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【外伝】嫁入り狐と異世界予報士見習いの冒険譚

今週分の更新です。

本作品を読んでいなくてもて読むことのできる短編作品です。

楽しんでいただけると幸いです。

よろしくお願いします。

とある休日。ニーニャは暇を持て余していた。


「あきとー、暇だから何処かにいきましょ!」


明人の部屋の扉を勢いよく開け、部屋の中を見回したがそこに明人の姿はなかった。


「あー、そういえば今買い出しに行ってたんだっ……た?」


部屋を見回した際に、テーブルの上に置かれて数枚の紙が目に入った。


「これって……もしかして……」


原稿用紙を手に取り、最初の一文を読んだニーニャはまるで、おもちゃを得た子供のような笑顔を作り、黙々と書かれている内容を読み始めたのであった。



本日の天気は快晴です。雲ひとつない洗濯日和の一日になるでしょう。

朝に見た天気予報のアナウンサーが満面の笑顔でそのように言っていたので、眠気まなこをこすりながら溜まっていた洗濯物を干し、カーテンを閉めてベッドへとダイブした。


「あぶねー、今日干せなかったら履くパンツがなかったな」

そうつぶやき、俺は深い眠りに身を委ねた。


ザーッ――。


眠りに落ちて何時間経った頃だろうか、快晴と言われていた外から聞き慣れた不穏な音が耳に入って来た。


ザーッ――。


「はぁ……天気予報の嘘つきがあああああああ!」

すぐさまベッドから身を起こし、カーテンを開け外を見る。

窓から見える空は間違いなく雲ひとつない快晴だ。しかし、外に干していた洗濯物は乾くどころか、干す前よりも水を吸っていた。


「あー、うん、天気予報は嘘をついてなかったのか……なんで、なんで、このタイミングで、狐の嫁入りが発生するんだよー!」

理不尽に対して非難の声を上げたが、非難したところで何も始まらない。とりあえず、まずは雨水を大量に吸った洗濯物を渋々取り込むことにした。


カランコロンカランコロン――。


雨に濡れた洗濯物を洗濯カゴに入れ、部屋に戻ろうとしたタイミングで、お囃子とともに子供達のはしゃぐ声が聞こえてくる。

「どこかで誰かが不幸な分、どこかの誰かが幸せなんだろうな。まぁ、幸せは巡るものって言うし、次はきっと俺にも良いことがあるよな」

雨水を吸った洗濯物を洗濯機に放り込んで、いつものメニューでもう一度洗濯を始めるのであった。


ピンポーン――。


相変わらず止まない狐の嫁入りを眺めながら洗濯機の音を聞いていると、インターホンが鳴り響いた。

「はーい」


何か配達でも届いたのだと思い、扉を開けるとそこには――。

白い嫁入り装束を着て、狐のお面をかぶった少女と、お付きの人と思われる狐のお面を被った男が数名立っていた。

「えっと、すみません、厄介ごとは断っているので……」

そっと扉を閉めようとすると、狐のお面をかぶった少女が扉の隙間に足を挟みこみ、閉めようとしている扉を無理やり開けようとしてきた。


「いやいやいや、主人(あるじ)さま、この嫁入り装束を見て厄介ごとってなんですか!」

「いやいやいや、誰がどう見たって厄介ごとだろ!」

「ひどい! なんですか、なんですか、私が厄介を呼び込む女とでも!」

「よく考えてみろよ、扉を開けたら知らない少女が狐のお面と花嫁装束を装備して、お付きを連れて立ってるんだぞ、どう考えたって厄介ごとを持ってきてるだろ!」

「んー……せめて不審者扱いくらいに」

「じゃあ、不審者お断りだ!」

「そんなぁぁぁぁ」

悲痛な叫びが聞こえてくるが、そんなことは関係ないと扉を閉める力を強めるが、お付きの男たちが介入し、あっけなく扉は開け放たれた。


「うぅぅ、せめて話くらい聞いてくださいよぉぉぉぉ」

狐のお面の下で泣きそうな声で訴えかけてきた。

「はぁ、仕方ないか、下手に追い返して扉とか壊されるのも嫌だしな。いいよ、話を聞くよ」

快諾の言葉を聞いた狐のお面の少女がまとう空気が急に明るくなり、お付きの人はホッと胸をなでおろした。


「まぁ、流石にアパートの玄関先で話を聞くのはお隣さんに迷惑だから、とりあえず2人だけ部屋に入ってくれる? 残りの人たちは話が終わるまで、アパートの駐車場で待機してほしい。それが話を聞く条件ってことで」

