初めての出会い
本日2話目の投稿です。
プロローグの半分くらいの文量です。
楽しんでいただけたら幸いです。
夢を見た。女性が自分の夢に向かって努力し、その努力が報われず、女性が泣いて落ち込む夢を。
普段からあまり夢を見ることはなく、夢を見たとしても起きた頃には内容を一切覚えていないんだけれど。
「はじめてだなぁ……ここまで鮮明に夢を覚えているなんて……」
ベッドで上半身を起こしぼーっとしていると、少し開いた窓からゆるやかに春の風が吹き込んできて頬を撫でる。
時計を見ると針は午前6時を指している。
そろそろ起きて朝食の準備をしないといけないと思い、ベッドから降りて寝巻きから着替え、1階のリビングに向かった。
1階に降りたあたりで、炊飯器のお米の炊ける匂いがした。
「おはよー、明人」
リビングの扉を開けて中に入ると、テレビに耳を傾け、机の上でコーヒーを飲みながらパソコンに向かっている女性がいる。
「おはようございます、春奈さん、もしかして徹夜ですか?」
「この顔が早起きしてさわやかな朝を堪能しているように見える?」
と言いながら春奈は自分の顔の目の下あたりに指をさした。
そこにはここ数日ろくに寝ていない証でもあるクマが出来ている。
春奈は明人の母の妹で、文章を書く仕事をしている。締め切りが近いため、ここ最近はリビングでずっとパソコンに向かいながら原稿と戦っている。
明人が少し前に「自分の部屋で書く方が集中できるのでは?」と春奈に聞いたところ、コーヒーをすぐに淹れられるリビングで書いている方が時間ロスが少ないと返答されたのを思い出し、自然と苦笑いがこぼれた。
「あはは…あの、春奈さん、朝ごはんどうしますか?」
「ん~…焼いた食パンにバターといちごジャムを塗って貰っていい?」
明人はオーダーを聞きキッチンのほうに移動し、食パンをトースターにセットする。
食パンが焼けるまでの間に、昨日の残りのお味噌汁を冷蔵庫から取り出し火にかけ、もう一つのコンロに油を敷いたフライパンをセットし、少し温まったところに卵を落とし、目玉焼きを作り始めた。
そこまで準備したころにパンが焼けたので、バターといちごジャムを塗り、春奈の邪魔にならない場所に置いておく。
「ここに置いときますね」
「ありがと」
すぐさまキッチンに戻り、コンロの火を切り、各朝食を盛り付け、春奈の対面まで運んだ。
「いただきます」
先ほど作ったパンに手が付けられていないのを見ながら、明人は朝食を食べ始めた。
「そういや、昨日の深夜に姉さんから電話があったわよ」
「母さんからですか? 何か言ってました?」
「出張先のご飯がおいしくないって姉さんも義兄さんも嘆いてるんだって」
「海外ですからね、合わないってのはあるかもしれないですね」
「あと、明人のこと心配してたから、私がいるから大丈夫って言っといたよ」
春奈はパンに手を伸ばし、あっという間に一枚のパンを食べ終えた。
「もぐもぐ…ごくん。まぁ、そっちの方が心配だって言われたんだけどね」
そんなたわいない話をしながら朝食を終えた明人は、食器を片付けてからリビングの掃除、たまっていた洗濯物の処理をして、自室に戻った。
自室でお気に入りのファンタジー小説を手に取り、ベッドの横にもたれかけて小説を読み始めた。
小説の内容はテンプレートな内容で、異世界に召喚された勇者が仲間とともに魔物やドラゴンの討伐をして世界の平和を守る話である。
明人はその小説が大好きで、いつも自分を勇者に重ねて読みふけっている。自分ならばあの時、勇者と同じ選択ができるだろうか、ここの勇者の選択は本当に正しかったのだろうか。その小説を読みながらそんなことをずっと考えている。
「異世界での冒険かぁ、できたら楽しいだろうなぁ」
「あなたの言う異世界の冒険なんてちっとも楽しくないわよ。それこそただの日常を淡々と過ごすだけのことだもの」
「へぇ、そうなんだ。異世界の人からすると冒険や魔物やドラゴンとの戦いは日常なんだ」
