宴の前の嵐
更新遅れました。
今週分の更新です。
楽しんで頂けると幸いです。
宜しくお願いします。
夜、秋の虫の声のみが響くなか、ニーニャは1人御神木の前に立っていた。
「あんたたち、あれが出現するのを知ってて私に神楽をやらせたの?」
自らの内に積もった怒りを抑えつつ静かに精霊たちを問いただす。
「いやいやいや! そんなわけないだろ」
「そうよ! 私たちだってあんなことが起こるなんて思ってもみなかったんだから」
「だれだっけなー、何か起こるかもしれないって言ってたやつわー」
「あ”っ、こら、なに言ってるのよ!」
精霊たちの会話を聞く限り、何かしら起こることは予想ができていたらしい。
「あんたたち、こればっかりは冗談じゃ済まないわよ……」
「「「……」」」
精霊たちはニーニャの今まで感じたことのないプレッシャーに押し黙る。
神域__神々の住まう場所。全てを無で形取られた場所であり、時空、世界の境界を超えた『全て』で存在する場所。主人の許可なくそこに足を踏み入れれば、その魂が消滅すると言われている。
ユグドでも多くの精霊術師が神域について研究し、一部のエルフは神域に至る方法を確立しているのだが、いずれの方法も神域の主人の許可を得ることが出来ず、実験を行ったエルフは1人の例外もなく命を落としている。
その一方で、式典やお祭りなどで巫女が神に踊りを捧げると、ごく稀に神域へと招かれることがある。招かれた巫女は1人の例外もなく、命を落とすことはない。
今回の神楽舞でのケースは後者であったため、ニーニャ、明人、瑞波、緑の全員何事もなく戻ってくることが出来たが、素人の集まりであるニーニャたちが何事もなく戻ってこれたことがすでに奇跡といっても過言ではなかった。
「ごめんなさい」
イタズラ好きな精霊たちもこの状況には思うところがあるのだろう。1体の精霊が謝ると、堰を切ったようにほかの精霊たちも謝罪した。
「ただ、信じて欲しいのは、僕たちも神域が現れるなんて予想もしてなかったんだ」
「えぇ、そこについては信じるわ。それと私も謝るわ。ごめんなさい」
そういってニーニャは精霊たちに向かって頭を下げた。
ニーニャの様子をみた精霊たちは、互いに様子を確認するような動きをし、首をかしげるような動きをした。
「神楽に参加することの最終決定は私の意思だもの。これで神域が現れても貴方達に怒りを打つけるのは筋違いよ。あまりのことで冷静さを欠いていたわ」
ニーニャは精霊たちの動きを感じたのか、頭を下げたまま理由を説明した。
「頭をあげてください。それでは、これで仲直りとしましょう。これ以上は互いに咎めあったりはしないということで」
「えぇ、ありがとう」
ニーニャは頭をあげ、表情は怒りから笑顔に変わっていたが、その後すぐになにかを考え始めた。
「それじゃあ、仲直りということで一つ教えて欲しいことがあるのだけど」
「なんだい?」
「この世界は神域が現れやすい世界だったりするの?」
「それについての答えはノーだよ。むしろ君たちがいた世界の方がよっぽど神域に近いと思うよ」
「やっぱりそうよね」
精霊たちの回答はニーニャが想像していた通りであった。しかし、そうなるとこと更に神域が出現した要因がわからない。春奈が舞をお手本で見せてくれた時も神域に招かれそうな雰囲気は感じたが、実際に招かれることはなかった。
「うーん、となると、この神社の神楽が神域に招かれやすい構成になっているのかしら……」
情報を整理するために口に出しては見るが、そうだとしてもやはり素人のニーニャたちが舞ったところで、招かれるとは到底思えないと思ったニーニャは先程から押し黙っている精霊たちに視線を向ける。
「……そういえば、さっき『何かが起こるかもしれない』って言ってたわよね。あれってなんでなの?」
先ほどの精霊たちの言葉が引っかかったニーニャが精霊に問いかけると――
「そりゃだって、異世界のエルフが2人して共演してるんだから、何か起こるかもしれないって思うものでしょ」
「そうなのね……え? ちょっと待って……2人? 貴方達今、2人って言った?」
「うん、そうだよ、2人」
その言葉を聞いたニーニャは唖然とした。ニーニャはこれまで、自分以外のエルフがこの世界に存在するなど考えることすらなかった。ただ、それは仕方のないことであった。ユグドでは異世界の存在は認識はされていたが、異世界へ至るための方法が確立していなかったためである。より明確に言うならば、噂レベルの内容は魔法書に書かれている。ただ、実際にその方法を使って異世界行きを試したいと思ったエルフが皆無であったのだ。
そんな環境からニーニャはたまたま異世界へ至ることができたため、ほかのエルフが異世界に来ているなどと想像できるはずもない。
