恋する乙女と従者の受難
今週分の更新です。
楽しんでいただけると幸いです。
宜しくお願いします。
机の上に置いてある1枚の原稿用紙を見つめ、ニーニャは1つため息をついた。
「だめだー!!」
クリスマスまであと4日を切った本日。クリスマスプレゼント用の小説を書くのに集中しようと部屋に籠っているニーニャであったが、原稿用紙に向き合ってから3時間が立つも1文字も書くことができていなかった。
それどころか。時折――。
「あー、あー、うー、あー」
ゾンビ映画で出てきそうなゾンビのように何度も何度もうめき声をあげ、そして自己嫌悪に陥る。
なぜこの思いを相談してしまったのか。なぜ瑞波から借りた小説を当日読み切ってしまったのか。なぜ原稿を書いてから読もうと思わなかったのか。なぜ明人への思いを意識した途端、明人の事ばかりを考えてしまうのか。そんな考えが頭の中をグルグルと回り回って、自己嫌悪と恥ずかしさからの唸りを延々とニーニャは繰り返しているのであった。
煙が出そうなほど熱を持った頭をひんやりとした机で冷却しながら、ニーニャはぼーっと1つのことを考えていた。
「はぁ……今頃明人はクリスマスプレゼントに何を選んでいるのかしら。もしかして私の欲しい小説とか……」
そこまでを口に出した時点でニーニャは一度自分の頭を軽く机に打ち付けた。
「また……あー、またかー、そっかー……」
そしてまた、自分が相談したこと、小説を読んだこと、原稿が書けていないことを自己嫌悪する。
そんな様子をレフィアは扉の外からそっと覗き込んでいた。
「おいたわしや、ニーニャ様」
「あっちゃー、これは不味いわね……」
レフィアよりも低い位置から、瑞波の声が聞こえる。
今のこのニーニャの状態がいたたまれなかったたので、相談役として瑞波を呼んだのであった。
「おうおう、若者はいいねー。青春してるねー」
レフィアよりも高い位置からは春奈がニヤニヤしながらニーニャの様子を見ている。
ニーニャの無限ループをしばらく観察したのち、レフィアが1階に降りる合図をだし2人は頷いた。そして、そそくさと1階へ降り、春奈の部屋にて会議を始めることとなった。
「お二方はどう思われましたか?」
「私の貰うはずだったクリスマスプレゼントが消滅しそうね」
「いえ、そのクリスマスプレゼントは私が貰う予定でしたので」
瑞波は笑顔でレフィアはいつものような済ました表情であったが、両者の間には確実に火花が散っている。
「いくらレフィアちゃんとはいえ、これは譲れないわよ」
「それはこちらのセリフです。いくら瑞波さんとはいえ、こればかりは譲ることができません」
火花は業火にそして2人の後ろに虎と龍が見えんばかりのオーラが放たれている。
「はーい、そこまで。そんな話をするための会議じゃないでしょ」
春奈が瑞波とレフィアの間に割り込み、両者に一度ずつ視線を送り闘争を沈静化させた。
「そうでした、春奈様ありがとうございます。プレゼントを手に入れる以前の問題です」
「そうよね、そもそもそのプレゼントが完成しない可能性の方が高いんだから」
瑞波とレフィアは互いに目を合わせ一つ頷くと互いに右手を出し、硬く手を握り合った。
「とりあえず、一時休戦ね」
「そうですね。ニーニャ様の現状打破のために」
「では、一時休戦協定が結ばれたところで相談なのですが……この状況どうやって打破しましょうか」
「…………」
レフィアの質問に瑞波と春奈は考える。自分たちが恋をした時のことを考え、その時にどのようにしてあの状態を脱したのか。
沈黙から数分、瑞波と春奈の首は徐々に右に傾き始めた。2人はそのことに気づき、首を戻してまた考え始めるが体は正直である。数分するとまた首が左に傾きはじめる。
そうして何度かその行動を繰り返すと、2人は諦めたかのように遠い目で窓の外を眺め始めた。
哀愁漂う2人の背中は何も聞くなと語っているようであるが、この状況を打破すべくそのプレッシャーを乗り越えてレフィアは2人に質問した。
「えっと……何か名案は……」
その言葉を紡ぐまでに、幾度自分からの発言を制限したか。この言葉を口にすることでまた何か問題が起こるのではという恐怖の中、前に進むため途切れ途切れでも言葉を口にした。
「「ないわね……」」
「……え?」
「うん、あのね、今考えて気づいたの」
「そう、私も気づいちゃったの」
「「私はまともに恋をしたことがなかったってことを」」
瑞波と春奈は2人して地面に両手を付きうな垂れた。
「いや、だってさ、仕方ないじゃない、小説書いたり学校行ったり兄さんを制裁したり。友達の手伝いをしたり。部活したり。普通に過ごしてたら恋なんてする余裕ないじゃない……」
「そう、そうなのよ、学生の時はそんな感じで、大人になってからは仕事に仕事にそして、仕事。余裕があれば取材アンド仕事なんて感じで結局こいなんてする余裕がなかったのよ。自分のことで手一杯なのよ。しかも、ほとんどが家での仕事だから、出会いなんてものもないし……」
2人は自らの理不尽な状況に更に絶望し、愚痴を吐露しはじめた。
その状況たるやレフィアがニーニャのことよりも先に2人のこの状態を打破しなければならないと考えるほどである。
怨嗟のようにブツブツと2人は愚痴を吐露し続けている中、レフィアは頭を捻った。数分間頭をひねりそして1つの行動に移った。