俺がそう言うとお付きの人たちが相談を始め、その中で一番小柄な男が手を挙げた。


「わかった。じゃあ後の人たちはアパートの駐車場で待機で」

そう言って、狐のお面の少女と小柄な男を部屋に招き入れた。


部屋の間取りは7.2畳のDKと6畳の洋室がある1DKの部屋である。

洋室にはベッドとテレビとパソコンが置かれており、DKには4人用テーブルと冷蔵庫やキッチン用品と、部屋の片隅にはまだ数度しか使われていないであろう新しいリュックが置かれている。


「お茶の用意するから、椅子に座ってて」

そう言って俺はコップに麦茶を入れて2人に渡す。

「ありがとうございます」

狐のお面越しに一口お茶を口にしたのを目にしてから――。

「さて、それじゃあ話を聞かせてもらおうか」

そう話を切り出した。


「はい。その前に……」

狐のお面の少女が小柄な男の方に視線を送ると、男が1つ頷きを返し、2人は狐のお面を外した。


花嫁装束を着た少女は、少しつり目で漆のような黒い髪の毛が特徴的な整った顔立ちをした可愛い少女であった。

男の方は、40代後半くらいの彫りの深いダンディな顔立ちをしており、どこかのスターと言われても納得してしまうような顔立ちをしていた。


「ふむ、映画のエキストラの応募してたっけな」

「映画じゃないですよ!」

「じゃなきゃ、こんな可愛い少女やダンディなイケメンが俺の前にいるなんてありえない!」

「えっ、可愛いだなんてそんな」

黒髪の少女は顔を赤らめながら頰に両手を当てて、恥ずかしがっていた。

「はぁ、お前と婿殿では話が進まんようだな。あまり口を挟むつもりはなかったが私から説明させてもらおう」

俺と少女のやり取りを見ていたお付きの男が痺れを切らして口を開く。


「お願いします!」

「そうだな、まずは我々の紹介からさせてもらうよ。私の名前は九火天狗(ここのび てんく)。読み名の通り九尾の狐と天狗のハーフだ。今は妖界の長をしている。そしてこっちが俺の娘の九火鬼狗(ここのび きく)。まぁ、読み名の通りで、俺の嫁が鬼でな、九尾と天狗と鬼という三大妖怪の力を持つ娘が産まれたわけだ」