「明人と瑞波は違う……ってことは緑しかいないわよね……でも緑からもエルフらしさを一切感じられないのだけど……どういうことなの……」
「エルフらしさ?」
「えぇ、エルフは森で産まれ、森で育ち、森に死ぬ。と言われているほどで、基本的に草木の香りがするのよ。その香りは他者からは嗅ぎとられることはないのだけど、エルフ同士であればそれを嗅ぎとることができるはずなの」
ニーニャは自分の指を鼻の頭に起き、スンスンと匂いを嗅いだ。
「それはあの方がエルフでは珍しい隠密系の仕事をずっとやられていたからですね」
「隠密系……」
「えぇ、ですから、気配やエルフ独特の匂いを消すくらいあの方には容易いことです」
「そういうことです」
ニーニャの後ろから緑の声が聞こえ、すぐさま振り返ろうとしたが既に遅かった。
緑の両手がニーニャの脇の下に差し込まれ、そのまま持ち上げられた。
「ミルストリア王国第15王女、ニーニャ・ミルストリア王女様。捕獲」
「最悪ね。まさか私を追いかけて来た刺客だなんて」
首を横に向け目だけで緑の顔を睨みつけ、緑は口角を釣り上げる。その状態がしばらく続いたのち、緑はニーニャを地面におろした。
それを好機とみたニーニャはすぐさま緑の方向を向きつつ距離を取った。
「地面におろしたらこうなる事くらい分かってましたよね緑先生」
「ふぅ、とうぜんですよー」
ニーニャの問いに緑はプライベートモードの気の抜けた声で返事をした。
そんな状況ではあるがニーニャは気をぬくことができない。自分よりも確実に格上の存在。そんな存在と対峙して気をぬくことなどできるはずがない。
「私を逃してよかったの? 不意を突かれなかったらそう簡単には捕まらない……」
「そんなこと言ってる人ほどー、簡単につかまえられちゃうんですよねー」
緑の声はニーニャの耳元で聞こえた。
ニーニャは瞬き一つしなかった。しかし、緑の姿は揺らめくように消えた。
「ニーニャさんもまだまだですねー」
緑はニーニャの肩に軽く手を乗せる。
背筋が凍った。そして同時にニーニャは逃げられないと悟った。
「では、ニーニャさん」
「えぇ、分かってるわ。私をユグドに連れて帰るのよね。でも、レフィアだけは……」
ニーニャの言葉に緑は首を傾げ――
「何言ってるんですかー? 神主さんの家に戻るだけですよー」
「へ?」
ニーニャは素っ頓狂な声を出していた。
「だってー、主役が揃わなければ打ち上げが始められないじゃないですかー」
「え、いや、でも、私をユグドに連れて帰るために来たんじゃ……」
「はぁ、ニーニャさんはー緊張で大事なことを忘れてますよー」
緑は大きなため息をつき、半目でニーニャの方を見る。
「大事なこと?」
「はいー、私はあなた達が来るよりも前からこの世界に来てるんですよー」
「そういえば……」
「だからー、あなたを連れ戻すことはありませんよー。というかー、私がユグドに帰りたくないのでー」
緑の言葉から嘘は感じられなかった。とはいえ、ニーニャは完全に信じるわけにも行かなかった。隠密専門のエルフである以上、偽ることにも長けているはずである。油断したところを今度こそということもある。
「まだ警戒してるんですかー? 先ほども言いましたが、あなた程度なら嘘をついて油断させなくても捕まえることができますのでー、もう警戒を解いて貰ってもいいでしょー」
「うぅ……」
緑が言っていることは正しい、だが、そうは言われてもニーニャも簡単に警戒を解くことはできない。
「うーん、このまま帰ると流石に気まずいですよねー……」
そう言いながら緑はしばらく頭を抱えていたが、ふとなにかを思い出したかのように首からかけている宝石のネックレスを外し、ニーニャの前に差し出す。
「でわー、これをお渡ししますー」
「なにこれ?」
「これは、私を守護する精霊の一部を宿らせているネックレスですー。そのネックレスをあなたにお渡ししますー。これを持って、あなたを捕まえないという契約とさせてくださいー」
「……うそ、そんな、そんな大切なもの受け取るわけには行かないわ。そんなの、あなたの一部を受け取るのと一緒じゃない」
「はいー、でも、こうでもしないとー、信じてくれなさそうですしー……私は今の生活が好きなんですー、その生活を壊したくないんですよー。その壊したくない生活にはニーニャさん、あなたも含まれてるんですよー。だから、その生活を守るためだったら、私自身の一部くらいさしだしますよー」
言葉は間延びしているが表情は真剣であった。その目を見てニーニャも警戒を解いた。
「やっぱり、受け取れない。でも、緑先生の思いは伝わったわ。だから、私もあなたを信じます!」
ニーニャは緑が差し出した手に自分の手を重ね、そして緑の胸元に押し返した。
「よかったですー」
そうしてニーニャと緑は神主さんの家へと向かったのであった。




