摺り足摺り足床滑り
今週分の更新です。
楽しんで頂けると幸いです。
宜しくお願いします。
舞の練習を初めて1週間がたった本日。舞の練習は順調であった。
瑞波は1年前にも舞に参加していたこともあり、細かい部分を思い出すだけでよかった。
ニーニャはエルフの王族であるため、社交ダンス、歌、その他様々な教養を身につけるため多くの時間を費やしていた。そのことが功を奏し、今回の舞の構成や一つ一つの所作を覚えることはそれほど難しくなかったようだ。ただ一点を除いては。
「ニーニャちゃん……やっぱりダメね」
「はい、直そうとは思っているんですが……」
「難しい?」
「はい、やっぱり私の知ってるどのダンスにも摺り足という所作は存在しなかったから……」
ニーニャの声のトーンが徐々に小さくなっていく。
そう、社交ダンスの場で摺り足を要求されることはない。社交の場で踊るダンスといえば、男女ペアになり歩くように体重移動を行い体を移動させる。
今回の舞でいえば、普通に歩くように移動する所作がほとんど存在しない。舞の中で歩くように移動するのは15個の所作のうち2個のみだ。
そのため、この神社の舞に関していえば、一番最初に練習すべき箇所が摺り足になる。瑞波も教える立場の春奈も当然それは理解していた。
しかし、摺り足の練習だけで最初の1日を使い切ってしまい、ニーニャの摺り足習得に時間がかかると考えたため、春奈は覚えるべき順番を変更し、舞の構成と一つ一つの所作を先に覚えるように練習を進めた。
「春奈や瑞波はどうやって摺り足を覚えたの?」
「私? 私は高校生の頃に剣道をやっててそこで摺り足を覚えたのよ」
春奈はその場で竹刀を構えるポーズをし、その場で試合の時の足さばきをニーニャに見せる。
「ふむふむ、これが剣道の足さばきなのね」
春奈の動きを見たニーニャは数度頷き。
「できる気がしないわね!」
「いい真顔ね……」
いっそ清々しいまでのニーニャの真顔に春奈も苦笑いである。
「じゃあ、瑞波は?」
「いやー、私の方は摺り足をまじめに練習してたわけじゃないんだけどな」
そう言いながら瑞波は頰を掻き――
「ローラースケートってわかるかな?」
「うん、前にテレビで見たわ。あの靴の裏にローラーのついてるやつよね?」
「そそ、子供の頃それにはまっててね。あれの移動って地面に足を滑らすように移動するから、その要領でやったら上手くいったってだけなんだよね」
瑞波の話を聞いたニーニャは何度か頷いたのち。
「全然参考にならないわね!」
「まったくね!」
「春奈さんまで!?」
ニーニャと一緒に春奈も力強く同意した。
「さて、冗談はここまでとして……ほんとどうしよっか……」
「そうですよねー、どうしますか……」
「うーん、そうよね。どうすれば上手く摺り足ができるのかしら」
そう言いながらニーニャはせわしなく瑞波と春奈の周りを音もなく動き回っている。
「……」
「……ねぇ、ニーニャちゃん、ちょっと聞いていい?」
「なに? 瑞波?」
ニーニャは問い返すと動きを止め、瑞波の方に視線を向けた。
「あのさ、ニーニャちゃん、今やってた動きって……」
「あぁ、これ、なんか忍びが足音を立てずに動くドラマを見てて、どうやったら足音を立てずに歩けるかを研究した結果、私なりに見つけた歩法よ!」
盛大にドヤ顔をしているニーニャを見た瑞波と春奈の表情は、怒っていいのか喜んでいいのかわからない引きつった笑みであった。そんな複雑な感情が渦巻いている中、ただ一つの朗報としては、ニーニャが先ほど行っていた歩法が摺り足であったことである。
「ニーニャちゃん、さっきの動きもう一回してくれる?」
「いいわよ!」
ニーニャは足音を立てないように床を滑るように移動する。
「ニーニャちゃん、それ!」
「それってどれよ?」
「今の動きよ!」
ニーニャがわかってとぼけていると思ってしまい、春奈は勢いよくそして、大きな声でツッコミを入れていた。
「この動き?」
「そう、それ! それが摺り足よ!」
「…………うぇ!? うそ、そうなの!?」
「そうなの! てかさっき見せたじゃない!」
そう言いながら春奈はもう一度剣道の摺り足の動きを見せる。
「ほら、この摺り足と一緒でしょ!」
「いや、私のはもっと動く範囲が広いから違うものかと……」
たしかにニーニャの動きは摺り足と言うよりは、ただ単に床を滑っているだけである。ただ、この動きから摺り足を覚えることは簡単であり、ニーニャがこの動きができることをわかっていたら、春奈と瑞波が頭を抱えることがなかった。
「まぁ、よその世界の特殊な歩法の違いなんてわからないわよね」
「うん……ごめんなさい。知ってたらもっと早く……」
