを閉め、反対のドアからレフィアも後部座席に乗り込み、シートベルトをつける。それを見守ったのち、明人も助手席に座りシートベルトを着用する。
「よし、みんな乗ったね、それじゃあ出発するよ!」
「お願いします」
「わーい」
「お願い致します」
三者三葉に春奈の出発合図に返事をした。
車が出発してからニーニャに車について色々質問されることを覚悟していた明人はいつ質問が来てもいいようにスマホで調べて準備をしていたが、出発してからしばらく経っても質問されることはなかった。
後部座席を見るとニーニャは目をキラキラとさせながら、窓から移り変わる風景を見ることに集中しており、その姿をレフィアは幸せそうに眺めていた。
住宅地を抜けると、運転席側の窓からは海が見え、その後数分走ると次に山間に入り、森林が見えるようになる。
助手席側からは田んぼや畑、民家などが見える。
移り行く景色を見ながら1時間ほど車に揺られていると、隣町のデパートに着いた。
駐車場に車を止め、春奈、明人は車から降り、それに続いてレフィア、ニーニャも車から降りる。
ニーニャは車から降りてすぐにはしゃぎ始めた。
「すごい! すごいわね、レフィア! この車っていうの。馬よりも早い速度で走っているのに風の抵抗を受けないなんて!」
「はい、私も感動しました。こんなに便利なものがこの世界にはあるのですね」
「それに、車から見えた景色も色々変わってすごかったわ。見ていてわからなかったものとかもあったけど、後で明人に教えてもらえばいっか」
「ニーニャ、レフィアさん、行きますよ」
車と車から見えた景色について語り合うニーニャとレフィアに明人は声を掛け、デパートの入り口に向かって歩き出す。
「えっと、衣類とかのフロアは、っと、3階ね」
このデパートは6階構成で建てられて降り、5階と6階は屋内駐車場、4階はレストランフロア、3階が衣類や生活用品フロア、2階がおもちゃ、家電フロア、1階が生鮮食品フロアとなっている。
今回は衣類と生活用品、生鮮食品フロアで必要なものを購入することになる。
「エレベーターで行きますか?」
「そうね、今回はエレベーターで行きましょう」
せわしなくキョロキョロしているニーニャを見て、春奈はエレベーターで行くことにした。
エレベーターの扉が開き、3階に降りるやいなや、ニーニャが走り出した。
「あっ、こら、ニーニャ! すみません、レフィアさん、ニーニャを捕まえてもらえますか」
「承知しました」
走り出したニーニャにすぐに追いつき、ニーニャをホールドしてエレベーター前まで戻ってきた。
「離して、離しなさいレフィア!」
「申し訳有りません、ニーニャ様、今は明人様からのお願いを優先すべきと考えたため、離すことはできません」
拘束されたニーニャはジタバタともがき、レフィアの拘束を外そうとするが、レフィアはハーフとはいえオーガの血統である。腕力でエルフのニーニャが敵うわけがない。
「レフィアさん、そのまま拘束した状態で僕たちについてきてください」
目的の店に向かう間も隙を見てはジタバタしていたが、レフィアの拘束が外れることはなかった。
「ニーニャ、目的の買い物が終わったらデパートの中を回るから、とにかくまずは目的のものを買おう」
ニーニャはデパートの中を見れなかったのが気に入らなかったのか、そっぽを向いてぶすっとしたまま明人の話を聞いていた。
「ほんとに?」
「うん、本当だよ」
「ほんとにほんと?」
「うん!」
明人は笑顔で応える。
「わかったわ、それならちゃちゃっと買い物終わらせちゃいましょ!」
「レフィア、もう突っ走ったりしないから、離して貰っていい?」
レフィアが明人の方に確認の目線を送ると、明人はうなずいた。
降ろされたニーニャはレフィアの方に向き直った。レフィアはどんな罰を受けることも覚悟して静かに立っている。
「ありがとう、レフィア。私は自分の好奇心を抑えられなかった。今後もこういうことがあると思うから、その時はお願いね!」
「承知致しました。ニーニャ様」
レフィアは深々と頭を下げていた。
一幕の様子を見ていた春奈はパンと一つ手を叩き――
「それじゃあ、服を選びましょうか」
邪悪な笑みを浮かべていた。