真夏の海のゲロ
今週の投稿です。
楽しんで頂けると幸いです。
宜しくお願いします。
※タイトル通り吐瀉シーンがあります。
ざぷーん、ざぷーん――
目の前に広がるのは、どこまでも果ての見えない青い海、そして澄み渡る青い空。
女性たちの賑やかな声と、男たちの楽しげな声が少し遠くで聞こえるなか。
明人とニーニャは2人向かい合って立っていた。
しばらくするとニーニャは、明人の胸に頭を預け――
「うっ……うっ……」
と小さく声をあげながら、軽く身を震わせ始めた。
「なぁ、ニーニャ……」
明人が遠い目をして、どこまでも広がる海を見つめながら口を開く。
「せめて……せめてさ……吐くなら、トイレで吐こうよ」
「えろえろえろえろえろえろ――お“え”っ」
明人の胸元にあるニーニャの口から、不快な音が発せられ、それと共にツンとした酸性の臭いが漂い始めたのであった。
■
「ねぇ、明人、ニーニャちゃん、レフィアちゃん、明日って空いてたりする?」
「明日ですか? 僕は大丈夫ですよ」
「私も大丈夫よ」
「私も大丈夫です」
夕食が終わりリビングでくつろいでいると、春奈から唐突に質問された明人、ニーニャ、レフィアは各々スケジュールを確認し、回答した。
「じゃあさ、明日みんなで釣りに行かない?」
「いいわね釣り! こっちにも釣りってあるのね! でも、この辺り大きな湖なんてないわよね?」
春奈の言葉を聞いたニーニャがすごい勢いで飛びついた。
「釣りでしたら、私も是非行きたいです。ニーニャ様に仕えるまでは、毎日のように釣りをしていましので、久々に腕がなります」
珍しくレフィアもテンションが上がっており、釣り竿を振るようなそぶりをしている。
「レフィアさん、ユグドでの釣りってどんな感じでやってたんですか?」
「そうですね、私はその辺にある落ちている木の棒に『釣り蔓』と呼ばれる蔓を巻きつけ、『釣り蔓』を湖に垂らして釣りをしていましたね」
「餌もなしで……本当に釣れるんですか?」
餌も釣り針もなく魚が釣れるわけもないと思っていた明人はレフィアに疑いの目を向ける。
「それはもう大量に! 『釣り蔓』は水につけると魚の好きな匂いを放つ習性があってですね、その匂いで魚をおびき寄せるんですよ」
「でも、それだけじゃ魚が近づいてくるだけで捕まえられないですよね?」
「そこも『釣り蔓』の習性を利用するんですよ。水に入った『釣り蔓』は魚が近づくと魚から養分を得るために、魚に巻きつく習性があるんです。だから、その習性を利用して魚を捕まえるんです」
「へー、それは中々面白いですね! しかし、となるとこちらでは中々苦戦するかもしれないですよ」
「ほほう、それは腕がなりますね」
そんな会話を明人とレフィアがしている中、ニーニャは隣でずっと竿を振る練習をしていた。
その後、明人は春奈から聞いた話を健人や瑞波に連絡すると、2人も釣りに行きたいと言い出したので、春奈に相談したところ、2つ返事で了承された。
そして、当日の朝。
時刻は午前4時。ニーニャ、レフィア、明人、瑞波、健人は、海水浴場付近の駐車場に集合していた。
「おはよう、健人、瑞波」
「おはよー、今日はお誘いありがとね」
「今日はあの崖の下の岩場で釣りをするんかね?」
海水浴場の奥の方に崖があり、その下にはそこそこの人数が立つことのできる岩場がある。
この海水浴場付近で集合ということはほとんどの場合、その岩場で釣りをすることになる。人気の釣りスポットではあるため、朝早くから釣り場を確保するためにこの時間に集合したと考えると、ほぼ確定的にあの岩場で釣りをするのであろう。
そう思いながら岩場の方を眺めていると、まだ一台も駐車されていない駐車場に春奈の車が入ってくる。
「やっ、みんな揃ってるね」
車から降りてきた春奈は、トランクを開け、中からクーラーボックスを2つと数本の釣り竿を取り出した。
「明人、そっちのクーラーボックス持ってくるれる?」
春奈に指定されたクーラーボックスを肩にかけ、車の施錠をし――
「じゃあ行きますか!」
そう言って春奈は岩場とは逆方向に歩き始めた。
「えっ、ちょっ、春奈さん、あの岩場で釣りをするんじゃ?」
瑞波がみんなの気持ちを代表して、春奈に質問をする。
