舞の練習始まる
今週分の更新です。
楽しんでいただけると幸いです。
よろしくお願いします。
神社には神楽を舞うための施設として、神楽殿というものが存在する。
作りなどは神社によって様々だが、明人たちが住む町の神社では、神主の住まいから渡り廊下で20メートルほど離れた位置に、25畳ほどの広さの木造の神楽殿がある。
その神楽殿も祭事がない時期は木の扉で内部が見えないほどしっかりと閉じられている。
「とうことで、私たちはここで練習することになるのよねー。秋だし、木の扉ってのもあるから風がないわけじゃないんだけど……踊ってたら暑いのよね」
「えっ、ここ解放されないの!?」
「うん、解放されるのは祭事が始まる5日前くらいかな。だから、2週間は密室で2人っきりよ! ニーニャちゃん」
「まぁ、瑞波と2人っきりなら別に構わないわ」
「やだ、男らしい! とか言ってみたけど、実際2人っきりってことにはならないから」
「どういうこと?」
そんな会話をしながら神楽殿の扉を開けると、中央に一つの影が変なポーズで立っていた。
影は扉から人が入ってきたことを察知するや否や、影は何度かポーズを切り替え、そして最後に額に右手の指を当て、首を斜め45度、左腕で自分の体を抱きしめるようなポーズを取り。
「今日から君たちの神楽を指導する、春奈よ! よろしく!」
そう言ってポーズを解き、つぶっていた目を開け、扉の方に視線を送ると。
「こういうことよ」
「なるほど、こういうことね」
ニーニャは得心がいったと言わんばかりに頷いている。
「うーん、瑞波ちゃんは知ってたからだと思うんだけど、ニーニャちゃんはもう少しいい反応してくれも……」
「徹夜明けで、原稿明けの春奈の行動だと思えば、まぁ普通でしょ」
そう、まさに春奈は先程締め切りギリギリであった原稿を徹夜で片付け終え、自宅にある一番高い栄養ドリンクを飲み干して今この場にいる。
そんな春奈のテンションがおかしくないわけがない。そう思っているニーニャからすると、春奈の行動は特段驚くようなものでもなかった。
ただ一点を除いては――。
「でも、正直驚いたところはあるのよ。春奈って神楽を舞うことができたのね」
目を見開き、驚きの表情をあらわにするニーニャを横目に、瑞波も激しく同意と言わんばかりに頷く。
「やっぱり、ニーニャちゃんもそう思うよね!」
そう、瑞波も始めて神楽の練習に来た時に春奈が神楽の先生だと聞き、驚きを隠し得なかったのである。
「そうよね。わたしだって自分が同じ立場だったら同じこと言ってるわね。きっと」
「「でしょ!!」」
春奈自身も己の行動に同意したところで、本題の話が始まった。
「2人とも神楽殿の中央に来て座ってくれる?」
神楽殿に椅子はないため、瑞波は床板の上に正座、ニーニャは床板の上に足を崩して座ると、2人の正面に春奈が正座で座った。
「それじゃあこれから神楽の説明をするんだけど、その前に、瑞波ちゃんは足を崩していいわよ」
そう言われた瑞波は足を崩し、ニーニャと同じような座り方をする。
「で、ニーニャちゃんには最初に説明するわね。神楽を舞う前に一度ここに座るんだけど、その時は正座で座らないといけないの。だから、ここで座ってと言われたら最初は正座で座ってね」
春奈の雰囲気は先ほどまでと打って変わり、真剣な表情でニーニャに説明する。
「わかった……わかりました」
家での雰囲気とは違うと気づいたニーニャは学校で教師と話す時と同じように敬語を使う。
春奈は頷き――。
「まず、秋祭りについては神主さんから話は聞いてるわよね」
「はい、昔は秋の豊作を祈願して行われていた祭りって聞いてます」
春奈の質問にニーニャが答える。
「うん、しっかり聞いてるわね。私たちは豊作を祈願して神に祈りの舞を捧げるの」
そう言って春奈は近くに置いてあったカバンの中から紙をニーニャに渡す。
「瑞波ちゃんはいらない?」
「いえ、去年のは何かの書類と一緒に捨てちゃったみたいで……なので、貰えると嬉しいです」
「わかったわ」
紙に書かれている内容は、舞のポーズと順番、所作である。
「これを覚えればいいのかし……ですか」
春奈に対への敬語が慣れないのか、家での口調になりそうなところを必死に方向修正する。
「そうね。まずは私が舞を見せるから、どういうものか見てて」
その言葉を聞いた瑞波はニーニャに声をかけ、神楽殿の端の方に移動した。