「そんなものよ、それよりも、この世界の方がずっとずっと面白そうじゃない!」
「そうかなぁ…… ん? あれ?」
部屋に戻った時、明人は一人だった。
廊下から扉を開けると部屋を一望できるため、部屋の中に誰かがいたらそのタイミングで気づくはず。
でも、今、ファンタジー小説を読みながら独り言を言っていただけのはずなのに、会話が成立していた。
しかも、聞こえてくるのは女の子の声である。
ファンタジー小説の読みすぎで幻聴が聞こえだしたのかもしれないと思いながら、恐る恐る声の聞こえたベッドの上に顔を向けると――
そこには綺麗なブロンドの長い髪に、動きやすそうな青色のドレスを身にまとった小学生くらいの少女と、オレンジ色のショートカットでメイド服を着た女性が土足でベッドの上に立っていた。
「こんにちわ」
綺麗なブロンドの髪が風になびきながら少女がにこやかに挨拶をするが、状況を全く把握できていない明人は……
「あの、ここ土足厳禁です」
とりあえず家の中が土足厳禁だと注意する。
「土足? 厳禁? レフィアはどういう意味かわかる?」
「いえ、私にもわかりかねますニーニャ様」
土足厳禁という言葉がわからないニーニャとレフィアは二人して首をかしげる。
その動作を見た明人は、二人の容姿から外国人なのかもしれないと思い、ジェスチャーを駆使して土足厳禁について伝えようと試みた結果。
「なるほど! 履物を脱げってことね!」
明人がうなずくと、ニーニャとレフィアは履物を脱ぎ、脱いだ履物を手に持ってベッドから降りてきた。
「ふわあああああ」
ニーニャがぐるりと体を回転させながらキラキラした瞳で部屋を見渡し、明人のいる方向に体を向けた。
明人はといえば、理解が追い付かず何が起こっているのか理解できないまま、ずっとニーニャとレフィアの姿を見ている。
動きやすそうなドレス、綺麗なブロンドの髪、メイドさん、この条件で当てはまる候補といえば。
いや、それ以上に聞きたいことが――
「あの、すみません、2つほどお聞きしたいことがあります」
すっと手を上げ、ニーニャとレフィアに向けて質問許可を取る。
「なんですか?」
「まず、あなたたちはどこからこの部屋に入ってきたんですか?」
「どこって…… 精霊の世道を通ってこの世界に来たのよ」
精霊? 世道? この世界?
ニーニャからの返答を聞いても、何一つ意味が分からなかった明人は一旦無視して次の質問に移った。
「じゃあ、あなたたちはいったいどこの誰なんですか?」
「あっ、紹介がまだだったわね。私はニーニャ、ニーニャ=ミルストリア、ミルストリア王国の第15王女よ。」
ブロンドの髪を揺らした幼い少女はドレスの裾をつまみお辞儀をした。
「私はレフィアと申します。ニーニャ様のメイドをしております。」
こちらはメイドらしく、両手をお腹の辺りで合わせ、お辞儀をした。
「あっ、やっぱり外国人さんなんですね…… って王女様!」
王女という肩書に驚かされたが、その後にニーニャから聞いた言葉にさらに驚くことになった。
「外国人というのが何かはわかりませんが、私はこの世界に存在する種族とは異なると思います」
「へ?」
「こちらではどのように呼ばれているのか、そもそもそういった言葉が存在するのかはわかりませんが……私はエルフという種族です」
耳にかかった髪を手で上げ、明人の方に見せる。
そこには人間とは違い、先端の方が少し尖った形をした耳がついていた。
「それに、メイドのレフィアはハーフオーガという種族です」
ニーニャの紹介に合わせて、レフィアは額にかかっている髪を上げる。
そこには人間にはない小さな角が生えていた。
「え…えるふとおーがああ!」
明人はあまりの事態に数年ぶりに大声を出して叫んだ。
「はいっ!」
ニーニャはわなわなと震える明人に対して満面の笑みでYESと答えた。
こうして明人は、物語にしか登場しないはずの異世界の住人と、邂逅を果たしたのであった。