「まぁ、仕方ないでしょ! でも、これで今日中に摺り足をマスターできるね!」
瑞波は笑顔で親指を立てた。
そこからの舞を通しで行うまでに1時間と掛からなかった。
こうして、この日の練習はニーニャが舞を一通り舞えるところまで練習できたところで終了した。
■
翌日、いつもより少し早い時間にニーニャと瑞波は神社に集合していた。
「今日はちょっと早い集合なのね」
「あれ? 春奈さんに聞いてない?」
「うん、全然聞いてないんだけど」
そんな話を神楽殿でしていると、春奈が息を切らしながら入口から入ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ、なんとか……間に合った」
「なんでそんなに息を切らしてるの?」
「いや、自分で早めに集合って言っておきながら……わすれちゃってて」
てへっと舌を少しだけだし、軽く握った拳を額に軽く当てるポーズをとる。
「春奈……年齢考えましょうよ」
ニーニャがジト目で春奈に厳しいことを言う隣で、瑞波は乾いた笑いを上げている。
そして、厳しいことを言われた等の本人は項垂れ――
「いやね、私だってわかってるわよ。そんなことぐらい」
そう何度も自分に言い聞かせながら神楽殿の床を軽く握った拳でゴスゴスと叩いていた。
「で、いつもより早い時間に集合してどうするの?」
「あぁ、今日から音に合わせて舞うんだけど、その前に一度音なしで通しで舞っておこうと思ってね」
春奈が床に両手をついた状態で首だけをニーニャの方に向け、そう説明する。
「なるほどー、じゃあささっと舞っちゃいますか!」
「そうしよっか!」
ニーニャと瑞波は神楽殿の中央に背中合わせで立ち、そこから2人は一歩ずつ摺り足で移動する。
そこからはゆったりとした動きで15個の所作を流れるように舞う。その2人の舞に一切の淀みはない。
最後に2人が神楽殿の中央に対面で立ち、一通りの舞が終わった。
ぱちぱちぱち――
神楽殿の入り口の方から小さな拍手が聞こえた。
「あれ? どうして森山先生が?」
「お疲れ様です。森山先生」
神楽殿の入り口に立っていたのは風呂敷に包まれた棒状の何かを持った緑だった。
緑を見たニーニャは驚き、瑞波は来ることがわかっていたかのように普通に挨拶をした。
「あらぁー、その様子だとニーニャさんには教えてないんですねぇー」
プライベートモードの緑は間延びした返答をする。
「実は、音楽の笛を担当するのが森山先生なんだよねー」
「ほほう! 森山先生は管楽器の使い手なのね!」
その言葉を聞いた緑と瑞波は首を傾げた。
「管楽器?」
「笛と知ったら管楽器でしょ? この間テレビでもやってたけどすごくいい音色よね!」
「あー、まぁ、管楽器にもフルートとかあるもんね」
「そうそれ! あの音は聞いててすごくリラックスできたわ!」
瑞波は心の中で、たしかにエルフに管楽器ってすごく似合いそうと思いながらニーニャの言葉に頷いていた。
「でも、舞で使用される笛は管楽器じゃないんですよねぇー」
緑はそう言いながら手に持っていた棒状のものから風呂敷を取り外し、ニーニャの前に差し出す。
差し出されたモノは、黒が基調の細長い棒で端の方に穴が1つ、反対側に等間隔で6つの穴が開いていた。
「何これ? 箒の柄?」
「こんな短い箒の柄なんてあると思う?」
「いやいや、世界は広いから、こんな柄もあるかもしれないじゃない!」
そんなやりとりをしている中――
「これはぁー、神楽笛という笛なんですよぉー。管楽器とはまた違う音色なんですがー、神楽舞の時にはこの笛で奏でた音色で舞うんですよぉー」
と簡単な説明をした。
「へぇ、この柄みたいなのが笛なんだ」
ニーニャは神楽笛を手に取りさまざまな方向から観察し、緑に返却した。
「よぉし、それじゃあ、神主さんも来たから、音楽に合わせて舞ってみましょうか!」
春奈の号令を聞き、全員が頷き、それぞれが位置についた。
神楽殿の中央ではニーニャと瑞波が背中合わせに立ち、正面から左端に太鼓とバチを持った神主が、正面から右端には笛を持った緑が立っていた。
「最初のうちは踊り出しの時に私が手を叩くから、その音を合図に踊り出して」
「わかりました!」
「わかったわ!」
2人の回答を聞き、春奈は頷いた。
「それじゃあ、お願いします」
春奈の一言から一呼吸置いたのち、緑が神楽笛に口をつけ、音が鳴りはじめる。
数節の音楽が奏でられたのち、春奈が手を叩いた。
その音と同時に瑞波は舞い始め、ニーニャは――
その場に伏せた。
「「「えぇーーーーー」」」
その場にいたニーニャ以外の全員が驚きのと困惑が混ぜ合わされた叫びをあげたのであった。