「いやいや、今日は船釣りだよ」
その言葉を聞いた、明人、瑞波、健人は嫌そうな顔をした。
「あっ、酔い止めは買ってあるから、船場着いたらクーラーボックスに入ってるご飯を食べて飲んどいてね」
その言葉を聞き、明人、瑞波、健人はホッと胸をなでおろした。
その姿を見たニーニャとレフィアは首を傾げていた。
船着場につき、船長と春奈が話している間に、明人たちは朝食を食べ終え、液体型の酔い止めを飲み始める。
「ングング……まずっ」
「ねぇ、明人、何飲んでるの?」
「これ? ニーニャとレフィアさんも飲んでください」
そう言って明人がまだ口を開けていない酔い止めの薬を手渡そうとしたが――
「明人、口の空いてる方の瓶を貸してくれない?」
と言われたので、明人は自分の飲んだ瓶をニーニャに手渡す。
そうすると、ニーニャは瓶の中の匂いを嗅ぎ、即座に鼻を瓶から離した。
レフィアも同じように匂いを嗅ぎ、ニーニャと全く同じリアクションをとった。
「ごめん、明人、これはダメ、私飲めそうにない」
「明人さん、私も無理そうです」
「いや、でも、飲んでおかないと大変なことになるよ……」
そう言って進めるが、ニーニャもレフィアも両腕をクロスして、首を左右に振る。
明人も、ニーニャとレフィアが拒否するということは飲むと大変なことになるかもしれないと考え、無理に進めることはしなかった。
「まぁ、ニーニャとレフィアさんはユグド出身ですし、船酔いもないかもしれないですよね」
ニーニャとレフィアは明人の発言に出てきた船酔いがなんなのかわからなかったが、薬を飲まなくていいのであればと思い――
「そうね、きっと大丈夫よ! ね、レフィア」
「そ、そうですね、ニーニャ様」
それからしばらくして、春奈が船長を連れて戻ってきて、みんな釣り船に乗り込んだ。
「ニーニャ、レフィアさん、簡単に船の説明しますね」
明人たちの乗った釣り船には上に操縦室があり、下はちょっとした客室とトイレが備え付けられている釣り船だった。
トイレの場所と、気分が悪くなったら客室に入ることを説明した。
「これで船の説明は終わり。あとは、船に乗る時の注意点だけど、船が動くときは手すりを掴み、なるべくしゃがむように。海に落ちると大変だからね」
「わかったわ!」
「わかりました」
「明人、説明終わった?」
「はい、終わりました」
「おっけー。船長、船出してください!」
春奈が操縦室に向かって大声で叫ぶと、操縦室の窓から親指を立てた握りこぶしが出てきて、船にエンジンがかかり、船が動き出した。
日差しが緩やかな時間帯に船が風を切り進む。時折水しぶきが顔にあたり夏とは思えない涼しさを感じ、とても気持ちがいい。
「あきとー! すっごい気持ちいいわね!」
「あぁ! 本当に気持ちいな!」
ニーニャと明人はエンジン音に負けないように声を張り上げて会話をする。
船が動き出して20分ほど経ったところで、船は速度を落とし、海上に停止した。
「おし、みんな、この辺りに魚の群れがいるぞ!」
船長の声が響き、春奈、瑞波、健人はすぐさま釣り竿に餌のゴカイを取り付け、投げ釣りを始める。
明人は、ニーニャとレフィアに釣り竿の使い方の説明を始める。
「こうやって、釣り糸を抑えて、リールのこの銀色の半円を右側に倒す。で、軽くスイングしてスイングのタイミングで釣り糸を離すんだ。そうすると、錘の重さである程度遠くまで飛ぶから、あとは銀色の半円を左側に倒して、リールを軽く巻きながら竿を左右に振ったりして魚をおびき寄せるんだ。で、魚が餌に食いついたら、竿の先がピクピクと動くから、それをみて一気にリールを巻き上げる! ただし、このタイミングも間違ったら魚に逃げられちゃうから、そのあたりは経験値を積むしかないね」
明人の説明をしっかり聞き、ニーニャもレフィアも初めてとは思えないレベルのスイングができていた。
「2人ともセンスあるなー。僕なんかスイングが上手くなるまで2ヶ月くらいかかったよ」
「まぁ、私たちは一応経験がないわけじゃないからね――っと掛かったわ!」
そう言ってニーニャが勢いよくリールを回すと、釣り針に鮮やかな色の魚がかかっていた。
「明人、これ、なんて魚?」