その後、春奈が中央に座り、音もない中舞始める。その動作は流れる川のよう。聞こえてくる床板を移動する音、そして時折聞こえてくる激しく床を打ち付けるような音、それらの音が心地よく、そして美しい。
普段の春奈からは想像もできない姿のため、ニーニャは開いた口が塞がらず、ただただ呆然と春奈の舞を見ることしかできなかった。
それからしばらくして、春奈は中央に戻り、トントンと右足左足の順で軽く床板を叩き、そして中央に正座で座る。
春奈の舞の美しさ、そして舞が終わった後の奇妙な静けさに呆気を取られ、瑞波とニーニャは話すことも、その場を動くこともできない。
「ふぅ……」
春奈はニーニャや瑞波に聞こえるように大きく息を吐き、ニーニャと瑞波の座っている方向に視線を移す。
「もう、瑞波ちゃんは去年も見てるし、舞ってるんだからそんなに緊張しなくてもいいじゃない」
ニコリと笑い、話を切り出した春奈はいつもどおりの春奈である。
そのことに安心んしたのか、瑞波もいつも通りの瑞波で春奈に接し始めた。
その隣でニーニャは未だに緊張が解けなかった。今話しているのは確かにいつもの春奈だ。ただ、舞を舞っている時の春奈の神々しさは神の領域に片足を踏み入れているように感じられた。
その所業はエルフの中でも一部のしかも最高位のエルフの司祭でなければなし得ない所業である。
ゴクリ――。
ニーニャは知らず知らずのうちに唾を飲み込み、そしてこれを自分がやらなければならないということ、ことの重大さに気がついた。
緊張から解放されたニーニャは、瑞波と春奈の近くへ行き――。
「ねぇ、瑞波、春奈、この舞をやらなきゃならないの?」
敬語で話すことを忘れた、いつも通りのニーニャの言葉。しかし、その言葉には重苦しい空気がまとわりついていた。
「あちゃー、ニーニャちゃんも緊張しちゃったのね」
先程までの真面目な春奈ではなく、いつも通りの春奈の様子に少し安心する。
「ニーニャちゃん、先に言っとくけど、春奈さんは特別だから。普通あそこまでの舞を出来る人はいないから」
「そ、そうなの?」
「うん、去年私も舞ったけど、春奈さんの舞と比べられたら……月とスッポンね……」
床板を見下ろした瑞波から、はははと気落ちした乾いた笑いが漏れ出ている。
「まぁ、私はたまたま大学の時に神楽研究会っていうサークルに所属して、さまざまな神楽を研究し、舞うっていう活動をしてきたお陰で、一般の人より神楽について詳しいのと、舞の型の意味をしっかり理解してるから綺麗に見えるだけよ」
軽く笑っているが、ニーニャからするとそれどころの話ではなかった。ただ、知らないということは時として救いとなる。そう考えたニーニャは――。
「それだったらよかったわ。春奈みたいな舞を期待されてるんだったら、どう考えて無理って思っただけよ」
「まぁ、最初にあんなの見せられちゃうとね……」
わかるわと言いながら瑞波も同意する。
「そうだ、忘れてた、太鼓と笛吹きについてなんだけど」
「あっ、今年も変わらずですか?」
「ええ、今年も変わらないそうよ。太鼓が神主さんで、笛は……これは当人から話して貰った方がいいわね」
「そうですねー!」
ニーニャの方をみて瑞波と春奈はニヤニヤしている。
「なっ、なによ!」
「いやー、ニーニャちゃんはきっと驚くよ」
すでに驚きすぎているニーニャからすると、この後どのような驚きがあろうと驚かない自信があった。
「大丈夫よ! 今日の段階で驚きすぎて、次に何が来ようと驚かない自信があるわ!」
胸を張るニーニャの様子をみた2人は、心の中で「みごとなフラグ建築士ね」と思ったのであった。
「さて、じゃあ本格的な練習については明日から。笛吹きや太鼓との合わせは来週から。とりあえず舞を体に覚えさせることからやっていくことにするから。明日からはビシバシいくわよ!」
「はい!」
「わかったわ!」
「よし、じゃあ帰りましょうか! 私もそろそろ眠気とか限界が来そうだわ」
ドリンクの効果が切れ始めた春奈は目をしばしばさせ、なんとか眠さに抵抗しているようであった。
神楽殿を出て、帰ろうとした玄関先で、春奈の様子を見た神主さんから缶コーヒーのブラックを受け取り、春奈はそれを口に含み、春奈の両脇では瑞波とニーニャが同じく神主さんから貰った紙パックのフルーツジュースを飲みながら、帰路に着いた。