「えっと……なんていうか、俺の考えた最強の妖怪みたいな要素が詰め込まれすぎでわ?」

「正直、妖界内でも同じこと言われてる。まぁ、本気の鬼狗を止められるのは妖界内では俺くらいなのだから、事実最強だろうな」

三大妖怪、その血統の妖怪は本気を出せば1人で1つの世界を滅ぼすことも出来る力を持っていると言われている。

そこで照れている少女はそんな妖怪たちのハイブリッド。本気を出せば1人でいくつもの世界を滅ぼす厄災として扱われかねない存在である。


「で、その九火さん家の娘さんが俺に嫁入りを願うと……なんの冗談ですか?」

「冗談なんかじゃないですよ! 私のお婿さんはあなたしかいないんです! 主人さま!」

先ほどまで恥ずかしがっていた少女が真剣な表情でこちらを見ている。


「鬼狗、まだ説明が途中だから、もう少し静かにしていてくれるか?」

「いえ、お父様、ここからは私が説明します」

娘の言葉を聞いた天狗は少し考えたが、娘の意見を尊重した。


「では、私から説明します。主人さま……いえ、シグレ=アサクラさま」

「えっと、なんで俺の名前知ってるんだ?」

お世辞でもなんでもなく、俺の名前は有名でもなんでもない。会ったこともない人間の名前を妖界の長の娘が知っているはのは不自然だ。


「それはですね、私はこの世界で生を全うし、妖界に転生し、今の生を得た妖怪なのです。この世界に生きていた時の名前は『イトメ=アサクラ』でした」

「!?」

「気づいてもらえたようですね」

「うそ……だろ……」

「本当ですよ、主人さま! 私はあなたに拾われ、あなたに育てられ、この世の生を全うした狐のイトメです!」


いやいや、イトメが死んだのは3年程前で、もし転生できたとしてもこんなに大きいはずがない。

考え込んで俯いていた顔をあげ、訝しげな目で鬼狗を見つめる。

「信じてもらえていない様子ですね。では、主人さまとの思い出を1つ、主人さまの高校卒業前の頃、友達から借りたエロ本を読みふけっていた時の話です。エロ本に夢中だった主人さまは近づく母上さまに気づかぬまま猛る本能に抑えがきかなくなってしまい、行為に移り果てようとした瞬間、母上さまから声をかけられ……」

「ちょっと待てええええええ! わかった、信じる、信じるから! その先を口にするな! 頼むから!」


消し去るべき黒歴史、生きてきた人生の中で最大級のトラウマになりかねない思い出、封印していたその思い出を口にできるやつといえば、その時、その全てを見ていたイトメしかいない。


「で、どうなったんだ?」

興味津々に天狗が聞くと――

「狐の私が猛る松茸を口に入れたのです」

鬼狗は頰を染め、照れながらあの時の情景を口にした。


「だからやめろとおおおおおお!」

「ふむ、婿殿もなかなかの猛者であったか」

穴があったら入りたい。心の奥底に封印したトラウマという代償を経て、俺は昔飼っていた狐のイトメが今の目の前に鬼狗に転生したことを認めることになった。


「いっそこの記憶を消してくれ」

テーブルの上で突っ伏しながら一言つぶやいたがその願いが聞き入れられることはない。


「そんなこと言わないでください! 誰も婿に貰ってくれなくても私が今日嫁入りしますから!」

鬼狗が力強くテーブルに両手をつき、身を乗り出してきた。


「はぁ、そのことだけど、申し訳ないけど、嫁入りはなしで」

「えっ……」

今までのふんわりした空気が嘘のように、一瞬にして空気が重くなった。半分は天狗の威圧と殺気であったが、そんなものに屈するわけにはいかなった。なんせ自分の人生がかかっているんだから。


「理由を聞かせて貰ってもいいですか?」

「理由は2つ、1つ目は鬼狗は俺のことを知っているけど、俺は転生後の鬼狗のことを全く知らない。だから、好きとか嫌いとかそういう気持ちもわからないまま嫁入りって言われても、互いに不幸になると思うんだ。2つ目は今はそういうことにうつつを抜かしている暇がないんだ……」

「それは、主人さまのあの夢に関係することですか?」

鬼狗が静かに質問する。


そっか、鬼狗には俺の夢を語ってたっけな。

「そうだよ、俺は夢である異世界予報士になるために色んな異世界を冒険しなきゃならないんだ!」

「主人さまは昔から変わらないですね。本当に良かったです」

鬼狗は頷き、そして、俺の夢を聞いてくれていたイトメと同じ優しい目をして受け入れてくれた。


「ありがとう、本当にごめん」

「大丈夫ですよ、主人さま。お父様、嫁入りは叶いませんでしたが、私、九火鬼狗はシグレ=アサクラさまに好きになってもらうため、この住まいで同棲します!」

「うむ、想定通りの流れで良かったな。婿殿が断った瞬間は、やはり殺意を抑えきれんかったが、最後まで聞いてみると、うむ、納得のいく回答であった。お前が言った通りの人間のようで安心したぞ」


