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文芸部と夏の合宿 その3

今週分の更新です。

楽しんでいただけると幸いです。

よろしくお願いします。

一生のうちに、一度も喧嘩をしたことがない人というのは稀であろう。

喧嘩とは自分の主義主張が他人と異なり、その異なりを受け入れられない時に起こってしまうものである。

生きているうちに自分と異なる主義主張を持った人間と出会ったことがない。という人は、まず、いないだろう。

創作の世界に足を踏み入れている人であれば、特に。


バンッ――


木製のテーブルを勢いよく叩いた音がログハウスの中に響き渡り――

「あのさぁ、ニーニャ、ここ前にも同じこと言ったよね! なんで主人公が最後の戦いに赴く前に好きな人の待つ村に立ち寄る設定を入れたと思ってるんだよ!」

「あのね、明人、私も何度も言ってるけど、ちゃんとその設定を生かす内容は書いてるわよ! ちゃんと読んだの、その目は節穴なの! 」

「読んだよ、読んださ、そりゃ何度も読み返しましたよ、あまりにもわからなさすぎてな!」

「なによ! どこの何がわからないのよ!」

「あのなぁ、なんで好きな人の待つ村に立ち寄ってるのに、好きな人じゃなく、主人公の飼い犬に思い出話を聞かせて、最後の戦いに向かわせるんだよ! さらには、『飼い犬は主人公の話を意味がわからないと言わんばかりに、ポカンと口を開けながら聞いていた』だよ! 誰もそんなの気にしてないよ! 普通に考えれば好きな人に告白して、それから最後の戦いに行くだろうよ!」

「ふざけないでよ! どうせ主人公は死なずに戻ってくるんだから、それでいいじゃない! 好きな人に告白するよりも、長年一緒に暮らしてきた飼い犬の方が大事に決まってるじゃない! なんで、少しの間言葉を交わした人を好きになって、その人のために最後の戦いに向かおうとするのよ! それこそ意味がわからないわ。そんな人よりも、長年一緒に暮らしていた飼い犬の方が大切じゃない!」


ログハウスの中の気温が上昇する昼下がり、ログハウスの中では夏の暑さと同じくらいの暑さで明人とニーニャが言い争っていた。

その言い争いを遠目に、瑞波と涼は頭を抱え、レフィアはオロオロし、健人は扇風機の前で『あー』と声を上げていた。

ことの発端は瑞波と涼がニーニャの書いた部分の小説を読んだこと発端だった。



「ニーニャちゃん! ニーニャちゃん担当の部分が書き終わったって明人から聞いたんだけど!」

合宿で各チームごとにテーブルを分けて小説を書いていた中、瑞波と涼チームは休憩時間なのか、担当部分を書き終えて再チェックをしているニーニャに話しかけていた。


「ええ、書き終わった内容をセルフチェック中よ」

「あのさー、良かったら私たちに読ませてもらえない?」

瑞波はニーニャに両手を差し出して手のひらをグーパーと動かしていた。


「うーん、そうね」

ニーニャが明人の方に視線を向けると、明人はコクンと1つ頷いた。

「うん、明人もいいって言ってるし、いいわよ!」

そう言ってニーニャは手に持っていた原稿を瑞波に渡した。


原稿を受け取った瑞波と涼はそそくさと自分たちの作業テーブルの方に戻り、ニーニャの書いた小説に目を通し始める。

セルフチェックをする予定だったニーニャはいきなり手持ち無沙汰になったため、ログハウスの隅っこで座布団を敷き三角座りをして本を読んでいる緑に何か本を貸して欲しいと頼み、一冊の本を借り受け、明人の目の前で読み始めた。


「やっぱり、緑先生のオススメする本は面白いわね」


そんなこと言いながら本を読み進めること1時間――

明人も区切りのいいところまで書けたため、少し休憩しようと座ったまま伸びをし、フゥと息を吐いた。


「ニーニャちゃん、原稿ありがとう」

涼と瑞波が読み終えた原稿をニーニャに返却するとともに――

「いやぁ、面白かった! こりゃ私たちも負けてられないわ」

「確かに。意表をつかれたシーンもいくつかあったしね」

「そうそう、あの好きな人がいる村に戻った時とかね!」

「ああ、まさか、好きな人と話すのではなく、飼い犬と話すなんてね」


瑞波と涼の感想を聞き、ちょっと待てと思った明人は――

「ニーニャ、僕にも原稿読ませてくれない?」

「いいわよ。はい」

明人はニーニャから原稿を受け取るや否や、すぐさま原稿に目を落とした。


そして、明人とニーニャの論争が始まってしまったのであった。



「だからさ、恋愛感情についていろんな小説や漫画を読んだり、春奈さんに昔の恋愛のことを聞くなりして勉強してって言ったじゃないか!」

「したわよ! 色々考えながら小説を読んだり漫画読んだり、クラスの子の恋愛話聞いたり、色々やった結果、私はやっぱりわからなかったのよ、私だったら、長年付き添った飼い犬に報告してから最後の戦いに臨むと思ったのよ、だからその内容で書いたのよ!」

