夏の暑さと蝉の声
今週分の更新です。
楽しんで頂けると幸いです。
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夏休み初日に済ませようとしていた宿題や、文化祭に向けた話し合いなどを全てキャンセルし、明人、ニーニャ、瑞波は早朝に訪れた神社に再び足を運んでいた。
ミーンミンミンミンミンミン――
早朝の静けさとはうってかわり、夏の風物詩である蝉の鳴き声が四方八方から聞こえてくる。
「あれね、普通に聞いてる分ならまだ許せるけど、ここまでの音となると……一気に不快感がますわね」
しかめ面をしたニーニャが明人と瑞波に訴えかける。
「そうね。それにこの暑さもいい具合にスパイスになってるわね」
こちらもまた昼間に近づくにつれ、徐々に気温が上がってきており、瑞波は立っているだけで流れてくる汗をスポーツタオルで拭っている。
「いくら神社の木々が陰になって涼しいからって、やっぱり夏の暑さはそれくらいじゃ緩和できないよな」
そう言って明人はペットボトルの麦茶を口に含む。
明人たちがこの神社に再び足を運んだ理由は他でもない、早朝の精霊の件であった。
朝食の際にレフィアにも精霊の話をしたのだが、本日は期末テスト補修の初日であったため、詳しい話は夜にということになったのだ。
そのため、それまでに調べれることは調べたいというニーニャの要望、それに明人自身も好奇心を抑えることができなかったため、こうして全ての予定をキャンセルして、神社に訪れたのであった。
「で、明人、これからどうすんの?」
神社の境内をトテトテと走り回るニーニャを見ながら、瑞波は明人に確認する。
「ニーニャが今日試したい事は3つらしいんだ。1つ目が、ニーニャ1人で精霊の力を借りることができるのか、2つ目が、ニーニャとこの世界の女性が手を繋ぐことで精霊の力を借りることができるのか、3つ目が、ニーニャとこの世界の男性が手を繋ぐことで精霊の力を借りることができるのか」
明人は説明しながら自分の指を人差し指、中指、薬指の順で立てていった。
「なるほどね! だから私にも声がかかったのね」
立っているのが疲れた瑞波は、神主さんの計らいでお借りした折りたたみの椅子を近くの木下に広げ、座り始める。
「いや、もともと声をかけるつもりだったよ。 だって、瑞波も気になるだろ」
そう言って明人も瑞波と同じように椅子を広る。
「さっすが明人! やっぱり持つべきものは察してくれる同士ね!」
両手の人差し指を明人に向けながら、瑞波はニヤニヤしていた。
「ハァ、ハァ、明人、ハァ、瑞波、ング、とりあえず今精霊がいる場所がわかったわよ」
椅子に座ってくつろいでいると、至る所から汗を滴らせ、息を切らしたニーニャが目の前に立っていた。
「ニーニャ、とりあえず、椅子に座ってお茶を飲もうか」
そう言って明人はクーラーボックスから500mlペットボトルの麦茶取り出し、ニーニャに渡す。
すると――ゴクゴクゴク――ニーニャは一瞬で麦茶を飲み干した。
「ぷはぁ! 生き返る!」
ニーニャは口から勢いよくペットボトルを離し、湿った唇を腕で拭う。
それからタオルで吹き出ている汗を拭い、一呼吸置いてからニーニャは再び口を開いた。
「今、精霊は神社の奥にある一番太くて大きな木にいるみたいだから、とりあえず、そっちに移動しましょう」
その言葉を聞いた明人と瑞波は椅子を折りたたみ、移動する準備をし、神社の奥へ向かう。手水舎の前を通り過ぎたあたりで――
「そうそう、明人と瑞波は手水舎で手と口を清めた?」
「うん、僕も瑞波もニーニャが精霊を探してくれてる間に清めたよ」
「ならおっけーね!」