「……へ?」

鬼狗と天狗とのやり取りの意味を理解することができず、変な声が出てしまった。


「いや、ですから、嫁入りはお断り……」

「はい、なので、今は嫁入りを諦めます。まずは主人さまに好きになってもらうところから始めます! そのための同棲です!」

「えっと、でも、俺は夢の異世界予報士になるための冒険を……」

「ふむ、そういう意味ではやはり鬼狗と同棲した方が良いと思うぞ」

「えっと、なんでですか?」

「先ほど婿殿も言っていただろう『俺の考えた最強の妖怪』と異世界を冒険するのであれば危険は付き物。最強の妖怪である鬼狗がいれば生存率は格段に上がる。それに、鬼狗のやつ異世界予報を感覚でやってのける天才でな。近くでその感覚に触れると婿殿の夢の近道になるかもしれんぞ」


自分の顎を撫でながら天狗は鬼狗の有用性を売り込んでくる。

「男親って、娘を他の男に渡したくないんじゃ……」

「それは人間の話であろう。妖怪は別だ。変な男に大切な娘をやることはできんが、婿殿なら問題ない」


「あっ、そうなんですね、それなら……っていやいや、ですから……」

「主人さま、自慢ではありませんが、私、家事は一通りこなせますよ! 特にお料理は大得意です!」

鬼狗が両手で握りこぶしを作り、フンスと鼻から空気を出しながらアピールしてくる。


その言葉を聞いた時、ここ数年間のカップ麺生活が頭をよぎり――

「えっと、その、ここまで否定だのなんだのしてきましたが、よろしくお願いします」

鬼狗の最後の一言が最強の一撃となった。


「はい! 主人さま! 末長く宜しくお願いします!」

眩しい満面の笑顔を向けられ、ついつい視線を逸らして窓の外を見ると、先ほどまで降っていた雨が嘘のように止んでおり、空には綺麗な虹が空にかかっていた。



「ただいまー」


買い出しから帰ってきた明人は荷物を片付け、自室に戻ると読み終えたであろう原稿用紙をテーブルに置き、難しい表情で何かを考えているニーニャの姿が目に入った。


「……ニーニャさん……もしかしてそれ、読んだの?」


震える人差し指を原稿用紙に向け、上ずった声でニーニャに問う。


「あっ、明人お帰りなさい。ええ、これ読んだわよ」


ニーニャの返答に明人はその場で崩れ落ちた。


「どっ……どうしたのよ明人!」


「いや、まだ考案状態の原稿だったからさ……まぁ、恥ずかしいわけですよ」


そういって弱々しい声で焦るニーニャに返答すると、ニーニャは緊迫していた表情を緩めた。


「何事かと思ったわよ。うーん、私は普通に好きだけど、中々難しそうな題材よね」


「やっぱり、先の展開が難しい点について考えてたんだね」


「いや、全然違うわよ」


「ん?」


明人は先ほどのニーニャの難しい表情は物語の展開が難しいと判断しての物だと思っていたので、そのことを否定された明人はニーニャの口から出た次の言葉に不意を突かれることになった。


「いや、この話の中で、狐が松茸を口にくわえるシーンがあるじゃない?」


その言葉を聞いた明人は血の気が引き、変な汗が出始めた。


「これってどこに生えてたのかなって思って――それを考えていたのよ」


「ニーニャ!」


明人は大声でニーニャの名前を呼び、両手を肩の上に置いた。


「はい!」


「そういうのは、時には読者の創造に委ねた方がいいんだよ!」


「たしかに、全てを説明すると読者の想像を固定しちゃうもんね!」


自分から回答をしたくない明人はとっさの言い訳でなんとかその場をしのげた――ほんの数秒だけそんな希望を持つことができたのであった。


「じゃあ、一読者として教えて。明人はどこに松茸が生えてると思って書いたの? 私としては頭の上なんだけど」


明人は刹那の思考で考えた。これを回答するのは簡単であるが、それをすることによってニーニャだけでなく瑞波からもさまざまな責め苦を受けることになりかねないと。であれば、明人が取るべき行動は1つであると。


「ニーニャ。晩御飯の支度をするから、その話は終わりで」


「え? じゃあ、私も手伝うから教えてよ」


「いや、だからさ、そこは読者の創造によりけりだって。ニーニャが頭に生えていると思ったのなら、それが正解だよ!」


「いや、そういうことじゃなくって!」


「そういうことだよ!」


そんなやりとりが長らく続いたが、明人は最後までニーニャの執拗な質問に屈することはなかった。

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