精霊と柔らかな山2つ
更新が遅れ申し訳ありませんでした。
今週分の更新です!
楽しんで頂けると幸いです。
よろしくお願いします。
空がうっすらと暗くなり始めた頃――
神社の御神木で眠っていた精霊が目を醒ます。
「ふぁ、おはよー」
「「「おはよー」」」
「「はよ」」
「おはー」
七色の光の中で7つの光がそれぞれに挨拶をしていた。
「うーん、なんかお昼頃にあいつきてなかった?」
「そういや、私たちに話しかけてたよね」
「僕らが見えるのはあいつだけだしな。でも、なんで昼にきたんだろうね」
「急ぎだったんじゃねーの? あいつ急いでる時はたまに昼にくるじゃん」
「あー、なるほどねー。 まっ、昼にきたところで僕らは動かないけどねー」
寝起きの7匹の精霊が思い思いに会話をしている。
「おーい、お前ら、そろそろ浄化に向かうぞー!」
リーダー格であろう少し大きな光は他の精霊に指示を出し、本日の仕事に取り掛かり始める。
精霊たちはまず、手水舎の方に移動し、流れてくる水を受けとめ、手水舎に溜まった水の中に入っていった。
ぼんやりとうす白い光が手水舎に溜まった水から発せられ、その場に溜まったよくない気を浄化していく。
「さて、次は全体の邪気の浄化だ」
そうして手水舎から出てきた精霊は神社の木々を巡り始めた。
■
テーブルの上に乗せられた夕食を口に入れながら、明人は本日の昼にあった精霊とのやりとりについて、レフィアに説明をしていた。
「とういことがありまして」
「まさか、本当にこの世界にも精霊がいるとは……ニーニャ様の迷子の理由、嘘ではなかったのですね」
「そうみたいです。僕も瑞波も精霊を目にしていますので」
レフィアは右手に箸を、左手にごはん茶碗を持ちながら驚いた顔をしながらニーニャと明人の話を聞いている。
ニーニャは精霊との対話によって消費したカロリーを補充せんばかりに本日の夕食を口いっぱいに頬張りは飲み込み、頬張りは飲み込みを無心に繰り返している。
いつものニーニャであれば、説明のために食事を中断することもあるのだが、本日ばかりはそんな余裕はないようだ。
「寝起きなのによく食べるわねニーニャちゃん」
ニーニャの食事の様子を見た春奈もいつもと違うニーニャの食べっぷりに感嘆の声を上げている。
精霊との対話の試みの後に帰宅したニーニャは、軽く汗を流した後にリビングのソファーで泥のように眠ってしまい、夕食が完成するまで微動だにしなかった。
ニーニャが汗を流した後、明人もお風呂で汗を流し、夜にやる予定だった家事を早めに消化し、夜にレフィアも一緒に外に出れる準備をしていた。そのかいあって、夜はニーニャ、明人に加えてレフィアも一緒に神社に行けるようになったのだ。
「もぐもぐもぐもぐ――ゴクン――ふぅ」
テーブルの上にあったほとんどの料理をたいらげたあたりでニーニャは一息ついた。
「ニーニャもうご飯は大丈夫?」
「ええ、問題ないわ。これだけ食べれば大丈夫だと思うわ」
「それならよかった」
「で、今晩一緒に行くのは、明人とレフィアと瑞波でいいの?」
お箸と茶碗をテーブルの上に置いたニーニャは口の横に米粒をつけながら明人にそう尋ねた。
「いや、瑞波は無理そうだよ」
「え? 何か夜に予定があったの?」
「いや、お昼の精霊との対話が体に堪えたらしいよ。さっき連絡したら、布団から起き上がれないってさ」
「結構体力持ってかれたみたいね。まぁ今まで精霊と対話したことない人だったら仕方ないわよね……っていうか明人はさっきから何やってるの?」
明人は先程から口の横を人差し指で指しながらニーニャの方を向いていた。
「いや、口横に米粒がついてるよって言おうと思ったんだけど、ニーニャの話を切るわけにもいかないし」
ニーニャがハッとし、口横を触ると米粒が手についたのでその米粒を口に入れ――
「ありがと」
と恥ずかしそうに言った。
「いえいえ、どういたしまして」
「で、話を戻すわよ。ってことは夜の神社に行くのは、私と明人とレフィアってことでいいのね」
ニーニャが明人とレフィアに目配せすると、2人はそれぞれ頷いた。
「じゃあ、食器を片付けたら出発ね!」
そう言いながらニーニャはキッチンへと食器を持って行った。
■
「じゃあいきましょうか!」
靴を履き終えたニーニャが玄関の扉前に立ち、そう言い、レフィアはコクリと頷き、明人は靴紐を結ぶ。
