不安がいっぱい
本日2本目の投稿です。
明日からは1本ずつの投稿予定です。
楽しんで頂けると幸いです。
簡潔明瞭にこの世界の説明は終わった。というより、強制的に終わることになった。
ニーニャが知りたかったのは、世界の全容ではなかったようで、ここが地球上にある日本という国のとある町だと説明した時点で、ニーニャはすでに満足気味の顔をしていた。
「はぁ~、すっごいわね!まさに異世界といって相違ないわ!」
テーブルの上で用紙に目にも止まらぬ速さでメモを取っているニーニャは目を爛々と輝かせている。
「それで、この町の特徴は……」
「待って!」
右手でメモを取りながら左手で明人の言葉を抑制する。
「その先は言わなくていいわ。この町のことは自分の目で見て感じたいから!」
「なるほど、わかったよ」
実際にその目で見て感じたいと言っているのであれば、そちらの方が早いと思った明人はそこで説明を終わらせた。
「あっ、最後に一つだけ聞きたいことがあるんだけど」
「うん、なにかな」
「この世界のどこにも、精霊はまったくいないのかしら?」
精霊についての質問は難しい、人間は精霊を見る力を持っていないため、存在しているのかどうかはわからない。
実際この近くには精霊がいないことは、ニーニャやレフィアの最初の説明から考えられるが、この世界のどこにもいないとは言い切れない。神社やパワースポットなる場所では、不思議な力があるといわれているし、もしかするとそういった場所に精霊がいる可能性もある。
世界に精霊が一切存在しないかといわれると、簡単にイエスとは答えることはできないのだ。
「いない。とは言い切れないかな。僕たちは精霊を見ることが出来ないから。今度、近くの神社で神事があるから、その時に神社に一緒に行こう。もしかするとあの辺りなら精霊がいるかもしれないし」
「是非お願いするわ! 日本の社や神事を見逃すわけにはいかないわ!」
精霊ではなく、日本の神社や神事の方に食いつくあたり、元の世界に戻るよりも今はこの世界をいろいろ見たいという好奇心の現れなのだろう。
その質問を最後に互いの情報交換タイムは一旦終了した。
分からないことがあれば逐次質問をする。とニーニャは言っていたので、何かあれば聞いてくるだろうと考えていた明人は、自己紹介以降一言も言葉を発していない春奈の方に視線を向けた。
「春奈さん、とりあえずこういう状態なんですが」
春奈はニーニャとレフィアの方をちらりと見て、席から立ち上がり、明人を連れて廊下に出た。
「明人、今の話し本当に信じてるの?」
廊下に出て開口一番に小声で先ほどの会話に対して疑問を呈してきた。
「嘘を言ってるような感じはしませんでしたけど」
「そこが逆に怪しいのよね。ほら、詐欺師とかって詐欺だと思わせないように詐欺を働くじゃない」
「詐欺師だったら今頃何か押し売りされてますよ。たぶん」
「じゃあ、新手の宗教勧誘って線は? ほら、なんか精霊とか別世界とか言ってたし」
「それは、まぁないとは言えないですけど、ないと思いますよ」
「ないって言ってるじゃない!」
「ニーニャ達ならきっと大丈夫ですよ」
「あのね、あんたは田舎育ちであんまり人を疑うってことをしてこなかったんだと思うけど、実際人ってのは本当に怖いのよ。保護者代理としてはやっぱり心配なのよ」
いつもは割と適当な春奈が今回の件では真剣に心配してくれている。
「ありがとうございます。春奈さんがいてくれることが本当に心強いです」
「えっ、そう、なんか面と向かって言われると照れるなぁ」
そんな素で照れている春奈をじっと見て――
「そういう疑いがあっても仕方ないと思います。でも、今はニーニャの言っていることを信じようと思います」
といい、笑顔を作った。
「はぁ、姉さんに似てお人好しね。わかったわ。とりあえず信じる方向で話を進めましょう」
やれやれといった感じに肩をすくめた春奈に向かってもう一度ありがとうと伝えた。
「はいはい」
そう言いながら春奈がリビングに戻ろうと扉を開けた瞬間――
バターン!