「これはベラだね、塩焼きにすると美味しいんだよ」
「へー、ふっふっふ、私が美味しく食べてあげるからね!」
そうして順調に魚釣りを楽しんでいると、船長からポイントを変えると指示があり、釣り糸を船の上にあげた。
そうして2度ほどポイントを変えたタイミングで、波の多いポイントでの釣りとなった。
ざぷーん、ざぷーん――
瑞波、春奈、健人、レフィアに船長が混ざってとても楽しそうにしている場所とは反対側で、ニーニャと明人は黙々と釣りをしていた。
「……ねぇ、明人――」
明人が釣り針に餌をつけているところで、ニーニャから声をかけられる。
「どうしたの? ニーニャ」
波のせいなのか、ふらつきながら明人の方に歩いてくるニーニャをみて、明人は立ち上がる。
2人が向かい合って直立していると、ニーニャの頭が明人の体に預けられる。
「ニーニャ?」
「……」
「大丈夫? ニーニャ?」
「……ぎぼじばる“い”………う“っ――」
「ちょっ、ニーニャ、もしかして!?」
明人はニーニャから離れようとしたが、時すでに遅かった。
「えろえろえろえろえろえろ――」
ニーニャの口から不快な音が発せられ、服からは酸っぱい臭いが漂い始める。
「ニーニャ、吐くならトイレではこうよ……」
「えろえろえろえろえろえろ――お“え”っ」
それからしばらくして、一度吐いて少し楽になったのか、ニーニャはなんとか口を聞けるようになっていた。
「なんか、頭がぐわんぐわんする」
「うん、それが船酔いだよ」
そう言いながら明人はニーニャを船内につれていき、船内の長椅子に寝かせる。
その後、エチケット袋を用意し、クーラーボックスから2本の冷えたスポーツドリンクを取り出し、そのうちの一本を開けて、ニーニャに飲ませる。
それから少しすると、またニーニャは口元を押さえ始めたので、エチケット袋を手渡し、背中をさする。
「えろえろえろえろえろえろ――」
何度か吐き、落ち着いたタイミングで明人はニーニャにスポーツドリンクを飲ませる。
「明人……あとは私1人でも大丈夫だから、みんなと一緒に釣りをしてきなさいよ」
ニーニャが目元に右腕を置き、左手で明人から受け取ったスポーツドリンクを額にあてながらそういう。
「船酔いってさ、本当に辛いんだよ」
「いきなりなによ」
「僕も過去に船酔いになったことがあってね、それが本当に辛かったんだ。しかもその時看病してくれる人がいなくてさ。その後は数年間船に乗ることはなかったくらいさ」
ニーニャは静かに聞いている。
「ひとりぼっちの船酔いの大変さは僕がよく知ってる。だからこそ、ニーニャにその思いをして欲しくないんだよね」
ニーニャが腕の隙間から明人の顔を覗き込むと、そこにはやわかな微笑みがあった。
「明人って損な性格をしてるのかもね」
「いやいや、そんなことはないよ」
明人のその言葉を聞き、ニーニャは眠りについた。
結局船釣りは夕方まで続いた。その間ニーニャは客室で眠っており、傍で明人はずっとニーニャを看病していた。
地上に戻った頃にはニーニャも回復しており、地上に降り立った瞬間、緊張の糸が切れたのか、お腹の虫が一気に大合唱を始めてしまったので、船長の家で釣った魚を捌いてもらい、明人がその魚を色々と調理した。刺身や塩焼き、天ぷら、煮付け、そのほかさまざまな魚料理を振舞い。
みんな大満足といった感じであった。
ただ、一点を除いては。
「ねぇ、今結構食べたけど、まだ全然魚いるわね」
「なんなら、タコやエイなんてのもいますよ」
そう、本日の船釣りは稀に見る大漁であったのだ。そのため、かなりの量を消費したと思っていた今の調理ですら、本日釣った魚の5分の1も消費でき
ていなかった。
「これはご近所さんに配るしかないわね」
「そうですね、流石にこの量を木崎家と森川家で分けるにしても多すぎますね」
春奈の提案に瑞波も同意し、結果、ご近所さんに配ることと相成った。
その後ろで、ニーニャと明人は――
「これは、ニーニャと僕が戦線から離脱しててよかったかもしれないな……」
「明人、奇遇ね、私もそう思ってたわよ」
そう言って2人は顔を見合わせ――
「「ぷふっ――あははははは」」
楽しそうに笑っていた。