「明人、明人、これ神主さんに渡してくれない」
明人が春奈から受け取った紙袋の中身を覗き込むと、高級なお菓子の詰め合わせが入っていた。
「神主さんに結構ご迷惑おかけしてるからね」
「ありがとうございます。春奈さん」
春奈とそんなやりとりをしていると、家の外から――
「明人、早くしてよ!」
「焦んなくても逃げやしないだろ」
「そんなのわからないじゃない!」
ニーニャの返答を聞いた明人は心の中で“確かに”と同意したのち――
「それじゃあ、いってきます」
「あんまり遅くなりすぎないようにね」
明人は一つ頷き、家を出た。
神社について明人が最初にやったことは、神主さんの家に行くことであった。ニーニャとレフィアは先んじて手水舎で手や口を清め、周りをきょろきょろと見回している。
春奈から預かったお菓子を神主さんに渡し、軽く世間話をしたあと、明人もニーニャたちと同じように手水舎で清め、周りを見回す。
「ニーニャ、レフィアさん、どうですか?」
「明人さん、今はニーニャ様が御神木の方を見に行っています」
「そうですか、レフィアさんはここで待機ですか?」
デパートの一件以来、こういった状況の場合はレフィアは必ずニーニャのそばを離れることがなかったが、今回はそばを離れているので明人は疑問に思った。
「あ“ーーーー、いない!」
苛立ちの含まれた声をあげながら、ニーニャが本堂の横道から参道の方に戻ってくる。
その後ろからは――
「え?」
明人は先程までレフィアが立っていた場所に目を向ける。
そこには、先程と変わらず、レフィアが立っていた。ただし、いつものレフィアの表情と異なり、無邪気な子供のような表情でだ。
「ニーニャ! もしかして」
明人の声が聞こえ参道の方に目を向けたニーニャはすぐさま声を張り上げた。
「明人! そいつ、捕まえて!」
明人には無邪気な顔をしたレフィアにしか見えなかったが、ニーニャには別のものに見えているようだ。
ニーニャの言葉を聞き、すぐさまレフィアの姿をした何かの腰に抱きつこうと腕を回すが、その腕は腰をすり抜ける。
すぐさまの行動ということもあり、そこそこの勢いで抱きつこうとした明人は、勢いを殺すことが出来なかったため、そのまま参道に顔面ダイブし――ふよん――なかった。
参道に画面ダイブすると思い、思い切り目をつぶっていた明人には何が起こったのか全くわからなかった。ひとつだけ分かっていることは、柔らかいなにかが唇に触れていること、そして、その柔らかいなにかのお陰で明人は石の参道に顔面ダイブしなくて済んだと言うことだ。
恐る恐る明人が目を開けると――
「――むごむごむごむご(大きな柔らかいおし……いや、僕は大きな柔らかい2つの山に助けられたんだ)」
「ひゃん――なっなんで――」
レフィアの姿をした何かはくすぐったそうに一言声を上げる。
その声を聞き、名残惜しそうに顔を離した瞬間。
スパーン――
明人の後頭部に衝撃が走り、今度こそ石の参道にキスをすることになった。
「なーにーやってんのよー、あーきーとー!」
今まで明人に向けられたことのない怒りを孕んだニーニャの声が頭の上から聞こえてくる。
「いや、待った! ニーニャ、僕はニーニャの指示に!」
「言い訳無用!! 明人、あんた今なにやったか分かってるの!」
ニーニャが明人を見下ろしながらビシッと人差し指を向ける。
「えっと、レフィアさんのお尻に――その――キスを。でもスカート越しだし! そもそも本物のレフィアさんじゃなんだろ!」
「だから、言い訳無用だって言ってるでしょ!」
レフィアの姿をした何かは状況を飲み込みきれず、ポカーンとそのその様子を見ていた。
「私もあなたには一言言いたいことがあるんですよね――」
レフィアの姿をしたなにかの耳元で声が聞こえ、その言葉にぞくりと身を震わせた。即座に逃げ出そうと足に力を入れるが、時すでに遅し。
本物のレフィアが偽物の両腕を右手で拘束し、左手で頭を掴み徐々に力を入れていく。
「痛い痛い痛い痛い!!」
「少しは反省なさいましたか?」
「したしたしたした!! だからやめて、やめないなら誰か代わって!」
ギリギリと力はさらに込められていく。
「悪いことをした時はどう言うのでしょう?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ」