ニーニャ曰く、手水舎で身を清めないと、私と手を繋いでも精霊を目視する事はできないらしい。ニーニャも早朝神社に来た際には精霊の気配は感じるけど見えないという不思議な感覚だったらしい。
なので、早朝精霊の気配のする木を見て回っていたようだ。
「さて、この木ね!」
本堂の後ろに回り、ニーニャが止まった場所はこの神社で最も大きく、太い木をした御神木であった。
明人は平らなところに3人分の椅子を広げ、クーラーボックスを設置した。
「最初は私だけで精霊と話をしてみるわね」
「わかった。それじゃあ、一旦30分ほどしたら声をかけることにするよ」
「そうね、今朝のことを考えると、それくらいで声を掛けて貰った方がいいわね」
決めるべきことを決めたニーニャは、御神木の下まで歩き、木を見上げる。そして、一瞬にして微動だにしなくなった。
そして、少しすると、ニーニャは独り言を話し始めた。
はたから見ると木に話しかける少女であり、見る人によっては変な人と思われかねない情景である。
「ねぇ、明人、私ちょっと文化祭のこと考えててもいい?」
「ん? あぁ、いいよ。 でも、何回か試すなら、後でタイムキーパー代わってもらうからな!」
「りょうかーい!」
そう言って瑞波はカバンからノートとペンを取り出し、ブツブツと独り言を言い始めた。
タイムキーパーをやりながら明人も色々想像をめぐらせ、小説のことを頭の中で考えようとするが、左右から女子2人の話し声が聞こえてくるので、まったくもって集中できていない。
むしろ、別方面の妄想が捗りそうな空間であった。
「そろそろかな」
そういうと明人は立ち上がり、ニーニャに近づき、声をかけた。
「ニーニャ、一回休憩を挟もう」
声をかけたニーニャは独り言をやめない。早朝よりも集中しているのであろう。
ただ、これ以上集中し続けるのは危険である。そう思った明人は、ニーニャの肩を掴み、揺らした。
それでもニーニャは集中している。であればと、明人は平手でニーニャの頭を叩いた。
スパーン――
「ったー! 何すんのよ!」
「声をかけてもダメ、肩を揺らしてもダメ、なら頭を叩くしかないじゃないか」
「他にもやりようはあるでしょ!」
とりあえず、集中状態を脱したニーニャはその場にへたり込んだ。
「あれ?」
30分程度でこの状態である。もっと長く続けると確実に倒れていたであろう。
明人はニーニャを椅子まで運び、新しいタオルと麦茶を渡した。
ングングング――
ニーニャが勢いよく麦茶を飲み干す。
「で、ニーニャちゃん、どうだったの?」
「ダメね、対話に応じてくれないわ。ユグドの精霊は話しかけると色々反応を見せてくれるんだけど、ここの精霊は話しかけても一切無視!」
座ってお茶を飲むことで徐々に体力を回復したニーニャはそう言いながらその場で地団駄を踏む。
「なるほどね。おそらく、ユグドは精霊との交流が盛んで、昔から精霊と対話していたからこそ、簡単に対話できるんだろうね。この世界じゃそもそも精霊の存在自体が認知されていないから、精霊たちも自分達が話しかけられてるとは思わないんじゃないかな」
明人がそういうと、ニーニャは考え込む。
「うーん、でも、なにか違うのよね。気づいてないっていうのはそうかもしれないけど、何かがおかしいのよね」
「それじゃあ、もう一度やって見るしかないじゃない。今度は私も一緒にね!」
歯切れの悪いニーニャの回答を聞き、瑞波が立ち上がる。
「そうね! でも、もう少し休ませて」
そういってニーニャは椅子に深く腰を落とし、だらしない格好で明人がクーラーボックスから取り出したお菓子を食べ体力を回復していた。
しばらくして、ニーニャの体力が回復したところで、瑞波と一緒に再チャレンジを行った。
しかし、今回もニーニャ1人の時と同じで、一切手応えを感じられず、精霊も微動だにしなかったようだ。