明人に負けじと、ニーニャも大声を出し、自分の主張を曲げようとしなかった。


「それに、付き合ったからと言って必ず子供を作るわけじゃないでしょ! 付き合って別れて、また別の人と付き合って。最終的に子供を作らないことだってあるじゃない。そんなの種の繁栄を妨げるだけでしょ!」

「短い時間だからこそ、少しの縁を大切にして、短い時間を輝かせようとするのが人間だろ! どうしてそれがわからないんだよ!」

「そんなの私がエル――ぐっ」

「はーい、ストップ!」

ニーニャが明人に言い返そうとしたところで、瑞波が間にあるテーブルの上に立ち、ニーニャの口に右手の人差し指を、明人の口に左手の人差し指を置いた。


「はーい、そこまで、流石にこれ以上論争が続くと周りにも迷惑だってわかるよね。ニーニャちゃん、明人」

瑞波の一言を聞き、ニーニャと明人が周りを見渡すと全員の作業の手が止まっていることに気付かされることになった。

「ってことで、このままだと全員の作業が一向に進まないから、今日はここまでにしよう。今日は少し早めに夕食食べないとだしね!」

と言いながら瑞波はウインクし、それを見た涼たちもウンウンと頷いた。


そこで明人ととニーニャの論争は停戦協定を結ぶこととなった。とはいえ、2人で夕食の準備をするのは流石に難しかったため、本日の夕食準備は明人とレフィアで行うことになった。

「明人さん……あのー、なんといいますか……ニーニャ様を嫌わないであげてください」

気まずい空気の中、レフィアはなんとか一言を発することができた。


そのレフィアの様子を見て、明人も自分が変な空気を漂わせていたことに気づき――

「あっ、すみません。あと、大丈夫ですよ。これくらいでニーニャを嫌うことはないですよ」

空気が和らいだのを感じ、レフィアもホッと息をつくことができた。

「それならばよかったです」

「ただ、やっぱり僕にはわからないんですよ。ニーニャのあの感覚が」

「好きな人と飼い犬で飼い犬を取ったことにですか?」

レフィアが小首を傾げると、明人はコクンと頷いた。


「それはですね、ニーニャ様がエルフだからですよ」

「エルフだから?」

レフィアは料理の手を止めず、周りに誰もいないことを確認してから話し出した。


「はい、エルフは一定の年齢を超えるとそれ以上は歳を重ねない不老の民なのです。過去多くのエルフは様々な種族、特に人間との交流が盛んでした。しかし、エルフと人間では生きる長さが違うため、エルフは何度も大切な人の死を見ることになりました。そのうちに悲しみによって心が壊れるエルフや、自ら死を選ぶエルフも多く出たと言います。その結果、エルフの遺伝子はより長く一緒にいたモノに対する感情を優先するようになったのです」

調理の手を止めていなかった明人もレフィアの話を聞くにつれて、話に集中してしまい、作業の手が止まっていた。


「そう……ですか、だからあの内容に」

明人もレフィアの説明を聞き、飼い犬を優先したことに納得を得た。それと同時に、明人はニーニャに今よりほんの少しだけでも“その一瞬を大切にする”という考えを持って欲しいと思った。