偽レフィアがそこまで言うと、レフィアは頭から手を離し、両腕の拘束だけを残した。
「いつつつ――っていうかあんたたち、なんで私たちに触れられるのよ」
「それはね、あなたたちの浄化した手水舎で手と口を清めたからよ」
明人とのやりとりが終わったニーニャはごく当たり前と言わんばかりにそう答える。
その隣で明人はまた参道にキスをしていた。
「ふーん、そうなんだ、まさかあいつ以外に僕たちに触れられるなんて思ってもみなかったよ」
「まぁ、驚くのも無理ないわね。私はこの世界の人間じゃないんだから」
ニーニャは初めて明人に会った時と同じように偽レフィアにも挨拶をしようとした。
「私はニーニャ、異世界の――」
「あぁ、異世界のエルフか」
「ふぇ」
ニーニャは驚きのあまり変な声を出した。
「俺たちに接触したってことは、力を分けて欲しいってところだな」
さらにニーニャは呆然と口を開ける。
「えっと、なぜ、それを……」
「私たちは世界創生の頃からこの地にいる精霊ですよ。そこまで長く存在して入れば不思議な存在と度々出会うのですよ。そもそも私たちが現代世界では不思議な存在ですが」
ニーニャの顔が再びポカーンと口を開けた表情になる。
「えっと、すみません」
鼻の頭をさすりながら明人は手をあげる。
「ということは、異世界の存在というのは昔からこの世に存在したと?」
「そうさな、昔話ってのがあるだろう。あれに出てくる鬼や神さまってのは大抵異世界の存在だな」
ニーニャの隣で明人もニーニャと同じ表情になった。
「で、話を戻すが、力を分けることについては問題ない」
偽レフィアの言葉を聞いたニーニャの表情はいきなり目をキラキラと輝かせた――
「えっ! いいの!?」
「えぇ、問題ないわよ。ただし、少量ずつだけだけどね。あと、定期的にお賽銭を入れてね金額は5円でも1円でもいいから」
「そんなことならお安い御用よ! 分けてもらえるのが少しでも全然いいわ!」
精霊の力を借りれるとわかり、笑顔で話しているニーニャの様子を横で見ていた明人は、嬉しいはずなのに、素直に喜ぶことができなかった。
笑顔を必死に作ろうとしたが、どうしても笑顔が作れず、寂しげな表情になってしまう。
「ねぇ、明人、聞いてる? そんなに鼻が痛いの?」
「あぁ、いや、っていうか、鼻が痛いのはニーニャのせいだぞ」
「ごめん、ごめん! それでね、精霊が力を分けてくれるらしいのよ! こんなにスムーズに事が運ぶなんて思わなかったわ」
嬉しそうな笑顔でニーニャはぴょんぴょんと跳ねている。
「あれ、その精霊は?」
明人が周りを見渡すと、先程までレフィアに拘束されていた偽レフィアがいなくなっていた。
「交渉が済んだから、お仕事に戻ってもらったわ」
そう言ってニーニャが本殿の方を指差すと、賽銭箱の上にあるしめ縄の周りを虹色の光がくるくると回っていた。
「そっか」
そう言って明人は精霊の方からニーニャの方にむきなおり――
「それはそうと、よかったね、ニーニャ、これで明日にでも帰れるね」
寂しさを覚えながら明人がそう言葉を発すると――
「え? 何言ってるの、明人、まだ帰れないわよ。それに、帰れたとしても、まだ帰らないわよ」
「は、え……?」
ニーニャの思わぬ回答に明人は言葉を詰まらせる。
「分けてもらえる量を聞いたら、帰るための力を貯めるのに大体、一ヶ月はかかるわね。で、その力が溜まったとしても、私はまだまだこの世界を知りたいの! 私の最高のファンタジー小説を書くために!」
ニーニャは胸元でグッと握りこぶしを作り、そして一息置いたのち――
「それに、私はここの生活嫌いじゃないしね!」
明人に向かって笑顔でそう言った。
その言葉を聞いたレフィアもニーニャの隣でコクコクと頷く。
「えっと、じゃあ、まだこの世界にいるって事?」
「うん! まだまだやることは一杯あるもん! 目下、明日の朝には絶対にカブトムシを捕まえるわよ!」
そう言ったニーニャの目には闘士の炎が浮かび上がらせ、空に向かって拳を突き上げていた。
「うん、そっか、よし! じゃあ明日には必ず捕まえよう! カブトムシを!」
ニーニャにつられ、明人も空に向かって拳を突き上げる。
いつかニーニャはユグドに帰る。でも、それまではニーニャと一緒に色んなことを教え、教わろう。思い残す事がなくなるまで。明人の拳にはそんな気持ちが込められていた。