「おかしい、これはおかしいわよ」
瑞波が汗を拭き、麦茶を飲み、チョコレートを口に入れながらそんなことを言い出す。
「ほんと、どうすれば応じてくれるのよ」
ニーニャは椅子に上半身を預け、膝を地面につきながら嘆いている。
「ほんと、微動だにしないのよ。早朝なんかは木々の周りをクルクル回っていたのに……もうわけわかんないわよ。あとはお願い明人」
一気に体力を使い果たした瑞波は考える体力すら残っていなかったので、全てを明人に託し、何も考えずに椅子に座ることにしたのだった。
「っていわれても、精霊のことなんて知らないしな。一番精霊に詳しいニーニャでもわからないんだろ」
「ええ、皆目見当もつかないわ。ユグドの精霊たちは気さくだったわ。太陽の精霊も月の精霊も、集中なんてしなくても、気さくに話しかけられたんだもん」
ニーニャはブツブツとユグドの精霊を懐かしそうに思い出しながら独り言をブツブツと呟く。
「太陽、月……ニーニャ、1つ聞きたいことがあるんだけど」
「なによ?」
ユグドの精霊のことを思い出し、一向に対話に応じてくれないこの世界の精霊に苛立ちを感じているのか、少し不機嫌そうに返答が返ってくる。
「太陽の精霊と月の精霊って、同じ時間に現れる精霊なの?」
「いえ、基本的には『太陽』は『昼』、『月』は『夜』とそれぞれ役割を持っているの」
「なるほど、じゃあ、今話そうとしているあの精霊って何の精霊なの?」
「わからないわよ。対話ができないんだから」
ニーニャの回答を聞いた明人は考え、1つの回答に行き当たった。
「あー、もしかして……」
「どうしたのよ明人」
「今ここにいる精霊は、寝てるんじゃないかな?」
「…………」
明人の言葉を聞いたニーニャからは苛立ちの表情が消え、真剣に思慮を巡らせ始める。
「ユグドでは朝になると月の精霊は消えていた。それが眠るために精霊界に戻っているとしたら。この世界の精霊は眠る時も精霊界に戻らないとしたら――」
ブツブツと独り言を呟くニーニャを明人は真剣な眼差しで、瑞波は顔に置いたスポーツタオルの隙間からニーニャを覗き込む形で見つめていた。
「その可能性は大いにあるわね」
ニーニャは真剣な表情で回答する。
「ってなると、今はこれで終了にした方がいいかもね。改めて夜に来た方がいいかもね」
「そうね。夜にもう一度集まるとしたら、瑞波はどうする?」
「当然来るわよ! 乗りかかった舟だし! やっぱり気になるし!」
ガバッと椅子から体を起こし、瑞波は胸元で拳を握る。
「うん、じゃあ、本日の夜もう一回ここに来ましょう!」
ニーニャのその一言を聞き、明人と瑞波は諸々片付け、帰る準備を始める。
その間ニーニャは地べたに座り込み、片付けをする明人と瑞波の様子を見ていた。
「よし、じゃあ、帰ろうか」
明人のその言葉を聞き、立ち上がろうとしたニーニャは――
「明人、ちょっとお願いがあるの……」
そう言って再び地べたに腰を落ち着ける。
「どうしの? ニーニャ」
「どうも集中の糸が切れたらしくて……足に力が入らないの。だから……おぶって貰えない?」
瑞波も精霊との対話に参加した関係上、あまり体力が残っていない。それを考えた明人は――
「わかったよ」
そう言ってニーニャの前で腰を落とし、ニーニャは明人の首元に手を回す。
「ありがと、明人」
ニーニャの言葉を聞き、立ち上がったのち、ニーニャの足を明人の腕で固定しる。
折りたたみの椅子は瑞波が神主さんのところに返してくれていた。
ニーニャを背負いながら帰路に着いた明人は、自身の顔のあたりが熱くなっていることに気づいていたが、照りつける太陽のせいだと自分に言い聞かせ、頰から流れる汗を首にかけているタオルで拭った。