夕食が終わり、本日の一大イベントを前に女性陣は全員お色直しに入った。

「いやー、毎年こんな合宿だったら最高だな!」

「今年は充実した合宿になったしね」

健人と涼がいつも以上のテンションで明日で終わる合宿の振り返りを話していた。

明人はというと、キッチンで片手でつまめるフライドポテトやからあげ、塩枝豆など、お手軽料理を作っていた。

その間も明人はずっとニーニャに伝えるべきことを考えていた。


「……と、……きと、……あきと!」


スパン――


健人が明人の頭を軽く叩き、明人はようやく健人がキッチンに来ていたことを認識した。


「どうしたんだよ、健人」

「どうしたもこうしたもないわ! 女性陣、全員集合したぞ!」

その言葉を聞いた明人は、視線を正面に移すと――

「おぉ」

意識しないまま感嘆の声が漏れていた。

目の前には浴衣姿のニーニャ、レフィア、瑞波が立っていた。

レフィアは、薄紫に濃い紫の紫陽花を散りばめた浴衣を着ていた。レフィアの体型に浴衣は目の毒であり、健人も興奮を抑えらず、鼻から鼻血が垂れていた。

「健人、ほれ、テッシュだ」

「すまんな」


瑞波は、淡いピンクに朝顔が散りばめられた浴衣を着ていた。明るい瑞波にはぴったりの色合いであり、いつも以上に笑顔を引き立てていた。

「馬子にも衣装とはこのことだな」

健人もボソリとそう呟いていた。


ニーニャは、薄い水色に金魚が散りばめられた浴衣を着ていた。髪はツーテルでまとめられており、いつもの活発さとお淑やかさを兼ね備えていた。

「師匠は人形みたいだな……むくれてなければだけど」

健人はウンウンと頷いていた。


それから、明人が残りの料理を済ませてしまい、後片付けの準備だけして、全員で海岸へと向かった。


「いやー、夏といったらこれを見ないと終われないわよね!」

「そうですよ! これこそ夏の風物詩です!」

「ビール片手にアレを見れるとは! 最高です!」

海岸に着くやいなや、春奈と犬養と緑が各々そう言いながら缶ビールで乾杯していた。


明人は宴に巻き込まれないよう、少し離れたところあった岩に腰掛ける。

すると、海岸からニーニャが明人のいる岩場に歩いてきて、明人よりも低い位置の岩に腰掛ける。

「ニーニャ、さっきはごめんな、少し暑くなりすぎた」

「それは私もよ……」

気まずい空気が流れ、2人は互いに何も喋ることができなかった。

ニーニャが意を決したかのように――

「さっき、レフィアから聞いたわ。あの話をしたってね」

「うん、それを聞いて納得したよ。でもさ、やっぱり……」

「わかってるわ。でも――」


その瞬間――


ひゅー、ドーン――


対岸で花火が打ち上げられた。


夏の夜。暗い空の中に様々な形の花が映し出される。

「たーまやー!」

「かーぎやー!」

酔っ払っている春奈達は花火を見ながら大声で叫んでいる。

レフィア、健人、涼、瑞波も花火が打ち上がるたびに感嘆の声を漏らしていた。

明人も久し振りに見た花火の色と音に圧倒されていた。花火が弾けるたびに胸にダイレクトに音が響いてきた。

ニーニャは大空に輝く一瞬の光を見て、自然と目から涙が溢れていた。

幸い、明人よりも低い位置に腰かけたため、ニーニャの涙は誰にも悟られることはなかったが、ニーニャは花火の合間にボソリと一言つぶやいた。

「一瞬の命だからこそ、その輝きはとても美しいのね」

「うん、僕もそう思うよ」


そうして、花火も終わり、終わったことのもの寂しさと胸に残る花火の音を感じながら、春奈たちはログハウスに戻り、明人は料理の後片付けのため、調理場に向かって歩き出した。

海岸に持って行っていたお皿は帰りしなに健人と涼が運んでくれていたので、調理場の空きスペースに置かれていた。

「よし、片付けるか」

と意気込んで腕まくりをしたところで――

「明人」

横からニーニャの声が聞こえてきた。


「ん? どうしたんだよニーニャ」

「明人、ごめんなさい!」

いきないり頭を下げるニーニャに、明人は何がなんだかわからなかった。


「いきなりどうしたんだよ」

「さっき、明人は謝ってくれたけど、私はまだ謝ってなかったから。あと、もう一個ごめんなさい。あの小説全部書き直すわ!」

「え? あの一部分だけじゃなく?」

明人の問いに、ニーニャは頷き――

「だから、エピローグ……間に合わないかも……」

と弱々しくつぶやいた。


「はぁー、もうここまで来たら、ニーニャがとことん納得するものを書いてよ! 僕もそれが読みたいからさ。エピローグは……まぁ文化祭が終わってからでも考えて、読みたい人は読んでねくらいの感じにしてもいいしね!」

ニーニャが顔をあげると、明人は笑顔でニーニャを見ていた。


「明人にはいっぱい助けてもらっちゃってるわね」

明人に聞こえないくらいの小さな声でニーニャがボソボソつぶやいた後――

満面の笑みで――


「ありがとう! 明人!」

ニーニャのその笑顔は、明人の花火の記憶を一瞬にして塗り替えたのであった。

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