お色直しとチョコレート(SS)
今週分の更新です。
文字数が少ないため、タイトルにSSとつけています。
楽しんで頂けると幸いです。
宜しくお願いします。
精霊が御神木の根元で待っていたのと時を同じくして、神楽殿では太鼓と笛と鈴の音が鳴り響き、太鼓の最後の打ち付けの余韻が耳に残る中、神楽殿の中央でニーニャと瑞波が向かい合わせで立っていた。
ニーニャと瑞波の2人は、肩で息をしながら一歩後ろに下がり、観客席に向かって90度体を回転し正面を向く。
一度お辞儀したのち、中央から2、3歩後ろに下がり、代わりに太鼓を打ち鳴らしていた明人と、笛を吹いていた緑が前に出てお辞儀をする。
明人、緑の2人のお辞儀が終わったところで、観客席から3つの拍手が聞こえて来た。
「うん、これなら大丈夫でしょ!」
「ええ、旦那よりも音がしっかりしてるくらいよ」
春奈と神主さんの奥さんがそんな話をしていたので、明人もホッと胸を撫で下ろした。
時刻にして11時この時間を持って練習は終了した。
神楽殿で練習をしていたみんなは正装に着替える必要があったため、神主さんの家に戻り、それぞれの部屋で着替え始める。
女性陣の手伝いは神主の奥さんが、明人の手伝いを春奈とレフィアが受け持つこととなった。
明人の着替えは特に問題がなく、10分もする頃には着替え終わって居間でお菓子をつまんでいる。
「お菓子おいしそーですねー。私も一ついただいちゃいますー」
そんなことを言いながら緑は居間に入り、明人が手を伸ばしていたお菓子カゴを掻っさらい、何種類かのお菓子を手にとり元のテーブルの上に戻した。
「森川先生。早かったですね。てっきりニーニャや瑞波と一緒に来るものだと思っていました」
「んー? ほうでふね……んぐ。神楽の舞手の準備は大変ですからねー」
そう言って緑は新しく封から取り出したお菓子を口に入れる。
緑の説明を聞いた明人は、昨年遠目で見ていた瑞波の神楽舞の衣装などを思い出し、無言で2、3度頷く。
「たしかに、去年の感じを見ていると、衣装もそうですが、お化粧なんかも大変そうですもんね」
「もぐもぐ、ほうだねー」
テーブルの上を見ると、お菓子入れから一口チョコレートが全て消えており、緑の近くにそのゴミで山ができていた。
「先生、ちょっと食べすぎでは?」
「いやー、甘いものが目の前にあったら口に入れるしかないでしょー。それに、甘いものを一度口に含むとなかなかやめられなくてー」
「あー、それはわかります。1つ2つ食べようと封を開けたお菓子をいつの間にか全部食べちゃってるんですよね」
「そうそう、そうなんですよー」
そんなたわいも無い会話を何度かしていると、春奈と鼻頭を抑え少し上を向いたレフィアが居間に入ってきた。
時計を見ると、時刻は12時30分。神楽開始の時間まで後30分というところである。
「あー、疲れた。甘いもの食べたいなー」
そんなことを言いながら春奈は机の上のお菓子入れに目を向けるが、すでに緑が全ての甘いお菓子を食べ終えた後だったため、お煎餅系のお菓子しか残っていなかった。
「うわ、全部食べられちゃってる……仕方ないか。台所まで取りに行って来る」
そういうと、春奈は再び腰を上げ部屋を出て行った。
「ところで、レフィアさん」
「ふぁい、なんでひょう、あひとさん」
「ニーニャの着替えの際に鼻頭に肘でもクリーンヒットしたんですか?」
鼻下や口の周りに僅かに血を拭った痕跡があったことが気になり、明人が尋ねると__
「いえ、ニーニャ様が神々しすぎて、鼻血が出ただけです」
「そ、そうですか! それは楽しみですね!」
春奈とレフィアが居間に戻ってきてからさらに時間が経過し、時刻は12時45分。
居間の扉が開き、神主の奥さんが入ってきた。
「準備終わったわよー」
「おつかれさ……」
振り向きざまに明人は言葉を失った。
扉の前に立っていた2人は、白い着物に銀の刺繍で花柄が編み込まれており、光の加減で着物に花柄が浮き上がる。
袴は赤一色で、刺繍なども施されていないが、上下がセットとなることで、それぞれの色を際立たせている。
普段は化粧に無縁の2人であるったため、ルースパウダーを肌にのせ、唇と目尻に紅を付けている。シンプルな化粧であっても新鮮であり。
「綺麗だ」
明人はなにかを意識することなく、自然にその言葉を発していた。
その言葉を聞いたニーニャと瑞波は__
「はい、綺麗いただきました!」
「私、髪色とか顔立ちから似合わないかなって思ってたからホッとしたわ」
瑞波は茶化すように、ニーニャはホッと胸をなでおろすように話している。
「なに言ってんの、ニーニャちゃん、すごく似合ってるよ!」
その瑞波の言葉に鼻血をこらえながら、首の骨が折れんばかりの勢いで首肯するレフィアが横目に見えた。
「さて、それじゃあみんな、ついに本番が始まります。色々トラブルはあったけどなんとか形にはなったと思うから、たとえ間違えたとしても最後まで駆け抜けちゃおう! 神様が起こしたトラブルなんだから、少しくらいの失敗目をつぶってくれるでしょ! だから、思いっきり舞って、思い切り演奏してください!」
「「「「はい!」」」」
4人が春奈の言葉に返答したのち、今を出て神楽殿に通じる通路の手前で待機する。
神社の本殿で祈祷を済ませた神主代理が神楽殿へと進み出て、簡単な挨拶を行う。
10分ほどの挨拶を終え、そして__
「それでは、奉納の舞に移らせて頂こうと思います。舞手、奏者の方々、神楽殿へお進みください」
神主代理のその言葉を聞き、瑞波、ニーニャ、緑、明人の順に神楽殿への通路を進み始める。
観客の殆どが町に住むご近所さんや少し年齢の低い子供達、あとは学校の同級生である。とはいえ、人前で何かを披露するのは緊張するもので、明人は少しばかり膝が震えている。
緑はいつもどおりと言った感じであるが、瑞波とニーニャは少しばかり緊張しているのか肩のあたりがこわばっているように見える。
そうこうしているうちに、神主代理の前口上が終わり、瑞波とニーニャはスタンバイ位置に立っている。
緑も笛を鳴らす準備を整えながら明人の方に視線を向ける。
その様子を見た明人は、少し慌てながらもバチを手に取り、太鼓の前に立つ。
全員が一斉に頷き、緑の笛の前奏と共に、今年の神楽舞が始まった。