レフィアが床に倒れるのが目に入った。
「え? ちょ……、えぇ! 一体なにがあったの!?」
春奈は血相を変えて倒れたレフィアに駆け寄り、息があるかを確かめる。
「きゅう」
「よかった、生きてる。でも完全にダウンしてるわね……」
本日二度目のパニックになりかけていた春奈はホッと息をついた。
後から入ってきた明人も焦る気持ちを抑えつつ、机につっぷしているニーニャの方に駆け寄った。
「ニーニャの方は熟睡してるみたいですね。寝息立てながらすっごいよだれ垂れてます」
ニーニャの方の寝息を確認し、春奈に報告する。
「異世界からって話を信じるなら、やっぱり疲れてたのかな」
「それにしてはいきなりすぎな気もしますよね。さっきの様子を見てると、ニーニャなんて今日一日くらい寝なさそうな勢いでしたし」
「うーん、それもそうね」
二人は周りを見渡してリビングを出る前と変わったところを探した。
「あー…… もしかして…… 春奈さん、たぶんコレじゃないでしょうか」
明人はテーブルの上においてあった自分のカップを指さした。
一度も口をつけていなかったコーヒーの残りが半分くらいになっている。
ニーニャとレフィアは、明人と春奈が廊下で話している間に興味本位でコーヒーを口にしたのだろう。
種族の違う二人がコーヒーを飲んだ時に異なる症状が出ても不思議ではない。
「なるほどねー、コーヒーか…… 私たちが飲むと寝れなくなるはずなんだけど、エルフやハーフオーガが飲むと違う効果が出ちゃうわけだ。まぁ二人の話を信じると、なんだけど…… これはちょっと信ぴょう性高くなったかも」
「ははは……そうですね」
「こりゃ、他の食べ物や飲み物でも何かとトラブルがあるかもねー。とりあえずレフィアちゃんをソファに運びましょうか」
そういって春奈と明人はレフィアをソファに運び、タオルケットを掛け、机でうつぶせになっているニーニャにも同じくタオルケットを掛ける。
きゅうぅぅぅ――
お腹がなるのも当たり前だ。時計を見ると午後3時を指している。
朝ごはんを食べてから、なんだかんだですでに8時間近く過ぎていた。
とはいえ、今ご飯を食べてしまうと夜ご飯までの間隔が短くなってしまうのであまりよくはない。
「おやつ食べましょうか」
明人は春奈と自分のカップを手に取り、キッチンへと向かった。
戸棚に入っているお菓子を手に取り、コーヒーを追加で入れリビングへと戻った。
「さて、ちょうどいいし、今後の二人のことについて話しましょうか」
お菓子を食べながら春奈が口を開く。
「そうですね、異世界から来たってことは、日本で暮らす宿なんかもないと思いますし」
「まっ、あんたがいいそうなことはわかるけどね」
「さすが春奈さんです」
「私としては万が一があった時のために止めておきたいところなんだけど、どうせ言うこと聞かないでしょ」
「ははは、すみません」
「はぁ、じゃあ、これだけは聞かせて。本当にロリコンじゃないの?」
「だから違いますって!!!」
「じゃあ、なんでこの子達にそこまで肩入れするのよ。可哀想だからっていう偽善的な回答は却下するから」
「それは……そこにファンタジーがあるからです!」
明人は春菜に向かって力強くそう答えた。
「あー、なるほどね」
自然と呆れ声が漏れる。
明人のファンタジー好きについては春奈もよく知っている。
なにせ、明人にファンタジーの面白さを教えたのが春奈本人なのだから。
「でも、さっきもいったけど、この子達が言ったことが本当かどうかはわからないのよ。エルフやハーフオーガなんてのが本当にいるとは思わないでしょ」
その言葉を聞いて春奈の疑いがどこから来たのかをはっきりと認識した。
二人の考え方の前提がそもそも違うのであれば、それぞれ違う回答に行き着くのは当然である。
明人はニーニャとレフィアが間違いなく異世界の住人だということを信じている。一方春奈はニーニャとレフィアが異世界の住人だということを信じていない。
「そういえば、春奈さんが来る前でしたね」
といい、明人は熟睡しているニーニャの方に移動した。
「春奈さん、ちょっと来てもらっていいですか?」
「?」
疑問符を浮かべながら近寄ると、明人はニーニャを起こさないように静かに耳元にかかった髪をたくしあげた。
髪の下に隠れていた耳は、ファンタジーもののエルフに見られる耳先が尖った形をしている。
明人は、ニーニャと会った際にこの耳を見せられ、レフィアには額にある角を見せられていたため、異世界の住人であることを素直に信じることができていた。
「僕は初めて会った時に、ニーニャのこの耳とレフィアさんの額にある角を見せてもらったんですよ。だから、ここまでの話を素直に信じられたんです」
「ふむ」
春奈はすっとニーニャの耳に手を伸ばし、人差し指と親指でニーニャの耳をムニムニとつまむ。
「んっ、ふぁ…んん」
耳をつままれたニーニャの口から吐息が漏れる。
「作り物じゃなさそうね」
「ななな、なにやってるんですか、春奈さん」
「そりゃ、作り物じゃないか調べてるに決まってるじゃない。見た目だけだったら特殊メイクとかでなんとかなるしね」
「本物かどうかを確かめるのは理にかなってるかもしれないですけど、寝ている女の子の耳をいきなり触るなんて」
「それを言い出したらあんたの方がやばいわよ。いきなり寝てる女の子の髪をたくし上げたんだから。電車とかでそんなことやったら、痴漢扱いで社会的に死ぬわよ」
「あっ……」
右手にある綺麗なブロンドの髪を見て明人は自分のやったことが場所によっては犯罪扱いされてしまうことを痛感させられ、即座に明人は髪から手を離した。
「もしかして、普段からこういうことしてないわよね」
「してないですよ! 変な疑いはやめてくださいよ!」
「いや、そりゃ今のあんたの行動とか見てると疑いたくもなるわ」
「うっ……」
確かに今の流れるような動きは疑われても仕方がない。
とはいえ、実際に今日、今、この時、初めて、こんな行動に出てしまったのだ。それだけは誓って言うことができる。
ただ、彼女達が異世界の存在であると信じてもらいたかった。そんな一心で、ついつい行動に出てしまったのだ。
「でもま、これでニーニャちゃんがエルフって信憑性も高くなったわね。明日レフィアちゃんにも角見せてもらうわ」
汚名をかぶって受け取った報酬は、ニーニャ達が異世界の住人である。と春奈に少しだけ信じてもらえたことだった。
汚名をかぶって得た報酬としては、十分すぎる報酬だった。
ただ、明人の中には一つの不安が生まれた。ニーニャ達が異世界の住人であると証明するために、本来やってはならない行動を取ってしまったということ。
しかも、考えるまでもなく、自然と体が動いていたというところが一番の問題だ。
異世界が好きすぎるゆえの行動だとしても、今後同じような行動を考えなく取ってしまう可能性があると考えると。
「はぁ、僕は僕自身に不安が一杯だよ」
天井を仰ぎながら明人はつぶやいた。