「もしもし、森山先生のお電話でお間違い無いでしょうか」
『もしもしー、レフィアさんですかー。珍しいですねーあなたからの電話だなんてー。どうしたんですかー?』
「はい、実はカクカクシカジカで」
『……何それ、超面白そうじゃない。ちょっと待ってなさい。今すぐ車出してそっち行くから』
何故かプライベートモードから教師モードのような口調になった緑に多少疑問を覚えたレフィアであったが、この際そのことは二の次である。
「はい、宜しくお願い致します」
そうして緑との通話を切り、レフィアは春奈の部屋の外で座り緑を待つことにした。
■
車のエンジン音が森川家の前で止まるのを耳にしたレフィアは、すぐさま家の前に足を運びお辞儀をした。
「遠いところご足労いただき、ありがとうございます」
「気にしないでくださいー、むしろ連絡いただけて本当に嬉しいですー。なにせとても面白そうな話ですからー」
レフィアのお辞儀に応対する緑は先程電話口で聞こえた教師モードから、プライベートモードに戻っていた。そもそも教師モードの口調が出ていたことに緑本人が気づいていなかったかもしれない可能性すらある。
「それでー、現場はどこですかー?」
「はい、こちらです」
「うむー」
間延びした言葉遣いで、どこぞの探偵や刑事のセリフを言われても締まらないが、今のレフィアにはそんなことは関係ない。緑を呼ぶことはレフィアにとっての最終手段。
「いやー、事実は小説より奇なりーですねー」
そう、恋愛小説を何百冊と読んでいる彼女以外に現状を打破するのに適した人間はいないのだから。もし、緑でも解決できないようであれば、今度こそお手上げである。
「まずは、この扉の向こうの2人をなんとかしなければなりません」
そう言ってレフィアが扉を開けると、先程よりも負のオーラが増しているように感じた。
部屋の中では瑞波と春奈が壁を背もたれに三角座りをしてブツブツと呪文のように何かをつぶやいている。
「なるほどー、これはなかなかな重症ですねー」
「はい、私ではどうすることもできなくて」
レフィアの言葉に1つ頷き、緑は瑞波の言葉をしっかり聞き取るため、耳を近づける。
「ふむふむ。なるほどなるほど」
そう相槌を打つと、緑は瑞波の肩を軽く叩いた。反応した瑞波は顔を少しあげ虚ろな目で緑を見る。その瞬間、緑は瑞波をぎゅっと抱きしめた。
「木崎さん、恋愛は速度ではなく質ですよ。如何に恋愛回数が多くとも質が悪ければ何も得ることができないんです。そうでなく、じっくり、ゆっくりでもいいんです。そう、今のあなたは質の良い恋愛をするための準備期間なんです。色々見て、色々経験して、そして本当に好きになれる人をみつけるために必要な情報を蓄えている時なんです。だから、今落ち込む必要はないんです。落ち込むなら十数年経っても何も変わってなかったら落ち込みなさい」
そう言って緑はニッコリと笑った。
その言葉、その笑顔を見て瑞波はまた一度塞ぎ込んだ。今度は緑の言葉を反復するようにそして、数秒後――。
「うん、今は私に恋愛は必要ないわ! その恋愛をするための準備期間なんだから! 待ってなさいよ未来の私! これから私は未来に向けていろんな経験を積んであげるから!」
そう言って自分で自分を鼓舞し、塞ぎ込んだ状態から復活した。
続いて春奈である。だがしかし、瑞波に比べて春奈の方が復活させるのは難しい。年齢の差だけ経験の差も大きい。
そんな中緑はどのように春奈を復活させるのか。
そんなことを考えながらレフィアは息を飲んで緑の様子を見守っている。
緑は春奈の耳元で一言二言呟くと、その途端春奈はとなりにいる緑の両手を握り――。
「ありがとう!」
そう言って緑を抱きしめた。
「なっ……」
レフィアの表情が見えた緑は口元に人さし指を当ててウインクをした。レフィアはその様子を見て驚愕するばかりである。
レフィアにはおそらく一生縁がないであろう。緑が春奈の耳元で「合コンを組んであげる」というその魔法の言葉には。
そうして2人は復活し、当初の目的に戻ろうとしたところで――。
「ただいまー」
明人が家に帰ってきた。
「やばっ……」
「失態です。時間を気にしておりませんでした」
そうして明人が自室に向かうためニーニャの部屋の前を通ると隙間からニーニャが机に向かっているのが見えた。
明人はニーニャの部屋をノックすると。
「入っていいわよ」
「今日は原稿を書いてたんだねニーニャ」
「え”っ……あきと?」
ギギギと油の刺されていない機械のように首を回転させ、明人の方に視線を向ける。
「あれ、まだ書いてないんだね。何の小説かわからないけど、ニーニャが1人で書いた小説。僕は読みたいな」
明人の一言はニーニャを突き動かすには十分だった。その一言を聞いたニーニャは今までの状況が嘘のようにペンを握り原稿用紙に文字を書き出した。その集中力たるや明人がニーニャの頭に手を乗せたことにすら気づかないほどである。
「頑張ってねニーニャ」
一言ニーニャにエールを送って明人は部屋を出た。
その様子を見ていた瑞波、春奈、緑は息ぴったりに――。
「「「あれが恋する乙女の原動力か!!!」」」
そんな言葉を口にした。
その裏でレフィアは1人ホッと胸をなでおろしていたのであった。




